pick-a-book!

とある日の、出来事。
たまたま俺は先日の依頼のさい、右肩にそれなりに深く傷を負ったわけだ。
応急処置は仲間の僧侶がやってくれたのであまり大事にはならなかったけど……それでも、まだ激しく動かすと痛みが走るし傷も開く。
そんなわけで、大事をとって明日の依頼は俺は不参加という事になったのだ。
……リーダーなのに。
「いやいや、アンタ居なくてもチームが機能するような依頼だから大丈夫よ」
俺の不満そうな表情を読んだのか、フィルナがにやにやと笑っている。
内心を読んだのか、と最初の方は驚いていたのもんの、『アンタめっちゃ顔に出るし』と指を指されて笑われて以来は気にしないようにした。
その時、カルクが苦い顔をしてわざとらしく目線をそらされたりしたのは、苦い記憶ともいえよう。
「でも、明日一日居ないんだろ?俺も暇だし……何しようかな……」
何時もならカルクと剣の訓練やらなんやらとするのだけれど、現状そんなことしようものならまた僧侶のお世話になりかねない。
そこまで自らの体に無理をさせるほど俺はバカじゃないのだ。
「あー、そういうと思ってアンタに宿題を出してやろうと思ったのよ」
「宿題?」
やはり、俺が暇になる事も全てを見抜いていたらしい。
「そ、簡単な謎解きよ。まー、アンタの事だから図書館に1日こもってしらべてもわかんないかもしれないけどね」
そういってフィルナがどこか馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
なんとなく見下されたような気分になった俺は、まさに買い言葉とばかりに啖呵を切っていた。
「んなことねーよ!フィルナの出すヘボ問題くらい、すぐに解いてやるっつの!」
「あっはは、言ったわね。まぁ、これは実際にあった事件の話なんだけど―…これを見てもらおうかしら」
フィルナは懐から俺に1枚の紙を手渡す。
そこに書かれていたのは、穏やかに微笑んだ妙齢の女性。
着ているもの……はわからない。描いてあったのは首下より上の肖像画風なものだからだ。
「じゃあ、問題ね。アンタは冒険者の依頼で今とある貴族の御屋敷に招待されました。依頼人は貴族の奥さん。依頼内容は、『それが何か調べてほしい』」
そうして、フィルナは俺の手に持っている紙を指さす。
これ、と言われてもただの絵だ。もちろんたとえ話の真っ最中なのでフィルナが実際何を指しているのかはよくわからない。
「は?」
というわけで、俺は聞き返していた。
「『それ』は依頼人の夫さんが部屋に飾っていた絵と仮定する。はい、質問があったら言ってね」
そうにっこりと笑われて、俺は面食らった。
そうか、紙を受け取った時点で既に『問題』は始まっているのか。
今までやってきた冒険者としての経験を思い出しながら、俺は問いかける内容を考える。
「まず、その絵について何があったのか。わざわざ依頼してくるっていうことは、何かしらの問題があったんだろ」
「ええ。なら、奥さんはこう答えるわね。
 『ある日夫が贔屓にしてる骨董店で買ってきた絵なんですけども、なんだか気味が悪くて。
  それに、その絵を手にしてから夫がおかしいのです。
  覇気がなくなってしまい、寝込むようになってしまいました。最近ではついに目覚めなくなってしまい、今はお医者様の所で養生しています』」
俺はフィルナの言った事をメモを取っていく。
手ごろな紙が無かったので渡された紙の後ろに書いてしまったけど、表を向けてもインクがにじんだりして絵が変化していないので、まあ良しとする。
「うーん、外に出て聞き込むのは有りか?その贔屓の骨董店の店主に話を聞きたい」
「アリよアリ。じゃあ骨董品店店主に何を聞く?」
「え、そこもかよ……えーと、じゃあ、手に入れた経緯と、売り払った経緯」
「わかったわ。じゃあ店主はこういうわね。
 『手に入れた経緯……は、ある日いきなり憔悴しきった男性が入ってきて、こいつをどうにか処分してくれ、といって置いて行ったのです。
  確かに嫌な雰囲気はしましたが、一応こちらも店をやっている以上取り扱わないわけにはいきません。
  しかし、その男性はふらふらとおぼつかない足取りで銀貨を受け取らずに去っていきました』
 『私も最初は処分するつもりでいました。しかし、すぐに貴族の夫さんが店に来て、売り払ってくれと頼んできたのです。
  もちろん私も怪しいと止めました。けども、彼はそれでもいいからと半ば無理矢理持って行ってしまったのです』」
「……うーん、次に医者の所。その夫さんの様子について聞けるか?」
「おーけー、じゃあ医者はこういうわね。
 『夫さんは普段から健康な人で、年若い事もありここ数年は大病もしておられませんでした。
  いきなり運び込まれた時は驚いたものです。しかし、夫さんのこの様子、とても病気とは思えません。
  まるで魂をそのまま吸い取られてしまった、という形のほうが似合います』」
「……ちなみに誰かが嘘をついているってのは?」
「それはナシね。ほかに質問はあるかしら?」
フィルナが改めて聞いてくるが、正直思いつかない。
もしかしたら後々聞いておくべきことが見つかるかもしれないけど……まあ、それはそれ。
俺が無い、というとフィルナは「じゃあしっかり考えなさいよね」と、寝るために宿屋になっている2Fへと行くのだった。
「……宿題かぁ……」
俺はメモを改めて読みながら、ため息を着く。
多分フィルナなりに、考えてくれたのだろう。体を使わず暇をつぶせる方法―…要するに、頭を使えという事だ。
「はぁ……怪我さえなければなー」
俺は一人残されて呟く。もう普通にしていれば痛みも殆どない右肩をゆっくりとさするのであった。明日の依頼は何の変哲もないオーガ退治だったはず。頭も使わず体を動かす方が俺は好きなのだ。



翌日。
俺は出ていくみんなを文字通り見送る。
「……トリス、無茶はするな」
「いやしねぇって。っていうか、出来るような事しないし」
カルクは相変わらず俺に対してちょっと過保護だと思う。
怪我とかしてるとそれがひどく感じられた。
「ほらほら行くわよお母さん」
その背中を、フィルナがずるずると押していく。
カルクはまだ何か言いたそうに此方を見ていたけど、正直無理云々はカルクにこそ言いたいなあ、と俺は思うのであった。
俺は、宿の亭主に夕方には帰る、とだけ伝えてリューンにある図書館へと向かう。

リューン図書館。
貿易都市リューンの市民向けに開かれている図書館だ。
ごった煮の街並み同様、蔵書まで歴史書に図鑑、絵本や小説だけでなく、魔術書も扱っていたりと多岐にわたり広く扱っている。
もちろん、専門書なら精霊宮や賢者の塔に行った方が見つかるのだが、今回のように多岐にわたるところから調べ物をするには、リューン図書館が一番だ。

と、いうことで俺は開館から時間にして30分と経たず図書館にへと入館するのであった。
中は時間も早いせいで、人も殆どいない。学生は学校の時間だろうし、こんな早くから本と向き合おうなどと考える人物はよっぽどの変り者しかいないだろう。などと、考えていると、読書スペースに人影があった。 こんな時間にいるのは俺だけじゃないのか、と妙な関心をしながらそちらに目を向けると、ちょうどその人も足音に気が付いたらしく、顔を上げたところであった。
「おや、トリスじゃないですか」
珍しいものを見るかのように声を掛けてきたのは、あのひややっこのメンバーの一人でもあり、俺がちょっと……いやかなり、うん、かなり友好的な関係を結んでいる人物、セツナ。
「せ、セツナっ!?なんでこんな所に!」
思わず俺はその姿を捕えて声を上げていた。
読書が好きだとは何となく聞いていたけれど、まさかこんな時間にこんな場所で出会うなんて思っても見なかった。
「声が大きいですよ」
少しだけ不快感を表にされてしまって、俺は慌てて口を押える。
最も、他に人は居ないので大した迷惑にはなっていないだろうけど、公的マナーという奴だ。セツナはそういう所にちょっと厳しい。
「あ、わ、悪い……えっと、前、座っていいか?」
「どうぞ」
セツナから許可を得られたので、俺は慌てて本を取りに行く。
何について調べようか。とりあえず絵について調べるのがいいかもしれない。
俺は『美術品』について取り上げられている本を探す。かなりぶあつめの図鑑のようなものが目に入ったので、先ずはそれを手に取った。
前後巻のつくりだったので、後編と書かれた方も持って戻る。俺が席に戻るとセツナは顔を上げる。
「……依頼ですか?」
俺がとってきた本を見て、セツナが小さな声を掛けてきた。
「いや、宿題」
「……宿題?」
よくわからない、という顔で聞き返すセツナに、俺はうん、と答える。
「えーと……フィルナに、言われたんだよ。暇そうだからこれの正体を当てて来いって。謎かけみたいなのらしいから……」
そういって、俺はセツナに昨日フィルナから受け取ったメモを差し出した。
セツナはそれを見ると、ああそうですか、と答えた。
「つまり頭を使うことが苦手な貴方にそういう訓練を、と」
「……う、そんなとこだ」
「でしょうねぇ。まあ、頑張ってくださいね」
そうして、セツナは本に再び目を落とす。
ヒントも問題も何も聞かないのは、多分セツナなりの気遣いだと……俺は勝手に思う。
ちょっとは自分だけで考えてみろ、という事だと解釈する。俺はそのまま美術品の正体を探るべく、図鑑を手に取った。

謂れのある美術品というのは、それなりに有名な筈なのだ。
過去にも、魔術がかかっていないにも関わらず持つ人全てを不幸にさせた物がある。
俺も、そういう話を聞かされて夜眠れなくなったりもした。

「……うーん……」
結構時間がたって、俺は腕を組んで難しい顔をしていたに違いない。
美術品に関する図鑑を開いたけれども、メモに書かれた絵のような絵画は見られない。
せめて画家が誰か、とかいつ書かれたか、とかわかれば……って聞けばよかったんだよなー……くそ、まじめに基本的なことが盲点だった……。
俺はほかの芸術に関する著書を開きながら、少しだけセツナの方を見る。
セツナはあれだけ時間がたっているにも関わらず、相変わらず一冊の本をじっくりと読んでいる。
セツナが読んでいるのは『歴史における魔術』と書かれたもので、少し分厚いものだ。
まあ、内容は多分俺が読んでもチンプンカンプンだろうな、うん。
真っ黒な瞳が本を走っていき、白い指が時折ページをめくっていく。
ただその動作だけでもどこか幻想的に美しく思えてしまうのは、セツナ自身が持つ人ならざる者のような雰囲気のせいだろうか。
それとも、もっと別の要素が俺自身にあるからだろうか―…
等とぼんやりと考えていると、ふ、と本から顔を上げたセツナと目が会う。
「どうしたんですか?解らないスペルでもありました?」
「えっ!あ、えーっと、その」
思わずセツナに気を取られている場合でもなかった!
俺は焦って今開いている本の中から咄嗟に一番難しそうな単語を拾い上げて指す。
「これ、これがわかんなくって」
セツナの事が気になって延々と眺めてた危ない奴、というレッテルよりも字も読めない奴、と思われる方がまだマシだ。
俺が指したところをセツナは見る。
「それ、人の名前ですよ」
「うえぇ!?」
「ですから声が大きいんですよ、貴方」
セツナに再び注意されて、俺は再び口を手で押さえる。
絶対、呆れられたかもしれない。いやでも正直に言うのもアレだとも思う。
『貴方に夢中でずっと見てました』って変態か俺は!いや見てたのは事実だけども。
「糖分が足りないと頭回らないってウチの参謀も言いますし、お昼でも食べに行きます?」
わたわたしている俺を可哀そうに思ったのかなんなのか。セツナがそんな提案をしてくる。昼って、まだ早いような―…とそんなことを思っていると、俺の腹の音とともに12時を告げる何処かのチャイムが遠くで鳴り響いた。
「……行く」
俺は恥ずかしながらもうなづいた。よく考えれば二人で昼飯なんてめったにない機会だ。
下手をすれば初めてだったようにも思える。
そう考えると、心が躍るって言うか……しかもそれだってセツナから誘ってくれたわけだし……いやいや何を考えてるんだ俺は。セツナだって俺の事を友達くらいには思ってるはず。メシさそうなんて全然真面目に普通なことなんだ。そうなんだ!
「トリス、何処から取ってきたのかわからないなら司書に聞けば―…」
「だ、大丈夫大丈夫、わかるからすぐ仕舞ってくる」
どうやら本を手に取ったまま動きが止まっていたらしい。
俺は今にもダッシュしてしまいそうな本能をぐっと理性で押さえてはみるもののその足取りは本気走りに近い早歩きみたいなことになってしまっていた。

図書館の近くに、小さなカフェがある。
俺は結構食う方だから、大衆食堂の方がありがたいんだけど、セツナが進めてくれた場所だ。異論は無い。
なんだか改めて考えてると、俺の思考ってルートに似てるよなぁ……はぁ……。
「トリス、その宿題とやら、聞かせてくださいません?」
俺がアンニュイにため息を着くと、セツナがそう話を切り出してきた。
多分、朝から全然進んでない宿題の事で悩んでるって思われたんだろう。
いや、今ため息着いたのは完全別件です。すいません。
でも、宿題も全く進展していないのは紛れもない事実。っつーわけで、俺はセツナにフィルナに出された宿題の話をするのであった。


「……それで、貴方は何故か芸術名鑑を調べていたと」
「いや、何故かって言うか……絵の事がわかればヒントになるかなって」
俺が思った事を正直に答えると、セツナがわずかに笑う。もちろん、馬鹿にしたような笑みで。
俺はセツナのこの顔があんまり好きではない。当人がどう思っているかどうかは定かではないが、少なくとも、好意的にみられておらず、嫌われてしまうのではないかと内心でガクブル震えてしまうからだ。
……いやだから、なんで俺はセツナに対してこうも表情一つで気分が落ち込んだりするんだ。
「確かに『あった話』とは言われましたが、その絵が正当な画家が描いたとは聞いてないんでしょう」
「…………あ」
セツナの助言に、俺は非常に間抜けな声が漏れ出た。
そう、話では通りすがりがうっぱらい、被害者が一目ぼれで購入。
流れの画家が描いたかもしれないし、そもそもただのラフ絵だっていう可能性も捨てきれない。そんなもの、芸術名鑑には載っていないだろう。
「ニュースとして過去の新聞を引っ張り出してもいいかもしれませんが、時間場所被害者指名の何一つとして前情報が無いんですよね。
 でしたら、そのセンで調べるのはあまりに愚かです」
そうだ。そもそもリューン内の話ですらない可能性があるのだ。
そうであれば、新聞何か引っ張り出してみても意味はない。まあリューン内の話って分かっていればやったか、と言われればどうだろう。確かに改めて言われれば無意味な気がする。
「貴方らしい、といえば貴方らしいでしょうけど」
「……もしかして、セツナは答え解ったのか?」
俺が恐る恐る聞くと、セツナはくす、と意味深げに小さく微笑んだ。解ったんだろうな、たぶん。で、俺の宿題だから笑うしかできないと……
「すいませんなんかヒントください」
「……では、わからないという事が解ったわけですよね。となると、そっち方面の考え方ではいけないわけです。後は仮定としている答えを変えればいい」
「……うーん?」
セツナのヒントに俺は首を傾げる。
確かに、今調べたことの方法ではわからないという事がわかった。これは理解できる。
それで、仮定とした答えを変える……ええっと、要するに今までの俺は『芸術品』だと思ってたわけで、そうじゃないわけだから……
「では、もう一つ。今まで貴方芸術名鑑を探していたわけですよね。芸術になっていないそれは……何故他の人に害をなすのでしょうか」
「なんでって、そりゃあ魔法とか呪いとかモンスターとか……あ」
セツナの問いかけに答えて気が付いた。そうか、そういうことか。
どうやら俺は、大事なことを見失いかけていたらしい。
「ま、そういうことですよ」
セツナがそう締めくくる。俺が気づいたことを察したようだ。
それと同時にナイスタイミングでウェイトレスが注文の品を持ってきてくれた。
俺は日替わりランチ。セツナは小さなバターロール3つにこじんまりとしたスープと同じ量くらいのサラダ。粗食にも程がある。
「……どうしたんですか、人の食べ物をガン見して。差し上げませんよ」
「いや別にそれはいい。俺の分あるし」
正直、よく持つよなあ、と思う。当人曰く小食でそれなりに燃費いいんで、とのことだけど。
肌はその辺の女より白いし、腕もほっそいし、せめて食べて肉つけろとでも言いたくなる。
「また今余計なこと考えませんでした?」
「別に、なんでもねーよ」
それを口にしたところでセツナは絶対に気を悪くするのをわかっている。
自分の体調がわかるのは自分だけなのだし、別に好き好んで病んでる風をしているわけじゃない、とあっさり言われたことがある。そして最後に、貴方も心配性ですね、と付け加えられた。『も』なのはルートがいるからだろう。
「はーぁ……」
そのうえ、冒険者としての実力はセツナのほうが上なのだから、余計に口出すべきじゃない。
勿論俺はわかっている、わかっているんだけどこうなんつーか、なんつーか!
等と俺が考えながらもさもさ飯を食ってると、セツナはふう、と息をわざとらしく吐くのだった。
「他人の事を考えるよりも自分の事を先に考えてくださいねー」
……バレてる。
確かに、今は宿題の事を考えるのが先だ。
「わかってるよ。フィルナにどやされたくないしな」
「まあ、それもありますが……ま、いいですけどね」
セツナは何かしらの含みのある答え方をした。
また何時ものようにその点を突っ込んでも誤魔化したような返答しか返ってこないことがわかっているので、俺は飯を平らげることを優先するのであった。



飯を食べて、速攻図書館に戻る道を歩き出す。
探すべき事柄がはっきりしたんだ。フィルナをギャフンと……いや、せめて俺がもうちょっと頭が回るって事を証明してやる!
「……で、ええと、セツナはまだ図書館に?」
セツナは俺に会わせてくれたのか図書館に戻る道を一緒に歩いてくれている。
「ええ。本日はお休みなので。冒険者は本の貸し出し渋られますからね。読んでしまおうかと思いまして」
セツナはそれ以外に他意はないようで、良くも悪くも普通に答える。まあ、冒険者は本を返さない……というか、返せることが出来なくなることも結構あるから図書館からの持ち出しはコネでもない限り原則禁止なんだよなぁ。いつもフィルナがその事に対してぶーぶー文句言ってたっけ。
「そっか。よーし、俺もがんばるぞ」
一人でやるよりも、目的は違っていても誰かが見張ってるだけでサボりにくい。しかも相手がセツナなんだからなおさらだ。俺は気合いを入れ直すように腕を天に向けて振りあげるのであった。

図書館に着いて、俺は先ほどまで調べていた芸術の欄はもうどうしようもないと言うことがわかったので手を着けず、魔法がかかっているものとして考えることにしたのであった。
だけど、問題は果てしなく大きい。
「……うぅ、わかんね……」
魔法といっても、山ほどある。
芸術はまあ昔っから変にたたき込まれたところがあるから何とかなったけど、全く魔法の事なんかしなかったしなぁ……まずどの本から手を着けるべきなのか、ていうかどの本が効果的に調べられるのかよくわからない。
まさかこんな初歩の初歩で手打ちになるとは……。
「何を調べるんですか?」
本棚の前で頭を抱えそうになっていると、見かねたセツナが声をかけてきてくれた。
「あ、ええーっと、魔法のー…その、なんかあったろ、他の人の生命力を食べて云々って奴ー…」
「でしたら、呪術を調べてみてはいかがですか?こちらは精霊魔法の棚ですから、無いですよ」
そうして、セツナはすぐとなりの棚を指した。
そこには、呪術にたいするなんやかんやの本がたくさんある。詳しく調べるなら賢者の塔に赴くべきかもしれないが、フィルナは図書館で、って言ってたんだ。そこまでヒネた呪文じゃないだろう……と、勝手に考える。
「ありがとう、セツナ。……ついでに、どの本が調べやすいか教えてくれると助かるんだけど……」
「それは自力で。あまりヒントを一度に出してもタメにならないでしょう」
軽やかな笑顔で返された。
さすがにこればかりは頭を下げてもどうにもこうにもならないだろう。俺は決死の覚悟で本と向かい合う気持ちをなんとか取り戻すと、とりあえず目の前にあった簡単そうな奴から一冊取り出すのだった。

結局、俺が目的の項目を見つけて、だいたいの予測を付ける頃には閉館時間ー…まあ、長い長い時間がかかってしまっていたわけだ。

「お、わっ、たー!」
その手応えに、思わず声を上げてしまうと、セツナが苦笑いを浮かべていたのでぱっと手で口を押さえる。
どーもこういう場所は苦手だ。まあ、もう向こう3ヶ月は来ないだろう。たぶん。
「お疲れ様です」
セツナもパタンと読んでいた本を閉じた。
朝からずーっとそうしていたはずなのに、セツナの表情には全く疲れの色が見えない。すげえ。
俺は達成感と疲労感、んでもってあと解放感諸々から腕をぐーっと伸ばす。そう、怪我の事はすべて忘れていた。
「――だ、あだだだっ!」
やっぱり治りきってなかったみたいで思いっきり走る肩口に走る激痛。思わずその場で傷を押さえてうずくまる俺。
「……随分とまあ、身を張ったギャグをやらかしますね」
そんな俺の押さえている手をゆっくりと取り払われると、傷がある場所に服越しであるが暖かい光を感じる。
顔を上げると、セツナが俺の肩に向かって「癒心の法」をかけていてくれた。
言うまでもなく、顔と顔の位置が超至近距離。
「……ななな、お、俺ケガしてるって言ったっけ!?」
緊張とか照れとかいやもうなんか色々で出た声が不自然なほど上ずっていた。
「いえ。ですが―…本を運ぶ時や食事の時が少々不自然に見えまして。
 後は『宿題』として此処に来た―…しかもいつもの保護者さんの姿もないところを見れば、貴方自身に何かがあったと考えるのが妥当かと」
まあそれでも、怪我の深さとか位置まで詳しいところはわかりませんでしたけどね、と答えるセツナはやっぱりなんというか……俺には出来ないことをやってのけられるんだなあ、と変に感心する。
「さて、帰りましょうか」
セツナが立ち上がり、此方に小さく笑いかける。
肩の痛みは、殆どなくなっていた。
「ああ、そうだな」
兎にも角にも、これでフィルナに馬鹿にされずに済む。それどころか、ちょっと見直してくれたりするんじゃなかろうか。
そんな事を考えながら、俺はセツナと一緒に途中まで同じ帰路に着いたのだった。




「50点」
既に戻っていたフィルナに対して、俺が見つけてきた答えを言うと、実に微妙な答えが返ってきたのであった。
「……う、」
「まずは、質問の抜け。『魔力を感じられるかどうか』とか……アンタ絵に対してほっとんど何も聞いてこなかったしね。それと、答え自身の間違い。
 『呪い』っていうのも出来なくもないけど、気を付ける点としては発動は『誰でも』ってトコ」
俺は、フィルナの解説を聞いて自分の推理がまた間違っている事に気が付いた。
そうだ―…呪いは、あくまでも何かに対して害を成したものやら何かしらの『恨み』を買わなくてはならないんだっけ。まあ、持ってるだけで何かあるっていうアイテムだって山ほどあるんだけど―…それは完全に『質問の抜け』っていう所に引っかかってくるわけで。
「答えはこれ、『幽霊』の仕業だったってことね。絵に取り付いて生気を吸い取るっていうスタイルなのが偶にいるのよ」
「……そ、そうだったか……」
俺はそれだけ言って、押し黙るしかなかった。
結局、頭を使うことがより苦手になった、ということか。それでも、図書館に行っていろいろ良い事も……まあ、あったけどさ……。
「ま、アンタにしちゃあマトモな考えだったわよ。あたし絶対芸術名鑑とかリューン新聞から捜してんじゃないかって思ってたもの」
思いっきり図星で、さらに押し黙る。
そこまでたどり着けたのは、セツナがヒントをくれたおかげです!……なんて、詳しいから言わないけど。
「もしかして、誰かにあった?」
ニヤニヤとフィルナに笑いかけられていて、俺は慌てて否定する。
「そ……そんなんじゃねぇよ!」
「あらそう?でもその割にはアンタの表情ぜんっぜん疲れた風に見えなかったもの。
 もしかして―…あのお気に入りの彼にとでもいっしょにやったんじゃないかなーって」
ばれてる。
俺の顔は、どんなになっているのかわからないけど、すんごいものになっている気がする。
気恥ずかしさというかなんつーか、なんか色々な気持ちがごったまぜになってしまい、立ち上がる。
「も、もういいだろ!答え合わせも終わったんだ!」
「はいはい。これ以上からかっても後で保護者さんがうるさいだけだし。黙っとくわ」
ニヤニヤ顔を浮かべてひらひら手を振られたものだから、俺はくるりと振り返って乱暴に階段をどしどし音を立てて上っていくのだった。まったく、俺で遊ぶなってんだ!!
……でもまあ、セツナに会えたのはフィルナのおかげだし、その点で感謝しろって言われたら、すっけどさ。
等と考えながら、部屋に戻る。
今日はもう休もう。明日は、いや、明日こそ依頼を受けて俺の『得意な仕事』に尽力するために。



pick-a-book! おしまい。


*おまけ*
「……ねえ、イレイス?」
セツナは図書館から戻ってくるやいなや、テーブルの片隅で読み物をしていたその人に話しかける。
「どうした」
イレイスは本から視線を外し、すぐそばに立つセツナの方に視線を向けた。今日は休みという事もあり、メンバーがばらばらだ。ブロウの姿も、ルートの姿も、シンヤの姿さえも見えない。おそらく各々何処かへと外出しているのだろう。
「とある話をちょっとしてきたんですけど、貴方の意見が聞きたくて」
「言ってみろ」
セツナの話に、イレイスがわずかに興味を持ったようだ。
セツナは立ったまま、トリスの『課題』についての話をした。
もちろん、自分ではある程度だったが予想はついている。聞く限りでは触れる者全てに何らかの不調があったのだから『呪い』ではなく、何か別の―…そう、たとえば『悪魔』やら『妖魔』、もしかしたら『使い魔』なんてのもあるだろう。兎に角そのほかの生命体ではあるだろうなあ、とは予想を付けていたのだ。
「―…ふむ、謎かけのようなもの、と捕えていいのかね?」
「まあそんな所ですよ。―といっても、実際にあった話のようですが」
「なるほど、ね」
イレイスは少しだけ思考を巡らせる。その間、約10秒に満たない程度。
「10年以上前に、教会に変わった絵が持ち込まれた。見た目はただ女性が微笑んでいるようにしか見えない絵。
 どうにも不思議な話で持ち主が次々と病んでいく。これは何かと教会が調べた所、その絵にはものっそい怨恨に包まれた幽霊が宿っていたとかなんだとか」
イレイスはそれだけ言うと、再び視線を本に落とす。
おそらく、それが事実で『実際にあった話』の部分なんだろう。相変わらず、その無駄とも思えるほどの博識ぶりに、セツナは感動した。
「……ちなみに、どこであった話なんですか?」
「持ち込まれたのはアレトゥーザ。経緯は流石にわからんぞ」
「いえ、そこまでパッと思い出せるので驚きを隠せませんよ」
セツナは少しだけその場で瞑目する。そして瞼の後ろに彼の課題を出した人物―…たしかパーティ内に博識の女性がいたような気がする。きっと彼女あたりに『50点』とか言われて渋い顔をしているトリスの表情が思い浮かんだのだった。
「それにしても、えらくご機嫌じゃないか」
「おや、そう見えますか?」
「そうだな……たとえるなら、猫が犬を見つけたようなときの顔をしている」
わかるような、わからないような例え。
それは逆に仲が悪いんじゃなかろうか、とも思うがイレイスの内心ではきっと違う展開がなされているのだろう。
「……ま、どうでもいいですけどね」
「そうだな、どうでもいい」
セツナの呟きに、イレイスが同意する。もうすでにどちらも終わった話になるのだ。今ここであれやこれやと言ってみても仕方ないというか無駄。
「セツナ、もう休むのか」
「ええ。明日、どうせ依頼でしょうし」
セツナはイレイスに笑いかけると、部屋へと向かうのだった。

おしまい。


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