はんたーズ!:無気力ハンターと辛辣サポーター
まず、自己紹介をしようか。
俺の名前はバジル。人呼んで、疾風剛剣のバジル。
モンスターを討伐し、その報奨金やらなんやらで生活している『モンスターハンター』を営んでいる。
もちろん、ただ自分で名乗っているわけじゃない。
ちゃんと協会が出しているライセンスも取得ずみだ。
「バジル様、現実が辛いのは解ります。しかして空想の世界に飛び込むのはもっと末期でいいと思うのですが」
となりで俺に形式上だけの敬語で馬鹿にしたように話しかけてくるのは俺のサポーターのシナモン。
女みたいな名前だが、れっきとした男だ。ちなみに名前が女みたいだな、って言った奴は血を見る。
「お前な……この状態でなんでそんなクソ冷静なんだよ!」
今俺たちが居るのは、暗い洞窟の中。
外はびゅうびゅうと雪風が吹き付けて、気温は低下し体温をがっつんがっつん奪っていく。
まあ、いわゆるあれだ。俺たちは……
「たかが真冬の雪山遭難でしょう?もっと落ち着いてください」
「たかがって何だたかがって!真夏でも死ねるっちゅーねん!!」
「ええ知ってますよ」
「わかったら場所と天候の把握しろよ!」
「……仕方がありませんね。
貴方のその醜悪な面を引っさげて唾液をまき散らし泡吹いてぎゃーぎゃー喚いている様を見ていると、私の心は洗われるようですのに」
「洞窟の外に放り出すぞ」
肩をすくめるシナモン。言い忘れていた、コイツはめちゃんこ性格が悪い。
他人の不幸は蜜の味どころか極上の菓子だと言い切った奴だ。
だが、とてつもなく癪なのだがサポーターとしての腕はムカつくほど確かなので、ここ3年程ずっと『契約』している。
「ふう、仕方がありませんね」
シナモンは肩をすくめると、長ったらしいローブの裾から一本の試験管を出してきた。
あれは魔素と呼ばれる魔法を使うための媒体だ。
ほんのわずかに灰色がかった小さなラムネ菓子のようなものを口に含み、口内で溶かしながら呪文を吐くことで言霊に魔力を付加させ、魔法を使う。
シナモンのような『サポーター』には、魔法の教養が義務付けられているのだ。
『望むは導き手、我らは迷い子。哀れな子羊に、慈悲の光を』
シナモンの口から空中で黒いインクで書かれた文字もどきが宙へ流れて消えていく。
これは言霊が魔力を帯びている証拠だ。俺にはわからんが、この間に周辺の地図が頭に浮かんでいるらしい。
「……なんですか、此方をじっと見て。ああ、バジル様も召し上がりたいのですか?」
「いらねー。っていうか食ったら死ぬだろ」
「大丈夫です、魔素1%ですから、お腹を壊すくらいです」
「どっちみちいらん!」
そう、この魔素――人体には劇薬と言って良いほどの毒物。だから市販されているものはごくごく薄くまで希釈されているのだ。
もちろん、濃ければ濃いほど魔法の威力や汎用性が高まるので、俺たちのような荒事を職業としている奴は、もうちょっと濃いものを手にしているが。
「で、何かわかったのかよ?」
俺が再び問いかけると、シナモンはさっきまでの表情とは変わって、真剣みをおびたものになる。
ああ、やっと仕事スイッチが入ったか。こいつは一回スイッチがオフになると戻るまで俺をひたすらおちょくりだすから厄介だ。
「そうですね、ここは雪山の正規の登山ルートからかなり東に逸れたところであるということ。
そして、この吹雪は10分後に比較的穏やかになっていき、再び30分後から吹きすさび同様の天候になるということ。
その間に正規の登山ルートの方へ歩いて行けば、休憩用の小屋に一応到着します」
ずらずらと並び立てるシナモンに、俺は大きくため息を着いた。
「ちなみに、ここから登山ルートまでどんくらいかかる?」
「……道を見失わなければざっと1時間かと。ですが道中確認を10分おきにしていく事を考えれば実際にかかる時間は1時間と30分程度ですね」
「……おい、どう考えても30分で行ける気がしないんだが」
「奇遇ですね、私もですよ」
にっこり笑いながら向けられた死刑宣告に、俺はその場で膝をつき、がくりとうなだれた。
なんだ、死ねってか!話始まって早々遭難して死ねってか!?
いや、遭難で死ぬのはまだいい!よりによってシナモンと二人きりで死ぬシチュエーションが嫌だっ……!!
「安心してください、バジル様」
「シナモン……」
「私が死ぬとしたら、貴方が死ぬのを見て楽しんでからゆっくり死にますので」
うなだれる俺の肩をぽんと叩き、とてもいい笑顔でグッと親指をたてるシナモンを、洞窟の外に投げ飛ばした行為について、誰が責められようか。
いや、誰も責められない。
「おやバジル様、ご乱心ですか?」
悲鳴も何も上げずに服に着いた雪を払ってすぐに戻ってきやがった。畜生。
「どちらかというと俺はお前の発言全てが乱心に聞こえるんだが」
「失礼ですね。私は本気ですよ。ただ、話の途中で勝手に絶望して勝手に放り投げたのは貴方でしょう」
「話の途中?」
「ええ。この洞窟、元々はトンネルのような通路になってまして。
今年の集中豪雨で地盤がゆるんだのか一部崩落して崩れただけなので、そこを掘れば簡単に向こう側に出られますよ」
「……出たら何なんだよ」
「なんとびっくり、我らが宿をとっていた小さな町が目と鼻の先に」
「…………」
俺は無言でシナモンを投げ飛ばした。猛吹雪の向こうに。
きっとこの行為も、誰にも責められ無いに決まっている。ああ、決まっている。
-*-*-*-
かくして、俺たちは雪山の中腹にある小さな町に戻ってきたのだった。
「死ぬかと思った。真面目に」
「おやおや、バジル様とあろうお方がそのような弱音をお吐きになられるとは」
宿屋兼食堂でメシを食う俺とシナモン。暖かいスープが生きているという事を実感させてくれる。
俺はシナモンの皮肉だかなんだかよくわからん発言を聞き流しつつ、食事を続行する。
「はい。今回の件は私が悪かったと思っております。
本来のルートを逸れて遭難などという愚かしい状況に至ったのは、このサポーターである私の不手際に他なりません」
シナモンが珍しくしおらしい。
ハンターとサポーター。
腕のいいハンターは一人でモンスターを討伐するもできるが、大体そういった奴は戦う事に特化しすぎて他の事――
土地カンを始めとして、モンスターの生態・協会が打ち出してる討伐状況や保護区域の把握等細かい事を考える奴が正直少ない。
中には強い奴と戦えればそれでいい、なんて奴がいるほどだ。俺はそこまで愉快な人間になれないが。
それで、ある一定以上の実力を持つハンターは、こうしてサポーターとしてそういう細かい事を把握している……
いわばマネージャーのような役割の奴を『契約』して傍に置くことを義務づけられている。
ただ倒せばいいハンターと違って、サポーターの役割は多種多様。戦うことは特別しないが、こうして道案内等も彼の肩にかかっていたりするのだ。
「ああもういいよ、気にしなくて!お前がそんなに凹んでたら飯が不味くなる」
「ありがとうございます、バジル様。
まさか崖が積雪で道があるように見えていた事を知りつつ黙っていたことをお許しいただけるなんて、なんて心の広いお人でしょう」
「は?」
シナモンの言葉に、俺は食いかけのパンを片手に動きを止めた。
「ターゲットの痕跡を見つけてはしゃぐバジル様のお顔が一変し、
驚愕の表情を浮かべながら情けない悲鳴とともに滑り落ちていく光景はこのシナモン、一生のものとして心のアルバムにしまっておきます」
見る者が見ればそれなりに綺麗な笑顔を浮かべるシナモンに、俺は血という血が沸騰し、逆流していく感覚を覚えていた。
「てめえええええ!!!やっぱ知っててやったのかよ!」
「申し訳ございません。つい魔がさしまして」
「魔っていうか悪魔やってきちゃってるだろ!!ざけんな!」
「次は無いようにいたしますから」
「当たり前だっつの!」
俺は乱暴に食器を叩きつけ、大きな音を立てて立ち上がる。ああ、苛々する。
本当に今年で契約切ってやろうか。
「おや、バジル様、どちらへ?」
「疲れた寝る!」
「はい、了承いたしました。明日の午前中は天候が落ち着いているようですが何時に向かいますか?」
「起きたら行く!」
「……かしこまりました」
言葉を乱暴に吐き捨てはしたものの、ハンターの横暴で無茶な注文には特に何も言わず、
そして実際的確な時間になったら起こしてくれるであろうシナモンは、間違いなく有能なサポーターだろう。
最も、誰のせいで俺がここまで腹を立てているのか冷静に考えれば、色々どす黒い感情が溢れだしそうになるのだが。
-*-*-*-
「あーやれやれ、全く酷い目にあったぜ」
俺はわざと大きな声で独り言を叫んで気を紛らわせつつ、ベッドにもぐりこんだ。
まだ寝るには早い時間だったが、この田舎では時間つぶしができるような場所もないし歩きづめで疲れた。
結局、トンネルを掘るのも俺一人の力だったことを思い出して、更にムカつく。
そもそも今回のターゲットは希少種になりつつあるモンスター、『エンゼルラビット』の捕獲だった。
さながら天使の羽の生えた小さな白いうさぎの様に見えるそいつらは大人しい上に知能も高く、
金持ちがこぞってペットとして買おうとするので、いわば安全な金づるだった。
それをまあ、アイツのせいで痕跡は見失うわ崖から落ちて遭難しかけたわけで。
「……あー、苛々して眠れねえ!!」
分厚い毛布を跳ね飛ばし俺は体を起こした。
この怒りは何かにぶつけなければ気が済まない。だが何にぶつけるよ。
俺は身の丈ほどある自分の獲物を握りつつ、悶々としていた。誰かがこの光景を見たら警備隊に通報されるに違いない。
「そんなバジル様にご朗報が」
「おわっ!?てめぇいきなり入ってくるなよ!」
ノックもなしに部屋に入ってきたシナモンに文句を言うと、シナモンは肩を大げさに竦めやがった。
「お召し物を変えている最中でもありませんのに、さながら乙女のような事をその図体で申さないで頂けますか」
「で、お前は何だ。喧嘩を売りに来たのか?今ならサービスで開きにしてやるぞ」
相変わらず口を開けば俺の皮肉しか言いやがらない雇われ者を俺は睨みつける。主人はどっちだと思ってやがんだ。
「いえ、ここ数日仕事が数年連れ添ったこの私めが驚きたくなるほど上手くいかず、かといってどこかで鬱憤をぶつける相手もおらず、
性欲を持て余しても娼館もない小さな街の宿のベッドの上でしまりなく膝を抱えているバジル様にとっておきの情報を、と思いまして」
「よしわかった。今から三枚に下ろしてやるからそこ動くなよ」
俺が手に持ったままの剣を鞘から抜き、膨大な殺気と共に剣を向けてやる。
モンスター人間問わず大体の奴はこれだけで勝手に気圧されて尻尾を巻いて逃げるのだが、シナモンは軽くため息を吐くだけだ。
「相変わらずバジル様は乱暴ですね。ですから女性との付き合い経歴が非常に残念になってしまうのですよ?」
「お前なんなの!?マジなんなの!?」
「ですから朗報をお持ちしたんですよ。
先程、協会の方から連絡がありました。この町より北3km地点にて、駆除種モンスターであるイエティが目撃されたようです」
俺はシナモンの言葉に目を細めた。駆除種モンスターとは、人間を襲ったり食物を漁ったりと害になるモンスターの事をさす。
種により金額は変わるがそれを殺せば協会の方から特別な報酬が貰える。
またそれが金的に結構美味いので、それだけを退治する専門のハンターもいるくらいだ。
「……それをわざわざ言いに来たってことは、俺らに仕事が回ってきたことか」
「はい。この町周辺で滞在なさっている高ランクハンターはバジル様だけですからね。
発見場所の距離といい、悠長に物事を構えてられないというのが上の指令でして、急遽我らに討伐せよとの事です。もちろん、報酬も色がついております」
「めんどくせー。っていうか、それのどこが朗報だっつの」
確かにイエティは討伐報酬も高く、上手く皮をはぎ取ればその手触りと機能性からかかなり高額で売り払えるが、
もっと手軽で安全なものに手を出そうとしていた俺にとっちゃやる気が出ないこと限りなし。
別に戦うのが嫌というわけではないが、危ない事に首を突っ込みたくない至って正常の神経な持ち主なだけだ。
「実はですね……どうやらそのイエティは雌」
言いかけたシナモンを俺は部屋の外へ放り出してドアをおもいっきり閉めた。っていうかアイツをブン投げた。
今回三回目の遠投だが、悲鳴も無様な落下音も聞こえなかったところをみると、上手く受け身を取りやがったらしい。
こういう所だけ無駄に器用だから腹が立つ。
「よし、寝るか」
とりあえずアイツを投げたことでちょっと気はまぎれた。
明日は結構強いモンスターを相手するだろうし、体を休めておく必要があるからだ。
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翌日。俺とシナモンは発見地点に居た。道案内をしたのはシナモンで、俺はそれについていっただけだ。
今日は天気が落ち着いているようで空は快晴。いや、午前中だけだったか。
「発見しました、足跡です」
「……おおう、でけぇ」
シナモンが指した方向をみると、大体1m程の足跡がぽつぽつと続いている。
この場に足跡をつけてから幾日か立っているようで、その痕跡は今にも消えてしまいそうであった。
もしこれがイエティのような大型モンスターでなければ、見つからなかっただろう。
「数は一つだな。なら単体か」
「そうですね。イエティはあまり群れで行動いたしませぬから。繁殖期に入れば夫婦で行動するようですが」
「今って繁殖期だっけ?」
「繁殖期からは外れております。……最も、繁殖期でなくともむざむざで出歩くような種ではありません」
「……なーんかひっかかる言い方しやがるな、お前」
イエティは生命力も高く、一体倒すだけでも結構な労力になる。
毛皮の事を考えれば一撃でしとめるのがスマートなんだろうが、敵対したこと事態があまりないからいまの所上手くいったためしはない。
「……イエティは危険種ですが食物や好奇心その他諸々から人里を進んで荒らしはしません。むしろ、山奥に生息しているのです」
「何か問題あるって言ってるようなもんだろそれ」
「はい。出歩かなければならない何かが起こったと考えるのが妥当かと」
いつものように冷静に告げるシナモンに、俺は深いため息をつく。おもいっくそ面倒な案件じゃねーか。
イエティだけではなく、更にもう一つ面倒が見えるだなんて、いくら調子コキの多い中堅ハンターでも手を出さないレベルじゃねーか。
急を要して俺みたいな若くて強くなる有望なハンターが命を落としたらどうするっていう話だ。
「ご安心くださいバジル様。微力ながらこのシナモンもお力を添えさせていただきますから」
「あー、はいはい。解った当てにしねぇ」
胡散臭いセリフを吐くシナモンに、俺は手を軽く振っておく。
魔法は決して万能ではない。ちょっとした光をともしたりマッチで火をつけたり飲み水を確保できたり生活には便利だがそれ以上にはならない。
手練れと呼ばれる人になってようやく戦いの援護ができるレベルだ。
「おや、信用ありませんね」
「戦いが始まりそうになったら確実に安全圏に逃げる奴の言葉が信用されると思ってるお前にびっくりだよ」
そう、シナモンは戦いの予感を察知したらふっつーにその場を離れる。しかも確実に戦いに巻き込まれない位置まで的確に逃げやがる。
その距離の計り方があまりにもピッタリすぎて、俺がげんなりするくらいだ。
「それは仕方がありません。私、バジル様と違って痛いのは嫌いなのですよ」
「俺も嫌いだ。人を被虐性欲の塊みたいな言い方しやがって」
「おや、違ったんですか?この私を好き好んで雇っているものですから、てっきりそのケがあるのかと思っておりました」
「…………お前、一回マジ死ね」
これは間違いなく本音だった。
目の前で可哀そうな者を見るような目になっているシナモンをグーで殴らなかった自分をいっそ褒めたいレベルだ。
「お言葉ですがバジル様、人は一度死んだらおしまいでございます」
「知ってるっつーの!ああもうほら行くぞ!さっさと終わらして俺は帰りたい!」
俺はぽつぽつと続くイエティの足跡を追いかけ始めたのだった。
とにかくもうエンゼルラビットも良い。この駆除依頼が終わればかなり高額の報酬をいただけるはずだ。
もう今回はそれでよしとしよう。そうしよう。
そして一刻も早く存在だけで腹が立ってくるサポーターと別れて金が続く限り自堕落な日々を送るのだ。
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足跡をたどって、歩く、歩く。
元々日付が経過している足跡だ。たどっていてゴールに行き着くのかはどうか不明なのだから、容易にしっぽがつかめるわけがない。
「バジル様、申し上げます」
「なんだ」
シナモンがいつものポーカーフェイスで声を上げる。
何時いかなる時でも自分から『報告』するならいつもつけやがる前置きのようなものだ。
だいたいこういう時は俺にとって無視できない情報であるので、俺はシナモンの声に集中する。
「先ほど時刻が11時を過ぎました。前方、北東の方角から発達した積乱雲が此方へとゆっくり向かっております。
私見では30分後に昨日と同規模の吹雪が2時間程度続くかと。如何なさいます?」
そういや、午後からは崩れるっつってたなぁ……けど、ふぶいたら最後、足跡は完全に消失するだろう。
そうなりゃ格段に発見が難しくなる。となるとさらに数日こいつと付き合って雪山デートを決行しなければならない。うわぁ嫌だ。
「近くにしのげそうなところは?」
「足跡を外れて西へ10分程度の場所に小規模ながらも洞窟の存在が協会の報告にあがっております。
情報の信頼度としては最高ですね」
シナモンの言葉に、俺は実に嫌な顔をしていただろう。
足跡を外れて10分。今なら確実に避難ができる。それはいい、それはいいが、目的をロストしろといっているようなものだ。
こいつが言わないから無駄だろうとは思いつつ、俺はシナモンに『命令』する。
「シナモン、調べろ。近辺に洞窟の有無。ついでに足跡の向こう側に隠れられそうな場所があるかどうか」
「かしこまりました。探知に3分頂きます」
シナモンは一つ返事をすると、魔素を取り出し口に放り込んでから、昨日とまったく一緒の呪文を唱える。
サポーターは『明確な理由がないかぎり、ハンターの命令を無視もしくは破棄してはならない』。
協会が厳重に定めた条例のひとつだ。シナモンは基本的には協会の条例を厳守する。
厳守したうえで俺で遊びにかかってくるのだから、タチが悪い。上告して罰を負わせることもできないギリギリのボーダーラインで仕掛けてきやがるのだ。
……だから無駄だと思いつつも探索呪文を使わせるという嫌がらせをさせたくなるのは、当然といってもいい。俺悪くない。
「……申し上げます。周辺5kmの探知に成功しました。足跡からややそれますが北東にも洞窟があるようですね」
「協会に情報あがってなかったのかよ、それ」
だいたい何処に行ってもその土地でしかわからないものというものは存在する。
ハンターについてまわるサポーターの記録から主に作られ、協会がそれをまとめ他のハンターに情報として提示されている。
どうしてもあちこち回るために周辺の情報に疎くなる俺達ハンターにとっては、正に生命線の様な代物だ。
それが無料提示(もちろん此方から情報を提供することがあるが、俺の仕事じゃねーし)されているのだから、ありがたい。
「それが、洞窟と呼ぶようにしては『浅い』ようです。爆発物を使用して人為的に掘られたかと」
「……怪しいな」
シナモンの見解に、俺は眉をひそめていただろう。
態々情報に上がっている洞窟を使わず、別方向にわざわざ『掘って』まで作った人工の避難所。
爆発物を使用している、というのならば確実に人間の仕業だ。同業者がやった可能性もあるが、それなら報告が上がっているはず。
――報告が更新されない程最近なのか、それともそれが出来ない程切羽詰った状況だとしたら話は別だが。
「如何いたしますか?」
「そっちの洞窟に向かおう。避難するかどうかはさておき、調べておきたい」
「かしこまりました。では此方に」
シナモンが先導し雪山を歩くので、俺はその後ろをついていく。
……間違っても昨日のような事はならないだろう。今回は協会からの直々の仕事だし。
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「……うーわ」
洞窟とやらはあっさり辿り着いた。そして俺はその内部のあんまりな光景に声を上げたのである。
様々な対モンスター用の仕掛けや道具が置いてあり、いくつかの金属製の丈夫な籠の中には捕獲されたモンスターがいる。
種類は、俺達が始めに狙っていたエンゼルラビットを始め、比較的温厚種でそこそこ金になりそうなものが陳列されていた。
最もそれだけなら『同業者がいた』という一言だけで済むのだが、そうじゃないから声を上げたのだ。
「……この捕縛用道具は協会でも使用許可が下りていない物ですね。ああこの仕掛けも一級禁止品です。こちらは……」
シナモンが転がっている道具を手に取り一つ一つ調べては記録していく。マメな奴め。
補足するが、俺たちはモンスターを追いかけ捕える仕事をしているが、協会が打ち出したルールに則って行っている。
例えば希少種は捕まえないようにしたり、危険種にむやみやたらと喧嘩を売らない様にしたり、
その他の生態系に影響が出るほどの強力すぎる道具は使わない様に――といったものだ。
しかしここにあるアイテムは、そのルールから外れた者ばかり。――……つまり此処に居るのは密猟者と呼ばれる犯罪者だ。
「あえて報告に上がっている洞窟の近くで別の洞窟を作る、か。木を隠すなら森の中ってか?」
「そうですね。避難に十分使用できる洞窟があると報告が上がっているにもかかわらず、
更に周辺を調べさせたバジル様の様なひねくれ者でなければ見つけられなかったでしょう」
「へーへー、お褒めにあずかり光栄でございますー」
シナモンの言葉を聞き流しながら、俺も周辺を調査する。密猟者の捕縛は協会も推し進めていて、結構高額な報奨金が頂ける。
最も、殺さず身柄を拘束しなければならず、殺してしまっても証拠を上げれば罪には問われないものの、すんげー減額されるから面倒っちゃあ面倒なんだが。
「……お?」
洞窟には荷物に隠されるように通路あるようだった。通路が埋もれているのか隠しているのかはわからんが。
俺はそちらをひょいと覗き込む。人の足で5歩くらいだろうか。何かの生物の気配がしたので俺はそっちに行ってみる。
シナモンは此処に捕えられているモンスターを記録しているので、まだ時間はかかるだろう。
「こりゃあまた……」
そこにあったのは一際頑丈そうな檻。そしてその中には、イエティの子供が蹲っていた。
麻酔かなんか使ったのだろう、というのは一見してわかるほどにぐっすりと眠っており、ちょっとやそっとじゃ起きる気配もない。
そして俺は気づいた。イエティ騒動の根本は、こいつだという事に。簡単な話だ。親が何処かに行ってしまった子供を探しているだけの話なのだ。
「おいシナモン、こっち来てみろよ。面白いもんがあるぞ」
「如何いたしましたかバジル様……と、これは……成程、そういうわけですね」
シナモンは牢屋まで近づくと、興味深い声を上げる。
「イエティのはく製――それも幼体のものとなれば貴重ですからね。
子を成したばかりで気が立っている個体をどう出し抜いたかは想像もつきませんが、上手くやった物です」
「感心してる場合かよ。……こういう時どうすんだっけか。駆除種だからぶちのめしちまっていいんだっけ?」
「……おや、心お優しいバジル様にそういった事が出来るんですか」
俺の言葉にシナモンが不敵な笑みを作る。俺は忌々しく睨みつけるにとどめておく。
コイツのとやりあいで、言葉を使って俺が思うとおりに事を進められるなんて考えは消したほうが良い。
上手く言いくるめられて煙に巻かれるか、もっと嫌な所を曝け出すことになるかどちらか二つに一つだ。
「ハンター様が聞いてんだ、質問に答えんのがサポーターの仕事じゃねーのかよ」
「……ええ、存じておりますとも。
イエティは三等希少種扱いですので、親子で生活している今回のケースでの駆除は問題行為に当たりますね。
子供を返して帰って頂けるならそれに越した事はありませんが、襲ってくるならば撃退もやむなし、と言った所でしょう」
「…………めんっどくせぇ……」
子供をぶった斬って、死体置いといたら親も来るだろうから斬っちまえばいいんじゃねーのか……とは思うがそれをやると協会から来る報奨金が減らされる。
シナモンに上手くとりなしてくれるように言えば誤魔化せるとは思うけど、目の前のそいつは絶対にしない。
融通が利くようで効かない面倒な男なのだ。
「そんな事言わず頑張って下さいバジル様。私シナモン、協会が制定した規則に則られている間は心より応援しておりますゆえ」
「お前それ一歩道を踏み外したら敵ですよ、って言ってるようなもんだろーが」
「ええ、そうですが何か」
にっこりとシナモンが此方にハイパー胡散臭い笑みを浮かべてくる。
日常茶飯事的に見慣れたものだが、やっぱりこいつは好きじゃない。
俺は深くため息を吐いて、心を入れ替える。仕事だ仕事。金が無いからコイツと共に行動しなけりゃいけない羽目になるんだ。
「とにかく、密猟者の捕縛からだな。帰ってくるだろうから、どっかに隠れて――っつうのがセオリーか。シナモン、隠れられそうな場所を探せ」
「はい、かしこまりました」
-*-*-*-
シナモンのナビゲートに従い、俺は身を隠した。荷物と荷物の間、と言った所だろうか。
こんなもんバレちまうんじゃないか、と俺は疑問に思うんだが。
数多のモンスターとの戦闘を完璧に逃げやがるあのシナモンがここなら騒がない限り見つからない、といったのだ。……それを信用するしかない。
いくら密猟者とはいえ、天候が荒れる前には流石に戻る。そろそろ外が吹雪きはじめたな、と俺が思った時、確かに足音が響いてきた。
「――……おい、聞いたか?イエティの話。こっちを探し当てられる前にずらかろうぜ」
「そうだな。付近にハンターがいたらしく、そいつに駆除指令が出たから――……ここを探し当てられると、面倒になる」
「準備はできた。明朝、動こうぜ」
「だな」
密猟者は二人組、か。俺は男に興味が無いのでざっくばらんに言うが、いい年こいたおっさんが二人とだけ言っておこう。
此方に全く気付いた様子もなく、キャンプの準備を始めている。……さて、どの辺りで仕掛けてやろうかね。
「――そういや、ハンターって誰が来てんだ?」
「『疾風剛剣のバジル』だよ。あのほら、上級者ハンターの癖に地味でパッとしない事で有名な」
「あぁ、あいつかー……特に功績もねーもんな。しっぷうごうけん(笑)って自分でつけたらしいぜアレ」
「マジで!?うわー……引くわー……ってか、ないわー……」
ぷぷぷ、と片方が笑い出したとき、俺の体は勝手に動いていた。
確かにパッと目立つような功績はしていない。俺は堅実に稼ぐ方が好みなの!!
それに、疾風剛剣をつけたのは俺じゃねーっての!!あんまりにも誰もその名を使わねーからこっちで名乗ってるふしはあるけど……
ともかく、こんな犯罪者どもにけちょんけちょんに貶される筋合いはねぇ!!
「うっせぇえ!!!!!さっきから聞いてたら好き勝手言いやがってぶちのめすぞこの野郎ども!!!」
「うわっ、噂をすれば出た!!」
「馬鹿、言ってる場合か!!やべぇぞ!!」
俺は背負った剣を抜き、二人の前に躍り出る。
誰かが潜んでいる――ハンター自身がいるとは思っていなかったらしく、落着けかけていた腰を慌てて立ち上がらせるが、遅い。
「疾風と呼ばれる太刀筋、見せてやっから牢屋の向こうで存分に伝えとけぇッ!」
俺は剣を一閃し、目にもとまらぬ速さで二人の狼藉者をはっ倒す。もちろん切ってはいない。剣の面で鈍器の様に殴ってやっただけだ。
男たちはその衝撃で吹っ飛び、壁に頭を強かにぶつけ、簡単に気絶したようだった。
どうやら大した相手じゃなかったらしい。俺がぱちんと剣を鞘に納めていると、ぱちぱちと軽い拍手が聞こえた。
「これが『疾風剛健』のお力ですか。その名に違わぬ動きですね」
「……さっさと縛り上げっぞ」
「おや、拗ねていらっしゃるのですか。流石バジル様、かような小物の言葉も真剣に耳を傾け凹むとは、少年の心を忘れないお方。
確かにバジル様の功績らしい功績はありませんが、何も素晴らしく万人に認められる事をする事だけが人間として良きと――……」
「いいから縛り上げるからロープか何か出せってんだよ!!」
シナモンの褒めてんだか貶してんだか皮肉ってんだか喧嘩売ってんだか訳の分からない言葉を止めさせ、俺は仕事をするように告げる。
シナモンはやれやれといわんばかりにひょいと肩をすくめると、どっからか見つけていたらしいロープを手渡してきた。
こういう所目ざとい奴、と思いながら俺は気絶した奴らが武装していない事を確認し、簡単に脱出できない様に縛り上げる。
「さて、と。こんなもんだろ」
「……私見で申し訳ないのですが、結び目が少々甘いように見えますので治しておきますね」
そういってシナモンは俺が結んだ箇所をいじる。確かに、シナモンのほうがはるかに解きにくいように見えた。
「お前、そんな事も出来たんだな」
「ええ。縛られるのを好まれるバジル様と違って、私は縛る方を好んでおりますから」
「何の話だよ!!」
にこやかに笑うシナモンに俺は声をあらげる。だからコイツ俺の事を何だと思ってやがるんだ。
それを問いかけたところで、碌な返答が帰ってくることは全く期待していないけれども。けれども!!
俺は苛々を吐き捨てる様に舌打ちをしたその瞬間、ずしん、とひときわ大きな足音が洞窟向こうからわずかに響いてきたのが解った。
「……今、すんげー嫌な音が聞こえた気がする。子供を引き渡して逃げたりできねー?」
「やってみても良いでしょうが、麻酔で眠った子供を渡せば8割以上の確率で奪い去った犯人と思われて出会い頭に襲撃されます。
原則、捕縛した密猟者は協会に渡すまでこちらで保護しなければならず、その上吹雪いてきたのでこの場からの逃走も不可能ですね。
……頑張って下さい、疾風剛健のバジル様」
「…………」
穏やかな顔をして手を振るシナモン。洞窟の外は風が強く、わずかに吹雪いている。
俺はひとつ大きく息を吐き、鞘に納めたままの剣をにぎる。
「……この状況、何とかできるか?」
「私は貴方様の仰せのままに動くために雇われているだけに過ぎません」
俺はひとつため息を吐く。考えろ。ここで単純に戦っても普通に負ける。
いくら手練れのハンターとはいえ、自然災害とタメはれる奴なんかいない。人間である以上のペナルティがある。
あ――……考えんの面倒くせえ。第一イエティの生態もよくわかんねーし時間迫ってるし、こうなりゃもう全部シナモンに投げてやる。
「……しょーがねー、ちょっとやりあってくるからその間にお前なんとかしろ」
「かしこまりました。それでは、行ってらっしゃいませ」
とんでもない無茶振りをされたのにも関わらず恭しく頭を下げるシナモンをしり目に俺は剣を抜くと、洞窟の外へと歩み出たのだった。
-*-*-*-
どんよりと空は曇り、びゅうびゅうと風は吹いて雪も吹きすさんでいる。
だが、3メートルを超えそうな毛むくじゃらな巨体にはそれも無意味なようで、足取りは変わらず此方へと向かっている。
つかずるい。俺は視界悪いわ寒いわで今にも洞窟に戻りたいってのに。
「ウルォ……」
イエティが此方に気づいた。その瞳は、確かに強い殺気が込められている。
「一応言っとくけど、俺じゃないんだよ、いやマジで。ここで大人しく待っててくれるんなら、子供だってちゃんと返して――」
「ウルゥオオオオオオオ!!!!」
「危ねッ!」
俺の必死の説得もむなしく(効かないだろうとは十中八九わかりきっていったが)、イエティは此方に向かって爪を振り下ろしてきた。
あんなもん当たったら一発でお陀仏だ。俺は雪に足をとられながらもなんとか回避する。……あー、雪が鬱陶しい!!
「ったく、ざけんな、よ!」
俺は雪を踏みしめ、駆け出す。
相手がとにかくデカくてよかった。この吹雪の中でも姿を見失うことなんかとりあえずはない。
「でやぁッ!!」
――チッ、噂に違わず毛深い!俺の放った剣撃は、確かにイエティの足を的確に斬った。
しかし、それは多量の奴の体毛と、一筋の皮膚を切り裂いたに過ぎない。雪と共に切れた体毛がぶわりと舞い上がる。
俺はそのままスピードを殺さず逃げるようにして距離を取る。一拍おいて、自分がいた個所に奴の拳が沈んだ。
「動き難いったらねーし、時間が過ぎればすぎるほどこっちにとって不利、か」
うわー、冷静に考えれば考えるほどやる気をなくす。
洞窟に残してきたシナモンが俺の指示通り何か行動を起こしてくれりゃあ何とかなるかもしれねーが、期待半分といったところか。
あいつ自身も死にたくないだろうし、指をくわえたままこっちがやられるのを待つという風にはしないだろう。
ともすれば死さえも隣り合わせのこの状況。あまりにも軽々しく送り出してきたから――その期待に掛けてみるか?
「……ま、やってみるだけやってみるか」
どちらにせよ、こいつはこっちで引きつけておいてやる必要があるのは確実だ。
俺は目の前のイエティが洞窟の方に近づかないように、更にちょっかいをかけてやるしかない。
「――はぁッ!」
吹雪をかき分け、跳躍し、奴の腕を狙う。
しかしやはりというかなんつーか、多量の体毛と一筋の皮膚が切り裂けるくらい。相手にしてみりゃウザそうだ。
最も、俺の身の丈ほどある獲物だから切り裂けているだけの話で、普通の剣なら突き刺さない限り無理だろう。
「グルォオ!!」
「っと!」
ぶん、と拳が再び振るわれるが、なんとか回避。
しかし吹雪はどんどん酷くなっていく。こりゃ数分もすりゃあ目も開けられない状態になりそうだ。
……頼むから、手を打つなら早めにしろよ、シナモン。じゃねーと化けて出てやるぞこの野郎。
-*-*-*-
風の音が脳の髄まで響いていく。雪が激しく俺の体を叩きつける。寒い。寒い。何これマジ寒い。
体を必死で動かしていくが、体温が奪われていくせいで鉛のように重く、力も入らない。
「――ゥルォオオオーー!!」
「やべ……っ!?」
風の音にまぎれてイエティが一際高く吠えた。
俺は今までのカンと経験で咄嗟に剣を盾のようにして扱うと、その中心を射抜くように奴の重く鋭い拳が捕えた。
「―――ッ!!!」
声にならない衝撃が俺の体を襲う。剣が手から抜ける感覚。宙を舞う感覚。つづいて雪の上に落ちる感覚。
どれもこれもが酷く曖昧で、思ったより体力が消耗してしまっている。立てるか。立たないと。
「……く、っ」
けれど俺の体は動かねえ。吹雪で体力をほとんどもってかれたらしく、指先すらも動かない。
イエティは幸か不幸か動かなくなった俺を一瞥しただけで、ずしんずしんと音を立てて洞窟の方に向かっていく。
……あー、腹立つ。ここまでか。どうか俺だけじゃなくてシナモンも一緒に地獄行きになってますように。
いや、一緒じゃないな。俺は天国に行ってあいつだけが地獄に行くんだ。よし未来は安泰だ。
「……酷く凶悪な寝言をぶつくさ仰っていられる所申し訳ありませんが、黄泉へと旅立つにはまだ早いかと」
「……あ?」
体が誰かに持ち上げられる。声からしてシナモンの糞野郎だ。
視線だけを横に向けると、吹雪が変わらずごうごうと鳴り響いているにも関わらず奴の体は一片の雪すらも付着していない。
それを見て俺は、また結構強い威力の魔法を使ったもんだな、と何となく思った。
シナモンは俺の体を腕を引っ張るようにして引き上げ、肩に回すとずるり、ずるりと引きずるように移動する。
何処に向かってやがんだコイツ。方向からして密猟者のいた洞窟か。あれ、イエティはどうしたよ。
「思ったよりも麻酔に使用された薬品の解析に時間が掛かってしまいまして、申し訳ありません。
ですが、バジル様が時間を稼いでくださったおかげであの子供イエティは無事、治療できました」
「……あー……」
あーそっか、なるほどね。俺を敵として認識しなくなったんじゃなくって、子供が解放されたから襲う理由が無くなったって事か。
元気な子供とはしゃぎすぎた親の対面は無事、感動のものとなったらしい。心底どうでもいい。
ただ今はすっげ眠い。この猛吹雪の中モンスターとやりあうっていう久方ぶりに狂人じみた事をしたのだ。疲れた。
「……眠ってはなりません。いくらゴキブリと同等のしぶとさを持つ貴方とはいえ、死にますよ」
シナモンが至極全うな見解を口にしてくれる。
――死ぬ、か。ああ、そうか、そうだろうな。死ぬなこれ。死にたくは、無いか。いや、どうだっけ、よくわからなくなってくる。
吹雪の音が、シナモンの声が、ゆっくりゆっくり聞こえなくなってきて。
視界がブラックアウトしていくもんだから、こりゃ本格的にやべーな、と遠くで思った。
思っただけで、どうにもこうにもならないのだが。
死んだらやたら解析に時間が掛かったとかぬかしていたシナモンを全力で恨んでやろう。
それくらい下らなくてどうしようもねーことを考えながら、俺は意識を手放したのだった。
-*-*-*-
「……お」
次に目を開けた俺の視界に写ったのは、ファンタジーさの一かけらもないやたら現実感のある真っ白い天井だった。
体が暖かい。視線を移すと、清潔そうな毛布が俺の体にかかっていた。
ここは――何度かお世話になったから覚えている。協会が所有しているハンター向けの治療施設のひとつだ。
どうやら俺は、助かった、という奴らしい。死にぞこなったのはえーっと……ああもう両手で数えきれないから覚えてねーわ。
「お目覚めになられたようでなによりです。ご気分は如何ですか?」
俺の横にあったドアが開き、シナモンがまるで計ったかのタイミングで入ってくる。
もうコイツについてそういうツッコミはするだけ無駄なので、俺は軽く手を上げるにとどめておく。
「そこそこ。にしてもここまでどうやって運んだんだ?洞窟と村からもそうだが、何より治療施設まで距離があったろ」
「それについては密猟者の存在を発覚した時点で協会へ応援の要請は出しておきました。
万が一バジル様が負傷した時、もしくはやりすぎた時の為に治療班を至急動かす様に申し出しておいたのが、上手く働いたようです」
そうしてなんでもない事のようににっこりと笑うシナモンに俺は微妙な顔をしていただろう。
うん多分コイツイエティがこっちに襲い掛かってくるってわかっててやったね。
で、協会もコイツの仕事っぷりは知ってるから素直に動いたのだ。感謝するべきだが、すっげー癪。
「さて、ではバジル様。早速ですが、次の仕事の話をいたしましょうか」
「……何言ってんだよ。イエティの問題解決に密猟者の保護、多額の報奨金が来ただろーが」
「ええそうです。そしてそれを手続きをして受け取らせて頂きましたが――……すみません、先に一つ謝っておきます」
ぺこりと頭を下げるシナモン。……何かそっから先聞きたくないんですけど!!
もう何もなかったかのように毛布にくるまって寝てやろうか。そうしよう。
「疲れた寝かせろ」
「此方の話を聞き入れてからにしてくださいませ。先ずですね、バジル様の武器は今回の戦いでロストしました」
「…………う、うそだろおおおお!!!だってあれ一生モンの買い物で去年やっと月賦支払い終えてッ……!!!」
俺の使ってるあの大剣、滅多に取れない鉱石を使って作った切れ味、軽さ、使い心地、丈夫さ、すべてが一級品だった。
それこそ俺が引退する時があの大剣も引退する時だよなー……なんて考えていたのにッ!!!
いや……たしかに思い出せばイエティと戦った時にどっかすっとんだ気がする……
「流石に獲物が無くてハンターを名乗るなど、ただでさえ無い威厳が地中深くまで埋まってしまいそうでしたので、
勝手判断ながらも眠りこけられてらっしゃる間に全く同じ物を発注しておきました」
「何気に気にしてる事言うんじゃねーよ!!あーもーわかったッ!!今回の報奨金その剣の頭金になったんだろ!!!」
全く同じ、なら俺も大体金額は覚えている。もっと低級品を使えば安く上がるのは知っているが、この職業。
命に次いで大事な仕事道具をケチって生き残れるほど甘いモンじゃねぇから、俺の意識がはっきりしていたとしても同じものを買い求める様にしただろう。
「ええ、その通りですバジル様!」
「嬉しそうに言うんじゃねええええええ!!!!」
俺の出した結論に何故かぱあっと嬉しそうな顔をするシナモン。あれか、いじめか。
俺はたまらず毛布をばんばん叩くが、ぽふぽふ柔らかい感触が帰ってくるばかり。結構いい毛布だなオイ!
「それで前回とまったく同じ月賦で組ませて頂きましたので、返済期間は3年になりますね」
「……は?一緒?……ちょっと待てー!!!あれ結構若気の至りで無茶な金額組んでたんですけど!?」
そう、おかげで何度死に目を見たか。それをほぼ隣で見ていただろうシナモンも知っている筈だ。
それなのに、シナモンは慈悲深ささえも感じる顔で、微笑んで見せたのだった。
「はい。このシナモン、契約が切れるまではバジル様の事を全力でサポート致しますので、ご安心ください」
「……だからそれが安心できねーつってんだろおおおおおお!!!」
ああ、またこのクソ野郎と仕事をしなければならない日々が続くと考えればそれだけで憂鬱だ。
……本当、マジで、今年こそ、契約切ってやろうかなぁ……。
「バジル様、空想の世界に逃げ込む前に仕事の話をしましょう。でなければまた霞を食べる生活になりますよ?」
「うるせー!誰のせいだと思ってんだ畜生ッ!!」
おしまい。