学園モノなんです!本当なんです!!

――……授業残り時刻 20分

どのくらい走っただろうか。がむしゃらに逃げて、逃げて。
アルベルトを探すためとはいえ、あちこち回っていたのはザックにとって幸運だった。
人気のない方を大体把握していたから、そちらに逃げ込むことができたからである。
「……」
最初の方こそ少し暴れて見せたサモンだったが、今ではじっと押し黙っていた。
そろそろ頃合いだろうか。
中庭より離れたかなり離れた場所にある剣道部が使用している武道場の裏で、ようやくザックは足を止めてサモンを下ろすのだった。
「なあ、サモン。お前に聞きたいことがある」
周囲に人の気配は無い。最初のグラウンドから遠いとは決して言えないこの場所に態々潜む人間も居なかったのだろう。
ザックはそれだけを確認して、サモンに向き合っていた。
「アルベルトの事か」
「……ああそうだ」
とたん冷静に言われて、ザックは全身の血が沸騰する感覚を覚えた。
恍惚なる闇には、あんなにも必死だったのに。
お前にとってアルベルトはその程度なのか。ザックの中にそんな黒い感情がどろりとわきあがる。もう、止められなかった。
壁際に立っていたサモンを縫いとめる様に手のひらを激しい音を立てるほど勢いよく壁に打ち付けた。
音と剣幕に驚いたのか少しだけサモンが体を震わせる。恍惚なる闇が居れば全力で止めたかもしれないが、彼は此処に居ない。
「なんで……何でお前の代わりにアイツが犠牲にならなくちゃいけないけないんだ……」
中庭に倒れていたアルベルト。
見つけた時には既に手遅れで、ゴメス先生の鬼ごっこによる犠牲者の一人と成り果てていた。
信じたくなかった、けれど。目の前に広がった光景を否定してしまう程愚かではない。
「本当はお前がアイツを陥れたんじゃないのか――……答えろよッ!」
サモンには、恍惚なる闇という友人がいる。
ザックにとってその情報は今日初めて知り得た物だったが、二人が出会って本当に嬉しそうな様子を見る限り、とても仲が良いのだろう。
それこそ、自分とアルベルトのように。
ザックの問いかけに、サモンは何も答えない。いや、答えるのを悩んでいるようにさえ見えた。
そして、しばらく時間を書けてたっぷりと悩んだ後、彼の口が開いて言葉が滑り落ちる。

「――……俺が、聞きたい」

「何故、俺を助けたのか。それこそ、お前という存在がありながら、俺を助けた。その身を捧げてまで。
 追いて逃げろとは言った、それなのに――……なんでっ、どうして……あいつは、俺を……ッ……」
拳を硬く握り締め、戸惑い、衝撃、痛恨――……さまざまな感情が、サモンを支配していた。
それでもザックから視線を逃さず真っ直ぐに射抜く瞳からは今にも涙が零れ落ちそうで。
その様子からは嘘をついているようにはとても、見えなかった。
「…………そう、か」
ザックが力の抜けた手を下ろす。サモンの視線から逃れるように一歩下がり、そしてくるりと背を向けた。
お互いに、何も言葉を交わさない時間が過ぎる。
「――おお、ザック殿とサモン殿でござらぬか!」
不意にどこか呑気な声が響く。
二人がをした方を向いてみると、どのような逃走ルートを図ったか不明だが、
武道場の屋根から此方を覗き込んでいるニンニンの姿があった。
ニンニンはこちらの姿を確認すると、そこからくるくると回転し、器用に着地してみせる。
「ニンニン!お前は無事だったのか」
「うむ。先程まで隠れていたでござる」
「?……なんで出てきたんだ?もしかして、ゴメス先生が……」
一番その恐怖を間近で感じてきたサモンが顔を少しだけ青ざめさせるが、ニンニンは首を横に振ってこたえる。
「違う違う、拙者、ダーエロ殿を探しているでござるよ。二人とも見なかったでござるか?」
「そういえば、あちこち回った筈なのにダーエロの姿は無かったな……サモンは?」
「俺も、見てはいない」
二人の言葉にニンニンががっくりと肩を落とす。
「そうでござったか。恍惚殿を探しに行くと言ったっきり何処へいってしまったのやら」
「……っ!?」
恍惚なる闇。不意にその名前が出て、サモンはびくりと反応した。
ザックも、何ともいえない表情に変化している。しかし、ニンニンはその二人の微妙な空気には気づかなかったようだ。
「では、拙者はもうちょっと探してみるでゴザル。それでは、御免」
軽く手をあげて、その場を離れようとする。
「待っ……ッ!?」
サモンが思わず離れ行くニンニンに向かって駆け出そうとする。
しかし、一歩踏み出したその瞬間、彼はその場で蹲ってしまったのだった。
「サモン!?」
「どうしたでござるか?」
ザックが驚いた声をあげつつサモンの傍によった。
その声色にニンニンも何かよくない物を感じ取ったようで、二人の元へと戻ってくる。
「……。転んだ時にちょっと足をひねっただけだ」
大分痛みを我慢していたのだろう。その顔からは脂汗がにじみ出ている。
もし、今ゴメス先生と出会ったりしたら――……考えたくもない状況になってしまう。
「ならば、拙者が隠れていたとっておきのポイントに案内するでござるよ。運動部部室の屋根裏でござるが」
「屋根裏ぁ?そんな所あったっけか……?」
ちなみにザックは剣道部に所属しており、運動部部室は幾度となく利用している。
が、屋根裏があるなんていう話、噂にすら聞いたことが無かったのだ。それくらい隠されたポイントなのだろう。
「あるでござるよ。拙者が色々探検してたら見つけたんでござる。さ、こっちでござるよ」
「ふーん……隠れられる場所があるならそれに越したことないか。じゃあサモン、背中に乗ってくれ」
蹲ったサモンに、ザックは屈んでみせる。
サモンは少しだけ迷った風なそぶりを見せたが、ザックに負ぶさせてもらう事を選んだのだった。
「……すまない」
「別に気にするなって……俺は、もう決めたから」
ザックの口から出た決意の言葉。そこには確かに危うさがあった。
しかしそれが一体何処に向かっているのか――……それをサモンは聞くことができなかった。

――……授業残り時刻 15分

武道場よりしばらく進むと、運動部の部室がある。
その一番隅は物置になっており、誰も使っていない。
偶然か、それとも誰かが狙ってやったのか。屋根裏への階段は、その物置にまぎれて巧妙に隠れていた。
「確かに、ここならちょっとやそっとで見つからないかもしれないな」
換気扇から外を伺いつつ、ザックは安堵の息を吐く。
すこし空気が籠って暑いけれど、耐えられない程じゃない。
「サモン殿、やはり腫れてるでござるよ?」
「……。あと、授業終了まで20分もないだろう。保健室に行くのはそれからでも遅くない」
靴を脱いだサモンの足をニンニンが心配そうに見るが、サモンは気丈に振る舞う。
ここから校舎内まではグラウンドを横断する必要がある。
少しの時間自分が耐えればいいだけなのだから、危険な橋を他人にわたらせたくなかったのだ。
「それならば、いいのでござるが」
「それで、ニンニンはどうするんだ?……その、ダーエロを探しに行くのか?」
ザックの発言に、うーんとニンニンは声を上げて悩む。
「いや、ここで待つことにするでゴザル。ダーエロ殿はああ見えてもやる時はやる御人。
 きっと恍惚殿を連れて戻ってくるでござるよ」
あっけらかんと笑うニンニン。
その言葉を信じたいのはサモンも同じなのだが、恍惚なる闇は既に犠牲になっている。
きちんと目撃したわけではない。が、あの状況では助かってはいないだろう。
「……そう、だな」
かといって口から否定する言葉を吐きたくはない。
だから、そうやって曖昧に肯定するしかできなかった。
「???」
ザックも微妙なサモンの内心を察したらしく、何も答えない。
神妙な空気に変わり、理由が解らないニンニンは首を傾げるのであった。
「何があったかわからぬが、そう暗い顔しないほうがいいでござるよ!辛い時こそ笑ったほうがいいでござる!」
ニンニンが頑張って盛り上げてみるが、空気は変わらない。
ザックもサモンもお互い疲弊したような表情で何かを考え込んでいるだけであった。
「……。ひ、人の気配がしたからちょっとだけ外の様子を見てくるでござる。きっとダーエロ殿でござるよ」
凍りついた雰囲気に一人気まずくなって、ニンニンは軽やかに外に出る。
人の気配は確かにするので嘘ではないが、ダーエロだと思ったのは願望だ。

ドアが閉まる音がしてしばらく、ぽつり、とサモンの口から言葉が漏れ出た。
「――……痛い、な」
足は見てなんとなくわかる程度には腫れており、確かに痛々しい。
「やっぱ冷やした方がいいよな、それ。このあたり、確か水道が……」
部室から出てすこし言った所に、運動部御用達の水道があったことをザックは思い出していた。
剣道部のロッカーに行けば自分のタオルはあった筈だ。
「違う」
サモンは瞑目する。
「……違うんだ」
痛む足の膝を抱えて、サモンは小さく首を振る。
幼い子供が恐怖から逃れるために縮こまっている。そんな印象をザックは受けた。
「……サモン」
何と声をかけるべきなのか、迷う。
自分もアルベルトを失ったが、目の前で自分の身代わりになった恍惚なる闇とは違う。
同情するべきなのか、叱咤するべきなのか。ザックは考えあぐねていた。
ふと、とんとんと、扉の向こうで軽い足音が響く。
一人の人間ではなくて、数人のものであるという事がわかった。
サモンの表情が重く、暗くなっていく。
恍惚なる闇を探しに出て行ったというダーエロが戻ってきたのだろうか。
だとしたら、どう説明するべきだ。

がちゃり、とドアノブが回って、扉が開く。

「サモン!」
物凄く聞きなれた声が聞こえて顔を上げる。
嘘だ、どうして、そんな、まさか。
慌てて駆け寄ってくる人物の姿を、自分は見間違えようはない。
「ク、レイス……な、なん、で……」
「ダーエロにギリギリで助けて頂いたのです。貴方の事はニンニンさんから聞きました。
 その、足を痛めたと」
腫れている足を見て、恍惚なる闇がまるで自分のものであるかのように痛々しい顔を作る。
そして優しくサモンの足に触れた。
「こんなの、大したことない。ゴメス先生に襲われる事の方がずっと怖いしな」
「……そうですか」
冗談めかして笑ってみせるサモンに、恍惚なる闇は小さく微笑む。
その傍ではザックが最後に部屋に入ってきたダーエロの方を向く。
「それにしても、よく助けられたよな。俺、絶対駄目だって思ったんだけど」
「ちょっとハメてやったんだ。ここ使わないとな、ここ」
とんとん、とドヤ顔でダーエロが自分自身の頭をつついてみせる。
「大丈夫なのか、それ……ゴメス先生が追っかけてきたりは」
「するだろーな。絶対キレてたし」
ひょいとあくまでも軽い調子で肩をすくめるダーエロに対しザックは決していい顔をしていなかった。
「そんなに気楽に言ってる状況か?」
「かといって深刻になってどーすんだよ。それで事態が軽くなるわけじゃないだろ?」
ダーエロの屁理屈ともいえる言葉に、ザックは口を閉ざす。
互いの心情がすれ違っている事による問題なのだから、そんな事で言い合っていても意味がないと思ったからだ。
「だとしたらどうするでゴザルか?残り時刻は決して長くはないでゴザルが……」
「……私達は残念ながらゴメス先生と対峙する手段がありません。時間も残り15分を切っています。
 このまま此処に潜むのが得策かと」
「俺は反対だ。攻め込まれたらどーすんだよ。また誰かを犠牲にすんのか?」
恍惚なる闇の提案に、ダーエロがすぐさま異議を唱える。
恍惚なる闇はその言葉に驚いた表情ひとつみせず、予想していたとばかりに呆れたようなため息を一つ吐くばかりであった。
「では、他にどうしろと?」
「この場所から離れるに決まってるだろ。できるだけお互い距離を取ってバラバラに隠れる。
 『このメンツの中』で犠牲を出る可能性を低くするならそれが一番良い方法だろうよ」
『このメンツの中』という言葉に比較的人のいいニンニンだけではなく、正義感の強いザックが眉をひそめる。
最も、隠れたまま時を過ごすこともこのままゴメス先生に見つからなければ結果として変わりは無いのだが。
「それはそうかもしれぬでござるが……」
「いや、ダーエロの言う事にも一理あるよ。
 結局ここで待ってたって一気に襲われたらいくら20秒ぐらい時間があっても逃げ切れるわけがない」
あくまで難色をしめすニンニンとは裏腹に、幾分かザックは理解を示したようであった。
ニンニンとは違ってゴメス先生の動きをその眼で見ていたからだろう。
「別れたか。じゃあサモン、お前はどう思う?」
ダーエロがサモンをじっと見つめる。
サモンは少しだけ考え、そして口を開いた。
「……どちらにも一長一短あるが、俺は移動するべきだと、思う。
 ゴメス先生はほぼ一直線に追いかけてきたように感じた。だから、バラバラになった方が各々逃げやすい、かもしれない」
「移動すると言ってもその足でどうなされるつもりですか?」
ダーエロの意見に賛成するサモンに恍惚なる闇は苦笑する。
あの足では、歩くたびに痛みが走るだろう。走るなんてもってのほかだ。
「だったら、サモンはここにいりゃあいいだろ。別れることが目的なんだから」
ダーエロは何処か冷たさを含んだ瞳で真っ直ぐに恍惚なる闇を射抜いていた。
恍惚なる闇は真っ向から対立するようにキッと睨みつける。
「……それでも、私は反対です。移動している間に見つからないとも限らない」
「そりゃあご愁傷様、ってトコだろ。それでも移動中ならお互いの距離は離れてるから逃げ切りやすいだろーが」
「ではもし全員で外に出た時に出会ったらどうするのですか」
「それだと遅かれ早かれこっちに気づくだろ」
「ならば――……」
「恍惚、言えよ」
まだ何かを言おうとした恍惚なる闇に被せる様にダーエロが口を開いた。
「理由があるんだろ、こっちにどうしてもとどまりたい『理由』がな」
にやりと口元だけをゆがめて笑うダーエロ。恍惚なる闇はそれをまるで嫌なものを見るかのごとく睨みつけていた。
ニンニンも、ザックも、サモンも、険悪になっていく空気のなか、ハラハラとしながらも見守るしかできない。
「ええそうですよ。なら正直に言います。私はサモンを移動させたくありませんし、私がサモンからも離れたくありません。
 ――……これで、満足ですか?」
そう自分の内情を正直に告げた恍惚なる闇の表情は珍しく苛々としていた。
サモンはそんな彼の後ろでハッとした顔になって息を飲む。
「クレイス……」
「……お前のその考え、俺は気に食わねーねんだよ」
「そうですか。気に食わないと申されましても私はどうしようもありません。行動を変える気はありませんから」
そうすっぱりはっきりと言い切る恍惚なる闇に、ダーエロは力の限り怒鳴りつけてやろうと息を吸う。
「このッ……馬鹿かッ!俺がお前を助けたのは犠牲になるのを先延ばしにするためじゃねぇ!
 んでもって、そこでへたり込んでる奴を助けさせるためでもねーよ!気づけよ!」
「――……どうとでも仰ってください。それでも私は選択を違える気はありません」
「ざけんな!お前にとってそいつが何なのか俺は知らない、知らないけどそこまでして助ける意味あんのかよ!
 足痛めて動く事すらままならないんだぜ?文字通り足手纏いだろーが!」
ダーエロの的を得た言葉に、サモンは否定できない。
足を痛める以前からして自分自身が無力で足手纏いであった――……
自分が居なければアルベルトは犠牲にならずにすんでいたのではないかという自分の思い込みが重くのしかかっていたからだ。
サモンの表情が一層重く暗くなったことを、恍惚なる闇は見逃さない。
つかつかとダーエロとの距離を詰め寄ったかと思うと、右手を振り上げた。

ぱぁん、と手が頬に勢いよく頬に打ちつけらる音が高らかに響き渡る。

「―――ッ!」
「貴方が私を危険を犯してまで助けたように、私とてそれをする相手が確かに居るのです。
 ――……それを否定し続ける貴方に、サモンを悪者とする権利などありはしない!」
うたれた頬を抑えて、ダーエロが唖然とした顔で恍惚なる闇を見つめる。
しかし、それも一瞬。ぎり、と歯を食いしばったかと思うと拳を振り上げていた。
「……お前も俺と同じだろうが!」
「わーわーわー!!ストップ!ストップでござるよダーエロ殿!!ケンカしてる場合でないでござるー!!!」
振り下ろされるその前に、ニンニンによって羽交い絞めにされる。
「離せニンニン!このアホに一回殴らねーと気がすまねーんだよ!」
「ぐーは不味いでござるよグーは!落ち着くでござるー!!」
「阿呆とは言いますね。貴方の方がよっぽど考えナシでしょう?」
「んだとぉ!?」
「こ、恍惚殿も火に油を注がないで欲しいでござるッ!」
それでも棘がある含みで言い返す恍惚なる闇に、ダーエロの怒りが更に増す。
普段のちゃらんぽらんなダーエロからは考えられない程凄みのある瞳が恍惚なる闇に注がれているのだが、恍惚なる闇も負けじと冷たい瞳を向けていた。
「や、止めてくれクレイス、そんな、俺の為なんかに喧嘩する事ない」
そんな恍惚なる闇の後ろでサモンが痛む足を引きずり、立ち上がって止めようとする。
傍から見れば後ろから抱きついているようにしか見えないが、サモンの表情は必死だった。
「……。そう、ですね。すみません。頭に血が上っていました」
恍惚なる闇は息を長く吐く。次に瞬きをした瞬間には、その瞳は何時もの彼に戻っていた。
「手を上げてしまったことについては謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
恍惚なる闇はすっとダーエロに向かって頭を下げる。
ダーエロは大きく舌打ちをすると、やや乱暴にニンニンを振りほどく。
「……けっ。へーへー俺も言い過ぎましたー」
そうして自棄気味に口だけで適当に謝罪すると、乱暴にその場に座り込んだのだった。
どうやら移動する気は無い様で、それを口にしても新たな火種しか生まないと思ったのか、誰も何も口にはしなかった。

――……授業残り時刻 10分

(……。空気、ちょう悪いでござるぅ……)
ニンニンが周囲を見回して心の中で深いため息を吐く。
恍惚なる闇とダーエロが喧嘩をしてから誰もひとっこととして会話がなく、ただでさえ重かった空気が輪をかけて酷いものになっていた。

しかし誰が予想しただろうか。今この時間がまさに『嵐の前の静けさ』ということに。

ちらりとニンニンが外を見る。
その目に映ったのは、此方――……運動部の部室に駆けてきているゴメス先生の姿であった。
「ッ!皆の者、ゴメス先生が此方に向かっているでござるよ!」
ニンニンの針の様な鋭い声に全員が反応を返す。
「でも、此方に辿り着くって決まったわけじゃないんじゃないか?まだ、バレたわけじゃないんだろ?」
「いや、来る。十中八九――……そういう、存在だからな」
楽観的に捕えようとするザックを、サモンが否定する。
以前の経験からか言い切ってしまうサモン。気丈に振る舞ってみせる姿には怯えの色が隠せないでいた。
「……。それにしても、何故ゴメス先生は俺達にそこまで執着するんだ?
 喧嘩を売ったとも言えるダーエロはともかくとして、サモンが狙われ続けることが理解できない」
「―――……あまり考えたくはない推理ですが」
ザックが抱えられたサモンの方を見て首を傾げる。
恍惚なる闇は一度言葉を区切って、そして再び口を開いた。
「好みだからではありませんか」
「こっ……」
恍惚なる闇の嫌すぎる言葉に、サモンがぴしりと固まる。しかし真っ向から否定できない。
アレックスの存在が確認するやいなや手を伸ばせば届く距離に居た自分を放ってそちらに飛んでいったのをサモンは知っている。
「好み……ねぇ」
ザックはその意見に神妙な顔をする。彼も恍惚なる闇も数多くの被害者を見てきたのだ。大まかに言うと事後だが。
確かに言われてみれば、顔立ちが整っている人間が多いように思えたのだ。だから否定できない。
「で、どーすんだよ。このままここで固まって全員で順繰りに食われろってか?冗談じゃねぇ」
「こうなってしまった以上、逃げるしかなさそうですね。最も――」
どすどすと重みのある足音が此方に向かってくる。
誰だ、なんて聞くまでもない。悪魔だ、いや鬼が向かってきているのだ。
「――……それを許してくれるかどうかは、別問題ですが」
乱暴にドアを開く音がする。
舞い上がったほこりの向こう側に、奴はいるのだ。
「こんな所に固まっておったか――行幸、行幸。……諦めるか?逃げるか?さあ、選べ」
ちらりとニンニンは全員を見る。
負傷したサモン、喧嘩をしていたダーエロと恍惚なる闇。表情の重いザック。
自分は殆ど此処に居たからわからないが、それぞれ修羅場をくぐってきたのだろう。
――……自分だけが何も痛みを知らないまま居ていいはずがないのだ。
「此処であったが百年目――……ゴメス先生!拙者と勝負するでござるよ!」
「ほう?」
「ニンニン!?正気か!?」
ニンニンが一歩進んで叫んだその内容は、とても正気の沙汰とは思えなかった。
ダーエロの言葉を聞かず、ニンニンはなおもゴメス先生に話しかける。
「忍者として修行を続けてきた拙者だからこそ、超越した肉体を持つ先生と一度戦って見たかったでござるよ」
「成程……。まあ、いいだろう。じゃが、わしは手加減を知らんぞ?」
「――お手柔らかにお願いするでござるよ」
ニンニンはそういうと姿を消した――……いや、持ち前の脚力で梯子を駆け上がり、天井へと躍り出たのだ。
ゴメス先生も一瞬遅れてニンニンの後を追いかける。お互いの速度は、ほぼ同一のように見えた。
「……ここでじっとしてても仕方がない。逃げよう」
全員が展開に固まる中、ザックがいやにハッキリとした声で告げる。
解っていたのだ、ニンニンが逃げる時間を無理矢理作り出してくれたことは。
しかし、その事実を口にすることによって生まれる罪悪感に耐えられなかったのだ。
「早く!じゃないとあいつの行動の意味がなくなるだろ!」
「糞っ、ニンニン……」
「サモン、失礼しますよ」
「わっ」
ザックが渋るダーエロを引きずって外に出る間、恍惚なる闇が颯爽とサモンを抱えて外に出る。
ゴメスとニンニンの逃亡劇はまだ続いているらしく、天井から地上へと舞台を移していた。
グラウンドでやりあう二人の姿は、もはや鬼ごっこ、なんて生ぬるい言葉では表せない。
「――すげえ、あのゴメス先生と対等に渡り合ってる」
ちらりと視線を移したザックが少しだけ見えたその姿に、素直に感動の念を覚えた。
しかしその件に関しては恍惚なる闇も、ダーエロもコメントは返さない。
何故なら――恐らくゴメス先生は遊び半分で手加減しているのだろうという事が予想できるからであった。

――……授業残り時刻 8分

右へ左へ、前へ後ろへ。
修行で鍛えたニンニンの華麗なステップが縦横無尽に伸びてくるゴメス先生の腕を危なげながらも躱していく。
「ほう――……流石忍びの者、といったところか」
ゴメス先生はそのニンニンの体さばきに称賛の声を上げる。
しかしその表情は余裕の笑みに満ちていた。
(……完全に遊ばれているでゴザル……)
数歩程度の距離を取ったところで、ニンニンは足を止めた。
全神経を集中させて腕から逃れる事数分――……それだけで一般人ならば簡単に煙に巻くことができる。
それなのに彼は実にうまくつかず離れずの距離をとってくる。恐らく本気を出せば自分など一瞬で捕まってしまうのだろう。
「しかし、まだまだ未熟――……あと5年後が楽しみだのう」
「ふ、ふふん、何を勝ち誇っているでござるか。コッチもまだ奥の手があるのでござるよ!」
ニンニンはそういってうしろに地面を蹴りながら手でいくつか印を結ぶ。
彼が地面に着地したと同時に――音もなくニンニンの姿が分裂した。
それも一体だけではない、ゴメスをぐるりと囲うかのようにぐるりと一周。その数、二十は下らないだろう。
「ほう……悪くないな」
「さあ、どれが本当の拙者か当ててみるでござるッ!」
それは忍者に伝わる忍術が一つ、分身の術。ニンニンはこれを最も得意としていた。
幾多の偽物に囲まれてもなお、ゴメスの表情は焦りの色を浮かべることはなくむしろその逆で、その表情は喜悦に満ちていた。
「ぬふはははは!!面白いぞ!!――よかろう、ならば。おぬしら全員を相手取ってやるわッ!」
ゴメス先生の亜高速で放たれた腕が無造作に伸びる。しかし腕の先に居たのはど偽物だったようで影のように消失した。
(――早い、でござる)
その動きを、ニンニンは目で追う事すら叶わない。それほどまでにゴメス先生の動きは卓越していたのだ。
ニンニンの首筋に冷や汗が流れる。この調子では、分身全てを片付けられるのに30秒とはかからないだろう。
しかし、自棄になってはいけない。最期の一瞬まで、一秒でも長くゴメス先生を相手取る。
今ニンニンが出来る、唯一の事であった。
(……。ダーエロ殿、恍惚殿。拙者は時間稼ぎくらいは、出来たであろうか――……)

――……授業残り時刻 6分

目的地を考えずに、がむしゃらに足を動かす。
進んでいれば、それでよかった。ゴメス先生から1cmでも長く距離を稼ぐ。
それだけしか頭に無い。ゴメス先生は必ず此方に向かってくると確信めいたものが全員の頭にあったからだ。
「――……ーち、にーい、さー……、――…い、」」
小さな声だが、独特の野太い声が僅かに耳を捕えた。ゴメス先生のカウントアップ――……。
それが当然何を示しているのか解らない者はいない。
「……ニンニン……最期にカッコつけやがって」
ダーエロがぽつりと新たに犠牲になってしまった者の名を呼ぶ。
恍惚なる闇は言葉にしなかったが、やりきれない表情を浮かべていた。
「…………」
「どうした?」
急に足を止めてしまったザックを、サモンが呼びかける。
彼の視線は中庭――……アルベルトが倒れている方角を向いていた。
ダーエロも恍惚なる闇も、何かを感じ取ったようで足を止める。
ザックは恍惚なる闇とダーエロに背を向け、ゆっくりと口を開いた。
「………あの、さ。3人とも先に行っててくれないか」
その表情は、真剣だった。その内容にサモンが真っ先に驚きの声を上げる。
「正気か!?お前、自分が何を言っているのかわかっているんだろうな!?」
「そうですよ。アルベルトさんがやられてしまって一矢報いたいという気持ちもわかりますが、余りにも無謀です」
サモンと恍惚なる闇がダブルで説得するが、ザックは小さく首を横にふった。
長く息を吐いたかと思えば、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
「――俺、さ。アルベルトと仲良かったんだ。生まれた時からの幼馴染、って奴で。
 楽しい時もしんどい時も全部一緒に二人で共有してきたんだよな、腐れ縁ってのもあって」
「…………ザック」
「だからかな、もう大体口にしなくても何考えてるとか、わかっちまって――……アイツ口下手だし」
ザックはゆっくりと前に進んでいく。勿論それはゴメス先生が居るであろう方向だ。
ある程度距離を取ってからザックは3人に向き直る。
「俺はアイツの意志を汲みたい。無謀じゃないし、俺は正気なんだ」
ザックの迷いのない澄み切った瞳は、サモンに向けられていた。
サモンは今度こそ意味が解らない。意味が解らず、あっけにとられたような声しか出せなかった。
「――どう、いう」
「いいのか、ザック。俺ら遠慮なく逃げるぜ?」
サモンが問いかけを口にする前に、ダーエロが半ば無理矢理に話を進める。
「ああ。勿論」
にっと笑ってみせるザックに背を向けて、ダーエロは進みだした。
「ほら、恍惚も行ってくれ」
「私はそのアルベルトに貴方を任された立場の人間なのですが」
その恍惚なる闇の顔はちょっと困ったように笑っていた。今のザックにどのような言葉を投げかけたとしても無駄だからだろう。
彼は決意したのだ。それに水を差してしまうほど無粋ではない。
「そうだったな。でも大丈夫、話せばわかる奴だから。
 ……――感謝してるよ、俺。たぶん一緒に逃げたのがアンタじゃなかったら、アルベルトにも会えなかったから」
「――そうですか」
「ッ……俺は理解できない!何でお前までそうやって進んで犠牲になる必要がある!
 クレイスも!アルベルトも、お前も!何故皆して俺を逃そうとするんだ!」
サモンが悲鳴交じりの声を上げる。
自分を突き飛ばしたアルベルト。突如現れたゴメス先生をを眼下にして逃げろと言った恍惚なる闇。
勝負をしかけて時間を稼いで見せたニンニン。そして、今向かってくるであろうゴメスに自ら向かっていくザック。
「……サモンは自分を責めないでくれよ間とタイミングが悪かっただけだし。
 アンタの事『だけ』を護りたかったのは、アルベルトだけだ。」
「――っ、それでも、俺は」
「サモン、走りますから。口を閉じていてください」
ゴメス先生のカウントアップが止んだ。時間だ。
ここでだらだらと喋っている場合ではない。現にダーエロは追いつけるスピードでだが先に進んでいるのだから。

「俺は、知ってたんだ」
駆けだした恍惚なる闇に背を向ける。やはりゴメス先生はこちらに猛然と向かってきていた。

クラスメイトがすんげーアホやらかしたりしたとしても、泣きつかれたら断りきれなくて。
口では文句ばかり言ってるけれど、誰かの尻拭いを進んでやってる。
真面目で、結構頭の悪い俺から見ても世渡りが下手くそで、貧乏くじばっかり引いてて。

アルベルトは、そんなお前の事を、気にしてたんだ。
言葉にしなかったけど、視線が何時も向いていたから。
口下手だし誰かと進んで付き合わなかった奴だから態度にも出てなかったけど。それでも。
俺は気付いていたんだ。言葉にしなくても何を考えているか解ってしまうから。

ゴメス先生が近寄ってくる。
ザックは逃げない。ゴメス先生がザックの意図に気づき――……にやり、と口角を上げた。
「この儂の犠牲者となる事を選ぶのか、小僧!」
「――……ああそうさ!」
距離が縮まる。腕が伸びる。
(アルベルト――……今、俺もそっちに行くよ)

――……色んなことを一緒に共有してきたんだ。だから、お前にだけ辛い事をやらせたままにしないさ。

――……授業残り時刻 4分

(……残り時間もあとわずか)
恍惚なる闇は大きな時計を見つめる。あと犠牲になるのは、多くとも二人。
幸か不幸か、全員が被害に遭う、なんて事にはならないだろう。
「――きやがったか」
ダーエロが声を上げる。足は緩やかに速度を落とし、その場に立ち止まる。
直後、強大な体躯が頭上を越え、立ちふさがる様に3人の前に立った。
「ようやく追い詰めた、といったところじゃの」
そういって舌なめずりをするその姿は、まさに畏怖の存在。
「くっ……」
「まあまあ、おぬしらそんなに肩肘はらんでいいわい。時間も時間じゃ――……一つ、提案をしようじゃないか」
「提案、ですか?」
そう切り出したゴメス先生の口調からも、今にも襲いかかろうという意志は感じ取れない。
「うむ。儂からここまで逃げ切ったお主らを評価しておるんじゃよ。だから――……3人のうち、一人じゃ。
 一人儂の腕に抱かれるのならば、残りは手を出さんぞ」
お互いに一度顔を見合わせる。
「まあ、一分時間をやろう。一分たっても決まらんのなら、儂が二人食らってやる」
そうして、値踏みするかのように見つめるゴメス先生に生理的嫌悪を覚える。その言葉は、本気なのだろう。
その『提案』に対して真っ先に行動を起こしたのは恍惚なる闇であった。
膝を折り、サモンをその場にゆっくりと下に下ろす。
「おい、クレイス、お前何をやっている!」
その行動の意味が解るからこそ、サモンは声を張り上げる。
「何、と申されましても。ザックさんがそうしたように、ニンニンさんがそうしたように。私もまた――……選ぶだけです」
一歩前に出る恍惚なる闇を、ダーエロは睨みつける。
「……、お前、またそんな事言いやがって……」
「ではダーエロ、貴方に出来るんですか。一人も犠牲を出さずにこの場を打開する方法を」
ダーエロは恍惚なる闇の問いかけに言葉を詰まらせる。何故なら現状では手詰まりだ。どうしようもない。
以前対峙したときのように準備が完璧ならば手の打ちようがあったのかもしれないが、今はそれすらもないのだ。
「私は貴方に迷惑をかけるわけではありません。貴方に向かって贄になれとも言いません」
「だったら俺を犠牲にしてくれ!もう、守られてばかりは嫌なんだッ!」
「――……ごめんなさい、サモン」
恍惚なる闇がゴメス先生との距離をさらに詰める。
「クレイス!止めろッ!!」
「阿呆が好きでやってるんだ。……勝手にやらせてろ。俺はもうアイツに付き合うつもりはねーよ」
「そんな言い方無いだろッ!だって、アイツは、俺たちの為に自分を……っ」
背後で揉める声。しかし恍惚なる闇は振り返らない。
ゴメス先生から与えられた選択の時はもう残り少ないのだ。
「ほう、お前か」
「ええ。こうして貴方と向き合うのは二度目ですね。提案――……守ってくださいますよね」
「当然じゃ。漢に二言は無い」
「それならば――……私は何も恐れません」
恍惚なる闇はゴメスと向き合う。言葉通りにその瞳は強い覚悟と意志の光が宿っていた。
それはゴメス先生の一挙一動を一瞬たりとも見逃さない。絶望を全てを受け入れる勇者が、そこにいた。

醜悪でありながらも太さと無類のたくましさを兼ねそろえた腕が向かってくる。
背後から、サモンが自分自身を呼ぶ声が聞こえる。

――……私の身一人で大切な友が二人も護れるというのなら、安いものだ。
そう恍惚なる闇は思っていた。言い争いこそしてしまったが、ダーエロの気持ちを理解できないわけではなかったから。
自分の中でその感情を受け入れてしまえてしまえば揺らいでしまう。迷ってしまう。
だから、解らないふりをしていただけにすぎなかった。

あと数センチで指先が、触れる。
鬼が子を捕まえるのだ。


「鬼ごっこのルールは――……鬼に触れた奴が負け、であってんだよな」


朗々とダーエロの声が響き渡る。
ゴメス先生の手は恍惚なる闇の体にに触れるその前に――……横から伸びてきていた褐色の手によって阻害されていた。


「……は?」
「言ったろ、付き合うつもりはないって。
 ――……だから、俺はお前の気持ちとかそんなもん関係ねーんだよバーカバーカ!」
そうやって満面のしたり顔で笑ってみせるダーエロに、恍惚なる闇は完全に頭が真っ白になって呆気にとられた顔をしていた。
ゴメス先生は腕を捕えたダーエロの体を、反対側の腕で抱き寄せる。
「――最期に言いたいことがあるのならば、聞いてやらんこともないぞ」
「……俺、実はファーストキッスなんだよ、これ。だからできるだけ、優しくしてくれねーか?」
「ふむ。わかった。儂の事を永遠に忘れられぬようにしてやろう!!」
恍惚なる闇が固まっているが、時間は待ってくれない。
ゴメス先生はダーエロの頭を後ろから押さえつける様に情熱的で激しいキスを始めたのだ。
恍惚なる闇の目の前だろうがなんだろうが気にしない。なぜなら、止められるはずがないからだ。
「……だー、えろ」
くぐもった悲鳴を上げながら抵抗するダーエロの名を呼ぶ恍惚なる闇。
眼下に繰り広げられる暴虐の限りを尽くした光景に出来る事はそれが、やっとだった。
耳障りな水音が響き、そのたびにダーエロの表情は青い物からどす黒い物へと変化していく。

その一分間は、永遠ともとれる時間だった。

「――ふう」
ゴメス先生が荒々しく口をぬぐう。
ようやく解放されたダーエロは膝から崩れ落ち――そしてそのまま、地に伏した。
「いい味じゃった。また機会があれば味わってやりたいくらいじゃわい。がっはっは!!」
ゴメス先生はそれだけ高らかに笑ってみせると、いずこかへと去っていく。
ようやく恍惚なる闇が動けるようになったのは、彼の姿が完全に見えなくなってからであった。
「ダーエロ!!しっかりしてください!!どうしてこんな真似をッ!?」
恍惚なる闇に抱きかかえられ、呼びかけられ、ダーエロは目を開ける。
「へ……へへ、お前の、事だから……自分が犠牲になれば、全部済むって、おもったんだろー……」
「貴方と、言う人は……」
「お前の、そういうとこ……きらいじゃ、ねー、けど、すきには、なれねーん、だ……ははは……」
息も絶え絶えながらも満足げに微笑んでみせるダーエロに、恍惚なる闇の胸が詰まる。
彼の虚ろな瞳は、いつの間にか虚空を捕えていた。
「あ、へれんたんが、みえる……迎えに、来てくれたのか……へれん、た、ん」
「どうして最期であっても……台無しになるようなオチをつけるんですかッ……」
そうやって何処となく気色の悪いへらへらしたような笑みを浮かべたままダーエロの双眸はゆっくりと閉じられていく。
「……クレイス」
「私は――……私は、貴方のようには、笑えない――……!!」
恍惚なる闇は首を横に振り、天を仰いで声を上げる。
授業終了のチャイムと共に響いたその慟哭は、どこまでも澄んだ青い空に吸い込まれていった――……


――ゴメス先生が代理で行った50分という短い時間で二十数名を保健室送りにした体育の授業は、
後にRTP学校の悪夢の歴史として末永く語られることになる――……


なにこれ


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