触れ合う手と、手 〜相手に一言『死に晒せ!』〜
それはとある街のとある宿屋兼酒場にて。
そこには、冒険者と呼ばれる報酬さえ支払えばどんな仕事でもまあそれなりにこなすという人生が荒くれ気味の人間が多数集まっている場所であった。
まあなんていうか、一般的には『冒険者の宿』なーんてまんまな名前がついていたりする。今回はそこでの、日常のとあるハプニングを描いた話でして。
「だから、貴様とはやっていられないと言っているだろうが!」
そんな酒場の一角で、がったーんというテーブルを叩く激しい音とともに怒鳴っているのは大剣の剣士、シンヤ・プラワン。
「お前の感情論は聞いていない。最終的な決定権はリーダーだからな」
それを冷静に言い返すのは白い衣服に身を包んだ知る人ぞ知っちゃった魔術師ことイレイス・ソレイル。
そして二人して、じっとリーダー、と呼んだ人物に目を向けるのであった。
「え……ええ〜……お、俺ぇ?俺だけだとなんとも……」
リーダーこと黒い衣服に身を包んだ剣士、ブロウ・ソレイルは自身を指さし困ったように首を傾げるばかりだ。
考えるようなそぶりを見せつつも、ちらちらと隣の変わった雰囲気を着た衣服の僧侶兼呪術師をやっているナルザキ セツナの方に助けを求める視線をやるが、セツナはひょいっと肩をすくめる。
「オレはどうでも……そういうのって、時と場合によるっていいますし。
ま、強いて言うのであればリーダーに賛成という事で」
にこやかな笑顔を浮かべつつ、どちらに賛同するでもなくお茶を濁したような返事では、とうてい二人の間の火花は消せそうにない。
ダメもとでその隣に座る金色の髪が特徴的な子供―…盗賊のルートにも意見を伺うように目で合図してみる。が。
「僕はせっちゃんにさーんせ〜♪」
と、返されてしまえばどうにもこうにもならない。
「お、俺は……うーん……」
何かが起きてうやむやにならないかなあと願いつつ返事を濁して時間を稼いでいると、その祈りが通じたのかなんなのか、一同が座っているテーブルに呆れたような声が降ってきた。
「まーったく、朝っぱらから元気なことねー。で、何?今日の言い合い」
青く長い髪をもった美しい女性、フレイリアだ。
今日は彼女は働く気が無いらしく、背中には何時も背負っている弓が無い。
「予想以上に下らない話だけど、聞きたい?」
「あ、それならいいわ。あの二人が妙な喧嘩するのも珍しい話じゃないしね」
ルートがにっこり笑ってみせると、フレイリアは首をゆるゆると横に振った。ちなみに現在進行形でイレイスとシンヤは言葉のドッジボールをやりあっている。といっても、シンヤが怒鳴りつけてイレイスがそれをするすると躱しているという具合なので、どちらがやり手なのかは火を見るよりも明らかなわけだ。
「それで、貴方の本来の用事は何ですか?
まさかちょっと見かけたから挨拶……なんてキャラではないでしょう」
「まあねー。ちょっと面白アイテムを仕入れてきて。使ってみてほしいのよ」
そういって、フレイリアはテーブルの上にシンプルな鉄製の腕輪を二つ置いた。
特に装飾もなく、しいて言うならば裏に緻密な文様が書かれているくらいの特徴しか見受けられない。
「何のマジックアイテムだ?」
とたん、イレイスが興味を示したようで腕輪をひょいっと手に取る。ちなみにシンヤは鼻息荒くそっぽを向いており、それをブロウがまあまあ、と宥めていた。どうやら口げんかはまたイレイスのコールド勝ちで決着がついたようだ。
「面白くないから具体的な効力は聞いてないわよ。
ただ、お互いにはめると仲が良くなる腕輪だそうよ」
「……なんですか、その胡ッ散臭い夜店とかで売ってそうな代物は」
「あら?そんなまがい物じゃないわよ。
正真正銘、有名な魔術師が手にかけた……弟子の作品」
「さらに胡散臭さが増すよ、それ」
フレイリアの説明を聞いて苦笑いを浮かべるルートとは裏腹に、イレイスは手に持ったままの腕輪を興味深そうにしげしげと眺めていた。
「ふむ、確かに魔法はかかっているようだな……それも見たことのない。
おい、フレイリア、これの使い方は?」
「ああ、まず、片方を自分の腕にはめる」
イレイスはフレイリアの言葉通り、まずは自らの腕に腕輪をはめてみる。
「で、もう片方を仲良くなりたい人の腕にはめる」
「え、ちょっと兄貴?」
イレイスは近くにいたブロウの腕をがしりと引っ掴むとその手に腕輪をぐいっと押し込んだ。
ブロウは突然の事で何が何かわからず、されるがままになっている。
「で、最後に腕輪を付けた方同士で手をつなぐ」
「……何も起こらないが」
イレイスがブロウと手をつなぐが、とくに何も変わったような感じは無い。
「だから、俺を毎回そういうふうに実験に使うのやめろって」
ブロウが口をとがらせて、繋いでいた手をパッと放す。
「じゃあなんだ。お前は見知らぬ誰かが私のやんちゃで泣いてもいいと」
「え、あ……それは、どうだろう……」
ブロウが言葉をにごす。やんちゃなんて可愛らしい表現をしているが、実際の内容はたまに口に出すのも憚れたりするとかしないとか。
―…つまり、そんな犯罪ギリギリな行為を赤の他人にしてしまうのであれば、それは単純に犯罪者となんら変わりない。
「私だってやる相手と内容、最大限のコントロールはしているつもりなのだがね。
そんじょそこらの人間相手に試して『何か』があったとき、困るのは私だけではないだろう」
「う……そうだけど」
ブロウが言葉に詰まって言い返せないのを良い事に、イレイスはどんどん持論を展開していく。こうして丸め込まれるのは、まあ日常風景だ。
そもそも魔法の実験と称して嫌がらせをするのはやめてくれという大前提が流されているのだが。
「まあ、その辺りの込み入った話は後々にしてくださるとして。その腕輪、失敗作なのでは」
「んー、でも、『仲が良くなる』んでしょ?いっちーとぶろりんはなんだかんだで仲がいいし、
魔法自体が『こいつら好感度カンストしてやがる!』って思ったのかもしれないよ?」
「つまり、元々仲が悪い二人組につけてみれば何かが起こるということですか」
「かもしれない、だよ。僕全然魔法の事わかんないしねー」
ルートはそういってあいまいに笑ってみせる。盗賊な彼は魔力をまったくと言って良いほどもっていない。
そういう知識が詳しいのは魔術師たるイレイス、もしくはセツナだ。もちろんフレイリアも魔法を嗜んでいる以上疎いわけではないのだが、二人、とくにイレイスに比べると劣っているのだ。
「ふむ、その方向性は悪くないかもしれん。人の心を読む魔法がある限り、何らかの察知能力が働いていても不思議ではないしな」
「じゃあ、兄貴とシンヤがその腕輪をつけて握手すれば、仲良くなれるのか」
ブロウは自分の腕にはめられていた腕輪を外すと、シンヤに向けて手渡そうとする。シンヤは自分に伸ばされた手を見て、実に嫌そうな顔になるのであった。
「ほら、物は試しって言うしさ。
俺だって、シンヤとイレイスはもうちょっとなんとかなるべきだと思うんだって」
「だが、俺は……」
「しんやん、リーダーの決定だよー」
「そうですよ。ここで腹をくくらないなんて、チキンにもほどがありますね」
「リーダーの言い分に従わないとか本当にアンタパーティに貢献する気あんの?」
「う……」
ルート・セツナ・フレイリアのトライアングルアタックをくらい、思わず閉口してしまうシンヤ。当然、3人とも面白い物が見れるんじゃないかという微妙な好奇心の元の行動だが、実際痛いところをつかれているのでシンヤはしぶしぶ腕輪をイレイスから受け取り、自らの腕にはめたのであった。
「ほら、腕を出せ」
「……まるで絞首台に上っている気分だ」
そして、いやいやながらもシンヤはイレイスと手をつなぐ。最も、イレイスはどこか楽しそうにノリノリなのだが。
そして二人は手をつなぐ―…が、やはり何も起こらない。
「……うーん、やっぱり失敗作だったのかしら」
「やっぱりって、フレイ……信じてなかったのか?」
「原理はわかるわよ。考え方もね。ただ『仲良くなる』なんて、力の説明としては漠然としすぎだわ」
フレイリアはそういって、ひょいっと肩をすくめてみせる。要するに、彼女の中では『大体何も起こらない』と初めからわかっていたのだろう。
「いや、そうでもないぞ」
シンヤと手をつないだままのイレイスがぽつりとつぶやくように言った。
よく見ると、シンヤが実に嫌そうな顔を浮かべたまま固まっている。口元もどこかひきつっているのだ。
「何かあったわけ?」
「……手が、離せない」
そう重々しくつぶやいたシンヤの顔は正に顔面蒼白。
彼は冗談でそういう事を言うタイプではないので、まさに言葉通り手が『離れなく』なったのだろう。おそらく、つけた腕輪の魔力とか、その辺で。
「……たしかに仲良こよしには見えますね」
「のんきに言っている場合かッ!?」
犬猿の仲にもかかわらずお手手つないでいる二人は、ぱっと見確かに仲良しにはみえる。セツナは妙に納得した様子でぽんとひとつ手を打つのだった。
「おい、フレイリア。これの外し方は?」
「知るわけないでしょ」
「ちょっ……流石に無責任すぎるぞ、それは」
イレイスの返答ににべもなく切り捨てるフレイリアに、やはりブロウは良い顔をしなかった。
「いや、初めからわかっていたことだ。大体、具体的な効力については何も知らなかったからな」
「ま、そういうこと。一応、その弟子の住んでる所とかは聞いてるから、なんとかなるかなって思って」
そういって、フレイリアは印の入った地図をテーブルに置く。
なんとも準備の良い話である、とシンヤは思ったが手がかりがあるならそれに越したことないと思い、黙っている事にした。
「……賢者の塔の近くかぁ。ここからだと、対して時間もかかりそうにないね」
ルートはその地図を広げて、若干残念そうにつぶやいた。
「なんだか残念そうですね、ルート」
「そりゃそうだよ。二人が手をつないでラブラブなんて、天地がひっくり返ってもこの先見れそうにないんだもん」
「……殴るぞ?」
「利き手じゃないほうで殴りかかって僕に当たるのなら、どーぞ」
ニコニコと笑いながらも辛辣な毒を吐くルート。嫌いな奴と密着して苛々としているシンヤに喧嘩を売っているのかと大体の人ならば考えるが、少年は素だ。
仲良しでもそうでなくとも大体こんな感じなのである。
「さて、と。アタシちょっと今日は用事あるから、出るわ。あーあ、こんな面白い事になるんなら今日はやめときゃよかったわ」
「大丈夫だ、後でおやつの時間にでも詳細に教えてやろう」
「あは、期待しとくわ」
フレイリアはそういってぱっと手を振り酒場を出ていくのだった。
「……さて、と。向かうには、いいんだけど……」
「ちょっと時間が早すぎますね。アポなしで他人の御宅の門をたたく時間帯にしては、少々迷惑かと」
そういってセツナは壁にかけられた古ぼけた時計を見る。
時間帯は8時前といったところだろうか。地図の場所に行っても、ゆっくり行っても9時半程度にはつく距離だ。
「そしたらさ、朝ごはん食べようよ。僕お腹すいたよー」
「ああ、そうだな。親父さんに飯頼んでくるよ」
ブロウは立ち上がり、カウンターで朝食を作っているこの宿の亭主に話しかける。
冒険者の宿といっても一階部分は食堂と兼用なので、大体亭主が食事を作って冒険者に出すシステムになっている。ブロウはすぐにテーブルへと戻ってきた。
「……適当に頼んできたけど……それで食えるのか?」
ブロウの視線は、つながれた手に向けられていた。
まあ、所詮冒険者なので食事のマナー云々は気にするものはいないが、利き手で無い方で食器を扱うのは少々不便な気がしたのだ。
「なんとかする」
シンヤがぶっきらぼうに言った直後、給仕によって朝食が運ばれてきた。
今日のメニューは質素なスープとシンプルなパン。そして目玉焼きの3点セットです。
「わー、おいしそう。たーべよ」
「主よ、今日も我に糧を恵まれた事を感謝します」
さっそくがっついて食べはじめるルートに、神に祈りを捧げるセツナ。
そしてつながれたままの二人はというと。
「ブーローウ」
「なんだよ、兄貴」
「私、このままじゃ食べられなーい☆」
そうして、つながったままの手を持ち上げるイレイス。
セリフも完全に棒読みの所を無理矢理可愛く言っているので、何か妙な気持ち悪さが残っていた。
ちなみにシンヤは何も言わず四苦八苦しながら料理を食べてようとしている。
「というわけで食わせろ」
「仕方ないなぁ……」
先ずブロウは目玉焼きを一口サイズにカットして、フォークにブッさす。
「ほら、あーん」
「あーん……うん、まあ普通だな」
「そりゃ味が変わるわけないって」
もぐもぐと音を立てて咀嚼するイレイスに、ブロウは苦笑して見せた。
「兄貴、ほら」
「あーん」
朝も早くから繰り広げられるは大の男二名がまるで昼下がりの恋人同士のごとく食べさせあいをしているおぞましい光景。
しかもお互い恥も何もなく当たり前のようにしている。そりゃそうだ。ブロウは仕方ないと心から思ってるし、イレイスは心底楽しんでいる。
誰も気にしない違和感に、シンヤは決して目を向けまいとしていた。
「ブロウ、スープ飲みたい」
「ていうか、俺が食えねえじゃんかよ」
「しょうがないだろう、手が使えん」
一歩間違えればラブラブな空気。つないでいる手からすさまじいぼっち感。
向けまいとしていた目は、二人の方を向いていて。
「―…イレイス」
出した声は、奈落の底から響くように低かった。
「どうした、シンヤ。すごい顔だぞ」
「まず一つ!貴様が繋いでいる手は利き手じゃないほうだろう!!」
「知ってる」
「そして次!誰か突っ込めッ!何で二流の恋愛小説みたいな事になっているんだ!」
「しんやんってそんなの読むの?初耳〜」
「誰が今その点に突っ込めと言ったぁッ!」
シンヤの怒鳴り声に、ルートが場違いな返答を返すと、輪をかけてシンヤは機嫌を悪くする。負のループだ。
「……。ごめんシンヤ」
一瞬だけあっけにとられたようだったが、すぐさまブロウが素直に謝る。
そして、何かに気づいたようにぽんとひとつ手を叩くのだった。
「良く考えなくても、シンヤも片腕使えないんだよな。だから俺が食べさせてやるよ」
表裏のない善意100%の笑みと申し出。
その美しさに一瞬シンヤはたじろいだが、すぐさま持ちなおす。
「違う!断じて違う!!」
「え、じゃあ……」
「いやあってるぞ。ブロウ、私今まで黙ってたけど片手で食えるんだ」
しかしすぐさまイレイスがブロウのフォローに入る。その笑顔は、果てしなく邪悪に輝いていた。
「食えるのかよ!?ていうか、どうやって」
「ほれ」
小さく詠唱した後ぱちり、とイレイスが指を鳴らす。
すると、フォークとナイフ、そしてスプーンがふわりと浮きあがったかと思いきや、意志を持っているかのごとく器用に動き始めた。
「うお、すげえ」
「だからほら、シンヤにかまってやれって」
にやにやと楽しそうに笑うイレイスに、シンヤが鬼でも素足で逃げそうなほど殺気をまとって睨みつける。
「貴様ッ……」
「シンヤは魔法が使えないからな。うっかりスープをひっくり返すと大変だ」
イレイスの言葉に、ブロウはうんうんとうなづき始める。
「そうだよな……シンヤ、俺なら気にしないよ。やんちゃやったの兄貴だし」
「いやだから、大丈夫だ」
必死に拒否るシンヤ。というか、光景がみてられなかっただけで矛先をコッチに向けてほしくなかったのだ。
「遠慮するなって。俺たち、仲間だろ?困ったときは助け合いって言うじゃん」
そう言ったブロウの表情はきらきらとまぶしいほどに輝いていた。
シンヤは一瞬だけ遠い目をし、そしてちらりとイレイスを見る。視線に気づいたイレイスは非常に楽しそうに小さくシンヤに向かって親指を立ててみせた。
「……、そうだな」
シンヤは後ろ手でイレイスに中指を立てつつ、そう答えるしかなかった。
かくして、大の男(略)というおぞましいの一言に尽きる光景は、組み合わせを変えて再来したわけで。
「シンヤ、口開けてー」
「……ああ」
なんというかさっきよりも図体が全体的にデカくなった分痛々しさが増したような気がするが、気のせいである。そしてなんだか酒場の注目も集めているような気がするのも気のせいだ、とシンヤは自身に言い聞かすのであった。
「……あの、イレイス」
二人の光景をみていたセツナは早々に朝食を食べ終えたらしく、ぽつりと話を切り出す。
「なんだ」
「用事を思い出したいので早急に部屋に帰っていいですか」
「断る」
眉一つ動かさず言い放ったイレイスに、セツナは小さく舌打ちするのであった。
しばらくして、まあ無事にご飯を食べ終わり、早速魔法使いの弟子が住む場所とやらに向かう事にしたのだが。
「……まあ、こうなるというのは、大体想像ついてましたが」
忌々しそうにセツナが言う。
というのも。街に繰り出したのはいいが、微妙に人の視線を集めているからだ。
「そりゃいっちーとしんやんがおそろの腕輪してー、お手手繋いでらぶらぶでーとだもん。僕だって二度見、いや三度見しちゃうな」
ルートが至極納得するかのごとくうんうんとうなづいた。
「死にたい。この際割腹だろうが服毒だろうが絞首だろうが飛び降りだろうが種類は問わない」
「シンヤ、そんな現世から去ろうとするなって」
絶望の顔でつらつらと死に至る方法を並べるシンヤを、ブロウはなんとか励まそうとする。
しかし今一効果はないようで、シンヤの面持ちは暗くなるばかりだ。
「どうやってこの先生きろというんだ」
「せめて目立たなくすれば……あ、そうだ!」
ぽんとブロウが、一つ手を打った。
広い道を、ずんずんと歩く影がある。
その姿、大の男3人+非常に中性的な男性1人+子供。5人1列に並んで歩くのは、ひたすらに『異様』の二文字であった。
何故ならば―…彼らは全員、手をがっしりと握りしめていたのである―……
「逆に目立っとるッ!」
一番左にいたシンヤが冷静に突っ込むのに、そう時間はかからなかった。
「え、でもほら、木を隠すなら森の中っていうし……」
シンヤの的確な突っ込みに真ん中のブロウはあいまいに笑う。
「例えるなら、砂漠のど真ん中に木が五本ある状況だなこれは」
イレイスが非常に楽しそうに笑いながら歩き続ける。
「悪いが正直、意味がない」
「そっか……やっぱダメかぁ」
シンヤのストレートな言い回しに、軽く肩を落とすブロウ。
「いや……意味がないなんてそんなことない!」
そう声を張り上げたのは、ルートだった。
「せっちゃんとお手手つないでお散歩……
夢の中でしか叶えられなかった夢が今ここに爆誕したんだよ!それを意味がないだ「いいから貴方は黙ってください」
熱く語りだした少年を、ぴしゃりとセツナの声が制する。
ルートは口をとがらせたが、言われた相手がセツナなので素直に黙る。
「それとブロウ、これでは通行人の邪魔ですよ」
「あー…それは俺も薄々感じてた」
広い道とはいえ、5人が横に並べばさすがに手狭になってしまうようだ。
そのせいか、ちょっと街ゆく人たちが此方を若干迷惑そうに見ている。流石に、声を掛けようとする猛者はいないようだが。
「うーん、じゃあ、ちょっと形を変えて」
広い道を歩く影がある。
前には黒い男と、非常に中性的な男性が少年の手を片方づつ取っている。
そしてその後ろには、大の男性二人がお揃いの腕輪をして手を繋いで歩いていた。
「―…まあ、仕方ないんじゃないのか」
やはりちらほらと街の視線を集めている様子に、イレイスが肩をすくめた。
「うーん、家族設定とかどうだろう。
ほら、俺とルートとセツナが兄弟と仮定して」
「ああ、つまり私は―…こいつを『おいお前』とか呼んでいろと」
前後で交わされる真剣みを帯びた不毛な会話。
何故自分は妻なんだと心から叫びたかったが、注目をさらに集めるだけなのでシンヤは黙った。
「僕そしたら次男がいいなあ。意外性を前面に押し出して。で、弟がぶろりん」
「えー、俺長男がいいなー。兄ちゃんとか呼ばれてみたい」
「……ぶろりんお兄ちゃん、僕『パッションピンク』の新作首切り鎌欲しいなー♪」
「へえ、ちょっと見てみたいな。セツナ」
「ダメですよ。今月のお小遣いはもうないんですよ」
「そう厳しい事を言うなよ。たまのわがままくらい、いいじゃないか、なぁお前」
「……。突っ込まんからな」
などと、微妙に絶妙なやりとりをしつつ、道中を歩いて行く。
「あ、前に知り合いはっけーん♪」
何かを見つけたらしい、ルートがブロウとつないでいた手を離し前を指す。
その声にぎくりと振り返ったのは、同じ宿の冒険者仲間のルート。同名がいるのでわかりにくいが、此方の方が明らかに愛想がなく、口数も少ない。
「あ、逃げだしたら即刻君の名前と宿名を魂の限り叫ぶよ」
明らかに怪しい集団の知り合いと思われたくない一心で走り出すモーションになったルートを嫌な笑みを浮かべてルートが制した。
ルートはすぐさま諦めたように動きを止め、ワザとらしいほど音を立てた舌打ちをしながらゆっくりと振り返った。そして、声を絞り出すようにして問いかける。
「……。何、してるんスか」
「何って、離れなくなった」
イレイスはそういって、シンヤとつながっている手を挙げた。ルートはその光景をみて、眉をひそめる。どうしてこうなった。そう表情が雄弁に語っていた。
「そういうルートは何してるんだ?依頼終わったとこ?」
「まあ、そんな所ス……」
「そっか、おつかれー」
「…………」
ブロウの言葉を流しながら対面するルートは何か納得いかないといった風に怪訝な顔をしながらイレイスを見る。
イレイスはそんなルートと目があったのでにたぁりと怪しくほほ笑んでおいた。
その顔は、シンヤからはわからない。そして前を歩いていたブロウとルートとセツナの三人からも見えないだろう。
「…………頑張れ」
そう向けてルートが声を掛けたたのは、シンヤの方だった。シンヤはルートの意図が良くわからずわけがわからないという顔をした。
そしてすぐさま、ブロウが話を続ける。
「もう宿に戻るんだよな。ゴメンな、呼び止めたりして」
「……ん」
小さく返事をして、ルートはその場から去る。若干早足なのは、一刻も早く面倒事から離れたいという彼自身の心情から来るものだろう。
「逃げなくてもいいのに、なぁシンヤ」
にやにやと笑いながら話しかけてくるイレイスに、シンヤは何も答えなかった。
何故なら、逃げ出したくなる気持ちもわかったからである。
そして更にしばらく歩くと、その家は見えた。何の変哲もない、木造建築の一般的なそこに、こんこんとノックする。
すると、すぐにドアが開いて中の人物が姿を現した。
「はーい……誰!?」
驚きの顔を作ったのは、シンプルなローブに身を包み、ややぼさっとした茶色の髪の毛、そして丸いメガネをかけたいかにも『魔法使いの弟子です!』といった風貌の人間であった。
「ええと、冒険者です」
「冒険者?……依頼はいまの所ありませんけど?」
きょとんと首を傾げるローブの男。どうやら、冒険者に何度か依頼をしたことのある人間らしい。
魔法使いが冒険者に依頼を頼むなど別段おかしいことでもなんでもないが。
「いや―…ちょっと、離せなくなった」
イレイスが腕輪をした手を上げると、シンヤの手もくっついてくる。
シンヤはむっつりと黙り込んでいた。
「それは、たしかに僕の作ったアイテムですね……わかりました。どうぞ中へ」
そうして、男がドアを開ける。通されたのは、客室のような場所であった。
「で、これを外す方法はあるんだよな」
「もちろんです。方法はいたって簡単ですよ。お互いがお互いの事を想いあって、その気持ちをシンクロさせれば外れます」
「わぁ、ロマンチックぅ〜♪」
「そうでしょう!これは僕の傑作なのです!お互いが繋がり、知り合う事でさらに仲良くなれる……素敵ですよね!」
ルートの言葉に、男は熱のこもったようすで語りだした。
どうやら、大分頭は暖かい様子である。
「なるほど、ね……やってみるか、シンヤ?」
「ふん……」
イレイスとシンヤはお互いに目配せをして、静かに立ち上がった。
「お前のために、一発演技をしてやろう」
「必要ない」
そして、二人は見つめあう。
一瞬の間。
息を吸う音。
「地に這いつくばって死ねッ!」「あがき苦しみぬいて死ねッ!」
しん、と刹那の間だけ静かになって。
やれやれとイレイスがため息を吐いた。
「外れないが」
イレイスが不満げにつながったままの手を掲げて見せる。
「そんな負の感情で外れませんよ!!」
すぐさまローブの男から突っ込みが入ったのだった。
「だけど息はぴったりだったね。確かにお互いを想いあってシンクロはしてたよ」
「そうじゃなくって、もっとこう、好意的な言葉と想いでないと外れないのですよ」
「好意的って、たとえばどんな感じ?」
「愛情とか親愛とか友情とかまあ……そういうのに関連するような言葉で」
ローブの男の言葉に、ふむ、とイレイスがひとつ納得するような声を上げた。
「つまり、お互いに『愛しています』と言い合えば外れると」
シンヤは押し黙ったままだったが、果てしなく嫌そうな顔をした。
「まあ、そんな感じですけど……」
ローブの男は、歯切れ悪く答える。とある重要な要素が抜けているからだろう。
「俺は絶対に嫌だ」
「ああ、知っている」
「貴様みたいに思ってもいない事を口にするのは虫唾が走る」
「だろうな」
ひたすら嫌悪感をあらわにするシンヤにイレイスは片方だけだったがひょいと肩をすくめて見せた。
「だが、このままで良い訳ないだろう?」
そして、離れない腕を持ち上げる。シンヤの顔が忌々しく歪んだ。
片手が繋がっているこの状況。
飲食だけならともかく、お早うからお休みなさいの間までずーっと一緒なのだ。その事をリアルに脳内に描いてしまったシンヤは、常に刻まれている眉間の皺を更に深くするのであった。
「くっ……」
「いや、ていうか思ったんだけど、気持ちが入ってないなら別に言っても外れないんじゃ……」
なんとなく重くなってきた空気に耐えられず、ブロウが思っていた疑問を口にすると、イレイスが大きくため息をついた。
そして、ブロウの方に冷たい視線を飛ばす。
「ブロウ」
「なんだよ」
「空気読め」
「え」
「シンヤが無理矢理私に愛の文句を言っているという面白光景を考えるだけで愉悦の笑みがこぼれるというのに……まったくお前という奴は」
はーやれやれ、とイレイスが心底つまらなさそうに言葉を吐き捨てた。
そんな自由人にも程があった兄に、ブロウは愕然とする。
「思った以上に兄貴がひどかった!」
「貴様あッ!やはり俺で遊んでいるだろうッ!」
「あ、やっと気が付いた」
「殺す!やはり貴様だけはこの俺の手で直々に切らなければ気が済まないッ!」
「おおお、落着けシンヤ!シンヤは大剣使いだから片手で剣振れないだろ!!」
今にも空いた片手で殴り掛かりそうなシンヤをブロウは羽交い絞めにして止める。
止め所の文句もなんとなくおかしいが、対するイレイスはイレイスで、涼しい顔で笑うばかりだ。
「……一生外れる気、しないんだけど」
その光景をまざまざと見せつけられたルートは、ぽつりと声を漏らす。
「え、ええと……特に僕も解呪呪文とか用意してなくて……」
あわあわとローブの男が言い出した。
まさかこんなことになるだなんて、思ってもみなかったのだろう。
「……いいんじゃないですか、最低、どっちかの腕切り落とせばいいだけですし」
「ええええ!?」
あっさりと残虐非道な事を言い出すセツナに、ローブの男はさらに慌てた。
「……まあ、冗談ですけどね」
「は、はあ」
セツナはいまだにワイワイと馬鹿騒ぎをしている3人を冷やかな目で見ていた。
そして、そろそろ呆れとか馬鹿馬鹿しくなって疲れてきたのでもうこの茶番劇を終わらせたい気持ちで口を開くのであった。
「イレイス。終わりにしませんか?こんな事で1日つぶすのも馬鹿らしいでしょう」
「まあ確かにそうだな。シンヤをからかうにも飽きてきた」
「ッ……」
「ていうか終わりにするって……どうやって?」
また怒り出しそうなシンヤをブロウは心配そうに見ながら、それでもセツナとイレイスの言葉が気になったようで、首を傾げた。
「ブロウ、お前は本当に人の話を聞かないな。確かに、離れないとは言ったが―…」
イレイスが小さく何かを詠唱する。
「離せない、とは言ってないだろう?」
にやりと浮かべる、不敵な笑み。そして、イレイスは両手をおもむろに適当な位置まで上げて見せた。その片手に、シンヤの手はくっついてこない。
「……。離せるんだったら最初からしろよ!」
「だから人の話を聞けと。理由を言っただろう、ついさっき!」
「はぁ、理由ってなんだよ?」
「『シンヤをからかうにも飽きてきた』と。つまり、この流れはすべて私がシンヤのためだけに仕掛けtおおっと」
イレイスのいたところに、全力の拳が振り下ろされた。
イレイスはそれを紙一重で避けると、振り切った拳を再び構えながら怒りに震えているシンヤを見て、不敵に微笑んだ。
「ブロウ 剣忘レタ カセ」
視線を此方に一切向けず日本語が不自由になってしまう程怒り狂っているシンヤに、迫力で気圧されそうになりつつも、ブロウは腰に差した剣を鞘に入れたまま両手で抱きしめ、首を全力で振って拒否。
「なんでそんなカタコトッ……貸さないよ!気持ちはわかるけど、貸さないよ!」
「良いから貸せ、こいつを叩っ斬る」
「ふ、シンヤ。口で勝てないから力技とは―…騎士道が地に落ちたな」
「黙れッ!ここまでコケにされていて耐えられるか!」
「うわああ、もう止められないような……セツナ、ルート、力を―…」
ブロウは二人がいるであろう方に向くと、そこには誰もいなかった。
いや、いるのはいるのだが、信じられないようなものを見る目でドアの方を向いているローブの男だけだ。
「ふ、二人は?」
「こ、この置手紙を残してなんか走っていきましたけど……」
ローブの男が戸惑いながらも渡してきた置手紙には、綺麗な文字でたった一言だけ記してあった。
『面倒なことになりそうなので逃げます。 頑張ってください! セツナ』
その手紙をみながら、セツナが稀代稀に見る綺麗な笑顔を浮かべているのを、ブロウは思わず脳裏に描くのであった。
そしてルートまで居ないのはセツナと二人きりのほうが美味しいと思ったのでついて行ったに違いない。
「表に出ろッ!このクソ魔術師!」
「えー、面倒くさい」
「ならばこの場で殴り飛ばしてやるッ」
そして後ろでは、現在進行形でさらにカオス度が増していたりするわけで。
「……止めよう。話はそれからだ!」
ブロウはそう一大決心をすると、とりあえず二人をどうやってなだめようかと考えるのであった。
そして多分、それはまあ難しい事だろうな、というのも脳内で結論が出ていたが、それでも彼はあきらめるわけにはいかなかったのである。
「仲良くなるなんて、やっぱ難しいのかなー…
二人とも、暴れるんだったら外で!」
ブロウは己の無茶振りだった提案を悔いつつも、なだめるしかないのだ。
ちなみに後日、事の顛末を聞いたフレイリアが笑い転げたのは、想像に容易い話だったそうで。
おしまい