call me!


明日、僕は大学に論文の経過途中を知らせる書類を送らなければならなかった。
郵送しなければならないので、近くの町に留めてくれるようチャットに言っておいたので、それは大丈夫だろう。
最も船のほうも食料や燃料が気になっていたみたいで、ちょうど良いといったところだったが。
そういえば、そろそろインクも無くなりかけてきたので新しいものを買おうか。
それとついでに良いペン先もあればいい。最近はすこし削れて書きにくくなってきた。
「……あーったく、ひでぇ味だった……」
僕が物思いに耽っていると、リッドが部屋に入ってきた。
まあ、同室なので仕方ない。
「一体何の話だ?」
僕が話をふると、リッドは珍しく深いため息をついた。
「いやー、ティルクの奴が料理したいってんでファラが本を貸したらしいんだけどよ、その料理が不味くって不味くって……」
リッドの話に、僕は疑問を覚える。
「……ん?でもアイツはパニールからも教えてもらってたんじゃないのか?」
確か、パニールから教えてもらいながら作ったときは、パニールが作ったんじゃないかっていうくらい美味しいものが出来ていたはずだ。
つまり基本はできているはず……失敗しても自分で気づくだろうし、そもそもそこまで酷い失敗があるか?
実際に僕は食べてはいないが、目の前の超絶食いしん坊が言うのだから相当だったんだろう。
「本人に聞いてもよ、首をかしげながら絵の通りにやったっていうしなー……」
「レシピが悪かったんじゃないのか?」
「まさか。前に一回ファラが作った奴だぜ?多分失敗だろうけどなー。」
そういって、リッドは胃がもたれる、と嘆きながらベッドに転がった。
食べた後直ぐに眠るから余計にそうなるんじゃないか、と僕は言いたかったが、たぶんコイツのことだから明日は腹が減ったと言うだろう。
「僕もそろそろ寝るか……」
予定航路では、明日朝早くに港入りするはずだ。
郵送手続きのこともあるし、早起きしなくてはならないからな。



翌日。
僕は特に寝坊をすることもなく、その時間はやってきた。
がたん、と船が少し揺れる。
どうやら無事に港に入れたようだ。
―…夕暮れとともに出向しますから、遅れないように帰ってきてくださいね。というチャットの言葉を思い出しながら、僕は船の甲板に出た。
「キール。」
ふと呼ばれて、立ち止まる。
そこには一人でティルクが立っていた。
「どうしたんだよ。」
「……本屋はどこですか?」
そういいながら、船の上から町を見下ろす。しかも結構本気で周囲を探している。
少なくとも、このあたりは荷物を出し入れするための倉庫や船乗りのための屋台くらいしか出てないから探しても意味無いぞ。
「何で本屋なんだ。」
「料理の本。ファラがキールと一緒に探してくるといいって、言いました。」
……昨日のリッドが言っていた一件を思い出す。
というかその前になんで僕が一緒に行く事になってるんだ?
「駄目ですか?」
ティルクは首を少し傾げて聞いてくる。
僕は少しだけ考える。
多分僕が断ればこいつは一人で本屋を探しに行くだろう。
だけど、見た目は大人っぽいが、中身はその辺の子供よりも一般常識というか知識というかもうその辺が欠如というよりも没落している。
……そこまで考えて、僕はため息をついた。
「わかったよ。一緒に探してやる。」
迷子になって皆で探すより、僕が連れて歩いたほうが良いだろう。
ティルクは僕の言葉にぺこりと頭を下げる。
……まあ、悪い気はしない。
「じゃあ、行くぞ。」
僕が歩き出すと、ティルクも歩き出す。
後ろを歩くものだから、カルガモの親子を思い出してしまった。



「とりあえず先に僕の用事をすませるけど、いいな?」
郵送手続きは個人的に人の少ない午前中にやって起きたかった。
配送時間からも余裕が持てるし、何より急がなくて良い。
ティルクはこくりとうなづく。
「もしも何かの拍子に迷子になったら、この町の中央に大きい噴水があるからそこにいろよ。」
あらかじめ僕は布石を打っておく。
ティルクはよくその辺で立ち止まったり何かの拍子に別の場所にふらふらと歩いて言ってしまうことが多い。
よくコイツを連れて歩いてるカノンノやエステルがよく悲鳴を上げてくれるお陰で僕も学んだ。
「その噴水、何か目印ありますか?」
「看板にも書いてあるし、地図にも載ってる。それでもわからなかったら人に聞け。」
ティルクの質問に、僕は答える。
ティルクはそれで納得したらしく、深くうなづいた。
まあ、これで大丈夫だろう。
僕はそう確信して、町の中心部へと向かった。



エステルやカノンノの話を、他人事だと思って聞いていた僕じゃない。
ちゃんと打つべき手は打った……筈だ。だけど。
「…………あの、馬鹿……」
ものの五分で、ティルクは迷子になった。
というか、僕を見失ったのか、アイツは。
探しに行くかどうするか悩んで―…小脇に抱えた書類をとりあえず出す事を優先する。
いくら常識が欠如しているからといって、おかしなマネをするような奴じゃない。
ちゃんと目指すものを言ったわけだし、先に僕の用事を済ませるとも言った。
僕は郵送屋でさっさと手続きをすませてしまってからティルクを探す事にした。



……そう考えた僕の認識は、甘かったと認めざるを得ない。
中央の噴水にティルクは居なかった。
周辺の人に尋ねてみるものの、やってきた痕跡すらも無いってどういうことだ。
ここの噴水は結構壮大な物で看板にも書いてあるし、大きな地図にも書いてある。
というか実際僕が此処に来る道中にも沢山の目印はあった。
一体、どこをどうやったら迷子になるのかわからない。
「……いったい何処をほっつき歩いてるんだ……ッ……」
となると、何らかの拍子で本屋にたどり着いた可能性が高い。
だが、アイツはそもそも本屋というのが何かわかっていない可能性も高い。
これは誰が言ったか知らないが、普通の家まで指して、アレは何かのお店ですか?と聞いたらしい。
「まったく、洒落になって無いぞ……」
そうなってくると僕はいよいよ焦ってくる。
この町は結構大きな部類に入るほうだ。
そこで一人の人間を探すとなると骨が折れる。
だけど、やるしかないのだ。……他のメンバーは今食料とか詰め込んでるだろうし。



通行人に聞き、店に片っ端から入り、あいつが気になりそうなところを巡り。
……どのくらい、たっただろうか。
「み、見つからない……」
僕は正直焦っていた。
もしかしたらその辺の家に保護されていそうな気もする。
当人は他称ディセンダー(あくまでギルド内の一部がそう言っているだけ)なのだが、
僕は信用していないし民間人も知らないだろうから、身売りされたんじゃないかという可能性は無い。
が、何かの拍子に騙されてどこかに連れ去られているとも限らない。
「……本屋……」
ふっと立ち止まって上を見ると本屋の看板が。
それなりに店は大きいらしく、沢山の本が置いてありそうだ。
僕は迷う事なく入ってみる。

とりあえず普通に料理のブースに入ってみる……が、姿はない。
やっぱり違う場所か……。
僕はため息をつきながら踵を返すと、目の前に幼児向けの絵本の棚があった。
じっと見ると、人が一人。
相変わらずどこか馬鹿面で本を読んでいる。
「……見つけたー!!!」
僕は声を上げていた。
直後突き刺さる周囲のうるさいですよという視線。
急に恥ずかしくなって一つ咳をすると、ティルクがこちらに視線を向けた。
「あ、キール。」
「あ、じゃない!何処に行ってたんだお前は!」
僕が怒鳴ると、ティルクは少し身をすくめる。
そして再び突き刺さる周囲のうるさいですよこいつという視線。
すいません、と心の中で謝っておく。
「ごめんなさい、……噴水、見つかりませんでした。」
少し落ち込んだ様子で、ティルクが言う。
どうやらコイツなりに探したらしい。
「教えてもらった看板どおりに行ったら、本屋につきました。」
少し嬉しそうに、ティルクは言う。
だけど、何でだよ。
と僕は突っ込んだ。
この先噴水って書いてある看板は結構数があるはずだ。
それなのになんでたどり着けないんだコイツ。
「でも、この本屋さんは本が一杯でわからないです。料理の本はどれですか?」
首をかしげながら、絵本の棚を指す。
当然、そこにはない。
「上にある看板を見れば何処に何が取り扱ってるか書いてあるだろ。」
僕は天井をさす。
そこには『絵本』とかかれた看板が釣り下がっていた。
「……書いてあるんですか?」
「ああ、そうだ。だから料理はあの棚だ。」
「キールはどこに何があるかわかるんですか?」
僕が棚を指すと、ティルクが感動したような目で見てくる。
「……普通看板が読めれば気づくだろ。」
なんとなく恥ずかしくなってそういう。
ティルクは小首をきょとんと傾げた。
「看板、読めるんですか?」
「……は?」
ティルクの発言は、間違いなく多分誰にとっても爆弾発言だった。
僕はなんだか嫌な汗が出てくる。
もしかして、コイツは。
「文字が書いてあるだろ。」

「モジ……?モジってなんですか?」

僕は絶句した。
そこからか。
そこからなのか。と。
というかだ、なんで誰も気づかなかったんだ。
僕は真実に気づいて一瞬ふらりと気が遠くなる。
そうか。
そりゃそうだ。
そりゃ、たどり着けるわけがない。
看板は沢山在る。店の案内から何から何まで。
文字が読めなければたどり着けるはずがない、のだ。
「キール?大丈夫ですか?」
くずおれそうな僕を、ティルクが心配そうな眼で見てくる。
僕はなけなしの気合で何とか持ちこたえ―…そして、三度叫んだ。
「お前、文字が読めないんだったら始めッからそう言えよ!」
はい再びそこら辺の人の冷たい視線が突き刺さる。
すまない。言いたかったんだ。すまない。
「モジは読むものですか?でも、書くもの?」
「…………。」
そうだ、コイツここからだった。
ありがたい事に此処は本屋だ。
僕はティルクの手をとると、隣の幼児用の教材ブースに移る。
「キール?」
「文字もよめないと色々不便だろ。僕が論文の合間に教えてやる。」
一冊の幼児用の文字教材をぽんとティルクに投げる。
ティルクはその教材を見つめて、首をかしげた。
「だからその、モジってなんですか?教えてもらうものですか?」
こいつ、文字の概念から叩き込むのか……。
そう思うと些か面倒くさい事を自分でも言ったものだと思う。
ティルクも覚えが悪いほうじゃないし、リッドに教えるよりは楽だろう。
「それは船に帰ってから教えてやる。」
「そうですか……あの、キール。」
「何だよ。」
「文字がよめれば、コレもよめますか?」
ティルクが手にしていたのは、絵本。
どうやらさっきから手にしっぱなしだったらしい。
「ああ。読めるようになる。」
僕が答えると、ティルクがぱっと明るい表情を見せた。
「じゃあ、コレ買います。買って、読めるようになります。」
ティルクの顔がぱあ、っと明かりがついたように明るいものになる。
目標を持つ事は何をするにも良い事だ、と僕は思う。
たとえ持っているのが今時5歳児でも読めそうなものだとしてもだ。
「そうだな。とりあえず―…それ買ったらインクとペンと紙を買うぞ。」



結局僕らが帰ってきたのは日が少しだけ沈む頃だった。
「―…ティルク、料理の本を買ってきたんじゃなかったのか?」
船に戻ると、丁度目の前にガイがいた。
絵本を大事そうに抱えているティルクを見て、首をかしげる。
対するティルクは嬉しそうにしている。
「ガイ、モジは読むもので書くもので教えてもらうものでした!」
「……は、い?」
いかにも大発見!というティルクの発言に、やっぱりというか、なんというかガイは困惑している。
厄介な人間の世話係をしていたという彼でもやはり戸惑うらしい。当然だな。
「ティルクは文字が読めないんだ。というか、文字そのものをわかってない。」
「へぇー……なるほど……って!そりゃ大変じゃないか!?」
「だから僕が教えてやる事にしたんだ。」
僕の言葉にガイは納得したようで、ああなるほど、とだけ言った。
「だったら、しっかりと学ばないといけないな、ティルク。」
ガイがわしわしとティルクの頭をなでる。
彼は女性嫌いらしいのだが、とりあえずティルクは平気みたいだ。
ティルクはこくりとうなずくと、僕に向き直る。
「これから、よろしくおねがいします。」
「……ああ。」
ティルクがぺこりと頭を下げる。
僕はこれから忙しくなるだろうな―…などと思いつつも、どこかまんざらじゃなかった。

(たぶんこれは、これからはじまるそうどうのぷろろーぐ)


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