Stay me!
グランコクマ―…言わずもがな、アトリビムの配属国であり、今のところこの国の協力な
しでは存在できない。
チャットは若干不服そうだが、すこし魂を売るだけで自由になるのだから中々ありがたい
ことだと思う。
それは、さておき。
一応ゲーデやらなんやらの騒動は一息ついた。
しかしそれはあくまで表立った進行がなくなっただけであり、完全に問題が全て片付いた
とはあまり言えない。
最も、国としても特別痛手を受けたわけではないのだが―…民間に対しての被害がじわじ
わと明るみになってきたのだ。
やれどこの誰が殺人をおかしたとか
どこの誰が行方不明のまま帰って来ないだとか
捕まえた犯罪者は負の影響を受けていただけだとか―…あげればキリがない。
だからこそ、国の重役とされる人物は今も問題解決にいそしんでいるのだ。
それは大佐たるジェイド・カーティスでも同じ事で。
ジェイドは一度ギルドに戻ってきたものの、またグランコクマに戻ることになったのだっ
た。
それが、今回の話のきっかけ。
「それでは、一度グランコクマに3日ほど滞在します。まぁ、アトリビムの公式的休暇―
…ということにしてください。それでは、解散!」
先ほども言ったように、グランコクマの命をアトリビムは基本聞かなければならない。
いろいろ融通を聞かせてやった恩、という事で行方不明者を一掃探索するのに協力させら
れることになったのだ。
命令がまとまるまで3日ほどかかる、との事だったので、最初のチャットが言った通りの
展開になったのだった。
「君は外に出るのか?」
チャットの話が終わってすぐ、キールが話を切り出した。
その手には幾つもの分厚い本を持っている。読書をしてすごすつもりなのだろう。
こくりと一つティルクはうなずく。
「そうか。まあ、せいぜい知らない人についていかない様にしろよ。」
こくん、とまたティルクはうなずいた。
「へぇー、ティルクも外に出るのか。」
話を聞いていたのだろう。会話に入ってきたのはロイド。
「俺はコレットと一緒に観光しようと思ってんだけど―…一緒に来ないか?」
ロイドの提案にティルクは少しだけ悩むようなそぶりを見せたが、首を2,3回横にふっ
た。
「そっかー。やることでもあるのか?」
こくん、とティルクはうなずく。
「忙しいみたいのジェイドさんに、お菓子を届けます。」
そういって、可愛いくラッピングされた紙袋を取り出す。
中は言葉通りにお菓子でも入っているのだろう。
「あ、なるほど。じゃ、俺行ってくる。また今度、依頼一緒に受けようなー!」
そういってぶんぶんと元気よく手を振りながらロイドは甲板へと出て行った。
ティルクも控えめだが同じように手を振る。
「……行くんじゃなかったのか?」
ロイドの姿が見えなくなっても立ち尽くしたままのティルク。
さすがにキールも不思議に思ったのか、首をかしげた。
「あの、キール、ジェイドさん、どこにいます?」
「…………。」
場所がわからないのか。そうなのか。
キールは軽い頭の痛みを覚える。
というか、それこそロイドと行けばよかったんじゃないかと思った。
「地図はあります。でも、場所がわかんないです。」
そういって、ティルクはポケットサイズの地図を取り出す。
『グランコクマへようこそ!ポケットマップ完全版!!』と、やたらカラフルで大きな書
体で書かれていた。
中をぺらぺらとめくってみると、全体マップのほかに観光案内やらいろいろ詳しく書かれ
ている。
「……はぁ。わかった。ちょっと書くもの貸せ。道順書き込んどいてやる。」
ティルクはキールの言葉にぱっと顔をかがやかせ、ぱたぱたと自室へと駆けていく。
ペンとインクを取りに行ったのだろう。
しばらくして、ティルクはペンとインクを持ってきた。
キールはそれを使い地図にすらすらと道を書き込んでいく。
ティルクはその地図を手にすると、船を降りたのだった。
地図を指でたどって、進んでいく。
楽しそうな物やおいしそうな匂い、様々なものに興味を惹かれそうになるけれど、
ティルクはずんずん進んでいく。
そして、ようやく城の入り口でもある小規模な門の前にたどりついた。
「……ここ?」
キールの書いてくれた道は、ぷっつりと途切れていた。
周囲を見回してみても、ジェイドの姿は無い。
顔さえも隠れる大きな兜をかぶった兵士が数人立っているだけだ。
「道に迷ったのか?」
声をかけられたので、そちらに視線をむけると、兵士のうちの一人がそばに来ていた。
どうやらきょろきょろしていたティルクを迷子だと思ったらしい。
もちろんティルクは今のところ迷子ではないので首を横に振る。
「ジェイドさんに会いに来たのです。」
「ジェイド……カーティス大佐か?」
兵士の言葉にこくこくとティルクはうなずく。
「失礼だが―…身分を証明できるようなものは?」
兵士の問いかけに、ティルクは首をかしげる。
身分も証明も、知らない言葉だからだ。
「書状や招待状の類だ。持ってないなら通すことはできない。」
すこしティルクは考えるが、そういうものはまったく持っていない。
持っていないなら、言葉通りこの人は自分を通してくれはしないだろう、とティルクは思
った。
何故だかよくわからないけど、そういう事になっているらしい、という結論に至りながら
。
「ここの出口はどこですか?」
ならば、とティルクは考える。
「出口―……?出口というか、ここしか入れないが。」
質問の意図がつかめず、兵士は答える。
本来ならばあやしい人間は追い出すのが常だが、あまりに毒気のないティルクにその心も
忘れてしまったのかもしれない。
「では、ここで待ってればジェイドさんは通ります?」
「……まあ、そりゃあな。」
いつになるかはわからないが。という言葉を兵士は飲み込む。
「じゃあ、待ちます。教えてくれて、ありがとうです。」
「……は?」
兵士は素っ頓狂な声をあげる。
ティルクはそんな兵士にぺこりと一度頭を下げてから門の傍より少し離れて、そこに立っ
たのだった。
「……なあ、あれ何?」
小さな声で、兵士の同僚が話しかける。
その指は小さく立ったままのティルクを指していた。
「何か……カーティス大佐を待ってるらしい……」
「……え?誰、ていうか、何者?」
「さあ……?」
約3時間ほど経過しただろうか。
そろそろお昼の時間である。
ティルクはあれから身じろぎ一つせず、ただじっと立っていた。
「…………そろそろ交代時間だよな。」
「…………ああ。」
「…………なあ、アレ、どうする?」
「俺に聞くなよ……」
小さく戸惑いの声を上げる兵士二人。
その視線はじっとティルクを見つめていた。
一応、身分が明かせないものは城に入れぬようになっている。
待ち人(?)である大佐自身に伺いを立てればいいのかもしれないが、何分あの人は恐ろ
しい。
下手に藪をつついて蛇を出すような真似をしたくないのが世の常。
「……あの。」
「な、なんだ!?」
いきなり話を振られて戸惑う兵士。
「座って、いいです?」
「……どうぞ。」
そう、兵士が返すとティルクはその場でぺたんと座りこんだ。
そして頭にかぶっていた帽子を外し、その中に小さな紙袋を入れる。
小さくその帽子に向かって何かをつぶやく。
そしてそのまま、やはり微動だにしない。
その直後、交代の知らせが来たので兵士は変わる。
が、ティルクは一切気にせずただぼうっとジェイドを待っていた。
「…………。」
さらに3時間ほど経過。
休憩から戻ってきていた二人の兵士は絶句する。
まだいるよこいつ。と。
今日は非常に良い気候でカンカン照りの太陽光線を一身にうけながらティルクは座ってい
た。というか、座ったままだ。
「……なあ、アレ何?」
交代した見張り番の兵士が話しかける。
「……何か、大佐を待ってるんだって……」
「……へ、へぇ。置物みたいに動かないから、何ごとかと……」
「流石に日暮れとともに帰ると思うけど……何やったんだろうな、大佐。」
四人の目線がティルクに向けられるがティルクは全く気にしない。
ただじっと座って、ジェイドが門から出てくるのを今か今かと待っているだけだ。
真っ青だった空が真っ赤に彩られる。
さらに3時間経過したようで、初めの兵士が再び見張り番に立つ。
「……いる。」
「……ああ、いるな。」
もうあきらめ半分といったような形で二人の兵士はティルクに視線を向ける。
「俺、次の交代時間になっても待ってるみたいだったらちょっと大佐に報告してみるわ。
」
流石にかわいそうになってきたし、と兵士はつづけた。
朝から晩まで水も食事もとらずただ延々と座り続けている。
たまに帽子にむかって何かの魔法を唱えている以外は、ぴくりとも動かない。
ちなみにやっぱり3時間経ちましたが、ティルクはずーっとその場に座ったままだった。
「―…ふう。今日は、こんなものですか。」
ジェイドが、つみあがった書類を前に小さく息をつく。
今日は特別急がしかった。
朝から会議に出て、陛下がさぼった分の仕事まで回ってきて殺意を覚えたり、自分の仕事
も結構な量が残っていたが、それでも8割片づけた。
残りは明日午前までに済むだろう。何事もなければ、の話だが。
ジェイドが一息ついていたその時、ドアが二・三度打ち鳴らされた。
「―…カーティス大佐、報告したい事がございます!」
「入りなさい。」
また厄介事か―…ジェイドは心中で舌打ちする。
兵士はドアを開き、部屋の中へと入る。
そして、敬礼をジェイドに向けた。
「はッ!報告いたします!朝から門の前で不思議な人物が大佐を待ち続けているようなのですがいかがいたしましょう?」
「―……は?」
流石にジェイドも意味がわからないと思った。
不思議な人物。なんて便利な文句。
こほん、と一つ咳をして思考を現実に戻す。
「―…容姿、それと特徴は?」
「見た目は十代半ば、茶色の髪に青の眼をしております!」
兵士の言葉に、ジェイドは大きくため息をつく。
兵士は何かまずいことを言ったかと、びくりと肩を震わせた。
というか、この報告自体自分の主観によるものだからよりおびえているのかもしれないが。
「……もう一度聞くが、朝からか。」
「はい。朝からずっと門の前に座っております。」
ジェイドはもう一度大きくため息をつき―…そして、立ち上がる。
兵士は戸惑ったような目線を、ジェイドに向けていた。
ジェイドはそんな兵士の視線を無視して、ただまっすぐに廊下の奥に消えていった。
じっと待つこと―…一二時間ほど。
ティルクは帽子の中に入れた紙袋にときおり冷気の魔法を唱えながらすわっていた。
もちろんそうするのは中のお菓子が痛まないように、だ。
門の方が少しだけ騒がしくなるのを感じ、そちらに向く。
「聞きましたよー。朝から待ってたそうですね。」
そこに立っていたのはジェイド。
彼の言葉に、ティルクはひとつこくんとうなずいた。
「これ、渡しに来ました。」
帽子の中から小さな紙袋を取り出し、ジェイドに渡す。
「お仕事、頑張ってください、です。」
ジェイドが受け取ったのを確認して、ティルクは立ち上がる。
そして船に戻ろうと一歩踏み出すが―…足もとがおぼつかず、ふらりと、体が傾く。
「―…わ。」
「っと―…おやおや。無理しすぎたんじゃありませんか?」
転びかけたティルクの体を、とっさにジェイドは抱えるように支える。
ティルクはなぜ自分がふらふらなのかよくわからず、その場で首をかしげる。
「足がしびれました?」
「どちらかというと熱中症でしょう。」
顔もほんのりと熱く、夜だというのに顔色が悪いのがわかる。
そりゃ、さんさんと照りつける太陽の元半日飲まず食わずで帽子もかぶらず居たのだから
、いくら丈夫がウリのディセンダーでもさすがに体調に異変はきたすだろう。
「ねっちゅーしょ?ですか。」
「熱中症、ですね。意味はそのうち教育係さんにでも聞いてください。」
自分で解説するの面倒くさいんで、とジェイドはつづけた。
「―…まあ、とにかく少し休みなさい。今の貴方にそのまま帰れというのも酷でしょうから。ちょっと失礼しますよ。」
ジェイドはティルクの腰に腕をまわし、まるで子供を抱えるみたいにひょいと持ち上げる。
マナの集合体に近いティルクの体にはほとんど重みはなく、少し重い荷物を持っているの
と同じ重量しか感じない。
「わ。ジェイドさんは、力持ちですか?」
普通の人間ならばぞんざいな持ち方に不満や文句をたれそうだが、
別にティルクはそのスタイルに不服はなく、単純に驚いたような声を上げた。
「いえいえ。貴方が軽すぎるだけです。」
そのままジェイドは門を通り過ぎて自分の執務室まで戻っていく。
ティルクは初めて目にするものに瞳を輝かせこそはしたものの、特に暴れることなくその
まま連れ去られ……いやいや連れられて行った。
しかしはたから見ればこの光景はどうみても拉致ですねありがとうございました。
「まあとりあえずその辺で転がっていてください。水くらいなら持って来ないでもないで
すから。」
ジェイドに運ばれるままに―執務室まで連れられた。
備え付けらしいソファに転がされて、ティルクは天井をぼんやり見つめる。
「……あ。」
そして思い出したように、ぽつりと言葉をもらした。
「どうしました?」
「ミブンショーメーもショジョーもショウタイジョーも持ってないですけど、良いのです
か?」
持ってないと入れないと朝に言われたから外で待ってたのに、今ここでジェイドに連れら
れてしまった。
いくら不可抗力とはいえ、門の人に怒られるんじゃないのだろうか、とティルクは思った
のだ。
「おや。それは怒られるかもしれませんね。……最も、私に言えれば、の話ですが。」
ジェイドはどこか愉しそうに笑いながら、ティルクの傍にあるテーブルにグラスのコップを置く。
どこから出してきたのかはわからないが、そのコップには水が並々と注がれていた。
ティルクはゆっくりと体を起こすと、その水を飲み干す。
「……ジェイドさんには、言えない?」
「ええ。というかむしろ私が許可を出したら身分証明に十分なりえますし。
貴方も初めからアトリビドムの使いと申し立てればそこまで待たなくても良かったのですがね。」
一応嘘か本当か確かめに報告には来るでしょうし、とジェイドは続けた。
しかし、ティルクはさっぱりなんのことだかわからず、きょとんとした顔でジェイドを見つめる。
「ですが、心遣いには素直に感謝しますよ?」
くすりとジェイドは笑って、受け取った紙袋をテーブルの上に置いたのだった。
それは誰も見たことが無いような穏やかなものではあったが―…
ティルクにはその違いがわからず、それでも嬉しそうにこくんと一つうなづくのであった。
(やまなしおちなしいみなし。 きれいなじぇいどさん。)