友達
ここはとある国のとある学園都市。
国一つが学園都市としての機関をもっているのである。
そこに通う生徒は多種多様。
しかし、皆一様に卒業という二文字を目指して、日々切磋琢磨しているのである。
学園都市内。とある寮の一室。
ふわりと開かれたカーテンが舞う静かな室内。エルフ耳の男が一人、机に向かっていた。
積み重なっているのは、本、本、本。だがそれらは悠然と散らばっているのではなく、分類ごとにまとめてつまれている。
「……風の定義が、こうなる。だから―……」
かりかりと、ペンが紙を引っかく音だけが鳴り響いていた。
だが―…その静寂も、次の瞬間破られようとしていた。
「やほーい、ウルスラ。今日も勉強とはつまらない男だね全く!」
ずかずかと大きな足音を立てて進入してきた男が一人。
彼は黒い大きなシルクハットを頭にかぶり、体は黒のタキシード。
おまけに裏地が赤の大きな黒マントまで着用しており、誰がどうみてもこてこての手品師のような格好をしていた。
ウルスラ、と呼ばれた男―…先ほどまで机に向かっていたのだが、はまるで親の仇をみるかのようにくるりと侵入者をにらみつけた。
「マグイア……どうやって入ってきた!
今回のカギはかの盗賊泣かせのカギ職人、ヒラケ・ゴーマの力作で魔法阻害効果はもちろんのこと対不死者用の結界まで張ってある特注品だぞ!」
勢い良くまくし立てるウルスラにマグイアと呼ばれた男は首をくいっとひねる。
「お言葉だが、我が友人。君に偉人の言葉を授けよう。―…『お前の目は節穴か?』それと、僕の名前はジェイ・マグイア。お互い家名で呼ぶ仲でもなし。」
そういって、侵入者はふわりと舞うカーテンに視線を向けた。
ウルスラは直ぐに自分の愚かな行為に気がついたのか目頭を押さえて、ため息。
そして、キッと正面を向く。
「知るか。僕は今レポートの途中だ。道楽人は出てけ。」
「せっかく茶菓子を持ってきたのに?今日は君の好きなフィナンシェを焼いてきたんだ。」
ジェイは懐から小さな紙袋を取り出す。そしてそれを見せ付けるように軽く振る。
ウルスラはつかつかとジェイに歩みより、ひったくるように紙袋を奪う。
「それだけは貰っておいてやる。用はそれだけだな。さあ帰れ。今すぐ帰れ!」
「……つれないねぇ。そんなにレポートが大切かい?」
ひょいとジェイは肩をすくめる。
「ああ。当たり前だ。僕は君と違って遊べるような身分でもないんでね。わかったなら出て行け!」
「今日はえらく機嫌が悪いな、ウルスラ。何時もの君なら不承とはいえ紅茶のひとつくらい出してくれるのに。さては僕にいえないような悩みだな……」
ジェイは怒鳴りつけるウルスラを尻目にそのばで考え込む。
そしてぽんと手を叩いた。
「そうか!恋か!ついに君にも春が……」
言いかけて、ジェイは気づいた。ウルスラが小さく何かを呟いている事に。
そしてそれは、少なくとも自分が考え込む少し前から始めていた事に。
「いい加減にしろッ!飛んでけぇッ!!」
ウルスラはそうして呪文を完成させ、魔法を起動させる。
ジェイの足元に描かれる幾何学的な模様。完成までに数秒とかからなかった。
そしてすぐに、そこから光があふれ出し―…直ぐに止む。
そこには、居るはずのジェイの姿はなく、ただ静寂が支配する空間に戻っていた。
「―…はあ。窓に結界も張っておくべきだな。それは今度だ。今はレポートを仕上げないと。」
ウルスラはくるりと机に向かいなおすと再び紙ペン先を走らせたのだった。
「…………やれやれ、魔法まで使って追い出しに掛かるとは。そうとう彼の腹の虫は凶暴化しているようだねぇ。」
どこかのんびりとした声で、ジェイは呟いた。
光が走った数瞬後、自分が目をあけてみて広がっていた景色は一面に広がる枝葉と木漏れ日。
なかなかファンタジーな光景だったが、学園の近くに森はない。もちろんあるにはあるが外だ。
「うわっ!?木の上から声がしたぞ!!??」
「えー、何それ?疲れてるんじゃないの……?」
と、下から声が聞こえてくる。
声が若いところをみると学園内にいる他の生徒だろう。ジェイは自分が何処に居るのかすぐにわかった。
学園内でも中央から結構離れた自然公園だ。結構色々な生徒が憩いの場や適当な魔法実験場所として使っている所。
そしてそのなかの、ひときわ大きな木の枝の上。
ジェイは寝転んだまま枝から落ちるように横に1回転。だが体は完全に落ちず手で枝を持ちぶらさがって、枝を折らないようにすぐしたの大きな枝に降りる。
そして何度かするすると枝から枝へ下り、最終的に下の地面へとすとんと降りた。
「……ジェイ、また手品の練習か?」
「おや、その声はミスティ。奇遇だね。でも生憎僕は手品の練習じゃないんだ。」
木から降りると、一人の男性が怪訝な目でジェイを見ていた。
その男はこの学園の生徒らしく、大きく紋章のワッペンがついた服装をしている。
基本的に部屋から外に出るときはそのワッペンをつけなくてはいけない。ジェイは無視をしているが。
「その名前で呼ぶの止めろ。普通にミゼルって呼べっつってるだろ。」
「本名は、ミゼルスティグ・クランブルという名前じゃないか。略してミスティ。」
「だから止めろって。……で、お前は何をしてたんだよ。」
ミゼルは無駄だとわかっているのか、ため息一つですます。
「いやーね、愛しのジュリエットに挨拶をしにいったら上った窓から叩き落されたよ。」
茶化すようにジェイが言うと、ミゼルはもう一度深くため息。
「お前なぁ……いい加減こりねーのな。何回あいつにちょっかいかけて絶対零度を唱えた人もびっくりな対応されてんだよ。」
「確かに彼は永久凍土かもしれないな。特に最近は冷たさに輪をかけているよ。」
また茶化すようにジェイは言うが、ミゼルは今度はため息を出さず、厳しい目をジェイに向けていた。
「……当たり前だろ。アイツと俺らはもう住む世界が違う。知ってるだろ、学園のルールだ。」
「ランク付け、だったかな?」
うーん、とジェイは首を傾げる。この学園には当然、クラス分けがある。
クラスというよりも―…ランクだ。A〜Cの第一位ランク、D〜Fの第二位ランク、G〜Iの第三ランク、そしてZの第四ランク。
ランクが変われば学園で使える施設が違い、住む寮の立地条件も違う。もちろん、上に行けば行くほど良い場所に住める。
「だよ。あいつ前回のランクテストでCに上がったじゃないか。
……俺らはDのままだったけどよ。第一ランクつったらエリートだろ。そんな奴らは俺らみたいなんとつきあわねぇだろ。」
「といっても僕たちとひとつ違うだけじゃないか。」
「その一つが大きいんだよ、馬鹿。DからCに上がるのは一番最初のでけぇ鬼門だ。オ気楽なジェイにはわかんねぇだろうがよ。」
がしがしとミゼルが頭を掻く。あまり第一ランクの人間に好感を持っていないのだろう。
まあ、魔法使いとはプライドの塊みたいなのが多く、その数は上に行けばいくほど比例していくものだ。
「オ気楽とは失敬な。僕はちゃんと考えているよ。明日は何を持っていこうか、などね。」
そんなミゼルの厳しい考え方を理解できているのかいないのか。
ジェイは飄々とした態度を崩さず、笑顔さえ浮かべて言う。
「……ああ。お前は始めッからそうだよな。はーあ、俺もお前みたいに楽に生きていければいいのによー。」
「おやおや。ミスティ、僕からみれば君も十分楽に生きてると思うよ。」
「お前にいわれたかねーよ。」
ジェイの言葉が突き刺さったのか、ミゼルはさらに落ち込んだ顔を作る。
そうとうジェイから楽に生きてるといわれたくなかったのだろう。
「じゃ、僕は行くよミスティ。古書屋のおじさまが僕を待っているからね。」
ば、とマントを翻し、ジェイはため息を吐き続けるミゼルに手を振りその場をさる。が、ミゼルはぱっと立ち上がる。
「ちょっと待てよジェイ、俺も連れてけ。」
「おや、僕のストーカーかな?」
「誰がッ!俺もちょっと欲しい本あんだよ。新品だとバカ高ぇから中古で我慢すんだよ。」
なるほど、とジェイはぽんと手を叩いた。
ミゼルは相変わらず微妙な思考回路をしている友人になんと声を掛けたらいいかわからず、やはりため息一つですべて流してしまうのだった。
大通りよりかなり離れた小さな古書屋。錆びた青銅の看板が、この古書屋の歴史を物語っていた。
「……おい、此処―……」
「何か?」
ミゼルが微妙に引きつった表情で看板を指差す。
ジェイはきょとんとした顔でそんなミゼルを見つめていた。
「何か?じゃねぇよ。てっきり俺は大通りにあるあのでけぇ古書屋に行くのかと思ってたんだけどよ、なんだこの古臭い腐ったような店は。きいたことねーぞ。」
開いているのかしまっているのか解らない店には窓がなく、ただ小ぶりで質素な木のドアがあるばかり。
「まあ、知る人ぞ知る店だよ。僕の行きつけだから安心してくれ。」
ジェイは悠々とその店のドアを叩く。
「……だからそれが一番心配なんだっつの。」
ミゼルはそんなジェイの後ろについて店の中に入るのだった。
「いらっしゃい……」
ドアチャイムもありゃしない、暗い店内。天井には幾つかの魔法で作られた光球が本棚でできた通路をいくばくか照らしている。
心なしか奥から聞こえてきた声もどことなく不機嫌そうに聞こえて、ミゼルは顔をしかめた。
「おじさまー!僕の頼んでおいた本は手に入ったかーい?」
ジェイが奥の声に届くように叫ぶ。
「おお、ジェイだったか。悪い悪い、今そっちにいくからの。」
が、ジェイの声を聴いた瞬間愛想の良いものに変わる。
「……知り合いか?」
「うん。入学してすぐからね。」
「結構長い付き合いなこって。」
ミゼルがそう行った瞬間、暗い廊下の置くから暗い色の長いローブに身を包んだ老人が出てきた。
その腕には本が一冊大事そうに抱えられている。
「やぁ、ジェイ、本は……これだったかの。」
装飾が全く無ければタイトルも無い革表紙の本を老人が手渡す。
ジェイはそれを受け取ると中をぺらぺらとめくりうんうんと納得したようにうなづいた。
「これだよおじさま、僕が探していた本は。さすがだね!」
「まあの。古代魔法の魔術書は世界中探しても数少ないからの。特定は楽じゃったぞ。」
「それでも手に入れてくる所が凄いね、さすがおじさま。」
ジェイとその老人は凄く楽しそうに会話をしている。
ミゼルはなんとなく一人置いていかれた気になって、目を凝らさないとタイトルさえも見えない本棚にある本たちを見ていく。
「えーっと……何々……」
訝しげに見ていたミゼルの視線が、次第に驚きのものへと変わっていく。
「これ、風魔術の創始者ウリングスの手記!?こっちは廃刊になった魔法研究者プアリアの研究書!?
って、よくみりゃ他の本もレアっていうかそういうレベルじゃねーぞ!?」
うおお、と興奮でミゼルは声を上げてしまう。
その瞬間―…穏やかにジェイに向けられていた視線が厳しくなり、ミゼルに向けられる。
「お前さん、本に触ったら皮引ん剥いて今日のメシにしてやんぞ?」
「へ?」
いきなりドスのきいた声で言われたものだから、ミゼルは伸ばしかけた指を停止させる。
「あー、おじさまはねぇ、自分が認めた人にしか本を売らないっていうか店に入れない人だからね。ミスティだとお鍋にされてじっくりことこと煮込まれちゃうかもねぇ。」
けらけらとジェイは笑う。
ミゼルは目の前の老人をちらりとみる。今まで視線も合わせていなかったのだから、どういう目つきをしているのかがわからなかった。
しかし、その行動はすぐに後悔の一途をたどる事になる。
何故なら、グリズリーが自分のテリトリーを侵してきた外敵をみるような目だったからだ。思わず震え上がり、ジェイの後ろに隠れる。
「な、なあ、あの爺さんなんだよ。目つきが尋常じゃねぇって!!」
小さな声で、ミゼルがジェイに喋る。
「警戒心が強いだけだよ。僕とおじさまは同じロマンでわかちあえるけど、君はそれがないから只の侵入者でしかないんだ。」
だが、ジェイはそれを高らかに普通の音量で喋るものだから前の老人には聞こえている。
すでに店員じゃねぇよそれ、とミゼルは突っ込みたかったが、本棚にあった貴重な品々をみるかぎり、その辺の生徒までいれていれば盗難の可能性もあるのかもしれない。
もしくは数回あったせいかもしれない、と思ったので黙っておいた。
「おじさま、代金はコレだったよね。」
そういって、ジェイは懐から蒼い小鳥のおもちゃを取り出した。
背中のねじを巻けば、羽ばたくふりをする簡単なものだ。
「おお、ジェイ。例の仕様にはしてくれたんじゃろ?」
「もちろん、なんなら今飛ばしてみてくれよ。」
そうかそうか、と老人は笑いながらおもちゃのねじを一回まく。
ねじをまいていた手を離すと、小鳥は小さな本棚の間を縫うように羽ばたいた。
「おおー……」
ミゼルはその高等な動きに、感嘆のため息をもらす。
おもちゃに魔法をかけているだけというと魔術をやっているものならそう驚く事でも無い。
しかし、只の魔法ならばせいぜい一種類が限界だ。この場合だと、垂直に飛び立つか自由に飛び立つかの二種類。
前者にしても後者にしても本棚にしまっている本にぶつかるのだが、飛んでいる小鳥は自意識があるようにすいすいと本棚を避けて飛んでいた。
そして、くるりとその場で旋回し、老人の手のひらの上にとまるとその動きも停止した。
「ひとまき一分。最大20分まで飛行可能だよ。」
「ほうほう、さすがはジェイじゃのう。」
「それじゃおじさま、僕は早速本を読みたいから帰るとするよ。」
「おう、お前さんならいつでもおいで。今度は何時もの連れと来ればよい。」
ジェイが手を振ると、老人も軽く振る。
どうやら親交は結構あるらしい。
ミゼルはしばらくこの店付近には近づかないでおこう、と心に決めたのだとか。
「あの鳥のおもちゃ、お前が魔法かけたんだろ?やっぱり飛ぶ意外にも何か仕込んだのか?」
店にでて開口一番、ミゼルがジェイに問いかける。
「もちろん。無粋な侵入者が本を読もうとした瞬間、目から高温のビームが!」
目をきらきらさせてジェイが答える。ミゼルは深くため息をついた。本日何度目かとか考えてはいけない。胃が痛くなるから。
「……毎度思うんだけどよ、お前ってたぶん真面目にやればCまでいけると思うんだよな。
あの鳥だって、ランクテストに持ち込めばかなり点数が高いだろ?」
羽ばたくだけなら基礎レベルより一つ上のIランクどまりだろう。
だが、障害物を避け、目からビームを出し、最後には巻いたものの手の上に帰ってくるのなら相当高難度のアイテムだ。
「それは普通の魔術師の話だろう?僕はそれを凄いと思わないね。」
ジェイはこの学園の中でもかなり異端だ。何故なら彼には『魔力が存在していない』のだ。
普通ならばその話だけで受験すら受けられないだろうが、彼にはそのペナルティをも越す絶対的な才能がある。
「―…さすが、古代言語プログラムン魔術の使い手様は言う事がずれてるね。」
古代言語プログラムンによる魔術。物質には、その物質を構成するために数々の要素が含まれている。
古代言語プログラムンはその物質を構成する要素を『ソース』と言い、その『ソース』を書き換えることによって様々な効果を引き起こす古代魔術。
『ソース』を書き換えるのに魔力はいらない。よって、ジェイはこの学園で魔力が無くてもやっていけるのだ。
「そうかな。僕は普通だよ。他の子と同じように強くて凄い魔法が使いたいだけさ。」
「だったらなんでお前普通に精霊魔法みたいな事してんだよ。お前、影でピエロって言われてるぞ?」
プログラムン魔術は、もと在る物質を変化させる事に特化している。
精霊魔法のように、大気中に存在している精霊を使役するには古代魔術でも最も向かないものだ。
それでも、ジェイはいかにも魔法のようにみえるかに全力を注いでいる。そしてその自分を自ら―『奇術士』と名乗っていた。
「……いいね、奇術で道化ってなかなかカッコいいと思うんだけど。」
ミゼルが渋い顔をしてジェイをみやるが、ジェイは相変わらず何処吹く風だ。
二人の付き合いは結構長いのでミゼルも彼の感性が他人とは違いが大きくあるのは心得ている。
今更驚きはしないが、呆れはする。
「お前ってポジティブ……たまに見習いたいほどだ。」
「そうかな?下を向いて歩くよりも前を向いて歩いたほうが見えるものが沢山あるだけさ。
けれど、下を向いたほうが沢山見えるのならば、僕は喜んでそうしよう。」
「いやー……もういいよ。」
なにかミゼルは反論しようとしたが、雲を掴むような会話は限りなく辛い。
再びため息を吐いて、話を打ち切った。
「何時も思うんだけど、誰を相手にしても僕の話は皆うんざりするような顔を―……」
言いかけて、ジェイの体にぶつかられたような衝撃が走った。
ぶつかったほうを見ると、なにやら目つきの悪い男が忌々しげにこちらを向いていた。
「すまないね。」
ジェイは軽く頭を下げてそうとだけ言い、立ち去ろうとした。
しかし、それは出来なかった。何故なら、転ぶようにして体が地面に叩きつけられたからである。
「―…ジェイ!?」
隣を歩いていたミゼルがすぐさま異変に気づき、くるりと振り返る。
そして、先ほどジェイが体をぶつけてしまった男と目が合った。
「全く―……どうしてくれるッ!」
男は怒っていた。それも、ものすごく。
「げ……、あいつ、ガルク……」
ミゼルはその顔に思い当たる節があったのか、小さく呟いた。
「ミスティ、知り合いかい?」
ジェイはひょいと体制を立て直すと、ぱんぱんとマントをはたいた。
そして怒り心頭のガルクに振り返る。
「知り合いなんかなりたくねーよ、あんな奴。Cランクの生徒で、気に入らない奴は叩きのめしてきたとか……」
ミゼルは些か青ざめたような顔をしているが、それは彼の機嫌を損ねてしまったからだろう。
ジェイはふぅん、と興味があるのかないのか良くわからない返事をした。
「テメェがぶつかったお陰でせっかく買った機材がおじゃんじゃねぇか!どうしてくれんだよ!!」
そういってガルクはジェイの前に砕けた硝子破片を差し出した。
はて、とジェイは首をかしげる。確かに彼とは体をぶつけたが、硝子が割れるような衝撃はなかったはずだと思ったからだ。
隣でミゼルはヤバイヤバイと呟いていたが。
「うーん、僕を転ばせてまで引き止めるなんて何事かと思ったけどね。それ、元々は何だったんだい?」
「お、おい、ジェイ……」
ミゼルが逃げようと視線で訴えてくるが、ジェイはその視線すらうけとらないわけで。
「みりゃわかるだろ。魔法を構築するときに使う補助器具だ。高価な奴なんだぞ、どう責任とるんだよ?」
脅すようにガルクはにらみ付ける。
大体の人間はすくみあがってしまうような力がありそうだが、ジェイは特におびえるふうもない。
「わかった。僕に責任があるかないか。それはこの際不問としようじゃないか。でも、僕がぶつかってしまったのは事実だからね。それをちょっと貸してくれないかな?」
「……ああ?」
ガルクは意味が解らないというふうに厳しい視線を向ける。
ジェイはいいからいいから、というと壊れた硝子の破片を受け取った。
「さてさて皆さんお立ち止まり御願いします。右手に差し出したるはこの砕け散った破片。見るも無残な姿でございます。」
そういって、ジェイは手のひらに破片をひろげる。
ミゼルはその後ろで手で目頭を押さえていた。また始まった。といわんばかりに。
「それを、このタネも仕掛けもございませんちょっと大き目のハンカチにつつみます。」
するり、とジェイのマント裏から一枚の大きいハンカチが取り出される。
ハンカチというよりも、大き目のスカーフのようだ。
それをひょいと硝子の破片の上にかぶせた。
「いきますよ、わん・つー・すりー!」
魔法をかけるように、ジェイはカウントしながらもう片方の手をハンカチにかざす。
そしてばっとハンカチを取る。そこにあるのは綺麗な立法体の硝子球だった。
「どうです?傷一つなく綺麗なものに大変身!」
ジェイはそういってガルクに差し出す。
ガルクはそれをひったくるように奪った。
そして―…先程よりも強く、ジェイをにらみ付ける。
「不満そうだね?もしかして魔力を阻害させるのを目的で買ったのかい?だったらもう一度やりなおすよ?」
種明かしは―…非情に単純だ。
ジェイはパフォーマンスをしながら硝子破片のソースを読み、プログラムン魔術によりパーツを組み立てるように再構築した。それだけなのだ。
だが、それは常人ができるようなものではない。
ソースを読むには少なくともパフォーマンスなどできないほど集中しなくてはならないし、再構築するとしても3時間はかかる。それを数秒でやりきってしまったのだ。
最も、『ソース』は今では限られた人間しか読むことができないし、読めたとしても構築することのできる人間が少ないのだが。
「お前……ランクは?」
「Dランクだけど、それがどうかしたのかい?」
ジェイが答えると、ガルクの眉はピクリと跳ねた。
彼はCランク。彼から見てジェイは格下だ。いや―…そうあってしかるべき、だったのだ。
だが、今ジェイが見せた力は少なくともガルクには到底出来ないものだった。
「巫山戯る、なよッ!!」
ガルクは小さく短い詠唱を行う。
傍から見れば八つ当たりのようにしか見えない。だが、彼の癪に障ったのだから―…ガルクとしてはれっきとした理由があるのだろう。
「ッ、ジェイ!」
ガルクが魔法を唱えるに掛かった時間は、十秒と掛かっていない。
ミゼルがすぐさまガルクの魔法に反応するが、薬学を主として学んだ彼には魔法を咄嗟に阻害する術をもっていない。
「うわぁーぉ!?」
ジェイの間延びした悲鳴が、大通りに響く。
何故なら彼は不可視の衝撃に襲われ大きく真後ろにごろごろ吹っ飛んでいったからだ。
「気にいらねぇ、気に入らねぇッ!!」
ガルクがジェイのほうに歩み寄りながら再び詠唱を始める。
彼はわめき散らす子供のようだった。
彼の敵意が向けられた矛先に居るジェイは、回転しながらも何度か床に叩きつけられていたらしく、目を回している。
「やべぇ、ジェイが……ッ……」
このままでは医療室行き所ではすまないと思ったミゼルは咄嗟に助けてくれそうな人物を探す。
だが、関わりあいになるとろくなことにならないと全員知っているのか、通行人は軽い一瞥をくれるだけだ。
だが―…そんな中に、良く知った影を見つけた。生徒の中でも珍しい、長いエルフ耳を持った人物。
「―…ウルスラッ!」
呼ばれたほうも気づいたのか、ミゼルのほうを向く。
しかし、彼はちらとジェイの惨状を目にしただけで、そっぽを向き何処かへと駆け抜けた。
「な……」
ミゼルがその余所余所しい対応に驚いていると、再び背後で爆音。
ハッと我に返り振り替えると、ジェイが思いっきり空中に打ち上げられていた。
「ちくしょ、走れ俺ぇー!!」
あのまま叩きつけられたら彼はどうなってしまうかわからない。ミゼルは今までの記録を軽く超えるような速度で走り抜ける。
ガルクの射抜くような視線が突き刺さったが、足を止める場合でもない。
ジェイが床に叩きつけられるその直前、体ごと全部を使い受け止めるようにしてうまく滑り込んだ。
「いってぇ―……って、おい、ジェイ、しっかりしろ!!」
そのまま逃げたかったが、わりと無茶な受け止め方をしたのですぐには起き上がれそうに無い。
とりあえず気絶しているジェイの頬をぺしぺしと叩く。
「うー……あと5分ー……」
「ほんっと緊急時にお約束かまさなくていいから!!逃げるぞ!!」
背後では、再びガルクが詠唱を行っている。
「……ちぇ、お約束こそロマンだとおもうんだよ、僕はね。」
ジェイは先ほどのうなり声はどこへやら。
ぱちりと目を開けると懐から小さな球状の何かを複数取り出し、地面に手首のスナップを利かせて投げつけた。
瞬間、ぽん、と軽い音とともに舞い上がる白い煙と紙ふぶき。
「ちぃッ!!」
視界を大きく阻害されたガルクが忌々しげに舌打ちをする。
なぜならば駆け抜ける足音で自分のプライドを傷つけた忌々しい奴が逃げていくのがわかったのだ。
しかも、大通りなので下手に動くとまた人とぶつかるのはこちらだからだ。
「……ったくよ。今度同じような事しやがったら、本気で消すからな……」
ぎり、と握りこぶしを作り、ガルクは怒りの色をあらわにして呟くのだった。
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