みあってぽん
それはとある昼下がり。シュリッドがぼんやりとコタツでみかんを貪り食べていると、そこにすっと黒い影が現れた。
「ねぇ、シュリッド、明日暇でしたよね?」
そう、穏やかに問うて来たのは誰でもないシュリッドの兄である、リヴァウス。
「あー。そうだけど、なんだよ。」
「貴方にお見合いの話を持ってきたんですが。」
瞬間―…シュリッドは口の中のみかんを噴出した。飛来距離はおおよそ230センチメーター。
そして、口の中どころか鼻腔まで広がる柑橘の香りにむせ返りながら―…というか実際むせた。
「ちょっと、汚いですね!全く誰が掃除すると思ってるんですか!」
そういいながらげほげほと咳き込んでいるシュリッドが撒き散らしたみかんをリヴァウスはどこに準備していたのか台拭で拭っていく。
「色々言いたいことがあるが、とりあえずどういう経緯でそうなったんだよ!!」
「いやー、ほら、貴方ももう29でしょう?そんな年齢なのに今だ浮いた話一つ出ないのも問題かと思いまして。色々跡取りとかありますしね。」
ふぅ、と困ったようにリヴァウスはため息をつく。まるでその光景は行き遅れの息子を憂う母のようではあるが―…
この場合、双子であるリヴァウスもシュリッドと全く同じ立場であることを忘れてはいけない。
「ちょっと待ちやがれ!それは兄貴も一緒だろうが!」
「何を言いますか。私はすでに息子がいます。それも熱い血と愛情で繋がった息子が!!」
シュリッドの反論に、リヴァウスは熱たっぷりに言い返す。
「それなのに、貴方は私に嫁をとれ、と。悪いですが私はケンの母ですよ!それなのに嫁を見つけろとはどういうことですか!」
拳をにぎり、熱弁を振るうリヴァウス。そんな兄とは反対に、シュリッドは急激に頭の熱が冷めていく。
「…………あ、おう……そっすね……」
冷めすぎて、むしろ疲労感がたっぷり残る。ちなみにその頃ケンが急な悪寒に襲われくしゃみをひとつしていたとか。
リヴァウスも流石に自分が熱を入れすぎたと思ったのか、一つ息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
「まあ、いきなりで相手がわからないのも悪いと思ったので、これを準備してきたんですよ。」
そういって、どこからか大きめのアルバムのようなものを出し、コタツの上にぽんと置く。
「……つ、釣書まで用意しやがって……」
準備万端過ぎる兄に、思わず毒づいてしまう。シュリッドはそれをまるで腫れ物に触るかのごとく、おそるおそる手を伸ばす。
「もう、そんな扱いだと相手様に失礼ですよ。」
というリヴァウスの声を無視し、シュリッドはうっかり虫をつぶした後の本よりもゆっくりと釣書を開いていく。
「ほら、結構素敵な人ですよー。」
写真の中は、控えめに笑っている女性がピンで一枚写っていた。
服装こそゴシックロリータ調のものを身に纏っているとはいえ、決して似合わないわけではない。
リヴァウスの言うとおり顔も酷く醜いというわけではなく、美人という区分けに入れるかもしれない。
「……とりあえず、突っ込んでいいか?」
「何をですか?」
「俺はロリコンじゃねぇえええええ!!!」
そう、写真の中の女性はどうみても12歳くらいのお子様。なんというかお見合いの写真というよりも、七五三のような雰囲気がある。
「何を言うんですか。ここを見なさい。」
そういって、リヴァウスは釣書の封筒を取り出し、中を開く。そして、ある一つの項目を指差すのだった。
「……生年月日××63年〜××75年……ってオイ!バッチリ死んでるじゃねぇか!!」
バッチリ輝く、生年月日の後にある『没』の字。
「彼女―…フランさんは、アンデットとして既に29年生きてらっしゃいます。つまり、貴方と同じ年なわけですよ!」
というか生前と生後を単純計算すればむしろ年上になるのだが。
まさかの新ジャンル:年上ロリがここに爆誕!矛盾してるって突っ込みはナシだ。死んでるし。
「つーかそれは百歩ゆずって良いとして、アンデット相手に後とり問題解決すると思うか!!」
ばぁん、とシュリッドはコタツを力任せに叩く。というかそもそもロリ相手にあんなことやこんなことが出来たら立派な変態だ。
「そこは、お互いの努力と理解が物を言うんですよ。」
対するリヴァウスはまったく何を言い出すんだコイツは―…というような呆れ顔。
「常に相手にドン引きされてる兄貴にだけは言われたくねぇッ!!」
シュリッドは怒りに任せて釣書を思いっきりリヴァウスに投げつける。
よいこの皆は釣書をこんな扱いしちゃいけません。パパママにスクリューブローをかけられちゃうぞ★
リヴァウスはそれを軽々とキャッチ。距離が近いとはいえ座ったままなのであまりスピードはでなかったようだ。残念。
「こらシュリッド!あんまり相手様に失礼な事ばかりしていたら私も怒りますよ!」
「その前に勝手にお見合いセッティングされた俺が怒るわ!」
リヴァウスの怒りも最もだがそれ以上にシュリッドのほうが最もだ。
ちょっと友達が勝手にモデルの応募しちゃってー、とかいうレベルではないし。
「とにかく!話は私が一ヶ月かけて付けましたんで、当日仮病で休むなんてことはしないでくださいね!」
「まずその一月の間に俺に話しやがれぇーッ!」
リヴァウスは釣書をコタツの上に置き、席を立つ。恐らく掃除の続きでもするのだろうか。
置いていかれたシュリッドは、手を思わず虚空に向かって伸ばすが、直ぐにそのまま床に撃沈する。
「ありえん……マジありえねぇ……」
うつ伏せになりながら、地獄の其処まで響きそうなうめき声を上げる。
もしかして兄なりの勝手に家を出た仕返しなだろうか。だとしても嫌過ぎる。
「…………邪魔。」
シュリッドが逡巡していると冷ややかな声が、上から降ってくる。
顔だけ上に向けるとそこにはいかにも不機嫌な顔をしていたケンがいた。
「悪い。って、お前が此処に来るのも珍しいな。」
シュリッドは体を起こし、姿勢を元に戻すと、ケンはコタツの開いたスペースに入る。
「部屋を掃除に来た五月蝿い奴から逃げてきただけだ。」
はぁ、とわざとらしく大きなため息をついて見せた。先ほど席を立ったリヴァウスはケンの部屋に掃除をしに行ったのだろう。
追い出された、もとい逃げてきたケンはとりあえずの避難所として此処を選んだらしい。
「なるほどな。……はあ。」
シュリッドもケンにつられるようにため息をつく。原因は同じ人にあるだけに、伝染するのもうなづけるというものだ。
「あ?何だコレ?」
ケンはコタツの上に置きっぱなしだった釣書に眼がいったらしい。手を伸ばして、ひょいとめくる。
「……見合い写真。」
「見合いだ?」
ケンは訝しげな顔をしながら、釣書を開く。
中身を見て一瞬驚きに眼を見開く。一瞬シュリッドの方を向き、そして写真を再確認するように眼を落とす。そして、大きく息を一つ吐いた。
「アンタも変態だったのか。」
そういって見せたケンがシュリッドを見る瞳は、まるで汚物を見るようなものだった。
「違う。兄貴が勝手に持ってきやがったんだ。」
流石に勘違いされたままでは嫌なので、シュリッドはぞんざいに否定する。
「あ?……ああ……成る程。」
その言葉でケンはすぐさま納得したらしく、直ぐに溜飲が飲めた、という顔になる。とりあえず、シュリッドに対して蛆虫を見るような目ではなくなった。
「どーでもいいけど、面倒だけは起こすなよ。」
ケンはそれだけ言うと、愚痴を聞く相手にも相談相手にもなる気は無いらしく、コタツから立つ。
話を聞きたくない、というよりも単純に巻き込まれた後が面倒くさそうだからだろう。
「あー…当日仮病かなんかで休めねぇかなー…」
「チャレンジしてみるのは当人の勝手だが、その後は知らんしその前も関わりたくない。」
シュリッドの単純なぼやきにも、ぴしゃりとはねつける。
そしてそのまま、すたすたとどこかへ歩いて行ってしまった。おおよそ、行き先はリヴァウスの居ない所だろう。
「……だよなぁ。兄貴は怒らせっと怖いし。どーにかして、相手に断ってもらうしかねぇかな……」
まぁ、此方から断ってしまってもいいのだが、下手な文句だとそれこそ何をされるかわからない。
罰ですよー、なんて笑いながら関節の動きを越えたダンスをさせられそうだ。
そして何より、その光景がやけにリアルに想像できてしまう事が何より恐ろしい。
しばらくどうにか出来ないものかと考えてみるが―…
「……でも、断ってもらうような行為も、下手すりゃ兄貴に締められるよな。」
という結論に至ったので、大きくため息をつくしか出来なかった。せいぜい自分に出来ることは相手の好みにそぐわない事を祈るばかりだ。
もともと翌日、と言われていたのだから当たり前のように時が過ぎるのは早かった。
あれよあれよという間にお見合いの時間になってしまったわけで。
かこーん、とししおどしが遠くで鳴り響く。少し大きめの和室に、和風のテーブルに座布団。
シュリッドは非常に不機嫌な顔で、席についていた。
「もう、シュリッドったら、せっかくの席なんですから、そんな顔をしてはいけませんよ?」
リヴァウスが優しく諭すが、シュリッドはむしろその言葉にイラっとくる。
「誰のせいだ、誰の。」
それ以上言っても此処まで来てしまったので、後には引けない。
なので、納得いかない気持ちを最低限まで抑えるしかないとはいえ、笑顔で対応できるほどキャラができているわけでも無かった。
「ふぅ……しかたありませんね。とりあえず相手様に失礼の無いようにしてくださいね。」
リヴァウスはそう忠告をすると、ふすまを開けて部屋から出る。
恐らく相手方を呼びに行ったのだろう。シュリッドは知っているとはいえ、時々無茶をやりだす兄に改めて大きくため息をつくのだった。
三度ほど、ししおどしが鳴り響いた頃だろうか。
いい加減今のうちに逃げ出したいという気持ちを抑えつつシュリッドが座っていると、てしてしと閉められた襖の奥から畳を踏む音が響いた。
ついに来たか―…そう、シュリッドは思った。
「あ、あのぅ、しつれいしますですー……」
するすると開く襖。そしてそこに現れたのは、齢12歳程度の写真と全く変わらぬ少女。
黙って座っているシュリッドに軽くぺこりとお辞儀をして、対面になるように座った。
「はじめましてー、え、えとえと、わたし、ふらん=ぼわーずです。きょうはよろしくおねがいします、です。」
舌たらずに、一生懸命伝えてくるフランは、どうみても見た目のままの年齢に見える。
そりゃいくら29年アンデッドとして生きたとしても、婚約対象には無理だろ常識的に考えて。
「こちらこそ。俺はシュリッド=ゲアハルト=アイゼンベルク―……です。」
一瞬、タメ語でいこうかとも考えたが、どこでリヴァウスがチェックしてるかわからないので、とっさに丁寧語に変える。
しかし、そこで会話がぷっつりと途切れる。フランはやや緊張した面持ちだが、シュリッドは自分でも大変やる気の無いような顔をしていただろう、と自覚する。さて、どうしたものか―…と、シュリッドが考えていると、先にフランが話を切り出した。
「ええと、しゅりっどさんは、まぞくのかたですよね?」
「ええ、そうですが。」
多分相手が自分を魔族と知っているのは兄が(当人の許可を得ずに一方的に作ったであろう)釣書を渡しているからだと勝手に納得する。
「じゃあ、おそらとかとべたりします?びゅーんととべますか?」
「……まあ、一応は。」
少々制約があるが、不可能ではない。シュリッドが答えると、ぱあっとフランは顔を輝かせた。
そしてぱんと手を叩き、そのままキラキラした瞳をこちらに向ける。
「いいなぁ、うらやましいです!わたし、おそらをぴゅーんってとんでみたいのですよー!」
笑顔でそういいきるフランに、シュリッドは思わず黙り込む。もしも許されるのならば、このまま頭を抱えてごろごろと転がりたかった。
というのも―…フランはどう見ても12歳っつーか思考も子供だ。
せめてこれで年相応の応対であればまだシュリッドも何とか話をあわせられる自信は無いかもしれないが、苦痛ではなかっただろう。
「……どーしたのですか?わたし、なにかへんなこといいました?」
「いえ……そういう風に言われた事は無かったんで、どう答えたものかと思っただけです。」
きょとん、と首をかしげるその姿は正に幼女。
静寂に包まれている筈の会場もシュリッドの脳内では『僕はロリコン』が延々とリピート。
重度の幻聴に思わずため息が漏れ出そうになり―…なんとか抑える。
「そうだったんですかぁ。でも、わたしはとってもすてきだとおもいますよー?」
「ええと……ありがとうございます。」
本当に答えに窮したので、とりあえず兄の見よう見まねで乗り切る。
今まであまり立ち居振る舞いを気にした事が無かったので、結構戸惑いもあったりする。
「えへへー、どういたしましてですー。」
にこにこ、と笑うフラン。確かに可愛いといえば可愛いのかもしれない。
だがあくまでもそれは子供を見てああ可愛いな、という母性だか父性だかわからない本能の元だ。
アッチの感性を持ち合わせていないシュリッドはどうしても恋愛感情は持てない。
……まぁ、持てたら持てたで大問題なのだが。
そうして、しばらく二人でなんというか、たわいも無い会話をしていた。
趣味から始まり、最終的には好きな色で終わるような。
たとえ席がきちんとしていたとしても傍から見るとそれはお見合い―…というよりも、正月の親戚のノリに近かった事は、ここでしっかりと明記しておこう。
この建物のどこかにあったらしい柱時計が、3度規則的に低い音を鳴らした。
「―あ、そろそろ、じかんですね。」
フランがそういうので、シュリッドはこの微妙な空気から開放されることを切に願った。
「失礼します。」
そう、前置いて襖が開くと、フランの母親らしい人がお辞儀をして入ってきた。
一応言っておくが、別にロリでも幼女でもなんでもなく、三十代も後半にさしかかっているだろう女性である。
服装は親子らしく、控えめながらもフリルとリボンが付いていたが、決して似合わないというわけではない。
「あ、おかあさん!」
「フラン、どうだった?粗相はしなかった?」
「そんなことしてないよー。いいこにしてたもん!」
母親の問いに、フランは少し頬を膨らませて答える。なんというかどう見ても子供と親のやりとりですねありがとうございました。
「どうもー、お疲れ様でした。」
そういいながら開いたままの襖から笑顔を携えてやってきたのはリヴァウス。フランとその母親に一度頭を下げてから、シュリッドの方へ座る。
「いえいえ、こちらこそ。」
「さて―……改めまして。」
リヴァウスが、場を仕切るように言う。
「フランさん、シュリッドのこと、どう思いました?」
リヴァウスはストレートに、フランに質問を投げかけた。その問いにフランはしばらく考えるように黙り込んでいた。
頼む、気に入らないと言ってくれ―…そうシュリッドは天に祈るしかなかった。
別に話していて嫌悪感を持ったとかそういうわけではなく、どう考えても恋愛対象ましてや結婚相手になどと考えられなかったのだ。
必死の祈りがお空に届いたかはさておき、フランは少し申し訳なさそうな顔をしながらも、答えを出す。
「ええと―…その、いいにくいんですけど、しゅりっどさんはすてきなかただとおもうんですよ。
でも、ちょっととししたすぎるかなー、っておもうんです。それに、わたしのこのみはとしうえなんですよぅ。」
なので、ごめんなさい、と頭をペコリと下げるフラン。
「……は?」
シュリッドは、フランの返答に呆気にとられ―…マトモな思考が出来なかった。
そして声を高らかにして叫びたかった。ちょっと待て。自分の思考と容姿を鏡で見てから言えと。
「おや、そうですか。残念ですねぇ。」
「もー、またこのこったら。そういうこというからもう四十も過ぎるんですよ!」
と、そんな思考回路が完全停止しているシュリッドの横で、リヴァウスとフランの母親は着々と話を進めていく。
「だって、しゅりっどさんはみそじにもなってないですもん。いくらなんでもとししたすぎますー!」
ああ、そういうカウントの仕方ですか。生後没後含めての年齢……と、リヴァウスがとなりでぽんとひとつ手を叩いていたが、どうでもよかった。
「でも、きょうはたのしかったですー。また、おはなししましょうね、しゅりっどさん!」
フランが立ち上がり、ひまわりのような笑顔をシュリッドに向けてくる。その言葉で、シュリッドはハッと我に返った。
「ちょっ……待て!!」
せめて一箇所くらい突っ込ませろとばかりに叫んでいた。
「シュリッド、ここは大人しく引き下がるのが大人の対応です。」
しかし、何かを勘違いしているらしいリヴァウスに止められる。ちなみにフラれた弟を気遣ってか、妙に優しげな顔をしていた。
「いやそうじゃなくて!兄貴もそんな眼で俺を見るなぁッ!」
シュリッドとしては別にフラれたからどうこう言うつもりはなく、むしろその動機に一言二言突っ込みを入れたいだけなのだろうが、タイミングと状況が悪すぎる。
「それじゃ、今日はありがとうございました。」
「ありがとうございましたー!」
二人はひとつお辞儀をすると、部屋から出て行く。
「……シュリッド、今日は貴方の好物くらいなら作って上げられますよ?」
リヴァウスが愕然としているシュリッドの肩に手をぽんと置く。その表情はフラれた弟を気遣って、やはり妙に優しげだった。
「な……納得いかねぇーッ!!!」
そう大きくシャウトするシュリッドの声は、城でぼんやりと過ごしていたケンに聞こえたとか聞こえなかったとか。
めでたしめでたし。
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フラン=ボワーズ
もともと名前に「腐乱」からくればいいじゃんてやっちゃった感じ。
ゴスロリ幼女。年齢は42だけど思考趣味喋り方容姿全てにおいて12歳。
ごめんねシュリッド☆でも反省はしてないよ!