--イシュネー王国-- 7話
それでも3人で集めたおかげで、焚き木はあっという間に必要な数量集まった。
今は、適当にご飯もすませ、火を囲んで話し合いを始めていた。太陽は完全に沈んで、三日月だけでは明かりに心もとないだろうが、火があるので大丈夫だ。
こうして、一日中見張りつつ着けておくだけで、幾分かの心細さを無くすばかりか、獣除けにもなる。
「…さて、見張りのことだが…正直1日程度だから私とブロウが交代で良いと思うんだが。」
肯定を求めるように、ブロウのほうに視線を向ける。ブロウはもちろん断るわけもなく、こくりと一度うなずいた。
「うん。不慣れなリズにさせるわけにもいかないし。」
「え…でも、いいんですか?私も、少しなら出来ますよ?」
スイレンが戸惑いのような視線を向ける。
「いいっていいって。こういうのは、男の仕事だしな。」
「わかりました……では、お願いしますね。」
スイレンは座ったまま二人にぺこりとお辞儀をする。
「それにしても……さっきからリズが静かだよな。」
いつもは進んで会話に入ってくるほうなのに、とブロウは続けながらリズの座っている方を見る。
するとそこには、既に大の字になってすやすやと寝息を立てているリズの姿があった。
「……早ぁッ!」
思わずその寝つきの良さに、多少知っているとはいえ驚きを隠せなかったブロウが声を上げる。
「やっぱり、疲れていたんでしょうねぇ。」
スイレンが、リズのかぶっていたマントを掛けなおしてやると、自身もその隣に座る。
少しだけ間が開いているのは、きっと寝相を想定した距離に違いない。
「では、ブロウさん、イレイスさん、お休みなさい。」
「うん、お休みー。」
そう言って、スイレンも自身のマントを深くかぶると、控え目に地面に転がった。
リズのように眠れないかもしれないが、体を横にしているだけでもそれなりの疲労回復にはなる。
「…じゃ、兄貴先と後どっちがいい?」
「そうだな、お前先に寝とけ。」
「おっけ、じゃ、時間になったら起こしてくれよ。」
そういって、ブロウはイレイスの近くでごろんと横になった。何かあったとき、お互いにすぐ動ける位置だ。
たとえ片方が声すら出せぬ状況に陥ったとしても、もう片方でフォローできる。
そしてイレイスはローブの内ポケットから編み物用の針を取り出す。その針には、つくりかけと思われる真っ黒の毛糸でできたマフラーがくっついていた。
「……さて、本格的に雪が降る前にできればいいんだが。」
イレイスは黒の毛糸を取り出しつつ、天を見上げた。
どのくらいたっただろうか。
ほんの1時間かもしれないし、もしかしたら4時間も5時間もたっているかもしれない。ただ、自分にわかるのは未だ深夜である、ということだ。
「…………。」
スイレンは、妙な胸騒ぎと共に目が覚めてしまい、もぞりと体を起こす。
見張ってくれているというのはわかるのだが、異様ともいえるほど激しく自分の第六感が働いたのだ。
「どうしたスイレン、まだ太陽が起きるには早いぞ?」
その動きに気が付いたのか、イレイスは体を起こしていたスイレンの方をむく。
膝の上には長いマフラーが鎮座している。しかも、まだ作りかけなのか端には編み物用の針がついたままだ。
「ええ、なんだか……嫌な予感が……」
スイレンはとても眠れそうになかったので、イレイスと対面するように焚き火の傍に座った。
「ふむ。それは非常に興味深いな。……エルフ族独特の感覚なのか?」
イレイスは作りかけのマフラーを懐に仕舞うと、服の上に落ちた黒色の糸くずをぱんぱんと払う。
いくつかが焚き火の中に飛び、僅かに明るい色を発して燃え尽きていく。
「そうかもしれません。ただ、自分でもよくわからないんです。」
スイレンの言葉に、イレイスは更に興味を深めたのか、感慨深そうな声を上げる。
自分の言葉を信じてもらえないわけではないが、スイレンにはその反応に何故だか違和感があるように感じた。
そう、まるで自分がそういう理由を知っているように。
「ま、そんな顔をするな。私も先程気づいたばかりだ。今の所5分5分だと思うが、どう思う?」
「何のことですか?」
訝しげな顔をするスイレンに、イレイスは自分の耳を片方で指差しながら、もう一本の手を森の奥へとむける。
「耳をすませてみろ。エルフのお前ならば多少は感じ取れるだろう」
スイレンは、言われたとおりに耳をすませてみる。そして、イレイスが指した方に意識を集中させたとき、それは聞こえた。
………オオォォォー……
「………!?」
いくつかのうなり声、それと足音。距離はかなりあるようだが、なんとなくコチラに向かっているような気がする。
獣の遠吠えにしては迫力がなく、魔族の声にしてはあまりにも無気力で。
考えられるのは、たった一つ。
昼にもであった―…ゾンビ、だ。
「どうやら、知らず知らずのうちに原点に近づいていたらしいな。もはや運命だな、これは。」
はぁやれやれ、とイレイスはあくまでも何時もの調子だった。
「…逃げた方がいいと思います。絶対。」
スイレンは僅かに拾った音だけでも結構な量が居るとわかっているだけに、そう判断を下すしかなかった。
たしかに、この距離なら向こうは絶対に気が付いていないだろう。だが、昼のように何かの拍子でコチラに向かってこないとは限らないのだ。
「俺も、それに賛成かな。」
そう、言葉を続けたのは誰でもないブロウ。いつ目が覚めていたのかはわからないが、もういつでも動けるように身なりも整えていた。
「お前が目覚めたんなら確定かね。リズを起こしたらかなり早いが……突撃しようか。」
「「はい?」」
理解できない、とばかりの二人のハモリ声を無視し、楽しそうにイレイスは森の奥を指差しにっこりと笑っていた。
そう、片手に知識の塊でもある手帳を携えて。ブロウは知っているのだ。
あの手帳の中には主に人に向けて発動するような魔法が入っているわけではないことを。
「ちょ…ちょっと待ってください!リズさんだけでなく、わたしも戦いなんてできませんよ!それにブロウさんも本調子じゃなさそうですし…」
「しかし…知識は披露してこそ。ではないか?ゾンビなら弱点は多いからなんとかなるだろうし
…スイレンには元素を集める作業をしてもらえば私も魔法の発動に専念できるし、けして分が悪い戦いではないと思うがね」
しれ、と答えるイレイス。スイレンは言葉を失い、震えている。その理由は恐怖からかそれとも憤怒からか…表情もどちらとも取れないし、どちらでも取れそうだった。
「うぅ〜ん…もうごはんのじかんですかぁ〜…?」
ようやくリズが体を起こした。しかし意識はまだ半分以上眠っている。起きて第一声が「ご飯」とはある意味リズらしいが。
「おいリズしっかりしろ!ゾンビが来たんだよ!!」
「ぞんびぃ〜?アタシてきにはぁ、どっちかというとゾンビよりからあげのほうがぁ…ん、ゾンビぃ!?」
眠気よりトラウマが勝利したらしい。リズはいきなり覚醒し、ひえぇぇ…と頭を抱えてかがみこむ。ブロウは今度はリズをなだめる役になってしまった。
「…とかなんとかやってる間に、囲まれたな」
イレイスが妙に生き生きした表情でそう言った。スイレンは深くため息をつく。どうやら、腹をくくるしかなさそうだ。
「しょうがないな。ま、そんなに心配しなくたってなんとかなるだろ」
ブロウが腰の剣を抜く。スイレンは緊張した面持ちで杖を握り締め、周囲の音を聞く。…数は10程度、まだ簡単な作戦を立てるくらいの時間はありそうだ。
「さて、作戦を立てる前に…各々属性を教えてもらおうか。私とブロウは無の属性、私は得手不得手がないタイプだが、ブロウは全く魔法の才がない」
「そういう言い方すんなよ!誤解すんじゃねーか!」
「わたしはエルフですから、木の属性です」
「えっとねー、アタシは確か命の属性だったよー」
この世界に住まう者は、人であれ動物であれ「属性」というものを持っている。
属性は関係元素のうち自分と最も相性がよいもののことで、魔法を扱う場合、属性となる関係元素とそれを構成する基本元素は威力の高い魔法が放てたり、
習得するのが速かったりする。また魔法を使わなくても自分の属性は魔法の耐性があったり、より良い効果が得られたりする。
そして、人間以外は種族ごとに属性が決まっている。エルフ族であるスイレンは種族としての属性である木元素。人間は誕生月で属性が決まる。
ただし、特定の月に生まれた者は決まった属性を持たない…「無の属性」を持つ。無の属性の者は3つのタイプに分かれる。
ひとつめはブロウのようにどの元素も相性が悪いタイプ。魔法使いになることは不可能…と言われるほどである。次はイレイスのように得手不得手がないタイプ。突出した威力を出す元素がない代わり、威力を著しく損ねる元素もない。最後は全ての元素を自在に扱うタイプ。
高名な魔法使いはこのタイプの者が圧倒的に多い。しかし絶対数は少ないので、魔法使いになるために生まれてきた者…という存在とも言えよう。
「木に命か…ふむ、場に火元素が少ないのが心もとないが……よし、リズはブロウと私に微細光の魔法を使った後焚き火を絶やさないようにしろ。
スイレンはなんでもいい、相手を足止めしてもらおうか。ブロウは…まあ、お前ならいちいち言わなくてもわかるだろう」
「ああ、大体な」
魔法とは元素を使って現象を創造する術である。その元素は基本的には目に見えないが、その場や生物の体内などありとあらゆる場所に存在する。
そして、月によって場に満ちる元素の種類が異なってくる。今は夜で、夜元素やそれを構成する陰元素や風元素…
そして、森ということで、木元素やそれを構成する水元素や土元素は豊富に存在するが、それとは関係ない元素は少ない。
よって、焚き火を大きくすることで、場に少ない火元素を補おうという作戦なのだ。
「えぇとそれじゃあ…万物の根源たる陽、与える白き元素に請い願う。手助けとなる光をここに。微細光」
リズの言葉に応えるかのように、ブロウとイレイスの周囲が明るくなった。
ブロウは剣を構えて腰を落とし、イレイスは手帳を開き、スイレンは杖を構え、リズは手近にある焚き木を火にくべる。
ついに、異形が茂みを揺らす音がリズにも聞こえるようになってきた。それと同時に、くぐもった唸り声が四方からリズたちを取り囲むように近づいてくる。
「来た!」
スイレンは息を大きく吸うと、杖をかざして何かを唱え始めた。
それはリズたちには何を言っているのか全くわからなかったが、スイレンの言葉に呼応するかのように草や枝葉が伸び、ゾンビたちを絡め取る。
ブロウはまだ動かない。イレイスは手帳をめくり、よし、と呟いた。
「躍動の源たる熱、我が呼びかけに応え力を示せ。灼熱の花を咲かせよ…灼華乱」
イレイスが呪文を唱え、手をゾンビのうちの1体に向けた瞬間、そのゾンビがじゅっ、と音を立てて蒸発した。
今の魔法は熱元素の灼華乱(しゃっからん)という魔法で、対象の体組織を沸騰させるものだ。
魔法使い倫理委員会では危険なので使用を禁じる部類に入る魔法である。
「…ふぅむ……効果はあるが…いまいち地味だな……」
イレイスは首をひねりながらぼやいた。しかし、ゾンビが跡形もなく消えたのはよしとしても腐った肉が焼けるとんでもない臭いに他の3人は顔をしかめる。
「兄貴!それ使うのやめてくれ!」
「鼻がもげそうだよぉ〜」
「…そうだな。じゃあ、こういうのはどうだ?終焉の案内者たる暗、我が呼びかけに応え力を示せ。傀儡よ寝返り我の手足となれ。奪傀」
イレイスは呪文を唱え、次のゾンビに手を向けた。
するとゾンビは一度ばたりと倒れたかと思うとむっくりと起き上がり、体の向きを変え…仲間であるはずのゾンビを攻撃しはじめた。
今の魔法は暗元素の奪傀(だっかい)という魔法で、誰かの手下となっているゾンビなどの異形を自分の僕にしてしまう魔法である。
イレイスは満足そうにひとつ頷くと、再び…
「終焉の案内者たる暗…」
と、同じ魔法を唱え始めた。
「イレイスさん!死者をもてあそぶような魔法は感心しません!」
スイレンがダメ出しした。…確かに、命なき異形とはいえ、好んで同士討ちさせるような真似はどちらかというと悪人がやることだ。
勧善懲悪物の味方側にはふさわしくない。イレイスはおもしろくない。と言わんばかりに鼻を鳴らすと、
「炎の波よ、敵を包め」
と、新たに呪文を唱えた。今のは火元素のフレイムウェイブという魔法で、炎の波が広がり敵を焼き尽くす魔法である。
…今度は先ほどの8倍の焦げた肉の臭いにリズたちは悶絶するのであった。
「はーやれやれ。さすが兄貴」
「ううう、でも臭いよぉ……」
ようやく、森に静寂が訪れた頃には東の空が薄明るくなってきていた。イレイスの魔法のおかげでリズたちは傷ひとつ負わなかったが、森は炎の魔法のおかげで一部が焼け焦げ、あたりにはとんでもない臭いがたちこめているという有様であった。
「奪傀の魔法が効いた…ということは、支配している人物が居る…ということ、ですよね……街に着いたら、魔法使い倫理委員会に報告しましょう」
ただ1人、スイレンは厳しい表情をしたままそう提案した。それについてはイレイスもブロウも特に異議は出さなかった。
しかし…
「スイレン、どうしたんだ?顔、こわばってるぞ?」
「くさいからじゃないのー?」
ブロウの指摘にスイレンは慌てて笑顔を作った。
「…な、なんでもないんです!それより、もう明るくなってきましたし、これ以上襲われるのも嫌ですしね。さっさと街を目指しましょう」
「さんせー。アタシおなかすいたよぉ。早く朝ごはんたべたーい」
「全く…」
「俺も賛成だな。早く臭いから離れたい…」
一行は後片付けをすると、地図に従って歩き始めたのだった。
どのくらい歩いただろうか。
目と鼻の先かと思っていた街は、やはり歩いてみると意外と遠く、結局着いたのは太陽が一番高い位置に来た時だった。
「はー…これが、言ってた街?」
リズが辺りを見回す。流石に馬車の乗り合い所があるだけに、一昨日寄った村とは活気がワンランク違う。
首都とは流石にかけ離れているが、自分の住んでいた所と引けず劣らずのその場所は、雰囲気がどこか似ていた。
「ああ。だが、もう昼だ。午前の部の馬車は全て出ただろうがね。」
もう一度補足しておくが、此処はイシュラントとシュトーレンとの中間地点でしかない。しかも僅かにイシュラントよりだ。
「そうですね。後は夜行馬車ですけど…どうします?」
スイレンが3人を見回す。
この質問は、夜行馬車に乗って半ば強行的にシュトーレンまで行くか、それとも一度体を休めてから翌朝の馬車に乗るか、その二択を示している。
「俺はどっちでも良いけど……リズの体調しだいかな。」
「あー、アタシは全然大丈夫。っていうか、本音言っちゃうとさっさと行きたいかな。」
一昨日たっぷりと休んだのが良かったのか、また徹夜を決行したのにリズの顔色は良い。
それよりも、ここまで強行の連続で体がなれてきたせいもあるだろうが。
「じゃ、夜行馬車だな。それまで少し時間があるな……」
イレイスが腰のベルトに銀の鎖でついている懐中時計を開くと、時計は、12時前をさしていた。夜行馬車の出発は大体6時くらいだろう。
「…でしたら、一度解散しませんか?私、少し寄っておきたい場所がありますし。イレイスさんもブロウさんも買出しありますよね?」
そう、提案したのはスイレンだった。
「けど、4人ばらばらってのは不味くないか?」
そういいながら、ブロウはちらりとリズの方を見る。
彼なりに心配しているようなのだが、リズにとってはちょっと喧嘩売っているようにしか見えない。しかも相手は、ちょっとした方向音痴持ちだ。
「何よー、アタシが一人で動くの不安?」
「いや、うーん……なんつーか、なぁ…」
「ま、リズが心配になるのもわからない気はしないがね。ここはリズとお前、スイレンと私で二手に分かれようじゃないか。」
そういって、イレイスはぽんとブロウの手のひらの上に小さな巾着を渡す。ブロウが怪訝な顔でそれを開くと、いくつかの硬貨と、紙切れが一枚入っていた。その紙切れには、ブロウ自身が良く知っているものの品物がつらつらと書いてある。
「というわけで、ブロウ、買出しヨロシク。リズ、お釣で好きなもの買っていいぞ。」
「マジで!?イレイス、ふとっぱら〜♪」
「おいおい……」
イレイスの言葉に、目を輝かせて喜ぶリズ。その隣では、ブロウが疲れたようなため息をついていた。
「ああ、ただし早く終わらせたらな。5時には乗合わせ所前に集合だから、遅れるなよ。」
イレイスはまるで子供に言い聞かせるように言っているのだが、リズにはそれに全く気が付かず、元気よく了解の返事を出した。
「うん、まっかせてー!じゃ、ブロウ、そっこーで買出し終わらせよ!」
そして、リズは巾着を持っているのはブロウな筈なのに、ダッシュで町の中心部の方向へと駆けていく。
「え、あ、ちょ、待てってリズーっ!」
ブロウが、すぐにその後を追いかける。
特に足が遅いわけでもないので、迷子になったり見失ったりはしないだろう。後に残ったのは、イレイスとスイレンの二人。
「……さて、確かこの街にも魔法使い倫理委員会の施設はあったな。とりあえずソコに行こうか。」
「わかってたんですか?」
イレイスの言葉に、スイレンはいささか目を丸くする。
「いや……ただ、真面目なマジメなスイレンさんのこと。きっと先日の事を報告しに行くのではないかと思ってね。」
イレイスがそういってひょいと肩をすくめてみせる。
恐らく、厄介な事象だったら根掘り葉掘り聞かれて困るのは誰よりあの二人だとわかっていて、あえて二人一緒に離れさせたのだろう。
スイレンはそんなイレイスの思いもよらない気遣いに、思わず頬が緩んでしまうのを感じていた。
「……イレイスさんが不真面目すぎるんですよ。」
そういって、二人は街の奥へと歩き出したのだった。
次へ→