だから今は

ふわり、ふわり、ひらひらと。
小さな小さな羽根のような―…白い雪。
暖かな部屋の中で、少年はその光景を目を丸くしながら見ていた。
「おとうさん!おそらからふわふわが落ちてくるよ!」
外を指差し、少年は部屋の奥で本とにらめっこをしていた男に言った。
男はその言葉に案の牛、ゆっくりと窓の外を見て穏やかに優しく微笑んだ。
「あぁ、それはな、雪っていうんだよ。」
「ゆき?」
少年は、なんのことだかわからずきょとんと首をかしげた。
「うん。多分今日は冷えるから、明日の朝には積もっているだろうね。そうだ、明日は午前中休みにして一緒に遊ぼうか。」
くしゃり、と少年の頭をなでる。
少年は、ゆきがさっぱり何なのかはわからないが、ただこの男の人と遊べるのが嬉しくて。
まぶしいほどの笑顔を浮かべて、二つ返事でうなづいた。



とある北のほうに位置する街の、とある一室。
イレイスは眼が覚めたらしくゆっくりと体を起こしたブロウに挨拶をした。
「お早うブロウ。今日は珍しく遅いな。」
「あぁ、うん……」
ブロウはそれに対して気の抜けた返事をすると、ベッドから降りる。そして、閉まりっぱなしだったカーテンを開いて、外を見た。
眼下に広がる一面の銀世界。恐らく、雪が降っていたのだろう。ブロウはその光景をみて驚く事も声を上げることも泣く、ただぼんやりと立ち尽くしていた。
「どうした?寝ぼけているにしては行動がしっかりしているように見えるが。」
そんなブロウの様子が可笑しいと感じたイレイスは、読んでいた本を閉じると彼の隣に並ぶ。
それでも動かないブロウに、目の前でひらひらと手を振ってみる。だが、ブロウは心此処にあらずといったように目線を外に向けたままだ。
「おーい、立ったまま意識を飛ばすと転ぶぞ。」
ぽん、とイレイスがブロウの肩に手を置くと、ブロウの体がびくりと跳ねた。
「うぉぁ!?兄貴!足音も無く近づいて来るなって!」
「目の前で手も振ったんだが。お前が気がつかないのが悪いんだろう。」
言葉にこそしないが、何があったかと問うてくる蒼い瞳。
けして責めているわけではないということ理解しているのだが、ブロウは何となく一人気まずくなり、そこから目線をそらすように移動した。
「さて、今日は明日のための買出しだろ?早く行こうぜ。」
逃げるような、話題変換。
「そうだな。出来れば雪でお前が転ぶ姿も拝見したいんだが、どうだろう。」
いつもなら突っ込んでくるイレイスも、其処に触れることなく不自然な会話を続けた。
「……お断りさせてくれ……。」
ブロウは着替えの服を片手に相変わらず冗談なのか本気なのかよくわからないイレイスの申し出に異議を唱えておき、
部屋備え付けの洗面台のほうへ向かっていった。
「さて、何回拝めるやら。」
イレイスが彼を目線で追って、一人で呟く。
朝の様子もおかしかったので、おそらく三回はかたいな、と本人が聞いたら軽く突っ込みを入れそうな事を考えながら。



「寒ぃなー……」
外に出て開口一番、ブロウが白い息を吐きながら言った。窓から見ていたときと何一つ変わらず、街は白い雪で包まれている。
大変そうに雪かきをする大人たちを手伝う気など一切無い子供達が走り回り、雪を投げあいながら遊んでいた。
「かなり積もったみたいだな。このぶんだと店も開いているか心配だ。」
続いて出てきたイレイスがかちゃり、と宿のドアを閉めながら周囲を見て分析する。
「ま、行くだけ行ってみようぜ?駄目だったら、明日にすればいいだろ?」
「そうだな。なるべく早くに南にいきたかったのだが、こうなってしまっては仕方ない。」
やれやれ、といったようにイレイスは手をあげると、ゆっくりと歩き出した。
しかし、2,3歩ほど歩いてすぐに足を止める。彼の視線の先には、少し先でふざけあいながら雪玉を投げあう数人の子供が居た。
「……兄貴?」
何をやっているのかと不思議に思い、声を掛けるブロウ。
「今だ危ないブロウ!=v
「へっ!?」
イレイスはそう叫ぶとブロウの腰付近を引っつかみ、無理やり引っ張って彼の体を自分の前に立たせる。
直後、まるでタイミングを見計らったように雪玉がブロウの顔面に飛来するが、
ブロウは何が起こったかわからないままに立ち尽くしていたので、べしゃりという情けない音と共に顔面にヒットした。
つ、冷てッ!
ブロウはそういって、ほほのあたりについた雪を払いのける。
「……ふ、どうやら私にとって幸先がいいみたいだな。」
背後のイレイスのほうにブロウが顔だけ振り返ると、これでもか!というくらいわざとらしく笑顔が輝いていた。
それをみて、瞬時に何をされたかを理解する。つまり、イレイスが立ち止まったのはこっちに流れ弾がくるのをわかっていたのだろう。
そして、絶妙ともとれるタイミングで体を入れ替えてきたのだ。
「兄貴なぁ……」
いいかげんにしろよ、と文句の一つでも言おうかと思ったとき、イレイスがブロウの背後を指差した。
二回もその手に乗るかと言おうかと思ったが、さくさくと雪をかきわけ走ってくる足音が響いたので振り返る。
「あ、あの……ゆ、雪球、ぶつけて、その……」
其処に立っていたのは、泣きそうな表情になっている深めに帽子をかぶった女の子。
恐らく、見知らぬ人に当ててしまって怒られるとでもおもっているのか、ものすごく緊張したような面持ちだった。
さらに、すこし奥のほうに視線をやると、一緒に遊んでいたらしい数人の子供がこちらの様子を見るようにこっそりと家の影にひそんでいた。
「その、あの、わざとじゃないんです、ごめんなさい!」
ぺこり、と頭を下げて謝る。
後ろではイレイスがひょいと肩をすくめていた。ブロウは軽く息を吐くと、少女の目線に合わせるようにかがみこむ。
「大丈夫。気にしてないから。それと、素直に謝ってくれて、ありがとな。」
その言葉に安心したのか、少女は固かった表情をやわらげる。そしてもう一度ぺこりと頭を下げておじぎをすると、さくさくと家の影にいる子供達のほうに駆けていく。
「流石。子供の扱いにかけては上手いな。」
「……ったく、兄貴もいいかげんにしてほしいよ。」
ふふ、と皮肉めいた笑みを浮かべるイレイスに、ブロウは呆れるばかりだった。
「ははは、お前が其処の雪山に突っ込んでくれたら考えてみてもいいぞ?」
そういって、道の隣にかき分けられた雪山を指差すイレイス。
道をあるきやすくするように応急的にどけたものだろうが、結構な高さがあり、ブロウの身長でも受け止めてくれそうだ。
「……考える気ねぇだろ。」
「考えるだけ、だからな。」
ブロウはイレイスの態度に疲れたのか、軽いため息を吐く。
「ため息をつくと早死するらしいぞ?」
誰がつかせてんだよ、誰がッ!
「さぁ。ついているのはおまえ自身だが、それを他人のせいにするとは。」
ひょいとわざとらしく肩をすくめると、イレイスは気を取り直したかのように再び歩き出した。
「誰が原因で、っていいたいんだよ、俺は!」
ブロウも口を荒くさせながらもその後ろを突いて歩く。



しばらく歩くと、目的の店の前についた。
少し人目につくようにと家前にとりつけられた看板は雪がかぶっていて読めたものではなかったが、
ドアノブにとりつけられた札は営業中とかかれており、二人の心配はただの杞憂に終わった事を表していた。
「なんだ、店普通に開いてるんじゃん。」
ブロウが拍子抜けしたように言った。
「前の町は雪が珍しかったみたいだしな。ここは北のほうになるから、日常の風景なのかもしれん。」
「あー、確かに。でも、ありがたいことには変わりないよ。」
先行くイレイスががちゃりとノブを回してドアを開く。からんころん、とドアチャイムが軽やかな音を立てて店の者に来客を告げる。
中に居た店の主らしい中年の女性は、こちらを見るとおきまりの文句と共に迎え入れてくれた。
イレイスはそちらに軽く頭を下げてから、商品を入れるために用意されているカゴを手に取り、必要な物を入れていく。
「あんたら、もしかして旅の人かい?」
店内で珍しくも無いが必要でもない商品をぼんやりと見つめていたブロウに、女性が話しかけた。
「あ、はい。そうだけど……何ですか?」
ブロウは何か不味い事でもあったっけ、と首をかしげる。
「いやー、こういう雪の日に買い物なんてこの村の人はまず来ないからね。
 ウチのダンナもわかってるのか、アタシに任せて子供と一緒に遊んでるのさ―…とと、話がずれちまったね。
 とにかく、こんな日に来たもんだからそうじゃないのかと思っただけさ。深い意味はないよ。」
そういって、女性はイレイスが清算場所に行ったのが見えたのか、急いでそちらに向かう。
ブロウは手持ち無沙汰になり、なんとなく霜が降った窓から外を見ると、女性の言葉通り、仲良く大きな雪だるまを作っている男と子供が見えた。
「……ほう、年に2,3度の雪ですか。」
「そうなのよ。だからこの街だとその日は子供がはしゃいじゃって、オマケに亭主まで一緒になってんのよ。
 まったくもう、ほかの事全てやらされるアタシの身にもなって欲しいもんよ。」
イレイスと女性が、やりとりをしている。女性は文句を言っているが、その口ぶりは楽しそうだった。
しかし、窓を見ていたブロウはそれが聞こえているのかいないのかわからない様子で、何かに取り付かれたかのように窓の光景を凝視していた。


――そう、朝日が昇ったとき。雪が積もっていたのが嬉しくって。
眠そうに眼をこする人は、早起きすぎやしないかと俺に優しく言ってくれた。
でも、約束どおりにいつも忙しい店を閉めてくれて、日が高く上って沈みかけるまで一緒になって遊んだ。
窓の外の、親と子供のように。


それは、俺の中に夢のように眠る、遠い思い出。
思い出してしまわないよう、幾重にも心の奥深くでしまいこんだ記憶。何故なら、最期は悪夢でしかないから――……


「おい、次に行くぞ。」
イレイスがぽんとブロウの肩を叩く。はっと我に返ったブロウが振り返ると、イレイスはすでに大きな紙袋を抱えていた。
「ぇ……あ、おう……あ。兄貴、荷物持とうか?」
「いや、いい。」
す、と両手を差し出したブロウを避けるように、イレイスは店を出る。いつもなら無理にでも持たせようとするのに、とブロウは不思議に思った。
「え、何で?めずらしいな。」
「今のお前の持たせるのは穴の開いた泥舟に乗るようなものだからな。」
イレイスはブロウの問いに当たり前、といったように答える。しかしそれでも荷物が重いのか、少しふらつきつつ歩くイレイス。
気まずいわけではないが、なんとなくバツが悪くなりブロウはうつむいた。
その背後から女性が店員としての声が響いたが、それは別次元のように遠く響いた。



結局、二人の買い物が終わったのは太陽が少し天辺から傾いてからであった。
朝に比べてようやく雲に隠れていたお日様も顔をだしはじめて、気温は朝に比べて上がっている。
少し解けかけた雪を踏みつつ、先頭を歩くイレイスの両腕には色々な物がめいいっぱい入った紙袋が抱えられていた。
もちろん、傍から見ていてもそのバランスの悪さは眼に見張るものがあり、ブロウは何時落としてしまわないかと心配で仕方が無い。
「なぁ、やっぱり俺も持つって……」
本日何度目かのブロウの発言。そんな彼の手には全然荷物がなく、身軽な状態だ。最も、持っていないのではなく、持たせてもらえないのだが。
「今日のお前に荷物を持たせるほど私も愚かではない。それに、もう見えてきた。」
イレイスは足を止めることなく歩き続ける。その視線の先には、自分達の泊まっている宿に向けられていた。
「そうだけどさ、何か悪ぃ気がして……」
ブロウはどこか居心地悪そうに頭をぽりぽりと掻きながら歩を進めていく。
「―…そうだな、そう思うなら今此処で軽くすっころんでくれれば私は満足だ。」
「それは、別の話だろ。」
軽口を叩くイレイスに、突っ込みを入れつつ別に怒っているわけでもなければコッチを勘っているわけでもないという事が感じられて、内心でほっと息をつくブロウ。すごく迷惑をかけているような気がして、ここが幸いに街の中でよかったと思う。
「……あーあ、雪だるま溶けちゃったー……」
「ありゃ。むー、おてんとさまの出てるところにおいてたからかなー。」
ふいに聞こえる子供の声。
何事かとブロウがそこに眼を向けると、宿屋の前につくられた小ぶりの雪だるまに向かって子供が二人、残念そうな声を上げていた。
その小ぶりな雪だるまは全身に真昼の太陽光を浴びていたせいか、かなり無残な事になっていた。
「いいじゃん、また雪降るし、また作ろー。」
「そぉだねー。」
二人組みの子供はすぐに溶けかけの雪だるまに興味をなくしたようで、テンポのよい足音でかけていった。
けれど、ブロウは再び何かの魔法に掛かったかのように溶けかけた雪だるまから眼を離せなくなる。

―そう、すぐに雪は消えてしまう。
また、つくろうって約束してそのままで。
叶う事はなかったのは、何故なのか―…

「――ッ!?」
突如、背後から強く押されたような衝撃に、ブロウは前につんのめる。とっさに体性を立て直し後ろを振り返るとかなり不機嫌そうなイレイスの顔があった。
「……全く、何度あけろと言わせれば気が済むんだ?」
そう言ったイレイスの手には両手に大きな荷物を抱えたまま。確かにその状態ではドアなど開けられるわけでもなくブロウに声を掛けたのだろう。
しかし、あまりにも反応が無かったものだから、唯一自由に動かせる足で思いっきり背中を蹴っ飛ばしたらしい。
ブロウが衝撃が走ったポイントに手をやると泥と雪の混合物が付着していたが、とても怒る気にはなれなかった。
「はは、悪ィ。ぜんぜん気がつかなかった。」
ブロウはなるべく悟られないようにと苦笑を浮かべながらパンパンと服を払ってから入り口のドアを開けようとドアのほうに歩み寄ろうとする。
だが、イレイスはドアの前から退く事は無く、ブロウの顔色を伺うようにじっと見つめていた。
「な、なんだよ兄貴?」
なんとなく、その視線が自分の今抱いている感情や考え全てを見透かされているような気がして―…
いや、実際イレイスには見透かされている事が多いので、ブロウは戸惑いの声を上げていた。
ブロウ、顔悪いぞ?
「え、あ……う、うん。ゴメン。」
心配をしているようなイレイスの言葉に、ブロウはなんとなく誤る事しか出来なかった。
イレイスはその返答は望んでいなかったのか、軽くため息をつきつつドアの前から少し離れる。
「……重症だな。初歩的な物にまで気がつかないとは。」
誰にも聞こえない、小さな小さな呟き。そんなイレイスの表情はどこか寂しさと残念さが半々の割合で混じったようなものだった。



部屋に戻り、買ったものを整理して荷物につめる。イレイスは主に自分のものを。ブロウは日用品と手分けしてやっていた。
お互い口を開く事は無いが、作業の音で静か過ぎる部屋独特のいやな空気と気まずさはそこにない。
「さて、お前に対して回りくどい事はしない主義なので、単刀直入に言おうか。」
イレイスが何かどろりとした液体の入った小瓶に文字の書かれたラベルを貼りつつ、そう切り出した。
「何をだよ。」
ブロウはそちらに視線を向けることなく、防寒用の毛布を綺麗に折りたたんでいた。
「お前が始終様子がおかしかった理由、だな。」
作業をしながら、イレイスは言葉を続けていく。
その手には丸いビー玉のような握られており、同じような物が色別に分けられている少し大きなケースを取り出し、同様に分けていく。
「……わかってたのかよ。」
丁寧に、そして手早く手を動かしているイレイスとは異なり、ブロウはぴたりと動きが止まった。うつむいたままで表情こそ読めないが、いつも温厚な彼にしては珍しく、少しだけ怒気を含んだような声だった。
「当たり前だ。私はお前のお兄さんだからな。」
そういったイレイスもまた、珍しく少しだけ自慢げに言った。
「大方、昔の事でも思い出していたのだろう?」
「そうだよ。だけど、兄貴は関係ねぇだろ。」
言った本人が自分でもびっくりするほど、ブロウの声は不機嫌そのものだった。
誰にも触れられて欲しくないどうしようもなかった昔のことを、掴んでくる兄が鬱陶しいと感じていたからかもしれない。
「確かに、私は其処にいなかった。が、それで今のお前が調子悪いのであれば問題はある。」
「……ほっといてくれよ。自分で何とかするから。」
「なんとかなっていないから、こうしているわけだが。」
イレイスの言葉の一つ一つが、ブロウに突き刺さる。どうしようもなかった、それは理解している。理解しているからこそ、苦しいのかもしれない。
「今日だけだ……明日になったら、」

忘れる、のか?

たまたま怖い夢を見て、すこしいやな気分になった。それだけ。
今日みたいな事は生きている限り、必ずあること。だから、明日になったらまた元気にやっていけるとそう信じていた。
イレイスの視線は、何時の間にかブロウをしっかりと捕らえていて。
「…………、それ、は……」
逃げるように、ブロウはうつむいたままだった。結局、逃げているだけなのだと気がつかされる。
それはとても、怖い事だった。
「いいかげん、お前も折り合いをつけろ。もう、何年立ったと思っている。」
自分には決して出来ない、痛い一言。ブロウは、自分の血液がカッと頭に上っていくような気がした。
っ……俺は兄貴ほど頭良くねぇし、冷血にもなれない。こっちの事もあんま知らないくせに、知ったように言うなッ!!
いつもと質の違うブロウの怒鳴り声。
それを受けたイレイスは別段驚いた風もなく、畳み掛けの毛布をしわになるほど強い力で握り締め、こちらとは決して眼をあわせようとしないブロウを黙って見つめるばかりであった。
数秒の沈黙の後、ブロウが不意に立ち上がる。
「……頭、冷やしてくる。」
それだけ言い放つと、ドアノブを握り、行ってしまおうとするブロウにイレイスは言葉を投げかける。
「……晩御飯までには帰ってこい。夜は冷えるからな。」
しかし、ブロウは何も聞こえなかったかのようにドアを閉めて出て行った。イレイスは少しだけ傾いた太陽を見た後、作業を再開する。
一人いなくなっただけで随分と広く感じられる部屋の中で、片手をあごの下にあて少し考えるふうなポーズをとる。
「……かなり遅めの反抗期か……?」




「はは……っ、俺、本当に最悪……」
起こった勢いで宿屋を飛び出したブロウは、それほど位置の離れていない公園で切られた派遣のごとく頭を抱えて凹んでいた。
ちらほらと子供の作ったとおもわれる雪のモニュメントのおかげでどこか賑やかには見えるが、日暮れも近いという事で周囲に人影は無く、不気味なほどに静かだ。
「はぁ……なんで、こうなっちまったんだろうな……」
大きくため息をついて、天を仰ぐ。
そして、自分がようやく絵本がようやく絵本が読めるようになったころの悲劇を思い出す。
目の前で殺された父親。どうしようもなかった子供の頃。何故、とかどうして、とか、もう調べようもなくって。
思考が深く沈んでいくのに気がつき、ブロウは打ち消すようにゆっくりと首を振った。
「……そういえば、兄貴とあんまりそういう昔の話したことないよな……」
ブロウ自身が聞いた限りでは、自分とイレイスは全然別の子供のようにして別の場所で育った。
イレイスはその時まだ生きていたらしい母親に(今はどうなっているのかはわからないし、イレイス自身知ろうとも思っていないようだったが)
預けられるようにして高名な魔法学校に入学させられ、貴台稀とも呼ばれるほどの才能を開花させた。ということだけだ。
大体の道筋だけは教えてくれたが、その中の生活については一切と言っていいほど教えてはくれなかった。
それにブロウもあまり昔の話はしたくなかったので、お互いに明かしあわなかっただけなのかもしれない。
「俺は、兄貴のこと良くしらないんだな……割と。」
一緒に旅を始めて3年は確実に立っている。それなのに。わかっている事といえば大体の性格と好みだけだ。
それがひどく、薄っぺらなように思える。それは向こうも一緒なのだが、なぜかイレイスはこちらのことを知り尽くしている節がある。
最もわかりやすい性格をしているから先読みされているだけなのだが。
「……ったく、考えてもラチ開かないし。わかってる、わかってるけど。」
いかんせん戻りにくい。ひどい言い方をしてしまったのは、わかる。
いつも一緒にいた仲間―…いや、家族にあんな口の利き方はなかっただろうよ、とブロウはイレイスに投げかけた言葉を思い出しながら自虐的に笑った。
それに、イレイスも怒っている。気がする。それを考えるだけで、ため息が漏れる。
なんていって謝ればいいだろう。ごめんなさい、に続く言葉も前につけるべき言葉も見つからない。
「どう、すれば、いいんだろうな……」
いつの間にか日は暮れて、少し薄暗くなってきた。出て行く直前に晩飯までには帰ってこいといわれたが、正直そんな気分にはなれなかった。
ブロウは少し冷えてきた体を温めるように、公園から歩き出す。もちろん、宿屋とは全然違う方向で。

こら、そっちは宿の方向じゃないぞ。

随分と聞き覚えのある声が背後から響いた。くるりと振り返ると、其処に立っていたのは何時もの白い衣装を来た兄。
「……な、なにしに来たんだよ。」
思わず、ブロウは後ずさる。
「何って。よくよく考えたらお前迷子になりそうだったから探しに出てみたら案の定。」
そういって、ブロウの進行方向を指差すイレイス。意図的とはいえ、全然宿とは違う方向なのだからぐうの音も出ない。
「さて、バカとはいえ風邪を引かないとも限らないからな。とりあえずご飯だから帰るぞ。」
そういって、イレイスはブロウの腕を取り、宿の方向へと歩き出す。ブロウは、気を使わせているのだと直感した。
「……え、っと、兄貴。俺――」
「私は思うのだがね。」
ブロウの台詞にかぶせるようにイレイスは話を切り出した。
「昔は昔だ。今ではない。お前も私も、今を生きている。だから今は―…そんなものに捕らわれなくとも良いのではないか、と。」
淡々と言う、イレイスの言葉。
迷い無く進む、イレイスの足。
いつもなら、一緒に歩む事ができるブロウだけれども、今日は後ろについて歩くばかりだった。
「だが、お前が迷うならば先も歩いてみせよう。捕らわれるのならば引っ張ってやろう。なんせ、私はお前のお兄さん、だしな。」
「……なんだよ、それ。」
イレイスの物言いに、ブロウは少しだけ笑った。
先に進むイレイスは、ブロウのことが見えない。それはある種の気遣いで。
「私なりの優しさだ。」
「……うん、ありがたく受け取っておく。ゴメン。それと、ありがとう。」
「ああ。」
日の暮れていく街を、二人は雪を踏みしめて歩く。
その足跡は、仲良く四つの後がずっと続いていた。


だから今は おしまい


(ちょっとイレイスとブロウの過去に触っときたかった作品。お兄様が変に優しい。やまなしおちなし意味はあるけど。)


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