ALICE de Date


「ちょっと、待てって!」
俺は走り続けていた。いつの間にか細い通りを抜けて別の通りに出ていたが、そんなことは関係ない!
シンヤは俺が追いかけているのにもかかわらず後ろを向くことなく前を全力疾走する。
「待てーッ!」
俺が叫びながら追いかけていた、そのときだった。
「ま、また!?」
ドン、と再び真横に走る衝撃。三度…いや、それ以上か…とにかく、派手に誰かとぶつかった。
今日、人とぶつかりすぎだろ…とか考えながら、ぶつかった人のほうに目を向ける。
「…何なのですか、一体。」
そこには、凄く不機嫌そうなセツナがしりもちをついてこっちを睨みつけていた。
う、っわー・・・怒ってる・・・
「ご、ゴメン、セツナ・・・」
俺はすぐに立ち上がると、セツナに手を差し出す。セツナは変わらない表情のまま俺の手をとって立ち上がると、服をぱんぱんと払った。
「…ところで貴方、何でこんな所にいるんですか?宿で寝ていたはずでしょう?」
「いや、朝起きたら誰もいなかったからさ…怖くなって、外に…」
言葉を言おうとしたら、セツナに手で制された。っていうよりも、俺の目の前に右手を開いてさっと出してきただけだけど。
何がしたいのやらさっぱりなんだけど…
迷惑料。
…はい?
「ぶつかられた迷惑料。」
セツナは見るもの全てを凍りつかせそうな冷たい笑みで言い放つ。
「な、なんで…?」
「勝手にぶつかってきたのはそっちでしょう…それに、服も汚れましたしね。」
そう付け加えるセツナの着ている服は、何時ものモノよりも数倍綺麗だった。
豪華さはないけれど・・・安物じゃないって事は俺にもわかるくらい。
「うわ、ゴメンッ!もしかして、誰かと出かけるんだった!?」
「…まぁ、そういうことですよ。」
そう答えたセツナは、やはり怒りを前面に押し出してた。
うぅー、いくら理由があるとはいえ、悪いの完全にこっちなんだよなー…台無しにしちゃったわけだし…
「だから、弁償。」
「い、いくら?」
俺、あんまりお金持ってないんだよなぁ。うーん、全財産328sp。
ぁ、もちろんコレは個別に分けられた自由に出来るお金の分で、宿に支払う分はちゃんと兄貴が管理してるけど。
「そうですねぇ…ざっと10000spくらいでしょうか。」
「高ッ!」
俺は思わず声を上げてしまった。だって、服ってどんだけ高くてもその半額くらいじゃねぇの…?
いや、もしかしたら俺の世界は狭いだけかもしれないけどさぁ。
「払えないんですか?」
にっこりと、セツナは笑う。ちっくしょー…絶対知ってて言ってやがる。
当たり前だよなー…ちゃんと報酬は今まで平等に分け合ってきたし、その合計とかどれだけ使ったかなんてすぐにわか…
あれ?そうだ、すぐにわかるんだよ!!
俺がそれだけの金額持ってない…いや、『持てない』んだ!今まで貰った分、どう合計しても足りないんだから。
つまりそれは、目の前にいるセツナも同じことで。
「…どうしましたか?」
「セツナ、本当にその服、そんなにしたのか?」

―…この質問は、一種の賭けだ。
もしも、セツナの服が俺の全財産より高かったら、負ける!

セツナは俺の運命を賭けた質問に鼻をならして、さも当たり前のように答えた。
「してませんよ。―…服自体は。しかし、今日という大切な日を台無しにされた賠償金くらいは、払っていただきませんとね。
「…………。そ、そうですね……。」
思わず敬語になる俺。負けた。完膚なきまでに散った。
「で、払えませんよね。」
「…はい、申し訳ありません。」
「最低ですよね。人間の底辺ですよね。むしろそこをブッちぎって地獄にでも落ちればいいと思うんですよオレ。」
「…返す言葉もございません…」
ううぅ、セツナの言葉の暴力がちくちく刺さるッ!
ていうか、セツナってこんなキャラクターだっけ…いつもに比べて、すっげぇ意地悪だ…
いや、それだけ大切な約束だったのかもしれない、けど。
「で、どう責任とってくれるんです?」
差し出されたままの、セツナの手。
責任なんて、取れっこないし…どうしろって言うんだ―…まさに万事急須、そんな状態の俺にある言葉が脳裏に閃いた。

―…クリスマスだからといってね、全員幸せってわけじゃないんだよ

そう、寂しく笑っていたのは、ルート。もしかして、セツナが自分以外と大切な約束をしたから、なんだろうか。
……あ、今、すっげぇセツナにとっては悪いけど、いい案を思いついた。
俺は懐から、人ごみにまみれながらもなんとか無傷な真っ白のクッキーをセツナの手のひらに置いた。
「これは?」
「…ルートが、売ってたクッキー。誰と約束してたか知らないけどさ…今日はコレで勘弁してください!!
 あと、ルートは本通りの真ん中くらいでバイトしてたから、行ってあげるとすっごく喜ぶと思う!!」
俺はそういうとダッシュでその場を離れる。
後ろを振り向くと追いかけてきそうで怖かったので、もうイノシシのように突っ走った。とにかく、シンヤを追いかけないといけないし!!
…あ、でも、服を汚した状態でセツナがルートに会いに行ったら…確実に締められるの俺だよな…


ブロウが去った後、残されたセツナの手の上にあるのは、純白のクッキー。
「人の良い彼のこと…上手くいくと思ったんですが。」
セツナはそのクッキーを懐にしまうと、ブロウが進んだ先とは逆に歩みだす。
その方向は、本通りだった。
「…さて、どうなるでしょうかねぇ?」


かなり走った。
凄く走った。
もーこれでもかッ!ってくらい、走った。
「ッ!!」
「発見ッ!!」
目の前には、ようやく探し見つけたターゲットが!!
だけど、シンヤもこっちを見て思いっきり逃げた。もちろん当然、追いかける。
「だから、なんで逃げるんだよ!」

―…やがて、シンヤも疲れてきたのかペースが落ちてきた。
腰に俺より大きい剣つるしてんもんな。加えてこっちは片手に本っていう軽装だし。
俺はラストスパートとばかり気力を振り絞って足を速めた。
みるみる縮む、俺とシンヤの距離。
「よし、捕まえ―…」
「捕まえた。」
…へ?
俺が腕を伸ばすその前に。
シンヤは足を止めてくるりと振り向くと、俺の体を受け止めるかのように抱きしめた。

は、い?
あれ、俺…つかま…え、うえええぇぇええ!?
おかしくね!?この状況、おかしくねぇ!?
ねぇねぇ、なんで俺がシンヤを追いかけてるはずなのにシンヤは俺を捕まえいや、そこじゃなくて、なんで抱きしめ、いうわぁぁあああ!?


「…捕まえた。」
大人独特の低い声が、すげぇ接近した頭の上から響いてくる。
なんですか、この状況。
「な、なななっ、な、なー!!!」
頭が混乱して上手く回らない。
やっぱ絶対シンヤおかしいって!!なんか絶対よくわかんねぇけどおかしいっってーぇー!!
「落ち着いてくれ、ブロウ。」
シンヤが言ってるけど、ぜってぇ無理!!
つかこの状況で落ち着ける人間が居たらだれか教えて!!

ぎゅ、とシンヤが俺を抱きしめる手に力を込める。
苦しくないけど、ぜんぜん苦しくは無いけど、俺はそんなイレギュラーな事態に対応できません!!
っ、うわぁぁぁあああああっ!離っ、せぇええええー!
火事場のバカ力。
そんな単語が、頭をよぎった。
俺が力の限り抵抗すると、流石のシンヤも抑えきれなくなったのか、拘束がゆるくなる。
もうここからは、本能が動いた。シンヤを思いっきり突き飛ばすと、そのまま今まで以上のスピードで逃げ出した。
多分、混乱したままだったからあらん限り叫んでたかもしれない。


「…まさか、あそこまで拒否されるとは、な…」
立ち上がったシンヤは、苦笑いを浮かべていた。
「あとは、アイツの一人勝ちか、全員負けか。」


無我夢中で走った。もう、意味わかんない。
そういや、初めにシンヤ…俺をストーキングしてたよな…なんでそこで怪しいと思わずに追いかけちまったんだろ…ははは…
とぼとぼと歩きながら乾いた笑いを浮かべる。疲れた。とんでもなく。
それに、走り回ったおかげで此処何処なのかわかんねぇし。大きな橋にまで歩をすすめて、俺は盛大にため息を着いた。
「…こんなところでどうした?」
知った声が響いて、顔を上げる。
「…兄貴……」
兄貴が俺のすぐ隣で橋に体を預けて本をめくっていた。タイトルは読めないけど、また小難しい本だろうな。
「どうしたって…どうにも……」
…初めは、宿の中たった一人きりというのが嫌だっただけ。特に理由の無い長い長い散歩。
兄貴はぱたんと本を閉じて、こっちに目線を合わせる。
「私を探していたのか?」
「ぁー、途中から?でも、今はそーでも…」
途中、シンヤとであったとき。間違いなく、兄貴の仕業だと思って追いかけた。
でも、あの行為は…ぜってぇ、シンヤ自身の意思でやったに違いない!!
「そうか…残念だな。」
「残念って、なにがだよ。」
兄貴は珍しく真っ直ぐに俺を見ていて。俺も、真っ直ぐ兄貴を見ていて。
「私は、お前のことを待っていたのにな。」
「……待ってた、って……ぇ?」
兄貴は何時もの調子で、肩をすくめて苦笑する。でも……待ってたってどういうことだ?
俺は今日朝から起きるまでずっと宿にいたし、そもそも宿から出なければ―…つか、寝てる俺を起こせば良いんじゃね?
「……よく話がみえねーけどさ、皆、今日はクリスマスだから居なかったんじゃなかったのか?」
ルートはアルバイトで、セツナは誰かと会う約束をしていて。
フレイリアも…アレも一応バイト、かな。……シンヤについては、あんま考えたくない。
「ああ、そうだ。クリスマス。皆、大切だと思っている人と過ごしたいのは、道理だろう?」
まぁ、そりゃそうだとは思う。でも、皆人に会うっていうようなことしてなかったと思うんだよな。セツナは除くけど。
俺が全員見てきたんだから、多分間違ってない。
「……ま、お前が理解できるか出来ないかは今の所さして問題ないんだがね。」
俺が首をかしげていると、すっと兄貴がもたれかかっていた橋から体を離す。
多分、兄貴は何か知ってるんだろうな―…聞いても答えてくれないし、いつものことだから、感覚麻痺ってきたけど。
「さ、いこうか。未だ日暮れには遠いし、夜遊びをした所で今日は問題ないだろう。」
す、っと兄貴はコチラに手を出してくる。
「行くって……何処へ?」
多分今、俺は何かの選択に迫られている。
よくわからないけど、片手に持った本が異様に重く感じた。ただわからないけど、俺の六感が告げているんだ。

この手をとったら、なんだかとんでもないことになりそうだぞ、と。(年齢制限的な意味で)

「……兄貴は、一体何を考えてんだよ…」
ぽつり、と呟いていた。
さっきも追いかけて精神的に痛い目にあってきたし。流石にものの十分と立たずに警戒を解くほど、俺は馬鹿じゃない!
「さぁ、何を考えているように見える?」
くすり、と兄貴がらしくなく笑う。
俺は、おもわずじりじりと後ずさっていた。よく考えたら、今日はおかしい所だらけだ。
幾らクリスマスだからっていって、宿の中に誰もいなくなるなんて事はありえない。
親父さんも、出て行くときはあらかじめ俺たちに言うし、他の冒険者だって宿の中に居るんだ。
ルートのアルバイトは、多分半分嫌がらせ。クリスマス当日に商店街であんな縁起悪いもの売るかなぁ、普通。
フレイリアも、アルバイトとか言ってたけど。全然働いてる風なかったし。
セツナは―…誰かに会うっていってたけど、誰に会うのかさっぱりだし。ルートがそれを知っているわけでもなさそうだった。
シンヤはもうどこから突っ込めばいいのかわからないくらい意味がわかんない。
そして、目の前の兄貴も。
俺は滅茶苦茶に走って逃げ回ってきたはずなのに、まるで俺が此処に来ることを知っていたみたいだった。
自分でも何処をどういったのかわからないのに。そもそも、リューン自体広いはずなのに、ほんの数時間で全員たまたま会うなんて、不自然だ。
「……どうした、ブロウ?」
「もう……」
後から思えば、もしかしなくても俺はちょっとだけ人間不信になりかけていたのかもしれない。
誰のせいとは言わないけど。
いい加減疲れたんだ―…
もう、嫌だあああぁッ!
俺は兄貴の手をぱしんと跳ね除け、そのまま真っ直ぐ橋をダッシュで渡る。終わりは見えない、長い長い橋を。
戻れなかった。
もうなんか、戻るのが怖かった。
「おい、ブロウ、そっちに行ったらー…」
危ないぞ、と兄貴がそういいきる前、何故か橋にピシリとひびが入った。
「…へ?」
その異様な異変に気が付いた一瞬後。
橋が何故か、がらりと音を立てて俺のところから崩れ始めた。
「ぇ…わ、あぁぁぁああああっ!?」
俺はとっさに虚空に向かって手を伸ばしてみるけど、全く持って意味がない。
それどころか、片手に持っていた本も投げ出してしまった。
別におぼれやしないと思うけど、この季節、風邪くらい引くだろうな。
なんて、妙に冷静な頭で崩れ落ちてくる石床と本を見ながら重力に身を任せていた―………



「……ったー……」
どすん、という音とごつん、という音が二つ重なって、俺は目を覚ます。
周囲を見渡せば、そこは見覚えのある、あげ・ダッシュの宿の一室、くいだおれ名義で借りている部屋だった。
すぐ隣には、俺が寝ていたベッドがある。どうやら、布団ごとベッドから落ちたみたいだ。
「ゆ、夢か……」
なんとなく胸をなでおろしつつ、俺は体を起こす。
一体全体なんであんな変な夢を見たんだろう。最近、疲れでも溜まって来たのかなぁ……。
「ふぁ……皆はもう起きたのかな。」
きょろきょろと見回してみるが、全てのベッドはもぬけのカラだ。
太陽はかなり高くまで上っていて、久しぶりに寝坊したみたい。
「さーて、今日も頑張らないとな!」
俺はさっと着替えをすませると、一階へと向かっていった。


「全く、全員負けか…アイツは鉄壁だな。」
「いやいや、楽しかったからいいけどねー。僕は。」
「そりゃ、アンタはそうでしょうとも…」
一回に降りると、みんなの声が聞こえていた。
もう依頼とか決めたのかな、だったら起こしてくれれば良かったのに。っていうか、言葉どおりにとると何かカードゲームでもしてんのかなぁ?
「みんなー、ゴメンゴメン、遅くなった。」
俺はそういいながら、皆が集合している一つの丸テーブルに近寄る。
「ブロウ、お早うございます。」
セツナがぺこりと礼をしてくれた。
「いや、どっちかっていうと遅かったんだけど…で、何の話ー?」
「別に、なーんもないよ。」
ルートがそういって笑いかける。ちょっと怪しい、って思ってしまうのは夢のせいかなぁ。
「そうそう、なんもないわよ。」
珍しく居たフレイがルートの言葉を継ぐ。なんかちょっと不機嫌そうだけど、何かあったのかな。
「なーんか、怪しいけど…まぁいっか。」
今日も依頼を決めないといけないんだから。



今日も冒険者たちは、張り紙を見て依頼人の元へ旅立っていく。
「あーもー、ブロウさんったら、派手にやったわねー…」
その時に、宿の給仕をしている娘さんが冒険者の部屋を軽く掃除し、ベッドメイキングをしておくのだ。
娘さんは、布団がベッドから落ちて、台風でもやってきたような光景に思わずため息を吐く。
「でもま、たまにだから、見逃しますけどねー。」
あんまりやるようだったら注意しないと、と娘さんは布団を抱え込む。そのとき、ごろんと布団から何かが転がり落ちた。
「ん…何かしら……本?」
娘さんは思わず、その落ちたものを手に取ってみる。それは、どこにでもあるような本より少しだけ大きな絵本。
そこに書かれていたタイトルは。



「ALICE de Date」



ALICE de Date   fin....?


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