力をあわせて

とある所の王国に、一人の愛らしいお姫様が居ました。
お姫様は、生まれてこの方外に出たことがありませんでした。
というのも、お姫様のお母様は超がつくほどのお転婆王女。
ところが、そのお母様は何時ものように森に出た先で大怪我を負って帰らぬ人となってしまったからです。
そのことにいたく悲しんだ王は、愛らしいお姫様にお母様の二の舞を踏ませたくなく、城下町に出るどころか、城から一歩も出してもらえませんでした。

ああ、かわいそうなお姫様。

お姫様は空の美しさを知らない。
風の心地よさも知らない。
宵闇に浮かぶ月の神秘さも知らない

そして何より、お母様の愛した城壁を越えた草原から見える朝焼けの壮大さを知らない。

お姫様は何時も一人でした。
お姫様は笑ったことがありませんでした。
お姫様は、いつもうつむいていました。

お姫様は、可哀相なお姫様でした。

それは、お姫様が10になる前夜。
王は愛らしいお姫様のためにたくさんのご馳走と賑やかなパーティの準備をしていた、その夜。
お姫様は準備で忙しい城の者達に見送られながら自分の部屋へと戻ることにしたのでした。
真っ暗な部屋で、お姫様は考えます。

願いが叶うならば。明日のパーティもなにもかもが無くなってしまえばいいのに。

退屈しか知らないお姫様は、明日で10になるというのに、人生を悲観していました。
お姫様は不貞寝をするように、そのままベッドに潜り込みます。
そして―…しばらくして、健やかな寝息がベッドから上がり始めました。

遠くのほうで、何処かの時計が三回、時を告げました。
廊下の煌びやかな明かりは消え、十数名いる見回りの兵士だけが城内を歩きます。
彼らを避けるように、そこそこ早い身のこなしと抜群の気配の消し方で、一人の男が城内に侵入していました。
真っ直ぐ進むは、お姫様の眠る寝室。彼は、ゆっくりとドアを開いてお姫様の部屋に忍び込みます。
きい、と蝶番が音を立てましたが、お姫様はぐっすりとベッドの中で眠っていました。
男は、来たときと同じような速度でゆっくりとドアを閉めます。
そして、躊躇いがちというか二歩進んで一歩下がるという躊躇いすぎの足でゆっくりとベッドに向かっていきました。
天蓋のついたベッドを覗き込んだ時でしょうか。ふいに、お姫様のほうがぱっちりと目を覚ましてしまったのです。

『…………。』

両者、目と目が合います。その瞬間。城を震わすほどの金切り声が上がりました。

はああああ!!!すいませんすいません申し訳ございませぇえええん!!!

大きな声で床に顔を擦り付けて謝罪するのは、男のほうでした。お姫様はいきなりの事でぱちくりと目をしばたかせるばかり。

「起こしてしまいました!?そうですよね!
 この私めが異様な行動をとるから貴方様の安眠の妨害をしてしまうとは全く持って腹立たしい!ああ、すみませんごめんなさい申し訳ございませんー!!」

がばりと男はその場で頭を地に付けます。コレを所謂土下座というのですが、姫様は幼かったのでよくわかりません。
ただ、これだけ大きな音を立てたものだから、遠くの方で足音が聞こえ始めたのが心配でした。
何故なら、見知らぬ来客に城の兵士が許すとは思えなかったからです。
「ちょ、ちょっ、ちょっとぉ!しすきるんってば、早ぁッ!」
驚きの声を上げたのは、ベッドの下からでした。お姫様とあまり年の変わらない少年がずるりとベッドから這い出て来たのです。
これには、お姫様も驚きを隠せませんでした。
「でででもぉ、ルートさぁん……」
「もういいよ。僕はお姫様を連れて逃げるからさ……後、シクヨロ♪」
そういって、少年はびっくりした顔のお姫様の腕を掴みます。そして、お姫様に向かってにっこりと笑いかけました。
「プリンセス、僕と一緒に踊ってくれない?……なんてね!答えは聞いてないけど。」
ぐい、とそのまま少年はお姫様の腕を引っ張りました。
お姫様はとっさにベッドの傍に置いてあったスリッパに足を通すと、少年に引っ張られるように足を進めます。
その方向は出口ではなく、ただの壁。兵士達の足音は確実に近づいているのに、何をしているのだろうかとお姫様は思いました。
少年は、にこにこしながらお姫様から手を離します。
「そぉれぇっ!」
少年は掛け声と共にすぐ隣にあった本棚を思いっきり押しました。
すると、その本棚はずるりとスライドし、あるべきはずの壁の先は子供が通れそうな黒い穴がぽっかりと空いていました。
所謂、隠し通路という奴なのでしょう。
「さ、いこっか。」
少年はにっこりとお姫様に微笑みます。お姫様は何となく、腕をさし伸ばしていました。
少年はその腕をとり、お姫様とともに黒い穴の中へと身を滑らします。
その瞬間―…唖然と立ち尽くしている青年に軽く手を振っていました。
「え、あ、あのぅ、私は……どどど、どうすればぁっ……」
涙目のまま、青年はオロオロと困惑してみますが、どうにもなりません。もう、兵士の声はすぐ傍まで響いていました。



「ごめんね、しすきるん。君の事は忘れないよ……今日中はね。」
穴は、長い長い滑り台のようになっていました。お姫様は少年に抱えられたまま、滑り台を滑っていきます。
誘拐されたのだと本来は騒ぐべきなのでしょうが、もう王家に嫌気がさしてきたお姫様の事。
いっそこのまま誰かに連れ去られてそのまま殺されても別に良いような、そんな気がしていました。
「あー、そうだ。今だからいうね。いちおー、僕らは君を傷つけるつもりはないらしいよ?」
少年は、言います。真っ暗なので表情は伺えませんが、きっとにっこりと笑っているのでしょう。
でもなぜそれなら疑問系なのだ、とお姫様は言いたくなりました。
「あ、ほらほら出口だよ〜♪」
少年は、まっすぐに指を指しますが、先は暗くて何も見えません。しかしすぐに、滑り台は終わりました。
少年はお姫様を抱えたまま床に勢いを消しきれず少し滑りました。お姫様は止まった少年の腕から離れ、立ち上がります。
明かりは殆ど消えていてわかりにくかったのですが、どうやらここは城を出て隣にある教会の一室のようでした。
「ここ、来たことある?」
少年の問いかけに、お姫様はこくりとうなずきます。
お姫様は毎週行われているミサのたびには足を運んでいたので、ある程度は詳しいつもりでした。
「そっかぁ。ならこっちがホールで、あっちが裏口、わかる?」
こくん、とお姫様はうなずきます。そのとき、遠くの方からですけれど、兵士の声が聞こえてきます。
たぶん、連れ去られたお姫様を捜しているのでしょう。
「うわ、早。もうちょっと粘ると思ったんだけど。」
少年が眉をひそめます。兵士が探しているという事は喜ぶべき事なのでしょうが、お姫様は浮かない顔をしていました。
なんとなく、その前のやたら腰の低い男もそうなのですが、目の前の少年が悪人には見えなかったからです。
兵士たちに捕まってしまい、酷いことをされると考えるだけで悲しかったのです。
「お姫様、口をしっかり閉じててね。」
少年はまず、背負った鞄から何かを取り出し投げつけると、小規模の爆発と共にそこにあった窓ガラスが割れました。
そしてお姫様にウインクを一回。

「君の道筋に幸あれ、なんてね♪」

お姫様を抱えると、一体その小さな身体にどれだけの力があるのやら。軽々抱えたお姫様を窓ガラスのほうに思いっきり投げました。
お姫様は悲鳴を上げることも忘れて驚きます。身体がふわりと浮かんだ感覚がしたとおもうと、すぐに重力に引っ張られていきます。
あまり高さは無いとはいえ、それでも怪我はするでしょう。お姫様は急に怖くなって目をつぶります。

おおおお!!??ちょ、ちょっと待てえぇえええー!!!

まず、下から響いてきたのは驚きの声。
地面にぶつかってしまう、と考えていたお姫様ですが、落ちた先は固い地面ではなく、なにか別の柔らかいところでした。
お姫様がおそるおそる目を開くと、真っ暗な空が一面に広がります。
「えーと、悪いけど退いてくんねぇかなぁ……」
声がしたのは、自分のすぐ下。どうやらお姫様の事を誰かが受け止めてくれたみたいです。
お姫様は悪い気になり、すぐさま立ち上がります。そして、申し訳なさそうな顔で下敷きにしてしまった人を見るのでした。
「あー、んな顔すんな。俺は丈夫なのが唯一のとりえだから。」
下敷きにしてしまった人は、男の人でした。腰が低くもなく、にこやかでもなく、取り立て普通の人です。
男は、地面に落ちた煌びやかな槍を手に取り、背に挿します。
「さて、こっからは俺に付いて来てもらうぜ?」
すっと男がお姫様に手を差し出します。そのとき、兵士たちが教会に到着したのでしょう。
物々しい騒音がすぐ側から響きわたります。お姫様はびくりと肩をふるわせ、そちらを見ます。
何故ならそこには、あの少年が居たからです。
「アイツなら殺しても死なねーよ。ほら、早く行くぜ!」
男は動きを止めたお姫様の腕をひっつかむと、そのまま走り出します。お姫様はなんとか男の足に追いつけはしない物の、転ばないように必死で足を進めました。
男は、どんどん城から離れ、町の方へとかけていきます。
「目的地は、あの時計台だ。しっかり付いてきてくれよ?」
男はそういって、城下の中央にあるこの国の自慢でもある大きな大きな時計台を指しました。
お姫様は城の窓から見た事はありますが、そこに何があるのかはわかりません。
静かな城下町を、二人で駆け抜けます。時折、男性は気遣うように振り返るだけであまり言葉を向けてくることはありませんでした。
それでもお姫様は、胸が高鳴るのを感じていました。
初めて、兵士でもなければ城に仕えているわけでもない人とこうして共に行動しているからなのか、
それとも走りすぎているだけなのか、はたまた不謹慎ながらもこの一連の流れがまるで本の中の世界でしかない大冒険のように感じているからなのか。
お姫様には、わかりませんでした。ただ、怖くはありません。後ろから響いてくる兵士の喧噪を除けば、ですが。
「……やっべぇな。やっぱ一番にアイツ持ってきたの失敗だったんじゃね?」
後ろから響いてくる多数の足音、そして怒声に紛れるように、男は一度舌打ちをします。
その間にも状況は悪くなる一方です。お姫様の足があまり速くないので、じりじりと後ろに追いつかれつつあるのが原因でしょう。
「しょーがねぇ、ちっと速いがここで時間稼ぐか。」
男は、お姫様の手を離すと、お姫様を守るようにくるりと振り返りました。そして、ぽんとお姫様の頭を叩きます。
「いいか、あの時計台まで全力疾走。いけるか?」
お姫様はひとつ、こくりとうなずきます。
何故誘拐犯の言葉に従っているのかはわかりません。もしかしたら、救世主のように見えたのかもしれません。
つまらない、くだらない生活を、ぶち壊してくれるような気がしたのです。男はニッと笑うと、お姫様の背中を押しました。
「いよっしゃ!ファー、適当に暴れるぜ!」
男は駆け出すお姫様に見向きもせず、背負っていた煌びやかな槍を構えました。その視線の先には、多数の兵士。



お姫様は走ります。その足に履いているのが室内用のスリッパで、とんでもなく走りにくくても、一生懸命時計台まで走りました。
道はわかりませんが、時計台はとても大きくて目立つので、そちらに向かって走ればいいので簡単です。
後ろの兵士達の喧噪は、あの男の人ががんばっているのか、少しづつ離れていきます。
やがて―…時計台まで、お姫様はたどり着きます。
一生懸命走ったのは初めての事だったので、肩で息をしていると、不意に声がかかりました。
「……え、一人?もう一人の男の人、知らないかな?」
立っていたのは、絵本に出てくる魔王のような格好をした男でした。全身黒尽くめで、夜でも輝きそうな金の瞳がよりいっそう魔王感を際だたせています。
お姫様は内心で恐怖しながらも、指を槍を持った男と分かれた地点の方だと思う方を指しました。
「そっか。こっからは俺なんだ。目指す先はあの時計台。ちょっと怖いかも知んないけど、よろしく。」
黒尽くめの人はお姫様に笑いかけながら、時計台の天辺を指します。時計台には、くるりくるりと手すり付きですが螺旋階段があります。
恐らくそこを登って行こうといってるのでしょう。お姫様は黒尽くめの人の手を取りました。
黒尽くめの人は、時計台の螺旋階段への入り口まで行きます。そこは、普段は使われないのか小さな門で封鎖されていました。
「……ちょっとごめんなさい!」
そういうと、黒尽くめの人は腰に差した剣に手を触れます。きらりと何かが光ったかと思うと、門はまっぷたつになりました。
黒尽くめの人は、お姫様を先に行くように促します。
「大丈夫、転んでも俺がフォローするから。」
そう、優しく笑いかけられ、お姫様は決心します。この、高く長い螺旋階段を登っていくことに。
お姫様は、階段を一つ上ります。本当に緊急時のみに考えて作られたそこは、とても子供の足で上れるようなものではありません。
しかし、誘拐犯にどこまでも付き合ってみたくなってみたお姫様は、一生懸命登っていきます。
「―…いた、姫様はあそこだッ!!」
4分の1ほど登りきった頃でしょうか。怒声が、地面からあがったのです。
お姫様がそちらに目を向けると、大勢の兵士たちが時計台を取り囲んでいました。
「おい、そこのお前、今すぐ止まって姫様を解放しろ!」
隊長らしき人が、声をはりあげます。お姫様はびくりと身体をふるわせ、後ろを振り返りました。
本当は、自分がおびえることなんて何一つ無いはずです。でも、捕まえられてしまっては、いや、自分がつかまってしまえば、あのいつもの日常に戻ってしまう。
「大丈夫。先に進んで。頂上で待ち合わせしてるんだ。」
励まされるように黒尽くめの人に声をかけられ、お姫様は登っていきます。兵士たちの怒声は大きくなるばかりでしたが、気にしていられません。
その光景に兵士たちも下でとどまってられなくなったのか、我先にと割れた門から登っていきます。
そして、子供と大人のガチンコ鬼ごっこが、始まりました。お姫様は時折危なげなステップで登っていきます。
すでに数回転びそうになりましたが、そのたびに黒尽くめの人が優しく支えてくれるので、すっかり信用して足を早めていきます。
後ろの方では、兵士たちが追いかけてきます。
しかし、重い鎧で身を包んだ彼らはこれまでのおいかけっこと時間稼ぎと称された誘拐犯達の抵抗を一身に受け止めていたせいか、所々疲れが見えます。
両者、ほぼ同じようなスピードで螺旋階段を上っていきます。
「あんまり下見ない方がいいよ、柵につかまりながら、ゆっくりでいいから。とりあえず、追いつかれてもなんとかするし。」
時々そうやってアドバイスをもらいながら、お姫様は螺旋階段を登り終えました。大きな時計版の上、少し小さな足場と大きな屋根。
そこに立っていたのは、真っ白な衣装で身を包んだ男の人です。
「お疲れさまです、お姫様。」
白尽くめの人は、どこかわざとらしいほどに恭しくお姫様に頭を垂れました。そして、お姫様に手を差しだし。
「よろしければ、私と一緒に空の散歩でもいかがです?」
などと、不適に笑って見せました。その背中には、薄暗い空にきらきらと輝く小さなかけらがたくさん集まっていて、翼のように見えました。
お姫様は、その光景に目をしばたかせます。ですが、その間にも兵士たちは着々と登ってきていたらしく、怒声が響いてきます。
「はぁ。空気を読まない者が多くて困る。」
「端から見れば俺ら犯罪者だもん、仕方ねぇよ。」
肩をすくませる白尽くめの人に、黒尽くめの人は苦笑しました。
「さぁ、追いつめたぞ犯罪者達!お前等の命運もここまでだ!!」
一番はじめにたどり着いた兵士が叫び―…お姫様は困ったように両者を見比べます。
「はッ。逃げ道はまだあるさ。……ちょっと失礼。」
白尽くめの人は、お姫様を抱えます。いわゆるお姫様抱っこです。
そして、そのままくるりと振り返り、足場を蹴りました。
「なーッ!!!」
兵士が、驚きの声を上げます。何故なら、二人の身体は落ちるどころか重力に逆らいぐんぐん上昇していったからです。
「頼んだぜ、兄貴ーッ!」
時計台から、黒尽くめの人がそう言いました。
お姫様がそちらに目を向けると、黒尽くめの人は兵士に囲まれながらも、笑顔でこちらに手を振っていました。

「どうだね、お姫様。」

空を飛んで、向かう先は国の外。お姫様を優しく抱え、白尽くめの人がお姫様に問いかけます。

「空は美しく、風は心地良い。―・・・案外、悪くないだろう?」

にやりと、白尽くめの人が笑いかけます。お姫様は、自分が悩んでいたことを言い当てられてしまったので、びっくりしました。
けれども、白尽くめの人の言うとおりなので、すぐに顔が綻びます。そして大きく、ひとつうなづくのでした。
「その顔で、今回の大冒険っぷりを王様に話してあげれば良い。そうすれば―…人生3割り増しで楽しくなること請け合いだ。」
その言葉で、お姫様は確信しました。この人達はやはり、ただの誘拐犯等ではないことに。
あなたは。
あなた達は、いったい何者なんですか。
お姫様が口を開こうとしたとき、大きな鐘が5回、空に響きわたります。もう、夜明けも近いでしょう。時計台が、5時をお知らせしているのです。
「やはり、只で外には出してくれないか。」
白尽くめの人がつぶやきます。国の領地を表す最後の壁として、この国には立派な城壁がありました。
その上には、弓矢を構えるものや法衣を着たものがずらりと並んでいます。打ち落とすつもりなのでしょうか。
お姫様は、ぎゅっと白尽くめの人が着ていた上着をつかみます。
「そう心配するな。すでに考えられていたこと。手は、打ってある。」
そう白尽くめの人が言った瞬間―…再び、空が闇に包まれました。
しかし、夜の闇とは比べものになりません。どれだけ目をこらしても、どれだけ目をこすってみても、一寸の先さえも見えない完全な漆黒でした。
「急ぎなさい。この魔法は、夜明けまで。2分持ちませんよ?」
ふと声の方を見ると、大きな建物があったらしき場所の天辺に、黒髪で黒目の不思議な人が立っていました。
その人は何処と無く神秘的な雰囲気を醸し出していて、お姫様は男の人なのか女の人なのかもわかりません。
「知っているさ。お姫様、なるべくしっかり掴んでおけよ。」
白尽くめの人がいうと、風を切るスピードがあがりました。
周囲は相変わらず見えませんでしたが、お姫様は何も考えず言葉通り服をぎゅっと掴みます。
そして黒髪の人の言葉通り、すぐに、闇は溶けていきました。まるで夢のように消えていく闇の向こうでは、空が白くなっています。夜明けでした。

「わ・・・・・・っ・・・・・・」

お姫様が、その光景に声を上げます。
それは、お姫様のお母さんが愛してやまなかった光景でした。
広い草原の奥にある森。その木々の間から、太陽がゆっくりと顔を出していきます。
薄暗かった空も、色を持っていき、美しく彩られて。それを高い場所から見下ろす事が出来たことに、お姫様は初めて感動しました。

「さてー・・・私の役目はここまでだ。」
白尽くめの人はそういうと、ゆっくりと地面に降りていきます。その間もお姫様は自分の目の前に広がる光景に釘付けでした。
とん、とすぐに地面につき、身体を降ろされます。そこは草原の真ん中で城壁からは、ほんの少しだけ距離があります。
「そこまでだっ、誘拐犯め!」
それは、兵士さんの3回目の怒声でした。くるりと振り返ると、そこにはずらりと兵士が並んでいました。
隊長が、勝ち誇ったような顔で前に一歩前進しました。
「お前の仲間はすでに捕らえた。こいつらが痛い目みたくなければおとなしくお縄につけ!」
並ぶ兵士の前に投げ出されたのは、気弱そうな男と、にこやかな少年、そして槍を持っていた人と、黒尽くめの男。それと、黒髪の人でした。
皆一様にロープでぐるぐる巻きにされて、窮屈そうです。
「やれやれ。困ったな。」
と、白尽くめの人はぜんぜん困ってないようにつぶやきました。
「いいか、無駄な抵抗をしたら、どうなるかわかってるな!」
そういって、隊長は男の人がもっていた槍を持ち主の側へ乱暴に突き刺しました。
ひ、と小さく悲鳴をあげた男の人は、そのままうつむきます。
「仕方ない、な。」
お姫様は、心配そうに顔を向けます。やはり、白尽くめの人は困って無いどころかどこか楽しそうな顔をしているのでした。
「―……に、答えろ、ファフニールッ!!
声があがったのは、槍を突き刺された男のほう。瞬間―…あたりに眩しいほどの光と、目も開けてられないほどの風が吹き荒れました。

お姫様も同様に、目をつむります。
風の音の中から、いくつもの足音が響きー・・・
そしてその中から、いくつもの自分の誕生日を祝う、声。

目を再び開けたとき、そこに誘拐犯達はいませんでした。ただ、切り刻まれたロープがあるばかり。
目を森の方に向けると、空には白と黒の人。そしてさほど離れてない場所に、煌びやかな槍と共に走る男性が見えました。
それをすぐに、兵士が追いかけます。お姫様はただ、感謝のことばと共に彼らの無事を祈るのでした。

その後、このお姫様が女王様と同じくおてんばに育ったのはー・・・また、別の話。

- * - * - * -

とある森の中の町にて。直ぐ近くに大きな国のあるそこは、そこそこに栄えていた。
そんな一軒の宿屋に、珍しい客が居た。
それは、とある国の隊長。
「……つまり、明日お姫様を誘拐しろと。」
そう言ったのは、イレイス。
テーブルには、ブロウとたまたまであったセツナとルートとシスキルとオランジェットが居た。
「ああー…姫様は毎日退屈そうにしてらっしゃる。なんとかして励ましてあげたいのだ。」
ふむ、とイレイスは考える。
「城から殆ど出してもらえないなんて、酷い話だねぇ。僕ならとっくに脱出してるよ。」
「まぁ、そりゃ貴方はそうでしょうね。」
「可哀相だよなー、流石に。何とかしてあげたいな。」
「依頼領もがっぽり……ふふふ、ようやくマトモなメシが食えそうだ!」
「あああ……この私がお手伝いなんかして大丈夫なんでしょうかぁあああ……」
各々、話を聞いて感想を漏らす。
イレイスはふう、と一つ息を吐くと隊長に向いた。
「いいだろう、その依頼―…受けよう。ま、私の知恵と隊長様の協力があれば簡単に出来そうだしな。」


- * - * - * -
おまけ。

光放つ草原を駆け抜けるのは6人。
「はじめに言っておくが、逃げきれないと報酬は無しだからな。」
そういう契約だし、と続けたのはイレイス。
小さく詠唱すると、その背中に魔法で作り上げた翼をはためかせる。そして地面を蹴る際、側にいたブロウの首根っこを掴んだ。
「タンマタンマっ!!それ息つまるって!!」
「じゃ、お先にー。」
ブロウがイレイスの腕をタップするが、全く気にせずイレイスは飛翔する。
「ちょ、お前ズルっ・・・・・・」
オランジェットが思いっきり二人で逃げるイレイスをにらみつけますが、イレイスはそのまま高度を上げていく。
「それじゃー僕らもさくっと逃げますか。しすきるーん、待ち合わせだから遅れないでねー。」
その隣では、ルートがセツナを抱えると、まるで音速を超えるかのように駆け抜けた。
離れていく中、セツナのどこか冷めた声がオランジェットを応援する。
「あああ、待ち合わせ・・・・・・待ち合わせなら、遅れてはいけませんです・・・・・・」
シスキルはそういいながら、右手を掲げる。すると、右手が淡く輝き、姿がみるみるうちに消えていった。
「おおおー!?こんの、裏切り者ぉー!!」
オランジェットは対して逃げる方法を所持していないので、そう叫ぶしかなく。
ただ楽しそうな声が、背負った槍から響いてくるのを聞くしかなかった。

『主、速く逃げないとまた飯を食いっぱぐれるぞ?』


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