--東の大陸・ラゼラル-- 最終話
しばらく二人は歩いて、儀場の近くまで戻る。
「……あ!」
ブロウが不意に、声を上げた。
そちらのほうにイレイスが意識を向けると、そこには小さな食堂から出てくる二人の人影。
スイレンと、リズだった。
「リズ、スイレン!」
「あ、ブロウー!!」
ブロウが二人の名前を呼ぶと、リズがぱっと顔を上げて此方に駆けてくる。
どうやら、面倒くさい迷子探しはしなくてもよさそうだ。
「全く、ルートが勝手にどっか行ったって言ってたから、ちょっと心配したんだぞ」
「あははー、だってじっと待ってるのってどーしても……あとルートと二人っきりっていうのもなんだか嫌だったし……」
そう言いながらリズはごまかすように笑う。
「無事に合流できたみたいで何よりですね」
「ああそうだな。……さて、これからどうしようか」
穏やかに微笑むスイレンの隣でイレイスは思考をめぐらせる。
元々スナ王国から秘密裏に出された依頼は紆余曲折あったが、達成したと言っても過言では無いだろう。その点ではスナ王国に向かうべきかも知れない。
「ええと……ボレロ取得に向けての旅を再開するのではないんですか?」
その辺をあまり説明していなかったスイレンがきょとんと首をかしげる。
「ま、ちょっと色々あってね」
「何かあったっけ?もうイレイスとブロウが再開できたんだし、このまま先に進んじゃってもいいんじゃないの?」
それはリズも同じようで、スイレンと同じように首をかしげていた。
「こんな所におられましたか」
此方に声を掛けてきたのは、見覚えの無い一人の青年。
通常ならば警戒のひとつもするところだが、彼の服装には見覚えのあるもの―…シェンド伯爵領が持つ軍服だった。
「その服はクレス伯爵の使いだな」
「ええ、そうでございます。イレイス様とそのお連れ様を屋敷までお連れするように申し付かってまいりました」
「そうか。……どうする?」
イレイスは手短に答えると、問いを投げつけた。
イレイスの目線はスイレンを捕らえており、いきなり会話を振られたスイレンは一瞬だけ驚いたような表情を作る。
「え、ええっと……」
思わず、スイレンはどう答えたものかと思い悩む。
何故なら此処に居るのは事件に巻き込まれたからに過ぎず、自分の意思だけで立っているというわけではなかったからだ。
「スイレンも一緒に行こうよー。昔から言うじゃん、旅は道連れってさ!」
リズがそんなスイレンの背中をばしんと叩く。
スイレンはその言葉にハッとしたような顔を浮かべたかと思うと、穏やかな笑みに変わる。
「……そうですね、またしばらくご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
「もっちろんだよー!」
「こっちこそ、よろしく」
リズとブロウがスイレンに対して各々歓迎の言葉を投げかける。
「一人くらい増えてもかまわないか?」
「大丈夫でございます。もともと、そちらの方も協力していただいたとお聞きしていましたので。では、こちらにどうぞ」
こうして四人はシェンド伯爵の兵士につれられて、馬車に乗り込むのであった。
さて、それから数日後…
リズたちは、クレスの屋敷へと戻ってきた。城下町ではクレスを慕う人たちが彼の帰りを今か今かと待っていた。
そのおかげで馬車はたくさんの人に囲まれ、しばらく身動きが取れなくなってしまったくらいだった。
クレスによって屋敷に招待されたリズたちは、執事の案内で玄関をくぐり、広間へと入る。
「なんだか、ここに来るのも随分久しぶりな気がするよー。たっだいまー。なんちゃって」
「あぁ、お帰り」
リズの言葉に返事をしたのは、こともあろうにスナ王国の女王アカリであった。その声に、スイレンを除く皆が一瞬言葉を失う。
「わああああ!!!なんで女王サマがここに!?」
「何だその言い草は。帰ってきてただいまを言う相手もいないのはさみしかろうと思ったからわざわざ出向いてきてやっているのに」
派手に驚くブロウに対し、アカリは腕を組んでしゃあしゃあと言い放った。スイレンはアカリのことを知らないのできょとんとしていたので、リズがその素性を教えてやった。
それを聞いたスイレンは感嘆のため息を漏らしていたが、リズが思っていたよりは驚きは少なかった。
「そのためだけに来たわけではありませんよ。北東国…ラゼラル王国の動きがいよいよきな臭くなってきたので、
南東国…イシュネー王国の国王陛下と会談をもった帰りに状況視察にお邪魔したんです。…はじめは、ですが」
ふんぞり返るアカリの背後から姿を見せたヒオウが若干疲れたような表情を見せつつ補足した。
「なんでラゼラルが揉めるとスナがイシュネーと話し合うの?」
きょとん、とリズが首をかしげる。
「東の大陸は相互協力条約を結び、四つの国が対等の立場で国交を結んでいるが、厳密に言えばイシュネー王国が他国より力を持っている。
ラゼラルの王太子は野心家であったからな、もしあれが実権を握れば大陸が乱れる。故に根回しをしておいた。というわけだ」
「ですが姫、何もなかったから良かったようなものの…それこそ襲撃でもあったらどうされるおつもりでしたか」
「そのときはヒオウ、お前が守るだろう?」
「勿論です」
アカリに問いかけられたヒオウは表情を固めて返した。普段の穏やかな微笑みを浮かべるヒオウは親しみやすくて良いが、表情を固めたのも良い。
リズはなんとなく気恥ずかしくなってそっとそっぽを向くのだった。
「ほら、ならば問題ない」と強引に話を解決させたアカリは、リズたちに向かって唇を緩める。
それだけで生まれる緊張感…皆、誰も何も言わなかったが姿勢を正した。
「とにかく、クレス殿も戻ってこられたことだし、私の依頼を見事こなしたこと、賞賛に値する。よくやった」
「勿体無いお言葉です」
イレイスが頭を下げてそう言った。
「こちらこそ、女王陛下の特別の配慮のおかげでこうしてここに戻ってこられることができました。お礼を申し上げます」
「何、貴殿はヒオウが世話になったからな。気にせずとも良い。…さて」
と言ったアカリは次に意地の悪い笑みを浮かべ、右手の親指と人差し指で丸を作った。
「そろそろ、コレの話をするべきだな?確か『あくまで秘密裏に』と言った筈が随分と大事になったようだし…」
するとイレイスも同じように黒い笑みを浮かべ、右手の親指と人差し指で丸を作った。
「ええ、コレの話ですね。こちらも思った以上に手間がかかりましたし…」
「ということだ。クレス、お前も来い」
言うなりアカリはイレイスとクレスを連れて隣の部屋に入ってしまった。当然、後にはリズとブロウとスイレン、そしてヒオウが取り残される。
「え、えっと…あの人たち、何の話されるんですか…?」
「依頼が遂行された以上、報酬の話でしょうね。おそらくすぐには済まないと思いますから、ゆっくりされたらいいと思いますよ」
リズの質問に、ヒオウは小さく肩を竦めてみせた。
「兄貴……無茶言って女王サマの機嫌を損ねなけりゃいいんだけどなあ……」
ブロウの呟きに、リズやスイレンはなんとなく場面が想像できたので苦笑してしまったのだった。
ヒオウが言ったとおり、三人はなかなか出てくる気配がなかった。
ので、執事が持ってきてくれたお茶を飲みながら出てくるのを待つことにした。
その間に少しでもボレロの情報を手に入れておくのが得策なのではないかと、リズにしてはいいことを思いついたので実行することにした。
「そうですか…やはり、ボレロを……」
「はい!ヒオウさんに教えてもらって、アタシも命元素の魔法ちょっとは使えるようになったし、スイレンも一緒に来てくれることになったし!
…それに、アタシが決めたことだから『危ないから』って理由だけでやめたくないんです」
ヒオウはため息をついた後…いつものやわらかい表情をリズに返した。
「僕はどうも年下の女性を甘やかす癖があるみたいですね。
皆さんもリズさんの旅に同行する意思があるようですし…いいでしょう、僕にわかる範囲でなら答えますよ」
「ほんと、迷惑かけます……」
リズの隣でブロウが何故か頭を下げた。
「えぇっとじゃあ…次はどこに行けばいいのかなあ……」
「それは答えられませんね…さすがに。僕は貴女ではありませんから。道は自分で見つけてくださいね」
「ははは…そーですよねぇ……」
「リズ、もうちょっと頭のいい質問しろよ!」
「そんなの思いつかないよ!じゃあブロウが頭のいい質問してよ!」
「え!?えーっと……」
リズとブロウは小さく小突きあいを始めてしまった。そこでスイレンがヒオウに質問する。
「あの、ボレロって確か五聖を集めないといけないんですよね…五聖って、どういうものなんですか?」
「五聖は、挑戦者の手助けをしてくれると同時に、ボレロを手に入れるために必要な仲間です。
コンパス・地図・導き手・鍵・番人の役割があって、必ず1人がひとつの役割しか持てません。
そして五聖はティシモ伯爵のように決まった役割をもつ血筋の方と、一代限りで役割をもつ方が居ます。
前者は居場所がはっきりしていますが、必ず仲間になってくれるとは限りません。
後者はどこの誰がどんな役割を持っているかはわかりません。が、見つけることができれば必ず力を貸してくれるでしょう」
スイレンとヒオウの問答にリズとブロウは感心したように二人を見つめる。
「スイレン、すごーい」
「さっすがスイレン」
「え、あの、いえその……」
リズとブロウから手放しで褒められたスイレンは顔を真っ赤にしながらうつむいてしまう。
そして、イレイスがいない間は自分がしっかりしなければ…と、思ったとかなんとか。
「そういえば、クレス様とヒオウさんは知り合いだったんですよね?もしや、ボレロで?」
「ええ。クレスさんは僕の地図を務めてくれたんです。
クレスさんとは、須那国を出てまもなく、シュトーレンの街で会ったのがきっかけでした。
最も、はじめはクレスさんが役割を持っているとは知らなくて…知ったのは南の大陸でボレロの鍵の役割の方と会ってからでした。
鍵の役割は他の五聖の役割を示す能力がありますから、早く会うのが旅の近道でしょうね」
「じゃあさじゃあさ、クレスさんに力を貸してくれるか頼めばいいんだ!」
「残念ですが、それは無理ですね。一代限りの役割を持つ方というのは、ある挑戦者に対してのみ役割を持つということですから。
クレスさんは僕の地図であったけれど、リズさんの地図ではありませんよ…」
「うう…なかなかうまくいかないもんだねぇ……」
「相手は『伝説の魔法』ですよ。何もかもがそううまくいきませんって。ね?」
「南の大陸のヒオウさんの鍵…ってのは…一代限りの人だったんですか?」
「いえ、その方は鍵の家系の方でしたよ。目的を決めかねているのであれば、南の大陸でその方に会うのもいいかと」
「…ん?そういえばイレイスが前にそっちの方にアテがあるって言ってた気がする……」
「じゃあ、決まりだな。次は南の大陸だ」
「だね!よーし、がんばるぞー!」
リズが拳を天に突き上げそう言ったところ、別室で大事な話をしていたイレイスたちが戻ってきた。
イレイスとアカリは奇妙な笑みを浮かべ、クレスはなんとなく疲労が増したような顔をしていた。
「兄貴お疲れー。失礼とかしなかったか?」
「お前じゃあるまいし。報酬は…まあ、こんなところだろうかね」
イレイスは手にしていた皮袋を軽く揺さぶってみせた。じゃらり、と重い音が中からした。
相当せしめたようだが…それをアカリは気前良く払ったのだろうか。…が、あの表情を見ている限りではそうでもないようだ。
となると……おそらく、クレスが一番貧乏くじを引いたのだろう。リズは心の中でご愁傷様。と唱えておいたのだった。
その夜はクレスの屋敷に泊めてもらうことになり、夕食は盛大に振舞われた。
ちなみにリズは屋敷じゅうの食料を殲滅させる勢いで食べまくったのだが、それはまた別の話であるのだった……
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