大ピンチ
私はとある宿屋の食堂で昼食をとっていた。
この宿屋は軽食屋としても展開していて、私のような宿を此処にとっていない人間もこうして昼になれば食事を取りにくる。
味はそこそこに美味しく、値段もリーズナブルということもあり、まあまあ繁盛しているようだ。
さほど大きくもなければ小さくもないそのフロアの端っこの4人テーブルに、奇妙な旅人達が座っていた。
奇妙と言っても、見た目がおかしいというわけでもない。ただ、取り合わせが妙だったのだ。
芸術品のように美しい槍を背負った平凡な青年、上から下まで真っ黒な衣装で包んだ青年、
いかにも気弱そうな青年、そして年端もいかないような少年の4人。
そして、展開している会話も妙だったのだ。
「今まで旅をしていて「大ピンチ」って思ったことって何かあるか?」
槍を背負った青年がそう切り出した。私は元々他人の話に聞き耳をたてるのは趣味ではない。
ただ、旅人の日常会話と言う奴に興味があったのだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「んーと、僕はー・・・せっちゃんのヘソ曲げちゃったときかなぁ。」
少年がその時の事を思い出しながらぶるりと身を震わせた。
よほどのことをされたのだろう。
ふぅん、とさほど珍しいものでもないらしく槍を背負った青年はひとつうなずいた。
「あぁ。ああ見えてもセツナは怖い所あっからなぁ。シスキル、お前はどうなんだよ?」
「わ、私ですかぁ?」
次に話を降られたのは気弱そうな青年。先ほどの少年ほどではないが、常に体をビクビクとふるわせている。
あれで本当に旅人なんてやっていけるのだろうか。盗賊やらに身ぐるみはがされてしまいそうな印象さえもある。
「私は……そうですね……ここにこうして存在している事こそが他人様のピンチに一役買っているかと考えるとそれだけで「あー、そういうのいいから。」
表情を暗くして切々と語りだした弱気な青年の言葉を槍を持った青年が打ち切る。
まあ、そばで聞き耳を立てている私としても目の前のフルーツサンドが美味しくなる話ではあるまい。
その点では槍を持った青年を誉めるべきなのかもしれない。
「次!お前は?」
槍を持った青年はびしりと黒尽くめの青年の方を指した。対する青年は、うーんと首をひねる。
「俺ぇ?ぇーっと…兄貴とつるんでると嫌というほどあるけど……」
しばらく考えた後、黒尽くめの青年はあ、という言葉とともにぽんと手を叩いた。
「料理。そう、兄貴に初めて料理を作らせちまった時は、流石に死を覚悟したかな……」
やけに遠い目をして黒尽くめの青年は言う。
「料理って。そんな死を覚悟しちまうような料理って何だよ。」
「知らない方がいい。後悔するから。」
ふ、と息を吐く黒尽くめの青年に、一気に周囲の空気が重くなる。
「て、ことはぶろりん食べたんでしょ?どうだったの?」
しかしその中でも若干空気を読む力がなかったらしい少年が、黒尽くめの青年に問う。
質問をされた青年はゆるゆると首を力無く降り、そして答えをぽつりと漏らす。
「死んだ父さんに出会えた。」
その一言で、旅人一同が沈黙で固まる。
黒尽くめの青年を筆頭に、なんだか言いようのない空気が流れた。
「ちょっとこの話は此処までにしよ!たぶんこれ地雷っていうかそういう奴だよね!?」
少年が空気を入れ換えるようにぱんぱんと数回手を叩く。
黒尽くめの青年もそのことで我に返ったのか、先ほどまでに浮かべていたやけに儚げな表情を切り替え、人の良さそうな顔に変わる。
「そういうオランジェットは?切り出したからにはやっぱ沢山ありそうな気はするけどなぁ。」
と、言ったのは今まで黙って話を聞いていた黒尽くめの青年。
他のメンバーも一様にその青年の言葉に同意するかのようにうんうんとうなづく。
「あぁ、そりゃ俺は山ほどあるよ。槍が下から出てきたかと思ったら矢が上から飛んでくるし、
かと思えば後ろから大きな岩が転がってきて……あれはマジ死ぬかと思った。」
「……何で生きてるのとは聞かないけどさ、そこまでいっぺんに罠を作動させるらんらんって、ある種の才能があると思うよ。」
少年の言葉には、さすがの私も肯定する。
どこでなにをやっていたのか私にはわかるはずもないが、この青年はもしかしたらかなり、いやもの凄く周囲が見えてないのだろう。
「俺のせいじゃねぇっつの!コイツが道案内すっから!!」
そういって槍を持った青年は自身の槍を指さす。
「まあまあ。話を聞いてるとそれは一番の大ピンチじゃないんだろ?そっちはどうなんだ?」
黒尽くめの青年が取り持つように言う。
「ああ、それな。一番やべぇって思ったのは、やっぱりほら、ブロウとだぶっちまうけど、コイツの兄、だろ。」
そして黒尽くめの青年を指す槍を持った青年。
刺された黒尽くめの青年は自分自身のほうに指を向けて小首を傾げた。
「え?俺の兄貴?」
「あー、わかるぅ。いっちーやることなすこと色々大胆っていうかそれすらも通り越してる節があるよねぇ。」
心底納得したかのように少年が感慨深げに首を縦に振る。
「あぁぁ・・・納得しかけてる私が……」
その横では気弱そうな青年が顔を手で覆って嘆くように同意する。黒尽くめの青年もその二人の様子を見て思い当たる節があったのか、そういえば、と言い出した。
「兄貴の荷物うっかり燃やしちまった時に雷系の最強呪文を死なないレベルギリギリで食らわされたことがあったっけ……いや、もちろん謝ったけどさ!」
「うわぁ、いっちーってば極悪ぅー。」
「酷い兄もいたもんだなぁ。」
「ごごご、極悪で恐ろしい方です……」
私は頬杖をつきながらフルーツサンドの最後の一かけを口に放り込む。
旅人達の会話を聞いているのも何となく飽きてきた。それに、そろそろ頃合いもいいだろう。
「でさ、話の流れからしてらんらんはどんな酷いことをされたの?」
「聞いてくれよ、語るも涙、聞くも涙の俺のエピソードをよ……」
私は代金をテーブルに置き、席から立ち上がる。
そしてできるだけゆっくりと、かつ気配を消して旅人達の席に近寄ったのだった。
「……ほぅ、お前等中々楽しそうな会話を展開しているじゃないか。ぜひ、私も参加させて欲しいなぁ。」
私はできるだけの笑みを浮かべてみせる。
旅人達がこちらに気がつきー…その表情が、ぴしりと凍り付く。
「あ、兄貴、い、いつか、ら……」
黒尽くめの青年ーもとい、私の弟であるブロウが唇を恐怖で振るわせながら聞いてきた。
「今まで旅をしていて「大ピンチ」って思ったことって何かあるか?……から、だな。」
「思いっきり最初じゃねぇか!居るならいるって言えよ!!」
私の答えに驚きの声を上げたのは槍を持った青年ーもとい、オランジェット。
「何。ここでフルーツサンドを昼食にしていたらなにやら聞き覚えのある声が響いてなぁ。邪魔してやるのも悪いかと思ってな。」
「う、うっそだぁ!!最初っから聞kがしゃん!
おっと、うっかり指と口がすべって風の魔法を少年もといルートに発動させてしまった。
椅子ごとひっくり返ったので後頭部を強打したせいか、目を回しているがセツナに後で軽く謝ればいいだろう。
そんなルートをみて小さく悲鳴を上げたのは気弱な青年もとい、シスキル。
「る、ルートー!!」
オランジェットが倒れたルートに腕を伸ばす。
その腕を遮るように、私はオランジェットの腕をがしりと掴んだ。
「気のせいか。私はお前に何か危害を加えた覚えがないのだがねぇ。もちろん―…これから、は除いてだが。」
これ以上ないくらいの笑顔をオランジェットの方に向ける。オランジェットは器用なことに体を振るわせながらも顔からは滝のような汗を流していた。
私は目線をブロウの方に向けた。
「あの件はそれでお流れにしてやっただろう。それともお前はもっと痛い方がお好みだったのか?」
「や、あ、あの、それは、その……」
急な質問に答えられないブロウ。
私の寛大な行為に感謝されこそ非難される覚えはないので釘を差しておく。
もうすでに絶望のふちに立たされたような顔をしているシスキルは一度睨み付けるとそのまま顔が一瞬で蒼白になった。
そこで、再びオランジェットに戻す。
「なぁ、オランジェット、私が一体何をしたのかゆっくりと聞かせていただきたいな。」
私がそう笑いかけると、どこからか笑いを押し殺すような声が響いた。
「流石主。現在進行形で大ピンチの光景を作るとは、大した者だな。」
その声で、私は理解する。
やりたい放題の許可がとれたことに。
おわり。
兄貴怖いよ兄貴ってことで。