呪文の詠唱
俺は、呪文の詠唱ってのが嫌いだ。
いや、俺自身は魔法なんか使えないからそう言ってるんじゃない。
発動させるのに必要不可欠ってことは知っているし、何より威力も精密度も増すってことも知ってる。
だって、いつも一緒に旅をしている兄がそう言っていた。
いつも呪文の詠唱を省略して発動してるときと、そうじゃなくってちゃんと手順踏んで詠唱したら威力が3倍になるって、
目の前で実践もしてくれた。
もちろん、そんなことをしてたら省略して発動させるときより30倍の時間は掛かってたけど。
俺は、呪文の詠唱ってのが嫌いだ。
いつもいつも魔法でなんとか解決しちゃう兄の魔法を見ていると、
すくなくとも良く使う魔法については詠唱で大体の魔法がわかるようになった。
だからって唱えて自分が同じ事を起こせるかと聞かれれば、そうじゃない。
一度やってみたが、兄の使う魔法の1割の威力もでなかったし、っていうか、マッチの火くらいしかつかなかった。
それでも兄は凄いといって笑っていたけど、馬鹿にされたような気がした。
俺は、呪文の詠唱ってのが嫌いだ。
馬鹿にされたからちょっと悔しくなって自己流に魔法の勉強を少しだけしてみて。
兄がいつも省略しているのを本と同じように手順を踏んで、さらに威力が増すかなぁ、とか思って一字一句呪文を覚えてとなえてみた。
もちろん、馬鹿にした兄に見せ付けるように目の前で発動してみた。
途中で兄が珍しく焦燥した顔つきになってたけど、生憎と俺は目の前のことで精一杯だった。
俺は、呪文の詠唱ってのが嫌いだ。
結論として、魔法は発動した。正しい力よりもやや強く、いや、ものすごく強かった。
焚き火を点けるだけの魔法だと思ってたんだけど、その場で3メートルの火柱が上がった。
ちなみに森の中の話だった。火事になる直前にとっさに兄が魔法を使って消し止めてくれた。それはありがたかった。
でも、近くにあった兄の荷物の一部は燃えていた。そして、その中に彼がとてもお気に入りにしていた本もあった。
俺は、呪文の詠唱ってのが嫌いだ。
省略するから威力がほぼ無くなる事を仮定して焚き火に使っていただけらしい。
と、言うのをその辺にあった木に巻きつけられてから聞かされた。
兄は口調は穏やかに、ものすごく笑顔で。でも口元は笑っていなくて。
俺は何度も何度も謝ったけれど、聞き入れてはくれなかった。
俺は、呪文の詠唱ってのが嫌いだ。
ああ、兄がわざとらしく正しい呪文の詠唱を始める。
多分、発動までのタイムリミットを存分に楽しんでいるんだろう。
たしかそれ、雷系統の最高ランクに位置する呪文だったなぁ、と俺は絶望の中で冷静に考えていた。