子供狩り
「…この城にも、明かりはついてないんだな……なんつーか、お化けでもでそうだ。」
ブロウが目の前にそびえる城を前にして言った。最も、城といっても本当に貧相なもので、どこかこじんまりとした印象を受ける。
ブロウの言ったように、明かりがついていないから、なおさらだろうか。
「確かに、すこし寒々としていますね。風も、出てきましたし。」
どんよりと曇った空を見上げるセツナ。その雲は、此方に一切の光を通してはくれない。
「ともかく、この分だとフロア数は少なそうだね。セシルちゃんも心配だし、いこっか。」
二人が喋っている間に手早く見つけてきたのだろう。ルートは正面にある堅牢な扉を無視し、すこし回りこんだところにある裏口を指した。
この城が何時作られたかなどまったくわからない。しかしその扉は木板の痛みが激しいことから、かなり過去に作られたものということがわかる。
「そうだな。ルート、扉を開けて入ってみてくれるか?」
「おっけー。りょうかーい。」
ブロウの支持のもと、ルートが扉に手をかける。調べてみるが鍵もかかっていなければ罠の類も無く、簡単に軋んだ音を立て開いた。
そして、ルートは一番初めに入ると周囲を軽く調査し、危険が無いことを仲間に知らせる。
「人の気配が感じられないな……」
城に入ってすぐの、違和感を感じたシンヤは、思ったことを口にしていた。
普通、領主という存在なのだから、付人なり数人居てもおかしくは無いのだが、この城にはそんな気配を感じない。
「村人も他の人間が居るとは一切口にしなかったからな。初めから一人だったのだろう。」
イレイスが的確な推理を投げかける。城の内部は石造りでしっかりとしているのだが、外と同じような寒々しさがかなり残っている。
「ま、とりあえずぐるっと回ってみてみようよ。人も居ないことだしさ。」
見つからないように行くにしても、対象が居ないからそれをする必要は無い。
ルートはそういうと早速そばにある鍵も掛かっていない扉を開けて、探索し始めた。
「妥当だな。」
イレイスもルートと同じように周囲を調査していく。
残りの一同もまた、それにつられるようにして一階の調査を始めるのだった。
小ぶりな城は、部屋数も圧倒的に少なかった。
そもそも普通の家よりちょっと広いくらい、と印象を受けたのだから、間取り的にも当たり前なのだが。
その内容も、全く使われていないことを表すくらい埃のかぶった応接室、小奇麗な客間。
木箱や樽が積み重なっている倉庫など、本当にありきたりのものばかり。
いきなり数え切れないほどの罠が襲い掛かってくることもないので、一階の探索はあっという間に終わりを告げようとしていた。
残る、一室を除いては。最後の扉に手をかけたとき、思わずその異様な様にブロウが呟いた。
「なんだ……ここ……」
扉も格子状で、他の木作りの扉と比べて圧倒的に雰囲気が違っていたのもあり、此処はよほど『特別』な場所なのだろう。
牢屋代のように調度品は無く、城の内部と同じ石造りの部屋とはいえ冷たい印象を受ける。
それに、密閉された部屋だというのに、どこからか冷気を帯びた風が絶えず流れ込んでおり、いやに肌寒い。
「客間ほどってわけじゃないけど……あんまり使われなかったんだね。結構な埃がかぶってるよ。」
ルートがさっと見回した印象を告げる。その瞳は正面にある大きなかまどを見つめていた。
「なんだ、あのかまど。台所でもあんなサイズは見たことがない。」
一番最後で部屋に入ってきたシンヤもそのかまどに注目していた。
最も、この部屋にあるのはそのかまどだけなのだから、そこに目が行くのは当然なのだが。
「ルート、かまどを調べ―……って、もう行ってるし。」
ブロウはそばに立つルートに指示をだそうとしたが、すでにそこにルートの姿は無い。まっすぐ目を向けると、かまどの中を調べている彼が居た。
「言われる前に動くのが僕のジャスティ、げほげほッ!炭が!炭が鼻とか目とか口に!」
「おぉ!?大丈夫か、ルート!?」
ルートがかまどから身を離し、その場で咳き込む。その顔はすす汚れてちょっと黒くなっている。
ブロウが手にハンカチを持ってそんなルートの顔をごしごしとこすってやる。
「……かまどの中で声を張り上げるからです。」
そのそばでセツナはげんなりしたような声で突っ込みを入れる。顔を適当に綺麗にしてもらったルートは再びかまどに立ち向かう。
今度は注意を払って、炭をできるだけ立てないようにする。
「ううぅー、埃のわりにかまどさんは大活躍だったみたい。一体何をこんなに焼いたの……」
ルートの動きが、不自然にぴたりと止まる。
「ルート、どうしたんだ?」
一番近くに居たブロウが、かまどの方へ歩み寄る。
「駄目!見てもいいことなんかないよ!」
ルートは、その行動を制するように声を張り上げた。だが、既に時は遅かったようで、ブロウは薄暗いかまどの中身を視界の中に捕らえてしまっていた。
「――ッ!」
ブロウが、声にならない驚きの声を上げる。覗いたかまどの中には無数の骨が山のように詰まれていた。
その全ては完全に白骨化しており、窪んだ眼窩が此方を真っ直ぐに見据えている。
さらに、その頭蓋はどれも小さく、大人のものとして考えるにはありえない。
そして、どれほどの数があるのかなどということは、想像もつかなかった。
「……むごいな。」
さらに固まってしまったブロウを心配したシンヤがいつの間にか近づいてきており、ポツリと目の前の凄惨な光景に呟いた。
「こんな事を出来る人間がこの世にいるなんてな……」
「…人間は、恐ろしい生き物ですよ。妖魔よりも悪魔よりも、何よりも。自分のためだけに、このような陰惨な事が出来る人間は……」
シンヤの呟きに、離れて一部始終を傍観していたセツナが言う。恐らく、3人の様子を見ていて何があったのかは大体想像がついたのだろう。
辺りに流れる静寂。それ以上誰も何一つとして言葉を吐く事ができなかった。
「…何で、風?」
直後、独特の風切り音とともに何処からか大量の冷気が流れ込む。
言うまでも無いが、この部屋は隙間風が吹いてくる。だが、音がなるほどの風が入り込むような部屋ではない。
もう一度、風が凪いだ。くいだおれの一同は、その勢いに思わず目を一瞬瞑ってしまう。
そして、風がやみ目を開いたとき―…それは、存在していた。
「ウィスプ……」
誰かが、その存在の名前を呼んだ。普通、霊魂として存在する彼らは青白い炎のようなものなのだが、目の前のそれは真紅。
場合が場合なので、誰もその事について異論を唱えるものなど居ない。
『アア……イタイヨ……コワイヨ……』
『イヤダヨ……サワラナイデ……カエラセテ……』
『ダレカ……』
『タスケテ……!!』
魂の叫びを伴い、無数のウィスプが飛び回る。恨みや辛みの感情をともなった悲嘆が響き渡ると同時に、他のさ迷う亡霊達がくいだおれに終結していく。
そう、これは―…ここで殺され焼かれた子供の霊以外の何モノでもない。
「―…チッ!」
舌打ちと共に真っ先に反応したのは、イレイスだった。
短い詠唱と共に指先に魔力を終結させ、『魔法の矢』を作り出し、一番大きな亡霊にぶつける。
「同情も良心の呵責も今は捨て置け!片付けるぞ!」
イレイスが、声を張り上げた。
一番大きな亡霊は先程の魔法の矢で貫いたとはいえ、他の亡霊がまだ残っている。
肉体的ダメージはどちらも与えづらいが、精神面に作用されれば、どうなるかわからない。
「……そうですね。ルート、貴方はブロウの援護を。」
セツナがクォータースタッフを取り出し、一体を迎え撃つ。
強力な呪術の掛かったそれは、実態がなくともダメージを与えられる事が出来る。
「おっけー、わかったよ♪」
ルートが、軽い調子でブロウの傍に走る。彼自身こういう『実体の無いもの』に対して力を発揮できる技能は所持していないからだ。
「全く―…やりづらい相手だ。」
シンヤは呟くと、一つの亡霊を『居合い切り』で切り裂く。その表情は、重く暗いものだった。
「せめて、次に生まれるときは、笑顔で――…」
ブロウが、祈りを込めながらシンヤと同様に亡霊を断つ。
後は、簡単なものだった。精神に作用されないように気をつけ、ダメージを与えていけば負けることなど無い相手だからだ。
『パパ……ママ……』
『アリガト…アリガト…』
亡霊達が全て消える瞬間、わずかな言葉が彼らの間から漏れ落ちた。再びよみがえる静寂。ブロウは、その中で立ち尽くすことしか出来なかった。
「……先を急ぐぞ。現時点で優先すべきは、少女の命だ。」
イレイスが、冷静な言葉を投げかける。
「ああ、わかってる。行こう。」
もう、冷たい風は吹く事は無い。それだけが、少なくともブロウの心をわずかに軽くさせた。
2階に上がってすぐの所にある扉を開く。するとそこは、大きめにとられた書庫だった。
特に変わったところは無いものの、書庫独特のインクと紙の匂いが鼻につく。
「うー、本がいっぱーい。どれも同じように見えるからふっしぎー♪」
ルートがいつものように周囲を調査する。が、あまり参考になる意見ではない。
「全部種類別に区分けしてある。ざっと見たところ……黒魔術主体の魔術所や研究レポート、それと学術書だな。」
イレイスがその間に書庫を一周したようで、肩をすくめながらルートの調査結果を補足した。
「黒魔術、ですか?」
セツナがわずかに興味を持ったのか、声をあげる。彼自身、呪術や黒魔術などダークなほうへ道が通ずるからこその単純な好奇心だろう。
最も、それらは全てあくまで『望まぬ与えられた知識』なので、今は反抗するように聖北の教えも学んでいるが。
「残念だが、本物は無かったぞ。良くある嘘のレポートや論文ばかりだ。」
「そうですか……まぁ、本物のほうがよっぽどタチが悪いので安心するべき、なんでしょうかね。」
セツナが微妙な表情を浮かべながらため息混じりに話を締めくくる。その時、退屈そうに調査していたルートが声を上げた。
何事かと意識を向ける前に、彼は此方に駆け寄ってくる。
「いっちー、日記見つけたから読んで読んで〜。」
そう言ったルートの腕には、一冊の少しだけ装飾のされた赤い本が抱え込まれていた。
イレイスは本を受け取り―…ブロウに許可を取るように視線を向ける。
「頼むよ、兄貴。」
「よし、では其処の椅子を取ってくれ。」
机の傍にあった椅子を、ルートが持ってくる。イレイスはそれに腰掛けるとぱらぱらとページをめくり、声に出して読み上げ始めた。
日記の内容は、この屋敷の持ち主であるオーギュストの心情を書いた物だった。
戦の高揚が懐かしいと過去を嘆く日々から始まり、かき集めた美術品を眺めては物足りなさを感じる日常。
美しいと思うものは何であるかを説き始め―…ついに発見してしまった禁書。
そして、その魅力に捕らわれ、歓喜に包まれた。
四方から魔術所を集め、魔術師を呼び、悪魔召還に手を出していく。
ことごとく失敗に終わったが―…ある魔術師の提案により、さらなる狂気に足を踏み入れる。
穢れの無い子供を贄にする。そしてそれは先代も行っていた事で、自分も出来るということだ。
領民は、只のモノ。放っていても沸いて出る。後は―…子供をさらい、惨殺する行程と心情。
それはとても、自分達が理解できる範囲ではなかった。イレイスの浪々とした声が、やがて止む。
ページはまだまだ続いているようだったが、誰も続きを促す者はいなかった。
なぜならこの後も、このような調子の文章が延々と続いていくのだと容易に想像できたからだ。
「……なんで……」
ぽつりとそう漏らしたのは、ブロウだった。その表情は険しく、何時もの彼からすれば考えられないほど怒りに震えていた。
「ブロウ、その感情はとりあえずとっておけ。今はあの子を探し出すのが先決だろう?」
本を閉じたイレイスがブロウに声を掛ける。
「ああ、わかってるよ。でも……」
「どーせ後でブン殴れるんだから、今はさっさと進もう、ね?」
ルートが言葉を続けようとしたブロウの手をとり、出入り口に歩き出す。
「ちょっと―……」
ブロウは一瞬殴ってどうすると反論しようとしたが、やめてそのまま従う事にする。
なぜならば、こんな腐った領主はむしろ一発くらい殴ってやらないと気がすまなかったからだ。
「どしたの、ぶろりん?」
言いかけてすぐに口を閉ざしたブロウに、ルートが首を傾げる。
「いや、なんでもない。全くその通りだな、って珍しく思っただけだ。」
「だっしょ?そーと決まったら突撃だ〜♪」
ブロウの答えに、ルートもにっこり笑う。書庫から出ると、真っ直ぐに領主の部屋へと駆け込んで行った。
領主の部屋は、城の内部に比べてはるかに豪華なものだった。踏み入れた足が沈みさえする絨毯。
豪華な家財道具がさらに部屋の華美さを引き立てており、寝台も大人二人が余裕で転がれる広さがあった。
しかし、部屋の主の姿はなく、他の部屋同様にしんと静まり返っている。
「うーん、寝台を使った形跡はまるでなし、かぁ。」
ルートが真っ先に綺麗に装飾された寝台を調べる。彼の言葉どおり、寝台は清潔に整えられたままであり、少しも乱された後はなかった。
「こういうときは、大概隠し扉や隠しの仕掛けがあるものですがね。」
ここは腐っても小さくても一領主の城なのだ。身を隠せる場所や脱出経路が他にあっても全然不思議でもなんでもなく、むしろ自然だ。
「王道だと、本棚がスライドするとかだよな。」
ブロウが、すぐ傍にあった本棚を冗談交じりで押してみる。
すると、本来動くはずの無い本棚は思いのほか軽い音を立てて横にスライドした。
「……すっごいぶろりん、隠し階段発見だね!!」
ブロウの功績を称えるルート。
「いや、あの……え、いいのかこれで?」
露見した空間から下り階段がずうっと続いているのが見えたブロウは、思わず苦笑していた。
しかも、動かした本棚もよくみれば冊数が明らかに少ない。
「恐らく、人の出入りも無いに等しかったのだろうし、そこまで隠す必要は無かったのだろう。」
イレイスがふむ、と推理を述べる。確かに、村の人間はこの城に恐れて一切近づかないようだったし、外の人間はまず入ってこないのだ。隠すものも相手がいなければとことんお粗末になる、らしい。
「ということは、恐らくこの先に領主とやらが居るのですよね。」
「うん、そうだろうね。本棚も、良く見れば動かした形跡がはっきりしてるしね。何十回と使ってる証拠だよ。」
ルートが本棚とその周辺を調査した結果に基づいた結論を出した。彼がそういうのならば、確実に居るのだろう。
「なら、下るしかないな。明かりも居るだろうから、私が先に降りよう。」
イレイスが暗く伸びる階段に足を伸ばす。その手には、魔法で作った小さな光の玉が宿っていた。
ランタンを持っていない事も無いのだが、うっかり火が消えてしまったときに足場が不安定なのは少し怖い。
その点、イレイスが魔法で作る明かりは短い詠唱で作り出す事が出来るので、点けたり消したりするのに便利だ。
「うん、頼むよ兄貴。」
その後を、一同はついていく。
こつり、こつりと規則正しい音を立てて、とぐろを巻いたような階段を下りていく。
やはり他の光源は一切なく、一番先頭に歩いているイレイスの手の上で輝いている明かりの魔法を消してしまえば、周囲は黒く閉ざされてしまうだろう。
「うっかりしてると踏み外しそうだ。」
イレイスのすぐ後ろを歩いていたブロウがそう漏らす。城の内部と同様に全てが石造りであるこの空間に、手すりというものは存在しない。
足を滑らせたらまさに最期、階下までまっさかさまだ。
「お前が転べば私も転ぶシステムだから、気をつけろよ。」
「はは…うん、わかってるよ。」
ブロウのこの位置で転べば流石のイレイスも対応できないだろう。
「……でも、せっちゃんが転んだら僕は全力で受け止めて見せるよ。」
ブロウのすぐ後ろを歩くルートが決意に満ちた声で言った。その表情は暗がりでわからないが、声と同じような顔をしていると考えていいだろう。
「…………。イレイス、この階段はあとどのくらい続きそうですか?」
セツナは全力で発言をもみ消すように先頭のイレイスに話題を降った。
「そうだな―…あまり見えないが、まだまだ続くようだぞ。」
「あッ!スルー!?一番突っ込みがないのって辛いんだけど!?」
「そうですか。もう大分下った気がしますが……地下にまで足を踏み入れそうですね。」
ルートが悲しみの声を上げるが、完全にセツナは聞こえないフリだ。
まあ、何時もの調子に反応するのも馬鹿らしくなった、というのが本音であるだろうが。
「そうだな。大概こういう隠し通路は避難通路だったり愛人の部屋へと続く秘密の通路だったりするが。これは、どちらでもなさそうだ。」
先頭を進むイレイスがそう言ったとき、ブロウの嗅覚が何かを感じ取った。
「……この、匂い。」
嗅ぎなれてはいるけれど、未来永劫親しみをもてないその匂いは――…『血』であった。
それは間違いなく地下からむわりと立ち上っているようだ。
ブロウは思わず顔をしかめるが、足は止めることなく匂いの元へと進んでいく。
「この場所でコレだけの香りをたち上させているのだから、恐らく相当なものなのだろうな。」
イレイスが下にまだまだ続く階段を見つめる。最奥が無い通路の終着点を想像しているかのように。
それからどのくらい下っただろうか。ものすごく降りたような気もすれば、すぐ近くだったような気もする。
だが、そんなことはもはやどうでもよかった。
なぜなら、ようやく開けた視界は―…そんな疑問を吹き飛ばすほどの異様以外の何物でもなかったのだから。
「……まあ、なんていうか、想像通りでしたー、みたいな?」
ルートが一番初めに口を開く。
たどり着いた部屋は、壁側でほんの小さな蝋燭がゆらゆらとゆれているだけというのも関わらず、部屋の規模を推し量るには十分すぎるほどの小さな部屋だった。
その壁には武器や拷問用の器具が所狭しと立て掛けられてある。そして、その床に視線を落とすと赤い染料――恐らくは血で描かれた魔方陣が見えた。
「誰だ、そこにいるのは?」
部屋の主が、此方に気づいたようだ。声に反応して顔を上げると、人間が3人いた。
一人は、オーギュストであろう男性。もう一人は、薄汚いローブを纏った汚らしい魔術師風の男。
そして、魔方陣の中央に座っている、村で見た少女――セシル。
「ふん、汚らしい身なりだな。野盗か?私の城に忍び込むとは、命知らずな輩だ。」
オーギュストが、此方を少しみる。その傍では、魔術師が気色の悪い笑みを浮かべてたたずんでいた。
「祭壇への供物が増えましたな……ほっほっほ……このような者達を捧げたところで悪魔もそう喜びますまいが、彩にはちょうどいいでしょう。」
と、魔術師がそういうがオーギュストはさして興味がないらしい。魔法陣の上に座るセシルに向かって熱っぽい視線を注いでいる。
「……なあ、……あの、魔法陣―……」
「血の魔法陣。拙い祭壇。…召還の技法としては、間違いだらけですよ。……このような物のために、子供を犠牲にしていたなんて……」
セツナが、ブロウの口に仕掛けた疑問に答える。それにより、ブロウの表情がいっそう険しくなった。
「なにをぶつぶつ言っている?命乞いしても無駄な事だ。此方の愉しみに水を差した報いは受けてもらうぞ。」
オーギュストは、セシルに向けようとしていた剣を此方に向けようとして、はたと動きを止めた。
「……!子供がいるではないか……おお……」
オーギュストの瞳に、熱がこもる。その視線は他の冒険者の誰でもないルートだけに向けられていた。
それは、まるでルートの体を愛撫するかのように、金色の髪を、茶色の瞳を、唇を、四肢をたどっていく。
「……美しい。」
熱っぽく呟くオーギュスト。
「ひ、ひぃぃっ!?」
流石のルートも背筋が寒くなったのか、その視線から逃げるように奇妙な声を上げると、とっさにシンヤの後ろに隠れた。
「……おい、なんで俺の後ろに隠れる?」
「しんやんが一番ナニされても後腐れないからだよ!!」
シンヤの背中をがっしり握り締めながら恐る恐るといった風にオーギュストをみるルート。
壁にされたシンヤは、なんともいえない神妙な顔つきだった。しかしオーギュストはそれにかまわず、只ルートだけを見つめ続けている。
「怖がらなくても良い。その美しさを私の手で永遠にするだけだ……さぁ、こっちへおいで。」
オーギュストは異様な笑みを浮かべて、ルートに手招きをする。
「この剣でその首を落として私の寝台に飾ってあげよう。悪魔にくれてやるのは勿体無い。さびしくは無いぞ?毎日話をしてあげるから。」
恍惚とも取れる笑みを浮かべながら、つらつらとオーギュストは述べる。
「冗談じゃないよ!僕の体はせっちゃんのものなんだから!!」
ルートがシンヤの後ろに居たまま答える。それと同時に、ブロウが剣を抜いて一歩前に出ていた。
ちょうど、ルートを庇うように。
「……子供をさらって、自分の欲望のために黒魔術の生贄にして……悪魔なんて呼び出すまでもない。自分を省みてみろよ。アンタの中にいるよ、それは。」
邪魔だ、とばかりにブロウをにらみ付けるオーギュスト。
「そうですね。『野盗』に切られて死ぬのがお似合いですよ。」
セツナも、既にその手にはクォータースタッフが握られている。シンヤも、ルートも、イレイスも。
既におのおのが戦う準備を完了していた。
オーギュストはその光景に口端を軽く吊り上げると、もう有無をいわさんとばかりにまっすぐ此方に切りかかって来る。
「させないッ!」
ブロウが前に踏み込み、オーギュストの剣とぶつかる。
すぐさまルートが好機と判断、壁にしていた離れオーギュストの隣に滑り込む。
「さっき、変な目で見たお返しだよッ!」
手には一本のステンレス定規。
寸分も狂わない手つきでオーギュストの胴体を狙って投射、だがオーギュストはそれより早く身を下げていた。
「まだ、此方の番ですよ?」
が、セツナが魔法を完成させており、オーギュストに向かって発動させる。
「クッ……」
漆黒の影を彩った針が、オーギュストの右わき腹を貫く。
だが、入りが浅かったせいか、重症とまではいかないようだ。
「しかし、こちらも忘れてはいけませんよ……」
後ろに立ち尽くしたままの魔術師が、ひび割れた唇を吊り上げて笑う。直後、一同に尋常でない眠気が襲い掛かった。
「や…べ、眠りの雲か……ッ!」
眠りの雲、眠気を誘う不可視のガスを出現させ、相手の行動を制限させる魔法だ。
初歩的なものではあるものの、範囲、効果ともに広いので、数多の使い手が居る。
一番先頭にいたブロウが思わずひざを突いた。それどころか、すぐ後ろにいたルート、シンヤも同様に襲い来る眠気と戦っていた。
その隙に体性を立て直したオーギュストがブロウに向かって剣を振り上げる。
「ああ、こちらももう1人いるもんでね。」
が、それを許さない、といったようにイレイスが魔法の矢をオーギュストに向かって狙う。
オーギュストはよけ切れなかったらしく、さらに左足を打ちぬかれる。
痛みに顔をしかめ、踏み込みが遅れるオーギュストに、イレイスがさらなる追撃といったように魔法の矢を2・3発放つ。
威力は一撃目より若干落ちるものの、その精度は失われていないらしくオーギュストの体を的確に貫いた。
「ついに私も、天に召されるのか……?」
がくり、とひざを突くオーギュスト。
「いけ、ブロウ。とどめはお前の役目だろう?」
イレイスが、ブロウに向かって声を掛ける。
「わかってる!―……もう、繰り返させないッ!!」
その声のおかげか眠りの雲の効果からいち早く復活したブロウが、オーギュストに向かって剣を振りぬく。
迷いの無い剣筋が、領主を襲う。
オーギュストは、その表情にいっぺんの困惑も焦燥もなく、ただ無表情にその剣筋を受け止めた。
舞い散る鮮血。後ろに立っていた魔術師の表情が絶望に変わる。
「ひ……」
「悪いけど―…僕、君のことも許せそうに無いからさ。」
ルートが音もなく魔術師に忍び寄り、定規をふるう。
魔術師は本能で後ろに下がったので、その傷は右腕を浅く大きく切り裂くだけにとどまる。だが、彼らは5人。
下がって体制の崩れた魔術師が待っていたのは、シンヤの体重が綺麗に乗った鋭い突き。
「―…がッ!!」
魔術師の体を、巨大な剣が貫く。魔術師はごぼりと口から血をあふれ出させると、そのままぴくりとも動かなくなった。
「さっすがしんやん、バカ力。」
ずるりと魔術師の体から剣を抜いたシンヤに、ルートが笑いながら声を掛ける。
その手に握られていたはずのステンレス定規はすでにリュックサックの中へとしまわれていた。
「今、わざと避けさせなかったか?」
魔術師の血潮を少し浴びてしまったシンヤが露骨に嫌そうな顔を作る。
血の匂いなどどれも一緒なのだが、相手が相手なのでなおさら不快感が募る。
「あはー、気のせいじゃない。」
ルートはニコニコと笑っていた。
「……それより……」
ブロウが、ぱちりと剣を鞘に収める。兎にも角にも、領主オーギュストと魔術師は倒したのだ。
魔法陣の上で絶命した彼らは皮肉にも儀式の供物のようにも見える。
だが、ブロウの視線はまっすぐに魔法陣の上にぺたりと座り込んでいる少女に向けられていた。
「……ふ、……う、…うぅ、う……」
少女は、抜け殻のように戦闘中も動かなかったのだが、糸が切れたかのようにその場で泣きじゃくり始めた。
「う、うぅ、うわぁぁ、うわぁぁぁん……」
涙で顔をくしゃくしゃにする少女のほうに、ブロウが静かに近寄る。
そして、しゃがみこんで視線を合わせつつ、なるべく柔らかに微笑んで見せた。
「大丈夫。もう怖いものは……どっかに行っちまったから。……大丈夫。」
必死ですがり付いてくる少女を、ブロウは優しく抱きとめながら慰めた。
けれど、彼はそうしながらも、この少女が与えられた傷は一生を尽くしても癒える事がないというのを知っている。
何故なら、自分も過去に似たような経験をした事があるからだ。
「一件落着、かなぁ。」
泣き声が響く部屋の中で、ルートがぽつりと呟く。
おとぎ話のように『めでたし』で終わるわけではないが、確かに事件が落ち着くところには落ち着いたのかもしれない。
「……そうですね。後は、その子を連れ帰るだけですね。」
セツナが言う。そしてそれを皮切りに、一同は村へと引き上げたのだった。
薄暗い村。
少女―…セシルが指を刺した家のドアを控えめにノックすると、疲れた顔をした女性が出てきた。
少女の姿を見て瞳に輝きが戻った事から、恐らくこの女性が母親なのだろう。
「セ、セシル……」
セシルは、涙の後を隠すかのようにうつむく。
ありえない事態に戸惑った母親の心を幼いながらに感じ取ったのだろう。返された人形を抱えたまま、言葉をなくしている。
「セシル!セシル!!ああ、まさか無事でいてくれるなんて!!」
母親が、セシルに抱きつく。そして同様に、セシルも母親に抱きついていた。
「おかあさん、おかあさぁんおかあさん……!!」
その身が折れるほどの勢いで、互いに抱擁しあう親子。とりたてて感謝はされないだろうが、それを見ているだけで今回の依頼は達成できた気がした。
少女を家に帰したくいだおれの一同は、帰路についていた。
止んでいたはずの雨は、ぱらぱらと再び降り出している。
村では宿を断られた。突然に領主の支配から解き放たれた村人達は、ひたすらに困惑していた。
そして、困惑しながらも冒険者達には『帰ってくれ』とにべもなかった。
「…本格的に雨が振り出す前にどこかしのげる場所がみつかればいいんだが。」
天を仰いで、半ば諦めたように言うイレイス。
こんな辺鄙な場所にそうそう都合よく雨宿りできる場所など見つからない事は、既にわかっているのだろう。
と、その中に歌声を聞きつける。
耳を傾けていると、少し後ろを歩くセツナが小石を蹴りながら、老婆の家で聞いたわらべ歌を歌っていた。
「城で見つけた日記によると、昔の領主もああいう事をしていたそうですね。この歌は、きっとそのころに生まれたものなのでしょう。」
「だろうな。それにしても、良く歌詞を覚えているものだ。」
イレイスが、歩調をセツナにあわせ、並んで歩くようにする。
「繰り返しが多いですし、興味深かったもので。リューンで歌えば、流行るでしょうか?」
少しだけ、セツナが皮肉めいた笑みを浮かべる。
「忘れたほうがいいのかもしれません。大量の子供が殺されてしまったから作られた、こんな歌は。」
「いや、忘れないほうが良いと思う。語り継いでいけば、過ちを伝えていけば、繰り返さなくて済むから。」
はっきりと答えたのは、前を歩くブロウだった。
弱者である子供が巻き込まれる、無残な事件。彼は繰り返さないと、その剣に誓って力をふるった。
セツナは、彼がオーギュストに止めを刺す光景を思い浮かべるように、瞑目する。
「……そうですね。それがきっと、死んだ子供達のはなむけになるでしょう。」
雨に降られながら道を行くと、小さな柵と看板が見えた。ここが村はずれのようだ。
そこには、以外にも一人の人間―…村で尋問をした男性が、立っていた。
「待ってたの?雨が降ってるのに。」
先頭を行くルートが思わず声を掛ける。しかし、男性は何も答えず黙ったまま、こちらに向かって深く頭を垂れた。
一同は特に驚く事もなければ、足を止めることなく男性をすこしだけ見つめ、それから再び前に進む。
「……ありがとう。」
只一人、ブロウだけはその行動に感謝の念を口に出す。
男性はそれでも固く黙ったままだったが、逆にそれでよかったのかもしれない。
リューンへと、真っ直ぐくいだおれは進んでいく。
この村は激動に包まれるだろう。
その中でいろいろな物が変わるかもしれないし、根本的に変わらないかもしれない。
しかし、男性一人でもそのことについて感謝の念を持つ事が出来たのならば。ようやく依頼者が望むような結果をだせたような―……そんな、気がした。
子供狩り Fin