地下4階の悲劇未満だった話
――冒険者。
それは依頼人の命と見合った報酬さえあれば、その身一つでどんな困難にも立ち向かう事の者を云う。
そこでいう困難とは迷子のペット探しであったり、下水道掃除だったりすることはままある話だが。
我らがブロウ達もまた一冒険者として、依頼人の命を受け、冒険者としての職務に従事していたのだ。
「――……ふぅ、今、どのくらいまで来たっけ?」
このパーティーのリーダーこと黒づくめの青年、ブロウ・ソレイルが周囲を視線でぐるりと追う。
今この集団がいる場所は太陽浮かぶ明るい天の下などではなく、さる地中深くの遺跡なので、
精々視覚情報で得られる事は各々が手にした灯り――それはランタンであったり、魔法であったりするのだが、
ともかくそういったものから発せられる光が届く範囲までしかうかがえない。
「地下四階、でしたね。聞いた目的地がきちんと存在するのであれば、五階の広間ですから、八割くらいは進んだといった所でしょうか」
彼の隣に控えていた僧侶兼呪術士のナルザキ・セツナが応える。
それと同時に一番先頭を歩く盗賊の少年ことルートがその口を尖らせつつくるりと振り返った。
「依頼人も横暴だよねー。いきなり有無を言わさずこんな場所に行け、だなんて。
説明も『最奥にある宝玉を取ってこい!』の一言だけだよ?……人に物を探す態度かっての」
ぶーぶーと不満そうな声をあげまくる少年に対し、その後方で壁をなにやら見ていた白尽くめの魔術師がやれやれとばかりに肩をすくめるのであった。
「仕方がない。報酬が破格だったからな。金の力で威張る事しかできない低能無能な人種なのだろう」
そんな風に、足を止めて話の内容はさておき比較的穏やかな雰囲気を漂わせている一行であったが、
その中でしんがりを務めているシンヤ・プラワンだけは変わらぬ無愛想な表情を浮かべたまま光届かぬ通路の奥を見据えていた。
「お前ら……だれるのは解るが、警戒心を解くべきではない」
「そんな事言われてもさ、今の今までトラップ一つもなかったんだよ?生き物の気配もないし、ほんっと、『何もない』んだもーん」
ルートはそう言ってその場でくるくると踊るようなステップを踏みながらどこかふざけた調子のまま奥へ奥へと進んでいく。
その足並みには当然警戒心など全く存在せず、正しく油断している、といったところだろう。
しかし、古来より勝った兜の緒を締めよ、という言葉がある。
人生往々にして、油断している時にこそとんでもない失敗を生むもの。ルートがさらに一歩踏み出したとき、地面が一部だけ沈んでみせたのだ。
「あっ、やば」
小さく声を上げながら懐からナイフのような物を構えつつ振り返った時、音もなく自分の後方に魔方陣が空中へ展開されているのをルートの目が捕えた。
その次の瞬間、パーティ内で最も魔術に長けたイレイスが跳ね返る様に視線をそちらにむける。
彼の目には、いきなり自分の前方にして、此方――彼からすれば後ろを向いていたブロウの不意を的確につくように魔方陣が現れ、
そこから『何か』が現れようとしている所だった。
「ブロウ、前、走れッ!」
「え、おわあっ!?」
現れたのは小さな人形に似た、背中に蝙蝠の羽のような物を生やしている妖魔。
知能が高く、簡易な魔法ならば使える事から、魔術師の使い魔等にもよく使われている、インプ、というものだ。
通常の個体は全身が青いのだが、変異種なのかそれとも別の妖魔なのか、兎も角いま現れたのは緑色をしている。
いきなり現れた妖魔に反応が遅れるブロウとは対照的に、イレイスはそれを見越していたのか庇うように歩を進めていた。
甲高い鳴き声と共に爪を振りおろし、イレイスの腕をわずかに切り裂くが――それもイレイスにとっては、狙い通り、であった。
「――――……、射抜け」
インプは己が非力な種族だと自分で悟っている実に『知能の高い』妖魔である。襲い掛かればすぐさま撤退を選ぶ、それが彼らのやりくちだ。
だが、そんな事は此方にとっては周知の事実。
手早く魔法の詠唱を終えていたイレイスが指をぱちりと鳴らした瞬間、背を向けて逃げようとしたインプの体を一条の光の矢がぶち抜いていたのだった。
「あっ……兄貴、大丈夫か!?」
「油断しすぎだアホバカ。……この程度の怪我は問題ないがな」
インプの爪に引っかかれたイレイスの腕にはじわりと赤いものがにじんでいる。普段彼が白尽くめの衣装を着ている事もあり、その傷が目立って痛々しい。
「ご、ごめんねいっちー。……まさか思い出したみたいにあんな感じの物が仕掛けられてるなんて……」
「全くだ。……大物ならこの程度では済んでいないぞ」
「ううー……もんのすげぇー癪だけど、珍しくしんやんに返す言葉が無いよ……」
ルートが珍しくしょぼくれた様な顔をして素直にイレイスに向かいぺこりと頭を下げた。
シンヤに対しての言葉使いが色々問題なのはもはや何時もの事なので誰も気にしない。
勿論隣にいるブロウも何となく凹んでいるような顔になっているが、セツナは嫌な予感がしたようで、イレイスに向かって口を開くのであった。
「それでイレイス、何だか含みのあるような言い方をしていませんでした?」
「ああ、先ほどのインプ。いやまあ亜種なのだがインプでいいだろう、あれの爪には個体独特である神経性の毒を持っている」
「はっ……!?ど、毒ぅ!?」
その解説に反応を返したのはブロウだ。血相を変えイレイスに詰め寄るが、イレイスは無言で隣の弟の額を重っ糞弾いてから更に言葉を続けるのであった。
「最後まで聞けマヌケ。致死性どころかそもそも体に害はあまりない。主義趣向が一時的に反転する程度の効力しかないからな」
「へっ……?」
「ならば命に別状はなさそうですね。治療して奥に進んでしまいましょう」
セツナはすっと手を伸ばしてイレイスの傷口に触れると、小さく呪いの言葉を読み上げる。
すると、その手から柔らかな光があふれ、深くは無いものの目立つ傷跡をたちまちのうちに消してしまうのであった。
「すまないな、セツナ。――ブロウ、お前に怪我はないか?」
「俺?俺は……無い、けど……」
イレイスから普段なら絶対言わない言葉をふっかけられ、戸惑うようにブロウが応える。
そんなブロウの手をイレイスは優しくとると、まるで慈しむかのようにぎゅう、と握りしめたのだった。
「よかった……お前を傷つくのを見るのが、一番私にとって辛いんだ……。お前が無事なら、それでいい。お前は、大事なたった一人の弟だから……」
――その時、時間は止まった。
普段からは似ても似つかぬ事をほざくイレイスに対し、ブロウは緊急そして完全停止であった。
それはセツナも、シンヤも、まるで人の知識では理解できえぬ悍ましく冒涜的な物を見るような目でブロウの手を握ったままの彼を見つめていた。
しかし、たった一人、ルートだけはその場でめいいっぱい大きく息を吸う。
「気持ち悪いぃー!!いっちーがすごくきもちわるぃいいいいいい!!!!」
それは全員の心の声を代弁した魂をも震わせるシャウトであった。
その叫び声に遠くなりかけた気が連れ戻されたらしく、ブロウはハッと我に帰ると手を振り払ってからイレイスの肩をひっつかむ。
「ど、どうしたんだよ兄貴!?何か悪い物でも食べたのか!?」
「どうもこうも、何もしていないが」
「いやおかしいだろ!?どう考えても変だし妙だし、頭打ったんじゃないか!?」
「そこまで弟に心配してもらえるとは……。私はなんて幸せ者なんだろうか……」
「ぎゃーーー!!!兄貴やっぱり変だー!!!」
あくまでも冷静な何時もの表情を崩さないままで何時もの彼とは似ても似つかぬっていうか考えすらも及ばない返答をするイレイスに、
ブロウ耐えきれなくなったのかついに悲鳴交じりの声をあげた。
その漫才のような光景に、セツナが呆れたようにため息を一つ吐く。
「落ち着いてください。ついぞイレイスが自らの口で説明したでしょう」
「あ。成程せっちゃん、一時的に趣味趣向が逆転、って、そういう事だね」
セツナの言葉にブロウだけでなくルートも合点がいったようで、ぽむんと手を一つたたいた。
シンヤは相変わらず煩わしいものを見る目でイレイスを見ていたが、まあこれも何時もの事だがそこに含まれる感情は違っているのだろう。
「一時的、という事は時間が立てば戻ると言う事か。どうする、リーダー」
シンヤがブロウに視線をなげかける。イレイスは頭脳や魔法といった面では、セツナの持つそれに比べれば遙かな実力を持っている。
そんな彼が無力と化していしまっている以上、この遺跡の探索を続けるのは危険かもしれない。
「目的地は地下五階。ルート、此処まで来るのにどんくらいかかったっけ?」
「うーん、片道三時間くらいだったかな?無駄に広かったもんね、ここ」
ルートの言葉に、ブロウが眉を顰める。このまま戻るのが一番なのかもしれないが、時間の無駄のような気がしたのだ。
これだけルートが警戒していないのだから、そもそも危険が少ない遺跡なのかもしれない。
どうせなら、最終地点まで行ってしまいたかった。ブロウがイレイスをちらりと見るとイレイスはふむ、と一つうなづいた。
「私の事は何も気にしなくてもいいぞ。皆の迷惑になりたくもないからな」
「……、なんかもう脱力する。でも兄貴が言うなら先に進んだ方が良い、かも?」
肩を落としそうになりつつも、ブロウは全員に目を向ける。
意見を望んでいるのだとまず一番に気づいて口を開いたのはセツナだった。
「そうですね、魔法はともかく、呪いの気配もありませんし。何らかの事由で進めなくなる前に進みますか」
「僕はせっちゃんにさーんせい!」
セツナとルートが前向きな意見を上げるが、シンヤは微妙な顔でイレイスを見ていた。
言葉にはしなかったが、歩を進める事を咎めるような雰囲気が漂っている。
「どうした、シンヤ。何か言いたそうだな」
「別に」
それを察したらしいイレイスがシンヤにずいっと距離を詰める。
シンヤはそれに対し、目すらあわせたくもないと言わんばかりにふいっとそっぽを向いてみせた。
「シンヤ……、そうか。お前も私を心配してくれるのか」
イレイスの蒼い瞳がきらきらと真っ直ぐな純粋さに満ちた光に輝き、シンヤを見つめる。
シンヤの顔は素だ。驚きと、戸惑いと、何か後恐怖とかその辺がないまぜになった、気持ち悪いという感情で一杯になる。
「すまない、それだと言うのに私はお前をからかってばかりで……!!
どのような言葉と態度をもって詫びても足りないというのはわかっている。しかしこれだけは言わせてくれ、私はそんなお前が好」
「うわああああああああ!!聞きたくない!!聞きたくない!!!」
耳をふさぐ様に頭を抱え、喚き叫びながらシンヤはその場で恐慌に囚われたように蹲る。それは幼子のようでもあっただろう。
血で血を洗うような幾多の戦場と修羅場を駆け抜けた事のある彼であっても、やっぱ怖いもんは怖いらしい。
「し、シンヤー!しっかりしろおおお!!」
すぐさまブロウがシンヤに駆け寄って宥める。彼の体は、己のキャパシティを越えた恐怖でかたかたと小さく震えていた。
その傍では諸悪の根源足るイレイスが不に落ちないというような、よく解らないといったように首をかしげていた。
「お、恐ろしい言葉を聞いた……と、とてつもなく恐ろしい言葉をッ……」
「悪夢なのはわかるけど、気をしっかり持ってくれ!気持ちはわかるけどさ!!」
わあわあと叫ぶ二人組とそれを純真な目で見つめるイレイス。そこには正にカオスという単語がぴたりと当て嵌まる。
残ったセツナとルートは小さく微笑んで、お互いに見つめ合う。その間にはこんな感情が互いに宿っていただろう。
『こりゃあだめかもわからんね』
呆れた様な、諦めた様な。けれど戻る事もしたくはない。
だだっ広いだけの退屈な退屈な遺跡を往復含めて六時間も歩きとおすなど、考えるだけで嫌だったのだ。
しばらくして、シンヤが落ち着きを取り戻したところで一同は探索を再開していた。
ルートも、もう二度と同じ悲劇を起こさない様に気を付けているのか、その足取りには警戒心がしっかりと戻ってきている。
「……あっ」
ルートがランタンを掲げると、その前には扉があった。それもこの遺跡に入って見たことが無い程過度で華美な彫刻装飾がなされている。
もしも何かがあるのであれば、この先ウェルカム!といったわざとらしさまでも感じる事が出来る。
「なーんか、すっごいいかにも!って感じ」
「けど、ここで行き止まりだからな。ルート、調べてみてくれるか?」
「おっけーおっけー、まっかせといて!」
ルートは扉に近寄ると、何かしら細やかな作業を始める。
それは専門的なもので、傍から見る分には何をやっているのかは解らないのだが、盗賊的に『調べている』と言う事なのだろう。
数分間と言う普段のルートにしてみれば比較的長めに調査していたようだが、終わったようでくるりと振り返った。
「どうでした?」
「んーっとね、僕じゃわかんない、って事が解った」
そう口にするルートの表情は苦笑いだ。
となれば、『盗賊』では解らない仕掛け――魔術的なものが仕掛けられているのだろうという事は此処にいる誰もが解る。
しかしだ、その魔術的な代物の場合、何時も調べていたのがイレイスなのだからどうしようもない。
「……え、えーっと、兄貴」
「どうやら私の出番のようだな。任せておいてくれ、私とてこのパーティの一員だ、必ず解決してみせる」
自信満々に言ってから扉に向かうイレイスに、ブロウはもうなんか奇怪な顔つきを浮かべながら押し黙り、その背を見送るしかできなかった。
無理もない、言い様のない気持ち悪さと彼の身を案じる感情が入り混じっているだけなのだ。
「やるだけやっていただければどうです?大体の呪いであれば払えますし」
「……それはそれで酷い話だな」
「おやシンヤ、イレイスの事が心配ですか?」
セツナの問いかけに、シンヤは黙って視線を逸らした。誰もかれも、今のイレイスと今までのイレイスのギャップについていけていないだけだ。
セツナ自身もイレイスの事を心底気持ち悪いなぁ、と感じているのだから仕方がない。
「ふむ、強力な魔法鍵だが、隠蔽術式と絡んでいるだけだな。―――……よし、解けたぞ、これで開く」
だが一同の感情とは裏腹に、イレイスがぱちりと一つ指をならしてみれば、軽く扉を押しただけで重々しい音を響かせながらすんなりと開いたのだった。
「えっ、開けんの!?」
「……当然だが。なんだブロウ、そこまで私に信用が無かったのか?……そうだとしたら、少し哀しいな」
「あばばばば、そういう意味じゃなくって!!」
ブロウの言葉にしょんぼりと眉尻を下げて落ち込むイレイス。見る人が見たならば、世界の災厄の訪れと評価したであろう。
それ程までの違和感がそこにはあった。ブロウはブロウで取るのも取らずに必死こいてイレイスの機嫌を取る。
その姿はある意味では滑稽だったかもしれない。
「……。性格が変わったからって、スペックは落ちなかった、ってトコ?」
「そんな所でしょうね……。性格と知識や経験というのは似て非なるものだから、考えられなくはありませんが」
「と、兎に角!!先に進もうぜ兄貴!!ほらルート、先行は頼んだ!!」
「はーい」
ルートが扉の先を最大限の警戒を払いつつ、その先を覗き込む。
ランタンから漏れる光でなんとか伺い見ると、そこは通路ではなくちょっとした部屋になっているようであった。
人の気配も生き物の気配もない。扉をもうすこし開けて、一歩足を踏み入れる。問題はない。二歩、三歩と進んで再び周囲を警戒。
「……うん。ガーゴイル的像が四体程。これ以上入ったら動き出しちゃうんじゃないかな?」
ガーゴイル。魔法生物の一つだ。
石像に良く似た質感をもち、一定のエリアに侵入すればその侵入者に対し牙を向けてくるいわば遺跡によくいるガーディアン的存在の代物だ。
何かを護らせるために、こういった場でなくとも適当に設置されている事が多い。
「破壊するしかないだろうな」
「そうなるよな。倒せない事もねーし、各々準備して、一斉に突撃すっか」
「ちょっと待て二人とも」
今まさに戦いに赴こうとし剣を抜いたシンヤとブロウに、イレイスが待ったをかける。
凄い嫌な予感がしたのか、シンヤなんか既にけったいな顔つきになっていたが、ブロウは素直にそちらを振りむいた。
「どうしたんだよ兄貴、何かいい方法でもあんのか?」
「……破壊からは悲しみしか生まない。争いによってのみ終結する問題などこの世にはありはしないんだぞ」
真顔でぶっぱなしたイレイスに、ブロウの表情が消えて手から剣が滑り落ちたのか乾いた音が遺跡内に響き渡る。
何か痛みが発生したわけではない、プレイヤーに精神的ダイレクトアタックをかまされた、それだけの事。
しかしてその破壊力は凄まじく、全員の時がまた数秒ぴたりと止まった。
「じゃ……じゃあどうするって言うんだ……?」
「話し合いに決まっているだろう」
「無茶だ!相手魔法生物!俺らの声なんかわかんねーよ!」
「大丈夫だ。私は古代魔術言語くらいなら喋る事が出来る!」
「アホかあああああ!!」
再びその場で漫才を始めた二人に、立場が逆転した会話なら何度か見たことがあるなあ、とセツナは遠く遠く思ったとか。
だが、彼が遠くに思いをはせる間にも展開は刻一刻と進んでいる。
「止めるなブロウ、私は行く!お前らは後からついて来い!」
「いやだから、待って、待ってええええ!!」
ついにイレイスがブロウの制止を振りきり部屋の中へと滑り込んでしまったのだ。
……暴力を振るえば簡単にとまったのだが、それが出来ないのが我らがリーダーの良い所である。
そしてガーゴイルはと言うと当然ダイナミック侵入者に対し反応し、各々が翼をはためかせ、その場から飛び上がる。
それに対して当然イレイスは宣言通り何かを語りかけているのだが、古代魔術言語だもんだから解る訳がない。
まあ、最も――それの効力は見て通り無いので、ガーゴイルはそのままイレイスにインプとは比べ物にならない威力を秘めた腕を振り下ろすのだけど。
「うわあああ!!兄貴ぃいいい!!止めてッ!セツナ、止めてええええ!!!」
「ああもう仕方ありませんね!戻ればよかったですよ全く!」
ブロウも慌てて室内に滑り込むが、それよりも先に呼ばれたセツナが動いた。
虚空からまがまがしい色のクォータースタッフを召喚し、その場で何やら唱えつつスタッフをくるりと回して部屋に向けて一回、振った。
その瞬間、ガーゴイル達は部屋に満ちていた『闇』に囚われたかと思うと、魔力を失った、という表現が妥当だろうか。
ともかく唯の石像へと変化し、その場でがらがらと音を立て崩れ去ったのだ。
「……無い。ありえません、正気の人が減ってアホが一人増えると、此処までオレに負担がくるんですね……」
大分凄まじい呪術を咄嗟に使用した反動だろうか、セツナはぜえぜえと息を苦しそうな息をしながらその場で膝をつく。
その口からは多方面に向けた恨み言満載であった。進もうと言った自分を殴りたいと表情が雄弁に語っている。
そんな彼に駆け寄るのは、一人の少年……と、もう一人。
「せ、せっちゃーん!大丈夫?肩貸そうか?お水飲む?」
「すまないセツナ、私が無茶をさせてしまって……お前に負担が来る事を忘れてしまっていた。助けてくれたこと、感謝する」
セツナはルートと、心底申し訳なさそうに目じりに涙を少量貯めながら純粋無垢な目を向けてくるイレイスを見比べてから。
「死にたい……」
と、実に端的に自分の感情を語ったのだった。シンヤは背後の惨劇を目に向けないよう気をつけながら部屋の先を見る。
そこには、探し待ち望んでいた立派な立派な石造りの階段が視界に入ったのだ。
「……兎に角、部屋の奥に階段があったぞ。終着はもう少しだ。進もう」
「お。おう。セツナ、ルート、兄貴、行こ……」
くるりとブロウが三人を向くと、何がどうしてどうなったかは解らないが、
実にいろんな要素が絡み合いぐったりとしたまま目が死んでいるセツナがイレイスにお姫様だっこで抱きかかえられていた。
なのでブロウは何も言わず視線を前に戻すことしかできなかったのだ。早くここから出なければ。そう彼が胸に決意を秘めた事は、想像に容易かっただろう。
「ガーゴイルの状態からいって、此処まで人が足を踏み入れてなかったと思うんだよね。だから、宝があるとしたらここだろうけどさ」
一同が更に階段をおりれば、すぐ目の前に広間が展開されていた。先ほどの部屋より二回り大きい程度の円形の部屋は、地下でこそ広い印象を受ける。
一応部屋の中央にはそれっぽい台座があり、それっぽいものが置いてあるのだが。
「こういうのって、大体魔法トラップが仕掛けてるのが定石なんだよなあ」
「あーうん、だと思うよ。魔法錠、召喚罠、魔法生物って来てるから……僕もさっきざーっと見たけど、僕目線じゃ不審はなかったかなあ」
「……となると、やはり……」
ブロウ、ルートが各々の見解を述べていく。兎に角魔法の知識が必要だと言う事はシンヤにも解っているし彼らは同行している。
が、背後を向くとしっかりとついてきているとてつもなく悍ましい物体を目にしなければならないのだ。
恐る恐ると言ったようにシンヤがくるりと向くと、イレイスの両手にしっかりと抱えられているセツナの光の消えた黒い瞳と目がばっちりあった。
「死にたい……」
もうレイプ目でそれしか繰り返さないセツナに、なんかイレイスが励ますような言葉を投げかけていたが、耳に入れたくないので脳内BGMとして処理した。
ルートもそわそわとセツナの事は気にしているようなそぶりをしているものの、一過性の事だということが既に解っているため、対応しづらいのだろう。
下手に手を出して後でめっちゃ叱られるのは自分だ。
「と、とにかく早く持って帰っちまおうぜ!そいで依頼終わらせよう、な!」
「とりあえずその方向性はぶろりんに賛成だけど……、うん。そうしよっか。危なかったら逃げる、でいっかぁ……」
ルートが警戒心MAXで台座の方へと歩み寄る。
そして、ゆっくりとランタンの光を台座に向けた。そこには、拳ひとつくらいの大きさはあるものの、パッと見てなんの変哲もない水晶玉が置かれているばかりである。
ルートはひときしり罠が無い事を確認してから、ゆっくりとその水晶玉に手を伸ばした。その瞬間、イレイスが反応する。
「ルート、いけない、それにも罠が――!」
「えっ!?」
ひょいと水晶玉が浮いた瞬間、先ほど見たものとまったく同じ召喚陣が展開される。
その数、三つ。あっという間に緑色のインプが出現されたかと思うと、各自先ずルートに向かって襲い掛かってきたのだ。
「うわっ、とっと!」
ルートは先ず一匹のインプをやりすごし、二匹目をバックステップで躱しつつ、手にしたナイフのような物で打ち抜く。
「ルート、後ろ!」
ブロウも声を張り上げるが、僅かに届かず。丁度背後に現れていたインプに、首筋を少々切り裂かれる。
「やられちゃった……。えー、あれ僕もあんな愉快な事なんの?うわぁ……」
心底嫌そうな声を上げるルートが自分の首筋に手をやり感触を確かめながら周囲を見ると、同じように迎撃したものの手の甲を少々持って行かれたシンヤと、同じく割けた肩口に目をやって神妙な顔つきになっているブロウがいた。
「三人とも……!私に言ってくれればよかったのに……」
いやアンタには言いたくなかったんだと全員がそっと目をそらした。
それはともかく、だ。
「……あのさぁ。これさぁ、もしかしなくても、ヤバくない……?あ、考えたら鬱になってきた。もうやだ、やる気ない。駄目」
先ず、その場でやる気無さそうに五体を投げ出したのはルートであった。そもそもまともなセツナが既に色んな意味で戦闘不能。
残る二人も、毒にやられたこの状態。命に別状はないものの、まさしく詰みであった。
「…………俺ら、無事に帰れればいいな……」
思考が絶望に包まれるなか、ぼそ、とブロウが天に祈るような声を上げるのであった。
――なお、この後、阿鼻叫喚に包まれるかと思いきや、何か全員一周回ってむしろ落ち着くところに落ち着いたのであっさりと戻れたそうな。
めでてぇ!
めでってぇ!