--イシュネー王国-- 2話
そっと集団から離れて歩き始めたのだった……はず、なのだが。
「…ふ、そうよね、そうなるって、アタシ、知ってたわ…」
太陽が山のすそからおはようございますと挨拶をし、空は綺麗な水色。
前にも後ろにも続く街道の真ん中―…の、端っこのほうでリズはへたりこんでいた。
「何の準備も無い初心者が…でっかい荷物引いて…数時間もあるけるわけ、ないじゃないッ!」
空は快調、体は絶不調。リズは現在進行形で行き倒れへの階段を上っていた。
トランクを引く力もなく、ただぺたんと座り込んでいた。
「おなか空いたし、喉も乾いたし、つかれたぁー…」
誰にでもなく、ぼやく。
自分でも思っているよりも精神の疲弊は激しく、半ば徹夜を決行した体も悲鳴を上げていた。
肉体とメンタルのダブルパンチで、ノックダウン寸前だ。
「こんな所で行き倒れ…とか、流石にカンベン…」
はぁ、と深く深くため息をつきつつ、己の不運と周囲に向けて呪いの言葉を重低音で吐き出す。
そんなことをしていたからだろうか。街道の奥からコチラへと歩み寄ってくる人影を、リズは全く気が付かなかった。
「おい、そこのアンタ、どうしたんだ?」
「うっひゃぁっ!?」
急に声を掛けられて、思わず悲鳴をあげる。
ば、と顔だけで振り返ると、ソコに立っていたのは一人の青年。
「あ、悪ぃ、驚かしちまった?」
人のよさそうな金色の瞳がコチラを見下ろす。
歳はぱっと見て、リズよりも少し年上といった所だろうか。それだけならば、大してリズも警戒心を抱こうとはしなかっただろう。
「あ、あんたこそ何者よ!!」
その服装がー…昔リズの読んだ絵本に出てくる悪い魔王のように黒尽くめでなければ。
「俺?俺は、旅人のブロウっていうんだけど…」
いきなり怒鳴りつけられた青年はきょとんと首をかしげながら軽い自己紹介をする。
しかしリズにはそれさえも不審に見えてしまうわけで。
残念ながら、人間誰しも第一印象で殆どが決まってしまうのである。
「で、何?タダの旅人が馬車も使わずなんでこんな街道歩いてるワケ?」
ATフィールド全開のリズに対して、ブロウは困ったような表情を浮かべる。
「なんでって…ちょっと言いにくいけど…」
「はいボロでたー!アタシから3メートル以内に入らないでさっさとどっか行って!」
「ぇ、えぇー…」
もう滅茶苦茶だ。半分八つ当たりのように言葉をぶつけるリズ。
彼女なりに、何一つとして上手く回らないのでかなり苛々しているのだろう。
「そういうアンタこそ、大分旅なれてるよーな格好はしてないって思うけど……」
「黙れー!アタシに難癖つけんな!」
ぎゃぁぎゃぁと騒ぐリズにブロウはどうしようかと頬を掻く。
大体こういうのにかかわると後で碌なことにならないのが自然の摂理というものなのだが、
青年はそれでも立ち去ろうとはせず、リズとコンタクトを取ろうと試みる。
「何があったか知らないけどさ、そんな所で座り込んでるってことは何かあったんだろ?」
「なんもないわよ!なんもないっつーのー!!」
これはただの水掛け論にしかならないな、とブロウが思い始めた、そのときだった。
ぐきゅるるるぅ〜…
情けない音が、街道に響き渡る。もちろん、発音場所は、リズの腹部だ。
リズは自分の元気にサラウンドシステムで鳴り響いた己の腹の音に真っ赤になりつつ、半分涙目でブロウを睨みつける。
「今のはね、アタシからでた腹の音とかそういう次元の話じゃなくって、この地の果てにある冥界のそのさらに僻地に封印されているという悪魔の」
対してブロウはというと一瞬だけ驚くと、苦笑して―…一言。
「……パンあるけど、食う?」
「食べる!」
即答だった。
街道は続く、奥から手前にゆるい弧を描いて。
そんな街道のすぐそばで、二人組みの男女が晴天の下で座っている。
「ひひゃほんひょはりはほー、はふはっはー。」
リズはすこし大きなコッペパン(イチゴジャムがけ)をもむもむむしゃむしゃとほおばっていた。
物凄くいい食べっぷりに、ブロウは思わず笑顔を浮かべる。
「……あのな、とりあえず飲み込んでくんない?」
ブロウに促され、リズはごっくん、と口の中のパンを飲み込む。
そして、一緒にわたされた水筒の水もさながら酒を飲むオッサンのように一気にあおる。
「ぷはー。ほんっとありがと、助かったー!」
「いや、困ったときはお互い様っていうだろ。あんま気にすんなって。」
リズが殆ど飲んでしまった水筒をしまいつつ、ブロウは人の良い笑顔を浮かべる。
「あ、そーいやアタシ名乗ってなかったよね、リズって言うの。」
「リズ、ねぇ…で、リズはなんでこんな所でへたりこんでたんだ?」
「えっと、それは―…」
答えようとして、はたと止まる。今の旅の目的と経歴を、目の前の男性に話して良いものかと。
そりゃ、服装はアレだが、別段悪人の雰囲気もしないし、食べ物もくれたし。
信頼できる点は多数存在するが、もしかしたら学校とのつながりのある人間かもしれない。
そうなれば問答無用で連れ戻される可能性は大だし、それだけは絶対に避けたい。
「ぁー…ワケあり?答えられないならさ、いいけど。」
ぴたりと動きを止めてしまったリズに、ブロウは付け加える。
「へ、いいの?」
どうにかして誤魔化そうと考えていたリズは、その言葉にいささか拍子抜けをする。
「そりゃ、だって旅する理由なんて人それぞれだろ。…でも、目的地くらい教えてくれよ。」
「目的地?今ンところは王都かな。でも、ちょっと色々あってひとまずこの先の街に行こうと思って。」
嘘はない。
色々のところはバスジャックならぬ馬車ジャックでこういうことになってるんだし。
「へぇ…奇遇だな。俺もリズの言う街に行ってみようって思ってたんだ。…名前は、知らないけどさ。」
「ふぅん…ってことは、ブロウもあの夜行馬車に乗ってたの?」
「馬車?いや、俺はもうちょっと山の方の町から来たから、馬車なんて走ってなかったけど。」
「じゃ、昨日の惨劇とは無関係か―…ふぁ…」
言いかけて、リズは大きく口をあけて欠伸をした。
徹夜したのもあるし、なによりお腹もそこそこに満たされてきたのも原因の一つだろう。
突如津波のように襲ってくる眠気に、もうひとつ大きく欠伸をしてこらえる。
「惨劇…いったい何があったんだ?」
「ぁー…馬車…じゃ…っく…」
ブロウが聞いてくるが、全く答えになっていない。
それどころか、リズは眠気に抵抗することをやめ、屈することを選択した。
そういえばいつもこの時間の授業は寝ていたっけ、と遠く思いをはせながら体を横に倒した。
「お、おい、リズ?」
急に倒れるようにして眠り始めたリズに、ブロウは焦ったように彼女に近寄るが、
すぴすぴと健やかな寝息を立てて某ネコ型ロボットアニメ眼鏡少年N太のようにぐっすりと眠る彼女を見て、小さく息を吐いた。
「うーん…ね、寝ちまったし…それにしても。」
長いマントをすっぽりとかぶり眠る彼女の手には、トランクがしっかりと握られている。
そのほかに、荷物らしい荷物はなく、まるで勢いだけで飛び出てきたような出で立ちに見えた。
―…まぁ、実際そうなのだが。
「………家出少女?」
そうだとしたら、なおさら放っておけないな、とブロウは彼女の隣に改めて座りなおした。
この辺り、盗賊が出たという話も聞かなければ、危険な獣が出たという話もない。
けど、自分もそう急いでいるわけでもないし、リズを一人にさせるということがなんだか心配なので起きるまで待つことにしたのだ。
「―…ま、結局俺も迷子だし、な。」
そんなブロウのつぶやきは、誰に聞こえるわけでもなくリズの寝息とともに空気で消えていった。
一方、その頃。
平和で小さな街の片隅ではそれはもう、てんやわんやになっていた……
その街ではリズの両親だけではなく学校関係者近所の住人警備団(いわゆる警察的業務を行う組織)を巻き込んで、
まさに「まいごのまいごのリズ=ファシル〜あなたの居場所はどこですか〜」と歌いたくなるような大捜索が行われていた。
が、リズはある意味完全犯罪的に飛び出していったのだ。
リズの親しい友人に聞いても皆「別に、朝はフツーだったよねぇ?」と顔を見合わせるばかり。
あえて「普段のリズではない」姿を見たのはシスキルとリズの母くらいのものだった。
リズの部屋を改めて、一番大きなカバン…トランクとなぜか冬用のマントがなくなっていたことから察するに、おそらく本格的な家出を試みたらしい。
というのはわかる。しかし、そこから先の足取りが全く掴めないのだ。まるで神隠しにでもあったように忽然と足跡が消えてしまっていた。
リズの捜索は家・学校の周囲だけではなく、街の外…田舎町故にたいして悪漢が出てくるわけでもないが、
やはり街の中に比べると危険な場所…も範囲に含め、夜を徹しての捜索が続いたが……やはり、リズの足取りは全くつかめなかった。
朝になってようやく、「もしかしたらリズは金銭に物を言わせて遠くへ行ったのかもしれない」という可能性を考えた大人たちはようやく…
頃合にすればちょうどリズがブロウと出会いパンを貪り食っているあたり…で、シスキルが馬車乗合所へと足を向けたのだった。
シスキルはその扉をためらいがちに開け、中に入る。
中は、大きなカウンターが一つと、案内嬢が二人。
「いらっしゃいませ。本日はどちらまででしょうか」
「あ…えっと……そうではなくて……昨日、夕方から夜にかけて15,6歳くらいの女の子がここに来ませんでしたか?」
「昨日…ですか?少々お待ちくださいね……」
案内嬢の一人はシスキルに向かって営業スマイルを向けた後、もう一人の案内嬢の背を軽く叩き、カウンターに隠れるようにしてひそひそと話を始めた。
「ねえ、昨日そんな子いたっけ……?」
「悪いけど、昨日休みだったんだから知らないわよ……」
「あーどうしよう。酔っ払いの方が印象強くて覚えてないんだわ……」
「今日休みの人って連絡ついたっけ?」
「無理なんじゃない?あの人昼前まで起きないって有名だもん」
「あっちゃー……」
シスキルはひそひそと聞こえてくる会話の端々にだんだんと不安を募らせていくのだった。…が、案内嬢はシスキルの様子には気付いていないようだ。
さて、案内嬢の内輪話は終了したようだ。
「申し訳ございません。私たちでは分かりかねますが……」
営業スマイルで言葉尻こそやんわりとであるが中はきっぱり「こっちだって1日に何十人と相手してるんだからいちいち顔なんて覚えてられるかバーカ
(要約)」というような否定を込められて返され、シスキルは途方に暮れた。しかしこれ以上粘れるほどシスキルはねちっこくない。
すいません…と頭を下げて立ち去ろうとしたとき、案内嬢の一人が声を上げた。
「そういえば、オラトリオ教の宣教師様が同じような時間に馬車に乗られましたから、教会でお尋ねになられれば何か分かるかもしれませんよ?」
「き、教会ですね…ありがとうございます!」
シスキルはぺこぺこと何度もおじぎをし、転がるように馬車乗合所を出た。
オラトリオ教とはこの世界で一番多くの信者が存在する、最大の宗教と言っても過言ではない。
聖神オラル=クルと聖霊オーリン、そして現人神のアレトニアの巫女の三位(さんみ)を崇拝し、法の遵守と公平・公正を教義とする。
信者は「神精魔法(しんせいまほう)」という特殊な魔法を使うことができるロザリオを持っている。
…で、たくさんの信者がいるので、「町」と呼ばれる場所には大抵教会があって、神父の講話を聞いたり礼拝を行ったり、一時保護などに活用されている。
…というのはさておき、神精魔法には遠く離れた場所に居る人間と対話をする魔法があり、
それを活用したネットワークでもって信者や教団関係者は情報のやりとりをしている。
これは魔法使い倫理委員会にもないシステムで、一般市民的には魔法使い倫理委員会より教会の方が便利な場所だという認識がある。
…というのもさておき。
シスキルは教会にやってきた。この街の教会は近所の町の教会よりは小さいのだが、その分アットホームな空気がある。
教会の中には神父と数名の信者、そしてシスキルも顔なじみのシスターが居た。
「あらシスキルさん、どうされたのですか?」
「あああのっ、私の教え子が家出をしてしまってそれがどうも王都に行ってしまったようでつまり通信の魔法で連絡を……」
「……?」
シスターはシスキルの話が全然理解できなかったようで、笑顔のまま小首を傾げてみせた。
「ええええっと……!そのですね……」
シスキルはシスターのその仕草のおかげでかえって慌ててしまい、軽いパニック状態になっていた。
まるで魚が酸欠で水面に浮かんできたかのように口をぱくぱくさせ蒼白な顔になっている。
と、そこに。
「まず深呼吸してください?それから落ち着いて、ゆっくり自分の頭を整理する感覚で話してください」
と、シスターの背後から旅装束の女性が現れた。蜂蜜のような金色の長い髪に万緑の瞳。
美しいというよりはかわいらしい顔のシスキルと同年代くらいの女性だった。
シスキルはこくこくと頷くと深呼吸をし…おかげで少し落ち着いてきた。そしてシスキルは改めて話をする。
「私の教え子であるリズ=ファシルなんですが、昨日の夕方から行方不明になってしまったんです。
付近を捜したのですがどこにもいなくて…もしかすると馬車に乗り込んでしまったのかと思ったのです。
で、先ほど馬車待合所で確認したら宣教師様が昨夜馬車に乗られたそうで、その方に連絡が取れればと思ったもので…」
ここにシスキルの先生がいたとすれば、「よくできました」と頭を撫でてくれただろう。
それにしても不思議だ。かの女性に一言声をかけられただけで落ち着いて会話することができた。
シスキルがちらと女性を見やると、女性は小さく微笑んだ。
「ああ、承知しました。シスキルさん、少々お待ちくださいね」
シスターはにこりと笑ったあと、首から下げているロザリオを耳に当てて目を閉じた。
「コール、RI4708302……はい、はい……ええ、そうだったのですか……それは難儀ですね……どうぞ、お気をつけて……終了」
“コール”という魔法が通信の魔法の呪文である。その後の暗号は各人に与えられた固有番号で、
コールという呪文に固有番号を続けることで相手と通信をすることができる。ゆえに固有番号を知らないことには通信ができないのである。
シスターはロザリオを耳から離し、申し訳なさそうにシスキルに頭を下げた。
「シスキルさん…どうやら昨夜この町を出発した宣教師はそのような方はみていない。とのことです」
「そ、そんなぁ……」
せっかくリズへの道がつながりそうだったのに途切れてしまい、シスキルは泣きたい気持ちになった。今頃リズは途方に暮れてやしないだろうか。
出来の悪い子ほどかわいい。とはよく言ったものである。
「…あのぅ、その教え子さんですけれど……昨日の夕方から夜に出発した馬車の行き先を調べれば大体の見当はつきませんか?」
「…あ」
旅装束の女性の言うことがあまりに的を射ていたので、シスキルは一瞬言葉を失った。
この街は街道沿いにはあるものの、街道の分岐点にあるわけではない。とすると、
「馬車に乗ったのではないか」という仮定が成り立つのであれば目的地を絞るのはさして難しいことではない。
「あああありがとうございます!…えぇと……」
「わたし、“スイレン”といいます」
「ありがとうございますスイレンさん!そうです、そうですよねっ!」
「はぁ……(ちょっと、手が痛いです)」
シスキルは勢いで旅装束の女性…スイレンの手を握り、ぶんぶんと上下に振った。スイレンは苦笑を浮かべてされるがままになっていて、
見かねたシスターが止めに入るまでシスキルはスイレンの手を離そうとしなかったのだった。
そして、シスキルたちはリズの行方を考えた。この街は南北に街道が走り、北は街道の行き止まり、南は王都イシュラントへと伸びている。
リズの置手紙の通りであれば、街道の行き止まりを目指すよりは王都へと行く方が可能性は高いだろう。という結論に至った。
「ところで、スイレンさんはこれからどうされるのですか?」
シスターに訪ねられ、スイレンはほんの少し思案してから答えた。
「そうですね……旅の目的のためには人のたくさんいるところで情報を集めたいですから…王都の方へ向かうことにしてみます。
教え子さんのこと、ついででよければ探してみますね」
「何から何まで本当にありがとうございます…!是非、お願いします!!」
シスキルは勢いよく頭を下げた。下げすぎて机の角で頭をぶつけてシスターとスイレンをひやひやさせたのだが、それはまた、別の話……
なぁんて、話が出ているのにもかかわらず。
「…ぶぇっくしょん!」
リズは大きなくしゃみと同時に目を覚ます。流石に日は昇っているとはいえ、冬も近づいてきた頃だ。
厚手の外套一枚では体もいささか冷えてしまったのだろう。
「あ、起きたか。」
ブロウはリズのすぐ隣に座っていたため、それに気が付いたようだ。
リズは眠気眼をこすりながら、ゆっくりと体を起こし、外套を羽織りなおす。
「んぁ―…あれ、なんでアタシ、こんなとこで寝てたんだっけぇ―…」
半分まだ寝ぼけているので、ぼんやりとまとまらない思考を巡っていく。
そう、落第が確定して、カットなって夜行馬車に乗り込んで、馬車ジャックされて、それから。
「おいおい、大丈夫なのか?」
それで、今目の前で心配そうにこっち見てくる人、ブロウからパン貰って。おなか一杯になったから、眠くなって。
そこまで考えた所で、リズは急速に自分の思考がフル回転していくのを感じた。
自分はその場で眠ってしまった―…つまり、寝顔を思いっきり見られてたわけで…
しかもなんとなく、距離も近いし。
「………っ、」
「…リズ?」
ブロウが動きを止めてしまったリズに近づく。
だが、その行為は彼にとって死期を早めるほどの愚かな行為であったことを感じ取れたものがこの場所に居ただろうか。いやいない。
「きゃーッ!乙女の寝顔をじろじろ見てたなんて最低ッー!」
リズの悲鳴(絶叫?)と共に繰り出された理不尽なアッパーカットは素人のそれとは思えないほど的確にブロウの顎下を貫き、ぼぐしゃぁと鈍い音を立てた。
「がはぁッ!?」
ブロウがうめき声のような悲鳴と共に地面に仰向けで倒れる。
流石に目覚めの一発を喰らうなどと予想していなかったのだろう。
受身も取れずにモロに頭を地面にぶつけた。一発KO。必殺技はアッパーカット。
「はぁっ…はぁっ…はぁ…あ。」
まるでほんの先日見たことあるような光景が広がっていることで、リズは己の罪に気が付いた。
ぴよぴよと頭にひよこを飛ばしながら気を失っているブロウは、しばらくは目を覚ましそうに無い。
「あーっ!ごめん、ちょっとやりすぎたーっ!」
もしここで第三者が彼女たちのやり取りを見ていたのならば、こう突っ込んだであろう。
『ちょっとどころじゃねぇよ』と。
結局、ブロウが目を覚ましたのは、太陽が天辺に来た頃だったとか。
「ごめん、ほんっとごめん!」
「はは…いや、いいよもう。俺、ぜんぜん怒ってないし。」
がらがらとトランクを引きながら、街道を歩いていく。
ブロウはそんなリズのとなりでまだ地味に痛む顎を押さえつつ、笑顔で答える。
本当に言葉どおり対して怒ってはいないようで、彼の人の良さが伺えるのだが、それにはリズも逆に罪悪感が沸くほどだった。
「…ま、とにかく。リズはこの先どうするんだ?」
「どうする、って…とりあえず王都に行くけど。」
王都に行ってどうするか、なんて王都に行ってから考えようと思っていた。
自分の住んでいた街から結構遠く、かつ一回行ったことのある王都は何をするにも最適だったから。
人が多いから、自分も探しにくいのではないかと―…リズはそう、踏んでいた。
「じゃなくって。何か行くアテとかあんのかなぁ、って。」
「そんなもん、あるわけないじゃない。」
家出だし。
リズがあんまりにもきっぱりさっぱり答えるものなので、ブロウは流石に心配になってきたらしい。
「……うーん、だ、大丈夫か?」
「わかんないけど、何とかなるわよ!今までなんとかなったし!」
今まで、といってもほんの一日くらいなのだが。
でも、馬車ジャックされて行き倒れかけて五体満足でいるのだから、コレからも何とかなるだろう。
リズはそんなアバウトな奇跡を信じつつ、足をどんどんと進めていく。そんな彼女の後ろで、ブロウは小さくため息をついていたとか。
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