--イシュネー王国-- 3話
二人は、更に数時間ほど歩いた。
といっても、実際歩いたのは2,3時間程度なのだが、ブロウが旅慣れないリズを気遣って、少し休憩を挟んでくれたりしたため。
おかげで―…といっては何だが、街についた頃には太陽はもう傾き始めていた。
「やっと、ついたぁー…」
目の前に広がる街に、感慨深げにリズは呟く。
体の疲れは、ブロウが絶妙のタイミングで休憩を入れてくれたので、あまりない。
それだけで、彼がどれだけ旅なれているのかがわかった気がした。
「さて、俺は宿を探しに行くけど―…リズは?」
「え?…えーっと…どうしよっかな…」
急に振られて、返答に詰まる。
当たり前といえば当たり前なのだが、このまま王都に行ってしまえばブロウとはここでお別れになる。
彼はこの街そのものにどうも用事があったようで、通過点であるリズとは目的が違う。
「急いで王都に行くんなら、この街から馬車が出てるらしいし。」
ブロウがそういったとき、軽快にコチラへと向かってくる足音がした。
「アレ?そこの人―…こんな所まで来てたの?」
「…ぇ?」
リズが声を掛けられたほうへと振り返ると、そこには夜行馬車で出会った一人の魔法使い、イストの姿があった。
ヤバい!!
イストと一緒に居たくなかったから徒歩での強行軍を試みたというのに、結局イストと会っては意味がないではないか。
「なにー、ブロウの知り合いー?こんなかわいい人と知り合いだったのー?よ、色男!」
「おお俺!?」
リズはイストに名前を呼ばれていないことをいいことにすっとぼけることにした。わざと大声でブロウを茶化し、挙句背中を思い切りはたく。
ブロウは目を白黒させて自分を指差している。
イストはむっとした表情になり、つかつかとリズの方へと歩いてきた。
「あんたよあんた。ったく……気がついたらいなくなってるもんだから焦ったわよ」
リズの思惑は失敗に終わった。とりあえずリズは苦笑いで誤魔化しておくことにした。
イストは上着を着ていた。それは魔法使い倫理委員会の委員に支給される制服で、リズも何度か見たことがある。
紺色のかっちりとしたデザインのジャケットで、イストには若干大きいらしい。肩のあたりが若干余っているように見えた。
「あはははは……ついでにトレーニングも兼ねてみようかと思って…た?とか?」
だんだんと言い訳が苦しくなってきた。
イストはしばらく疑惑たっぷりの視線をリズに向けていたが…「ま、いいや」と話を打ち切った。リズは心の中で盛大に息を吐いたのだがそれはさておくとして。
「そういえば、イストはどうしてこの街に居るの?」
「昨日の盗賊たちをしょっぴいてきて、それから尋問や調書作ってたりしてたの。
で、さっき馬車の手配して、ちょっと時間があるから食事しようかなーって思ってね。そういえばリズ、昨日の馬車のチケット持ってる?」
「え?持ってるけど……」
というより、その存在を忘れていた。財布の中に入っていたおかげでたいした損傷もなく、財布の大きさに合わせるための折り癖がついているくらいのものだ。
リズがそれを広げてみせると、イストは
「それがあれば、今夜この町から出る夜行馬車に乗れるよ。勿論、お金はいらないから早めに席確保に行った方がいいよ」
と教えてくれた。
「そうなんだ。ありがとう」
「おっと、早くしないとご飯食べる時間なくなっちゃう。それじゃあね」
イストはそうまくし立てると、駆け足で通りの向こうへと去っていった。
「それじゃあ、ここでお別れだな」
イストを見送って、ブロウがそう言った。
「あー…うん、そうだね」
若干さみしいような気はするが、ブロウの旅にリズがついていくのも迷惑かもしれないし、リズの旅にブロウをつき合わせるのも心苦しい。
リズの目的はあくまでボレロの取得、そのためにまずは王都へ行くこと。縁があればまた会えるだろう。
…なんとなくだが、リズはブロウとはまた会えるような気がしてならなかった。
「色々とありがとう。とっても助かったよ」
「こっちこそ、ちょっとの間だったけど楽しかった。良い旅を」
馬車待合所の受付嬢と同じセリフだったが、ブロウに言われた方がよほど気持ちが良かった。リズはブロウと握手をし、そのまま馬車待合所へ向かうことにした。
リズが馬車待合所に到着したとき、ちょうどリズの故郷の町からの馬車がやってきた。
この馬車は昼間走るもので、ここからは王都に向けて夜間走ることになるという。おそらくイストと同じ馬車になるのだろうが…
リズも持っているチケットが有効な馬車は本日昼のうちにこの町を出た便か、この便しかないらしい。
持ち合わせがたくさんあるわけではないリズとしては…ここで王都に行っておかねばならない。イストと同じ便なのが気まずい…と思いつつも席の確保をする。
昨日はすぐに馬車に乗れたのだが、今度はこれから馬車の点検や馬の取替えを行うらしくもうしばらく乗れないらしい。
リズもイスト同様に食事を…と思ったが、社会の一員として労働をしているイストとは違って、リズは手持ちが尽きれば無一文である。
できるだけ節約をすることにして、近くの売店でパンと飲み物だけを買って空腹を紛らわせる。ブロウにパンをもらっておいて本当によかった。
少し物足りない分は家から持ってきた飴玉で紛らわせることにした。
リズがベンチに座り、飴を口の中で転がしながらぼーっと時間が過ぎるのを待っていると、一人の旅装束の女性が目の前を通り過ぎていった。
きょろきょろと周囲を見回しながら気持ちゆっくりめの速度で歩いていく。
一瞬リズと彼女の視線が合わさって…リズは気まずくなって慌てて視線を逸らせた。
女性はそのまま待合所を出ていってしまった。
(あのー…なーんかどっか引っかかるものがあるんですけどー……)
リズは難しい顔になった。知らない人間なのだが、リズの本能が関わるなと言っていた。…まあ、相手が去っていったのだから気にするほどのことではないと思うが。
さて、ようやく待ちわびた出発の時間になった。
そして、リズはまたイストの隣の席に座るハメになった。これではもう、王都までイストと一緒に行くしかない。リズは顔で笑って心で泣いた。
「そういえばさー、まだ聞いてなかったと思うんだけどリズって王都に何しに行くの?おのぼりさん?」
「え?えっとまあそんなとこっていうかそういうことにしておいて!!」
リズの態度にイストはやれやれ…と肩を竦め、上着を脱いで適当に丸めてザックの上に置いた。
「もう知ってると思うけど、あたしは魔法使い倫理委員会の人間だよ。
でも別にリズのことどうかしようなんてこれっぽっちも思ってないからそういう態度やめてくんない?」
「はぃ?」
「確かにね、あたしは倫理委員会の中でも汚れ役な遵法局摘発部取締課の一員だよ。だけど取り締まるのは魔法を使った犯罪をしてる人だけ。
リズがそういうことしてるんなら別だけど、してないんならおどおどしないで」
「え…あ、そうなの?アタシてっきり親や先生に連絡されて強制送還されるとばっかり……」
「あははははは!それやるのはむしろ教会だよ!ていうか倫理委員会そこまでヒマじゃないし。むしろあたしにも身に覚えがあるなぁ〜、いやはや、若いっていいね!」
イストに思い切り笑い飛ばされ、リズはなんだかびくびくしていたのがばかばかしくなってきた。なんだかどうでもよくなってきた。
ついでに、リズはイストに旅の目的を話してみることにした。
「実はね、アタシ…ボレロを手に入れたいと思ってるんだ」
「そっかそっかぁ〜、いいねいいね!夢と胸は大きくあれ。ってセンパイも言ってた。だったらさ、王都に行くのは正解だよ」
「どういうこと?」
リズは首を傾げる。
「イシュネーは魔法文化で栄えてる国…っていうことくらい知ってるよね?」
イシュネー王国は世界の中でも魔法文化の発展に力を入れている国だ。賢神の遺物を所持し、
魔法使い倫理委員会の本部があるのも高等魔法専門学校(アカデミア)があるのもこの国だ。
実際、魔法使いとして登録されている人間は他国に比べて圧倒的に多いし、地方の学校でもかなりハイレベルな魔法を教えているのもこの国ならではだ。
「だからね、国がボレロ取得を応援する制度があるんだよ。王国に貢献することを約束すれば旅費の援助とかもあるしね。王都に行ったら訪ねてみるといいよ」
「へー…そんなのあるんだ……」
自国のことながら初耳だった。思わぬところでとても役に立つ情報が手に入った。
その制度を利用することができれば、リズだって金の心配をしなくてすむではないか。
いよいよ道が開けてきた。リズはイストに礼を言い、明日からのために少しでも眠ることにした。
彼女の乗った馬車が首都にたどり着くその前に、時は少しだけさかのぼる。
リズと別れた黒ずくめの旅人、ブロウはリズが乗合わせ場所に向かっている頃、とある一軒の宿屋に向かって真っ直ぐ歩いていた。
「にしても…流石に首都に近い通過点だけあって多いな〜…」
首都行きの中間地点としても利用されているらしいこの街は、旅人や観光客が多いようだ。
あちこちで売店や宿屋といった、所謂『外の者』向けの商店ばかりが目立つ。
「…んー、ここだな。」
大きめの通りをしばらく歩いて、見つけたのは一軒の宿屋。
手にした小さな地図に、宿名を走り描いたもの。もしも、の時だといってブロウの『連れ』が渡してくれたモノのだ。
「すいませーん、失礼します。」
からんからん、とドアチャイムが軽やかな音を立てる。カウンターには、中年の男が愛想のいい笑顔で軽く頭を下げた。
「いらっしゃい!…お、あんた、ブロウ・ソレイルさんかね?」
男はコチラを見てすぐに、彼の名前を言い当てた。
「あ、はい。そうです。連れが宿を取ってるらしいんですが…」
ブロウはそれに驚くことなく対応する。上から下まで黒尽くめの人間なんて、そう居ないらしく、特徴的で説明に凄く簡単だ。
しかも、魔法使いの着ているようなローブではなく、普通の服だからなおさらだ。そして、ブロウの連れも全身白尽くしなので説明に困らなかったりするのだが。
「はいはい、うかがっとるよ。イレイス・ソレイルさんですよね。
部屋は上がってもらって右から三番目だからね。」
「わかりました。では、失礼します。」
ブロウは一礼してからとんとんとん、と、階段をあまり音を立てずに進む。もう日も暮れかけているし、宿で休憩を取っている人間も居るからだ。
右から三番目、ノックはせずにゆっくりとドアを開ける。
「…遅かったな、ブロウ。」
扉を開けて、一番に目がいったのは、部屋の真ん中に置かれたシンプルな机に肘を立てつつ、
本を流し読みのように読んでいる一人の髪から衣服から白尽くしの青年。
彼は―…イレイス・ソレイル。
ブロウの旅の連れでもあり、相棒でもあって、頼りになる人物である。
イレイスはパタンと本を閉じてテーブルの上におくと、ブロウのほうに視線を向ける。
「昼過ぎには到着すると思っていたんだが。」
「まぁ、ちょっと色々な。」
そういってブロウは荷物を降ろすと、ベッドに腰掛けた。
「…あぁ、お前を待つ間、少しだけ面白い話を小耳に挟んだんだが。」
「なんだよ。」
イレイスの話の切り出し方に、ブロウは少しだけ嫌な顔をする。
何故なら、大概こういう前置きが着くと、ブロウにとってあまり良い話ではなかったりするからだ。
「あぁ、ここから少し北東にある街の学校で、なんでも少女が行方不明だそうだ。話によると、落第になった腹いせに家を飛び出したんだとかなんだとか。
ちなみに特徴として、年齢は15,6歳。大き目のトランクを持ち長いマントを着込んでいるそうだ。」
イレイスの言葉に、ブロウは思いっきり噴出した。
そう―…彼女に違いない。先程まで一緒に道を共にしていた、リズに。
「さらに言うと、親も学校側もその辺の街の人まで手伝って軽い捜索隊も組まれたとか。…まぁ、なんにせよ結構な騒ぎにはなっているそうだぞ。」
ニヤニヤ、とイレイスがこちらをみて笑う。まるで、新しい玩具をショーウインドウから眺めている子供のようだ。
この場合、遊ばれているのはブロウだったりするのだが。
「…べ、別に、俺があの子を知ってるからって何にもならないし、どうにも出来ないだろ!」
なんとなく、問い詰められているような気がして、ブロウは叫んでいた。
イレイスはそんなブロウにひょいと肩をすくめて見せる。
「おや、私は何もお前が知っているともなんとも言っていないがね。」
「…………。」
嫌な笑顔を深めて、イレイスはこちらの出方をうかがっている。
ブロウはそのとき、自分がハメられたのだとわかって、がっくりと頭と肩を落とした。
その様子を、追い討ちをかけるように声を出してイレイスが笑う。
「にしても、今日はまた綺麗にひっかかったなー、お前。…というわけで、私の勝ち。対価は…そうだな、彼女の目的地。」
「聞いてどうするんだよ、んなもん。」
イレイスはあまり他人のうやむやに首を突っ込みたがらない。それを知っているからこその、ブロウの質問だった。
「いや別に。何を考えているか知らんが―…落第したから家出って、そうそう居ないだろう。それにお前との縁もあることだし。十分面白そうだと思わないか?」
また出た。イレイスの悪い癖だ、とブロウは思った。面白そうだとかくだらないとか、つまらないとか。
興味のあるなしの台詞が付いた後、彼がしでかすのは大抵ロクでもないことばかり。
もちろん、リズのことを考えれば嘘を言ってもいいのだが、この人物に嘘を貫き通せる人物がいたら教えて欲しいのでそれはやめておく。
「…俺もちょっと気になるし。王都に行くって言ってたぞ。」
「王都、か…じゃ、次の目的地はソコだな。」
かくして、二人の旅の青年も王都行きを決行するのだった。
また別れたのに、すぐ出会うとは思うわけでもなく。
リズは馬車の中で眠り続けるのであった。
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