夢を見ていた
とある大きな国の、とある部隊に所属する、とある兵士の物語。
彼は今、大きな悩みを抱えていた。
それは―…部隊を抜けるか、否か。
別に、国に仕える事に嫌気が差したのではない。
むしろ、愛国心はそのへんの兵士よりも深いものだと自負している。
だが、彼には武道の才能がなかった。
もう部隊に入って3年になるが、いまだに練習試合でも勝ったことが無い。
もうすぐ隣国との戦争が始まるとうわさされている今、続けたところで犬死だ、と陰口を叩く同僚も少なくは無い。
腹は立てない。むしろ自分もそうだと思ったから。
それに今朝迷子の子供を親切で宿に送り届けてきたのだが、そのせいで訓練に遅れた罰のおかげで一人深夜の道を通って帰っていたのだ。
「……もしかしたら、俺子供の面倒見るほうが向いていたりしてな……」
珍しい、旅人の子供だった。金色の髪にぴょこんと大きく跳ねたクセっ毛が特徴的で、何となく覚えている。
「じゃあ、将来は保父さんか……なんて…ははは、はぁ……」
乾いた笑いと一緒に吐き出す大きなため息。
このままではいけない、というのはわかっている。わかっているから、嫌になる。
「……そうだ。賭けてみよう。もし、表だったら舞台を抜ける。裏だったら、抜けない。」
そういって、兵士は自分の拳にコインを乗せて、ぴんとはじいた。
月明かりを浴びて、きらめくコイン。自分の拳に戻るかと思いきや、軌道がかなり外れて道に落ちた。
「落としましたよ。」
兵士が拾おうと思ったら、前から誰かがコインを拾った。
「ああ、俺のだよ。」
こんな時間に人が通るとは珍しい、とおもったが、その人間の容姿を見て納得した。
ここいらでは珍しい見た事ない服を纏っている、旅人だったからだ。
「……賭けですか?」
旅人が、兵士の差し出した手のひらにコインを置こうとして、動きを止めた。
「見てたのかい?」
「ええ。月夜にコインが煌きましたから。」
兵士はどんな旅人かと眼を向けるが、月が雲に隠れてしまってわからなかった。
声も中性的で男なのか女なのか、大人なのか子供なのかわからない。
ただ、不思議という印象だけが、漠然と捉えられた。
「……貴方は、一体何を賭けたんですか?」
不思議な旅人の質問。
普段ならば相手にしないのだが、月夜と兵士の心情が手伝って、思わず兵士は口を開いていた。
「…将来かな。部隊で上手くいかないんだ。俺には才能が無い。試合に勝てない。だから抜けるかどうか、賭けていた。」
「たしかにそうかもしれませんね。試合に勝てなければ、戦には勝てません。」
きっぱりと、旅人は答える。
あまりに歯に衣を着せないので、兵士は苦笑を浮かべる事しかできなかった。
「ですが。戦は試合ではありません。1人1人が正攻法を取るわけがありませんからね。
頭脳と策略をめぐらして、いかに生き残るか。それが重要だと思いますよ。貴方は貴方なりの生存方法があるはずです。」
そういって小さく微笑んだ旅人は、どこか妖艶な輝きを持っていた。
月の光さえない深い夜の闇でも、星のように―いや、月そのものの輝きを持っているように兵士は見えた。
「今は迷えばいいと思います。では、貴方の旅路と行く先に祝福があらんことを。」
旅人は、握ったままのコインに祈りを込めてから、兵士のこぶしの上に置いた。
コインは、裏だった。
兵士があ、と想い旅人が居たほうに視線を向けると、忽然と旅人は消えたように居なくなっていた。
雲に隠れていた月が再び姿を現す。
兵士はまるで、夢でも見ていたかのようだった。
天を見上げて、思う。
旅人が差し出したこの結果、そして可能性。賭けてみてもいいのではないかと。
そう決意した兵士の手の中ではコインが月の光を浴びて煌いていた。
数ヵ月後。その兵士は、国で随一の知能を持つ男として活躍していた。
その彼は、珍しくも無い1枚のコインを肌身離さず身に着けていたんだそうだ。
高名な術士にそのコインを見てもらったとき、このコインには『呪い』が掛けられていたと知ったときは、流石に苦笑したそうだが。