--イシュネー王国-- 5話

とにかく、一同は適当な食堂に入ってお昼にしたのである。

その食堂は昼時ということもあって混雑していた。しばらく待たされたが、思ったよりは早い時間に席につくことができた。
「ここは誰の支払いになるのか」ということで談義になりそうだったのだが、女性に金を出させるのは忍びない。とブロウが言い出したことにより、ブロウの財布が支出することになった。後でブロウは激しく後悔することになるのだが、それは後で話すことにしよう。
満面の笑みでメニューを広げたリズは給仕の女性を呼びつける。
「えーっと…本日のサラダ3皿と白身魚のフライと厚切り肉のロースト2皿、パンを5皿にかぼちゃポタージュは4皿ね。
 え?サラダ少ない?じゃあ2皿追加して。それから大盛りオムレツ3皿とブルーベリータルト1ホール!」
「お前が仕切んのかよ……」
「なによー文句あんのー?」
リズとブロウの漫才めいたやりとりに、スイレンはくすくすと笑った。リズはそこであ、と声を上げた。
「そういえばみんな好き嫌いとかあるの?っていうかまだ足りない?」
「いや、私は食にそう興味はないんでね、お前の好きな物でいい」
「わたしも…そんなに食べられる方じゃないのでお任せします」
「俺も別にいいや……」
「じゃ、それでオーダー通して!ちょっぱやでよろしく〜」
リズは音を立ててメニューを閉じると、給仕の女性に返した。
「ところで、スイレン…だったな。お前はこれからどこへ?」
「ベリリルの森…というところに行こうと思っています。ですから、とりあえずラゼラルまではご一緒させていただきたいなと思うのですけれど」
イレイスの問いかけに、スイレンが答えた。それを聞いたイレイスの表情が少しだけ変わった。
「ベリリルの森?今はもうないはずだが?」
「どゆコト?」
「ベリリルの森というのはラゼラル王国とネルベ王国の国境にある森の深い部分のことなんだが、確か50年くらい前に焼失したはずだ。
 通説ではエルフ族の集落があることになっていたな」
イレイスがすらすらと呪文のように並べたのだが、リズは半分も理解できなかったようだ。そしてスイレンはこくりと頷き……周囲を見回した。
喧騒に包まれた店内はそれぞれが食事を楽しんでいるようでこちらに注目している者は誰ひとりとしていない。
そこでスイレンは深く息を吐いた。すると、スイレンの姿に変化が現れたのだ。おおまかな姿は変わらないが、耳が長く尖り、顔がやや幼くなった。
「わたし、エルフ族なんです。その森が焼失する際、わたしはまだ赤ん坊だったのですが…海へ逃がされたのです。
 それから心優しき方にめぐり合うことができて…今日まで生きてこれました。その森で何があったのかを知りたくて、目指しているんです」
スイレンはそう言うと、「我の姿、まやかしに包め」と呟いた。
すると一瞬にしてスイレンの耳は人間のそれになり、少女というよりは女性らしい表情になった。
「ですがエルフ族はそうたくさんいるわけではない。と聞いたので、今は混乱を避けるために魔法で姿を変えているんです」
「なーるー。それでイストになれたわけかー……遠目には完全にイストだったよ。すごいねー」
リズはテーブルに並べられたサラダに手をつけながら口を挟んだ。
「そうか…集落が焼失したことで、数も随分減った。って聞いたもんな。無事だったのはラゼラルの王都に住んでたヤツらくらいだったんだろ?」
「それはよくわかりません……ところで、イレイスさんとブロウさんはどうしてリズさんとご一緒なのですか?リズさんの護衛ですか?」
いいや、ただの趣味だが。
イレイスの返答に、固まったのは誰でもないスイレンだった。
「しゅ、趣味、ですか?」
「そう。身の程をわきまえない娘がボレロ探索の旅に出るんだぞ。 この平和なご時世に、中々粋な行動だと思ってなぁ。つい。」
そう答えるイレイスは、輝かんばかりの笑顔を浮かべていた。もっとも、笑顔、という言葉の前には『白々しい』という表現が入り込むが。
「ついって…アタシにそんな理由でついてくるとか言ったわけ…?」
リズがじと目でイレイスとブロウを見る。リズにしては、多少の勢いはあったものの、真剣に行動してきたのだ。
それを『身の程をわきまえない』などといわれて、気分がいいはずがない。
「お、俺は違うぞッ!ただ、道端でへたってた時から心配でっ!」
その視線を受けたブロウが急いで訂正をいれる。
「ホントー?イレイスと旅してるくらいだから、もっと変な事考えてんじゃないのー?」
だが、リズの疑いの目はそれくらいではれるわけがない。
「ま、『伝説』だとか、『物語』だとかに興味があってね。ボレロに関しても、いつか関わってみようとは思っていた、というのも手伝ってはいたが。」
「あ、そうなの?なーんだ、それならそうと初めに言ってよ。」
イレイスの言葉に、リズは素直に納得する。初めに提示された二つの行き先は、ボレロを多少でもかじってないとわからないはずだ。
その情報を知っているということは、ボレロに関わりたい、という言葉に嘘はないように見えたからだ。
「……でも、兄貴の場合、今の絶対後付け理由だよな……」
あっさりと納得したリズに、ブロウは思わず呟く。イレイスが博識なのは、学生時代に培ってきたものと、その姿勢が今も変わらないからだ。
多分、ボレロの知識もどこかであらかじめ知っていたのを言ったに過ぎない。
「ん、ブロウ、何 か 言 っ た か ?
「いいえ、なぁんでもございませんッ!」
肩に手をぽんと置かれ、無敵スマイルを浮かべるイレイス。
体感温度が下がっていくのをブロウは感じながら、全力で自分の発言をもみ消す。
長年一緒に旅をしていたからこその防衛反応ともいえよう。ああ悲しき運命かな。
「失礼しま〜す、13番テーブルの方、白身魚のフライ2皿お持ちしました〜」
まるで空気を読んだかのように、ウェイトレスが間延びした声とともにやってきた。
とん、とん、と皿の上に乗った料理が、テーブルの上に置かれていく。出来上がって間もないようで、ほくほくと湯気を上げていた。
「ほら、早く食べないと次の料理おけないし、食べようぜ!」
「…リズがほっといても全部片付けそうな気はするがね。」
たしかに、今の料理でテーブルは殆ど一杯になってしまって、もう置く場所もない。
しかし、そのすぐ近くではお腹のすかせたリズが幸せそうな顔をして、猛スピードで片付けていた。
「んー、おいひぃ〜…しあわせぇ〜」
「リズさん…食べすぎですよ……あと、お行儀も悪いです……。」
パンを両手に文字通り貪り食うリズに、スイレンはため息混じりにかぼちゃのスープを上品に飲んでいた。
「私は一食くらい抜いてもさして支障はでないが、お前、食いそびれるぞ。」
「あぁ……うん……って、今考えたらリズの分俺が出すんだよな……。」
自分が頼んだものの7割を片付けていくリズに、ブロウは思わずため息を吐く。
庶民的な食堂とはいえ、アレだけの量は流石に自分ひとりで食べたことはない。
「まぁな。私は自分が食べた分くらいは出すが…ま、高い学習料だと思え?」
他人事のように、実際他人事なのだが―…イレイスは笑った。
ブロウは己の発言にいささか後悔しつつ、並べられた料理に手をつけていくのだった。



「ぷっはぁ〜!食べたよ食べた!!ちょっと味が濃かったけどアタシ的には満足した!」
「そりゃあそうだろうよ……お前の胃は冥界にでもつながってんのかよ……」
リズは最初に注文した料理の七割を独りで片付けた後追加オーダーで数皿の大盛り料理を注文し、それもきれいに平らげたのである。
その食べっぷりは見ていて気持ちよかったが、ブロウのサイフの中身は瀕死である。ブロウ自身も食べる方だとは思っていたが、リズには遠く及ばなかった。
「さて、これからラゼラル王国、ティシモ伯領へと向かうわけだが……ここで、“路銀”という大きな問題が生じるわけだ」
イレイスの言葉に一同は固まった。もともと路銀の少ないリズだけではなく、今の支払いを全て負担したブロウにも耳に痛い言葉である。
「ちなみに、イシュラントからティシモ伯領までの直行馬車は存在しないから国境の町シュトーレンへ向かい、シュトーレンで馬車を乗り継ぐことになる
 ……が、シュトーレンまでは馬車でだいたい1日、金額はそうだな…1万ノートというところか」
「なにそれケタ間違ってない!?」
リズの不平にもイレイスは耳を貸さない。事実は曲げようがないからだ。
スイレンは自分の財布の中身を確認し…表情を曇らせる。
「わたしも…シュトーレン行きの馬車に乗るのが精一杯……ですね。その先となると、今の手持ちではさすがにちょっと」
「そういえばさー、みんなどうやってお金とか稼いでんの?アタシもこのまま全く収入なしじゃあヤバいんだけど」
「俺たちは盗賊や危険動物をやっつけて報酬をもらったり、後は物作って売ったりしてるな」
ブロウは腰に下げた袋から飾り紐を取り出した。鮮やかな緑を基調にしたおしゃれな一品だ。
「兄貴がこういうの作るの得意でさ、東の大陸は織物が特産だから糸も安いんだよ。
で、東の大陸で糸をたくさん買って他の大陸に行く間に作っておいて、他の大陸で売るって寸法だな」
「むー、アタシには盗賊とかやっつけるとか無理だなー。スイレンはどうしてるの?」
「わたしは花や果物を売って工面したり、教会で簡単なお手伝いをさせてもらったりしますね」
「えー、でも花や果物がどこにでもあるってわけでもないんでしょー?」
リズが首を傾げると、スイレンは小さく微笑んで手近な木の幹に触れた。そして何かを呟くとその木に花が咲き、あっという間に実がなった。
スイレンはそれを手早く摘み取り、鞄の中へとしまった。
「お薬になると資格がなければ販売できませんから、香料や調味料という名目で市に持っていくんですよ。一晩の宿代くらいにはなりますね」
「今の魔法は、人の魔法じゃないな。エルフ族のものか?」
「ええ、そうです」
「ふぅん、機会があれば是非ご教授願いたいところだね」
つまり、3人とも自分が持っている特技を生かしてうまく世の中をわたっていっている。ということだ。
しかし、今までほとんど労働をしたことがないリズとしてはどうしたものかと思ってしまう。
魔法を使って報酬を得る…ことができるほどリズは魔法がうまくないし、そもそも資格がない。
かと言って、悪いやつをやっつけて報酬を得られるほどリズは戦士としての素質もない。
「まあそう暗い顔すんなって、俺たちがフォローしてやっから、な!」
「あああありがとうブロウ〜〜!!」
ブロウが屈託のない笑顔でリズの顔を覗き込む。リズはブロウに泣きつくような形になったのだが…イレイスは露骨に嫌な顔をした。
「人のいいことだな」
「だって困ってる子ってのはほっとけないだろ」
「ま、“今後はブロウがリズのフォローをする”ということに期待しておくとしようかね。だがしかし、私たちが考えないとならないのは“今”のことだ。
 お前もリズもシュトーレンまでの馬車代は持ち合わせていないし、スイレンだって自分の分が精一杯。ま、私はなんとかなるがね」
イレイスはぷいとそっぽを向くと、石畳を歩き始めた。
「お、おい兄貴!どこ行くんだよっ!」
「馬車代が工面できない以上、歩くしかないだろう?シュトーレンまでは街道が整備されているから、昼間の移動に限ればそう危険はないだろう」
「うわわ、待ってまって!」
イレイスのことをブロウが慌てて追いかける。その後ろをリズが追いかけようとしたのだが…
「リズさん、これからそのトランクで旅をするのは大変そうですね。
ここには大きなお店もあるでしょうし、もう少し準備を整えておくほうがいいかもしれませんね」
スイレンに言われ、こっくりと頷いた。


そんなこんなで、一行はリズの旅支度を整える手伝いをし、結局それで日が暮れてしまった。
その夜は教会に宿を借り、翌朝、シュトーレンに向けて北西へ進路をとるのだった。


ちゅんちゅん、と鳥が天高くで鳴いている。太陽が地平線より顔を出してすぐ、一行は出発をしたのだった。
まだ太陽は昇りきっていないので、ほんの少し薄暗い。
「馬車で1日ですよね。徒歩ならどのくらいかかると思います、イレイスさん。」
先頭を歩くイレイスの傍で、スイレンが地図を広げてシュトーレンの位置を指差す。
地図から見ても、現在地からは大分遠いのがわかる。
「私とブロウのスピードなら、徒歩で3日かからんが。…ま、一週間でつけたら上出来だろう。」
そういって、イレイスは少しだけ後ろに目線を動かした。そこには、リズが眠い目をこすりながらうとうとしながら歩いている。
「ねむいよぉー…まだ暗いよぉー…ねむねむね…」
リズっ!ちょ、歩きながら寝るなッ!そっち行くと街道から外れるって!!
酔っ払いで千鳥足の親父よりもふらつく足取りでリズは前へと進む。
それでも時々意識を失うらしく、ブロウに軌道修正してもらいながらも二人の後ろについて来ていた。
その、なんというか放浪癖のあるお爺さんを介護する息子、のような絵づらに、スイレンは苦笑いを浮かべる。
「そ、そうですね……というか、途中の街で馬車を拾ったほうがいいのではないですか…?」
初日からこの様子では、一週間も歩き通しなんてリズに出来るわけがない。
ある程度徒歩で距離を稼いで、途中の街でシュトーレン行きの馬車を拾う方が効率的だろう。
「だから、一週間。私の見解では馬車の走っている街まで6日かかる計算だが。」
イレイスの言葉にスイレンは、手持ちの地図に視線を落とす。馬車が走ってそうな街は、道中に2,3箇所ほど存在はする。
だが、財布の状況とリズの状況を照らし合わせると、真ん中の街から馬車に乗るのが妥当だろう。
ここまでなら、確かにリズでも一週間あれば余裕でたどりつきそうだ。
「そうだったんですか…たしかに、それなら納得です。」
「…それでも、3日目で音を上げる、に一票。」
イレイスの付け足すような言葉。それと同時に、背後で思いっきり誰かがすっころぶ音が響いた。
「いったぁー…い……あぁもう!なんでこんな所に石があんのよぅ!」
「…だから、寝ながら歩くから転ぶんだって…頼むから前向いて意識をたもってくれ……」
振り向かなくてもなんとなくどうなっているのかがわかる二人のやり取りに、スイレンは再び苦笑をうかべるしかなかったとか。



結局、その日は夕日が沈むまで歩きとおしだった。
なんだかんだ言いつつもリズ自身が頑張ったおかげで、一つの小さな村にはたどり着くことが出来た。
「はー…や、やっと人が住んでる所までついたぁ……」
感慨深く、リズは息を吐き出す。
「はは、お疲れ。」
リズの鞄を肩からかけたブロウがねぎらいの言葉をかける。道中、息も絶え絶えに歩くリズを少しお手伝い、という名目らしい。
「規模としてはまあまあだな。この程度なら、寝泊りする場所くらいあるかもしれん。」
イレイスが村をざっと見回す。幾ら小さな村とはいえ、街道沿いにあるため人もそこそこに訪れるのだろう。
村人たちも別段コチラが珍しいわけでもなさそうに、通りすぎていく。
「そうですね。では、適当な場所を探しましょうか。」
「うぇー…まだ歩くの?」
スイレンの提案に、リズは少しだけ不満そうな声を上げた。
「あとほんの少しだけですよ。すぐに休憩できる場所も見つかると思いますし、頑張ってください。」
「うぃー……」
スイレンの励ましに答えるように、リズはぬるぬると歩き出す。
そして彼女の言葉どおりに、ほんの数分歩くだけで適当な宿屋はすぐに見つかった。



部屋割りは当然、男2人と女2人。
リズの本音としては節約のために4人で1部屋でも構わなかったのだが、スイレンの強い希望もあってこうなったのだ。
お風呂で汗と埃を落とし、夕食はブロウが腕前を披露してくれた。先にブロウに「冥界への門は閉じておけ」と言われた。
おそらく昨日のリズの食べっぷりのことだろう。リズは小さく舌打ちしたのだがそれは、さておき。
「ねーねー、これから行くラゼラル王国ってどんなところなの?」
夕食後、4人でお茶を飲んでいるとリズがそう口にした。イレイスはなんだか面倒そうな表情をリズの方に向けただけで特に答えようとしなかった。
イレイスは本当に気まぐれな性格のようだ。仕方なしにスイレンが手持ちの本をめくり、教えてくれた。
「ラゼラル王国というのは、別名“七伯領国”とも呼ばれ、7人の地方領主が国王の任命・罷免の決定をすることができるそうです。
 ですから、国王は専断的な政治はできない…ということですね。国土は森林が多いのですが、東の大陸の中では平地が多く農耕も盛んです。
 王都はラゼリア、イシュネーほど魔法文化は発達していませんが、王都の大学は世界的にも高レベルの水準を誇るそうですよ。
 あと、エルフ族もラゼラル王国と交流をしていて、文官にエルフ族が重用されているのも特徴のようです」
「へー、そうなんだ」
「ラゼリアまで行けばスイレンの仲間に会えるかもしれない。ということか」
「それは…どうでしょうね。わたしのことは、誰も知らないと思いますけれど……」
スイレンは少しだけ遠くを見つめた後、小さく謝ってから本を閉じた。リズとブロウは顔を見合わせた。
「それにしても、この勢いだとほんとに路銀が足りなくなるのは目に見えてるな…何か稼ぐあてでも見つけないと、やってられないぜ」
「そうですね。リズさんは何か得意なことってありますか?」
「得意なこと…?食べることなら自信あるけど」
「それだと金稼げないだろ」
「そうかなあー、新作料理の試食・批評とか」
「ねーよ」
「うわ、全否定。カンジ悪いなー」
と、そこで部屋の壁掛け時計が夜9時を知らせた。
「お前たち、明日も早いぞ。そろそろ休め」
イレイスが指摘した。ブロウは後片付けをするために席を立ち、スイレンはブロウを手伝うために席を立った。
リズも手伝おうとしたのだが、ブロウが先に休んでいろと言ったのだ。というわけで、リズは部屋に戻ってきた。
そういえば、リズはまだ家に手紙を書いていなかった。とりあえず書いておけとスイレンにも言われたので、紙とペンを取り出し、ベッドに寝転んだ。
「えぇと…まずは挨拶…かなぁ。っていうか、どこまで書いていいのかなあ……」
思案しながら、少しづつ白い紙を埋めていく。そのうちにリズには眠気が訪れた……



「……んぁ?あっれぇアタシ寝てたし!!」
リズは跳ね起きた。手元の白い紙は半分ほど埋まっていたが、最後のほうは文字が躍っていた。これはどうしたものか……と思いつつ、ま、いっか。
深く考えないことにして締めくくりの言葉を書いて、封筒に入れて封をした。また明日にでも出しておけばいいだろう。
外は真っ暗だった。しかし中はまだ照明がついたままだった。スイレンのいるはずの隣のベッドを見てみたが…スイレンはいなかった。
そんなに長い時間寝ていたわけではなかったのだろうか。そう思って時計を見てみたのだが、日付が変わった後だった。
(…も、もしかして!)
リズの背中に冷や汗が流れる。もしかしてリズがあまりに役に立たないことに痺れを切らせた3人はリズが寝ている間に旅立ってしまったのだろうか。
慌てたのだが…よく見るとスイレンの荷物やマントはベッドの傍に丁寧に整理されて置いてあった。
さすがに荷物を放置して旅立つようなバカは…リズくらいのものだろう。
(ブロウたちと何か相談でもしてるのかな……)
リズはランプを手に部屋の外へ出た。廊下はしんと静まり返っていて、部屋から漏れる光はリズの部屋からのものだけだった。
ブロウやイレイスももう休んでいるのだろう。それではスイレンは一体どこへ行ったのだろうか。
リズはできるだけ音をたてないようにゆっくりと歩いていると外へ出てきた。もうこんな時間では起きている者の方が少ないのだろう。
「…スイレン?」
小さく呼んでみたのだが、返事は特にない。
その代わり……かすかにだが誰かの話し声が聞こえてきた。
どうも、スイレンのもののようだ。リズはランプの火を吹き消し、更に音を立てないように話し声の聞こえる方向へと足を向けた。
宿屋の裏手は小さな池になっていた。そのほとりにスイレンが居る。
軽装のスイレンは池に向かい…リズはスイレンがそのまま池に入ってしまうのかと思ったのだが、それは杞憂に終わった。
リズの角度からはよく見えなかったのだが、スイレンは誰かと話しているようだ。
相手の声は…男性か。
「……はい、今のところは……ええ。同行者もできました……ええ、元気です」
スイレンの声はどことなく嬉しそうだった。恋人との語らい…と想像したリズは噴き出しそうになるのを必死でこらえた。
「……いえ、それはまだ……です。……はい。どうか……様にも……と、お伝えください。…様も、お気をつけて」
(おっとここで会話終了っぽい!)
ここで粘ってスイレンと鉢合わせだけは避けたいところだ。リズはそのままくるりと向きを変え、音を立てないように元来た道をダッシュで戻った。
部屋まで戻り、慌てて布団にもぐりこむ。
(そっかぁ……スイレンだって恋人の一人や二人くらい居るよね。黙っておいてあげよっと!くふふ!!)
程なくしてスイレンが戻ってきた。スイレンは何事もなかったかのように布団にもぐりこむと…音がしなくなった。



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