--ラぜラル王国-- 1話

それから朝ごはんを食べてすぐに、3人はティシモ伯領へと向かっていた。
やはり、徒歩でしか交通手段がないという条件付なので、一メートルでも稼ぎたいのが本音だ。
歩いてみて、数十分。少しずつ賑やかだった街から離れて、景色が変化していく。
「ふへぇー…なんか、和やかな所だねぇー…」
リズが今まで歩いてきた街道とはまったく違う雰囲気に驚きの声をあげた。周囲は畑が広がり、ぽつりぽつりと家が建っているのが見受けられる。
しかも、自分たちが歩いている道もイシュネー王国とはまったく違う、すこしだけ太いあぜ道のようなものだった。
たしかに、コレでは人間を乗せるような馬車は走れないだろう。
「確かー…この辺は、小麦の出荷が盛んだっけ?今はもう時期が時期だから全部刈り取られてるけどな。」
ブロウの説明に、なるほど、とリズは素直にうなずく。
周囲を見渡してみると、すべて同一の植物が刈り取られた後があったからだ。
「……こーんな所に住んでる7人の伯爵さんって、自然が好きなのかな?」
「いや。ここはあくまで境目だからな。お前には街と街との間といったほうがわかりやすいか。伯爵のお住まい周辺地域の活気は王都と大して変わらんぞ。」
リズのちょっとした疑問に、イレイスが珍しくつらつらと答える。
スイレンという代役がいままでいたから解説をサボっていたのだろうか、と考えるほどにわかりやすく、そしてまた、明確だった。
「へぇー…じゃ、なんでこの辺はこのまんまなんだろ?」
領地はわけられているんだから、均等に発展してもよさそうなのに、とリズは思う。
「さぁな。7人もバラバラの人間が治めているわけだ。考え方もそれぞれなのだろう。」
確かに、言われてみれば当然なのかもしれない。世の中には十人十色という言葉もあるわけだし、色々深い事情があるのだろう。
「……ま、いいや。で、イレイス、そのティシモ伯領まではどのくらいかかるの?」
「おおよそ、10〜12日前後といったところか。3つの領地を渡ることになるから、領地間のごたごたで長くも短くもなるとおもうが。」
「じゃ、一番初めの領地までは?」
「一応すでに領地内なんだがね。境界線までは大体3日。」
「そうなんだ……結構遠いんだ。」
と、いってもイシュネーのように馬車が出ているわけでもないから、実際は近いほうなのだが。
「…ま、歩いてりゃそのうちつくって。兄貴が前を歩いてるんだから、迷子なんてねーし。」
ブロウがすこしだけ心細いような表情を浮かべたリズを励ますように言った。
「……後ろにつけている間は、な。」
イレイスがその言葉に小さく突っ込みを入れた。
実際、たまにブロウは目を離すといなくなるので、言いたくなる気持ちもわからないでもない。



しばらく歩いて、一同はちょっとした森の中にいた。
森の中、といっても少しだけ太いようなあぜ道は続いている。
あまり人通りが多くないのかすこしだけ植物に覆われてはいるが、時々確認を取って進めば、見失うものでもない。
「ねぇ、ブロウー、ちょーっと気になったんだけど……」
一番後ろを歩いていたリズが、不意にそんな声を上げた。その視線は、森の中にあった一本の木に止まっている。
「ん、どうした?」
「いやね、あの木。なんであんなところ抉れてんのかなーって。」
そういって、リズが指さした木をブロウも視線を追って見てみる。
そこには、自分たちの身長よりも高い地点に、大きな爪で抉ったような跡のある一本の木があった。
「ああ、あれは確か熊かなんかが自分の縄張りを示してんだよ。この辺出てくるのかな?」
さほど驚いた様子もなく、ブロウは答える。別に森の中にいる熊なんか自然の産物だし、珍しいものではないのだろう。
「クマさんかぁー…一回は見てみたいよね。」
イシュネー王国でも町中に住んでいたリズは、素直に興味の声を上げる。
動機はどうあれ旅に出る前は森の中を歩いたりするなんて、夢の中の話の産物だったことも協力している。
「おいおい。物語のなかじゃないんだから。本物ってそんなに可愛くないって。」
ブロウはそんなリズの可愛らしい一面を垣間見たような気がして、思わず苦笑する。
そもそもこの場合、世間知らずともいうのだが。
「それにこの時期、冬に向けて食料を貯めこめなかった奴らが人里近くまで降りてくるらしい。」
ブロウの言葉を、継ぐようにして口を開いたのはイレイス。二人がさして目立たない気の前で足どまったので、何事かと様子を見に来たようだ。
「そうなの?」
「ああ。食糧倉庫を破壊し中の物を荒らすらしいぞ?もっとも、防止策こそ講じているが、周辺住民は自然の摂理だと半ば諦めているようだ。」
イレイスのプチ講義に、ブロウとリズは二人してへぇ、と短く感嘆の声を上げる。
「相変わらず物知りだな、兄貴は。」
「当り前だろう?自分の命に関わることならなおさらだ。」
「ぇ、食糧庫荒らすだけでしょ?なんでそれがこっちの命にかかわるの?」
首をかしげるリズに、イレイスは軽いため息をついてから、再び口を開く。
どこかその表情が楽しそうだったことには、誰も気がつかなかった。
「このへんに分布している熊は平均より少し大きいサイズでな。普通に、森に入った旅人を襲いに来るらしいぞ。ちょうど、今のように。」
イレイスがそう話を絞めくくった瞬間、ガサリと大きく背後の茂みが揺れる。
ブロウが誰よりも早く振りかえると、そこには自分の身長と同じくらいの毛むくじゃらで真っ黒の巨体がのそりと姿を現していた。
く…クマ出たーぁッ!?
まるで空気を呼んだとしか思えない獣の出現に、まったくもって予想していなかったリズは驚きの声を上げた。
「よかったな、リズ。夢が叶って。」
そんなリズの肩にぽんと手を置くイレイス。
言うまでもないが、その表情はやさしげな笑みを場違いにもかかわらず湛えていたりして。
「そんな事言ってる場合かよ!」
ブロウがいつものように突っ込みを入れてから、剣を抜く。そして、リズを庇う様に前に立ち、熊と睨み合いを始める
やがて―…先に動いたのは、熊だった。
大きな体躯に似合う腕を振り上げ、ブロウに襲い掛かる。
悪いけど、食われたくはないんでねッ!
その動きを見越したかのように、まっすぐに構えた剣を槍で突くようにして、熊のがら空きの胴体を一突き。
踏み込みとともに行ったその動作は、体重を上手く乗せて、厚い熊の体を一撃で貫いていた。
ブロウはそのまま流れるように剣を引くと、熊は、どう、という音とともにうつ伏せに崩れ落ちる。
「いったい何だってんのよ、この熊。」
リズが、倒れたままの熊をイレイスの背中越しに見る。
もう動かないとわかっていても、なんとなくもう一度起き上がってきそうで怖かった。
「学名、フォレスグリズリー。主に北の森に生息している、このあたりでは非常にポピュラーな熊だ。ちなみに成体で2メートルを超えるぞ。」
「……なんか、求めていた答えとちょっと違う……」
リズが言葉に出来ない表情を浮かべるが、イレイスの解説はまだ続く。
「実はこの熊、個体として珍しい特性を具えている事で有名だ。
 家族単位で行動しているものが多く、集団で襲われて帰らぬ人になる旅人も決して少なくないとか」
「……って、おい、それちょっと不味いんじゃないか?」
ブロウがいささか引きつった表情を浮かべる。
なぜなら、目の前の熊は大きくみても180cm程度。成体にしては、かなり小さい部類だ。
「だろうな。実際、すぐそばに居る。」
イレイスがひょいと肩をすくめる。
その動作にあわせたように、自分たちを囲むように大きな熊が3体、茂みを掻き分けて現れる。
家族を殺されて気が立っているのか、まるで燃え上がる炎のような殺気を各々その目に宿していた。
これでは、逃げるのは不可能だろう。 
「…さすがにこの数は厳しいか……」
仮にフォレスグリズリーが「家族」で行動しているとして、さっきブロウが倒したのが息子としよう。
息子が戻ってこないことを心配して家族総出で様子見に来てみれば、息子は胴体を一突きにされ絶命。それを嘲り笑うかのように3人の人間が立っている。
かわいい息子は心無い人間にやられてしまった。ここはぜひとも仇を討たねば息子もうかばれまい。
そんな心理が彼らに働いたのかどうかは不明であるが、クマたちはリズたちを敵とみなした。3匹の巨大なクマの咆哮は耳をつんざくような音だ。
思わずリズは手で耳を押さえた。
「さてリズ」
イレイスの落ち着き払った声。リズは思わず姿勢を正してしまった。
「私達なら少々てこずるかもしれんが、命を奪われるようなことはない。が、お前というハンデを背負うと少々厄介でね。
 これから魔法で霧を出すからお前はすぐ回れ右をしてそのまま全速力で走れ。落ち合う場所はそうだな……
 ティシモ伯爵の屋敷の門の前。20日経っても会えなければ後は自分でなんとかしろ
「ちょっと、それって……」
いきなり「最悪の事態」を持ち出されたため、リズはぎょっとして言葉が出てこなかった。まだスイレンと別れてそう経っていないというのに、
イレイスやブロウとも別れるのはつらすぎる。嫌だ、と言おうとしたのだが、それを許さない空気がイレイスにはあった。
ブロウは早くも3匹のフォレスベアと対峙し、お互い懐に飛び込むチャンスを伺っている。リズはごくりと唾を飲み込み、心の準備をする。
「水よ、青き息吹で場を隠せ。…霧中隠陣」
イレイスが呪文を唱えると、先ほどまできれいに晴れ渡っていた周囲に濃い霧が立ち込める。
リズの目ではすぐ隣に居るイレイスが辛うじて見える程度で、フォレスグリズリーの姿は見えない。
リズは唇をかみ締めると、すばやく回れ右をして駆け出した。
(絶対大丈夫だよね!2人ともすごく強いもの!)



霧の立ち込める範囲はかなり広く、リズが全速力で駆けても四半刻くらいは霧の範囲から抜け出せなかった。
濃い霧のおかげでリズは気付かないうちに道をはずれ、どんどん森の深いところへと入り込んでいた。元々道自体わかりにくいものだった。
そして霧で前の確認ができない上に走ることに夢中になっているリズには道を確認する余裕がなかった。
魔法の効果が及ばなくなった頃、リズはようやく足を止めた。
「はぁっ、はあっ、はぁ……い、息できな……っ!!」
リズは勤めて大きく呼吸をしようとするが、体は浅く早い呼吸を望んでいるらしくうまく息が吸えない。おかげでしばらく全く動けなくなってしまった。
 …が。
獣のうなり声のようなものが聞こえ、振り返ると……
「うそーーーーー!?」
フォレスグリズリーがリズを見下ろしていた。先ほどの3匹のうちの1匹がついてきたのだろうか。
だとしたらたいしたものなのだが、残念ながらリズはフォレスグリズリーの人相…もといグリズリー相を理解できなかった。
サイズ的には先ほど襲ってきた3匹のうちの1匹に近いような気がするが、3匹の体格はどれもが似たり寄ったりだったことを考えると、
あれがフォレスグリズリーの標準体型なのかもしれない。
ただ、言えることはひとつ。
リズは今、ものすごく窮地に立たされている。
リズはそろそろと後ずさりする。フォレスグリズリーの方はじりじりと近寄ってくる。このまま、このまま少しでも距離が開けば一気に駆け出してしまいたいリズ。
あと少し、あと少し距離が詰まれば一気に攻撃したいフォレスグリズリー。人と獣の駆け引きはなかなか動こうとしない。
リズが早まった。距離が変わっていないのにくるりと背を向けて走り出したのだ。勿論フォレスグリズリーは追ってくる。
しかも、微妙にフォレスグリズリーの方が速い。これではやがてリズはフォレスグリズリーにつかまり、仮にフォレスグリズリーが「家族」で生活していて、
「身内を殺された恨み」を感じていて、さきほどの3匹のうちの1匹であれば仕返しに殺されるのだろう。
こんなところで死ぬのなら落第してた方がよかったかもしれない。そう思いかけたとき、なぜか人の姿を見つけた。
その姿は少年と青年の境目くらいの男性で、茶色の髪をすっきりと短く切り、白を基調に青をポイントに使ったローブ姿から察するに、彼は魔法使いなのだろう。
そして、片手に杖を持っていた。あんた誰どうしてこんなところに。言いたいことは色々あったが今はどうだっていい。
「た、助けてぇぇ!!」
リズは叫びながら魔法使いの方に駆けた。
彼はリズの声に驚くように振り返り……その目で状況を把握したのだろう。
こくりとうなずくと、杖で近くの木の裏を示した。リズが木の裏に回りこみ、頭を抱えると……
「終わりましたよ」
魔法使いがリズのことを覗き込んでいた。
「え?え?今……」
あのフォレスグリズリーを瞬殺したのだろうか。だとしたらとんでもない人物だ。リズがきょろきょろしたが、血の臭いもなければ、
特に周囲に変化があったようにも思わない。すると彼はにこりと笑った。
「無益な殺生をすることもありませんから、追い払いましたよ。お怪我はありませんか?」
「あ、はい……アタシはだいじょうぶです。えっと、あなたは……」
丁寧語で話しかけられた上、手まで差し出されたので、リズは思わず丁寧語で返事をしていた。
「僕の名前はヒオウ、須那国(すなこく)の魔法使いです」
「リズです……」
リズはヒオウの手を借りて立ち上がる。息が整わないまま再び全速力を強いられたおかげで、リズはしばらくヒオウの手につかまったまま動けなかった。
しかしヒオウは人が好いのか気長なのか、特に不満を述べることなくリズに手を貸してくれていた。
須那国とは東の大陸の南西部、特に森の深い部分に位置し、近年まで緩い鎖国状態にあった国だ。国が他国を阻んだ上、
深い森が天然の障害となっていたおかげで独自の文化を持つ、まだまだ未知の部分が多い国だ。ちなみにイシュネー王国では「スナ王国」と呼ばれる。
スナ王国では独自の文字も発達しており、スナ王国の人間は自国を「須那国」と称している。
「ところでリズさんはどうしてこんなところに?」
「え?えっと……クマを倒したらクマが3倍になって…ヤバいから逃げろって言われて…
 逃げたら別のかおっかけてこられたのかわかんないんですけど、またクマにおっかけられて……」
まさに迷子の猫。戻ろうとするが帰り道がわからず、さまよっているうちに縄張りの主に追い立てられ、どんどん自分の縄張りから離れていく絶望的状況。
リズは今、そんな状態であった。
「というヒオウさんこそどうしてこんな森の中に?」
「領主様にお会いしたついでに、珍しい植物があると聞いたので探していたんです。…結局、見つかりませんでしたけどね」
ヒオウは苦笑し、小さく肩を竦めた。彼の言うとおり、杖の他にはめぼしい物は持っていなさそうだ。
リズは内心、スイレンが居ればそういう物の捜索ができそうなのにな…と思った。リズにはそんなスキルがないので手伝うこともできない。
しかしヒオウは特に植物の採取に執着していないらしい。それが証拠に、もう森を出ることにする。と言った。
「さて、僕はそろそろ戻ろうと思いますが…差し支えなければ、ご一緒しませんか?」
「あ、あのっ!その前にブロウとイレイスを助けてくださいっ!!」
リズはとっさにそう言った。1匹だが一瞬でフォレスグリズリーを退けたヒオウならきっと戦力になってくれる。
とリズは思ったのだ。ヒオウは少々腑に落ちないような表情をする。
「えぇ、構いませんけど……場所、教えてくれますか?」
「……しまった!めちゃくちゃに逃げたからわかんない!!アタシのバカーー!!」
そういえば、前もこんなことがあったような、なかったような……
「すいません、それじゃあどうにもなりませんね……とりあえず、ここに居たらまた襲われるかもしれません。場所を移動しましょう」
「はい……」
リズなりの名案だと思ったのだが、リズのせいで失敗に終わってしまった。



ヒオウについて小一時間ほど歩くと森を抜けた。ヒオウから地図を借りて場所を確認すると、リズは西から森に入り、東へ出てきてしまったようだ。
本来は北へ抜けねばならなかったのに、随分と目的地からは外れてしまった。
ちなみに、もう日暮れが近い。空は青から橙色のグラデーションになり、西の空にはひときわ赤く輝く太陽が低いところで今日最後の光を投げかけている。
「さて…と。そろそろ戻らないと、怒られそうだな……」
「アタシも、泊まるとこ見つけないと……」
「それなら、そこの集落に宿屋がありますよ」
「そっかー、それなら安心だー。で、ヒオウさんはやっぱり領主さんのところに?」
「いえ、僕はそのまま帰ります」
「今からぁ!?」
「はい。早く戻らないと、僕の帰りを待ってくださっている方がいらっしゃるので」
ヒオウはにこりと微笑む。しかしこの余裕は一体何なのだ。
確かにヒオウは相当の実力者であることはリズもわかるが、夜に外を歩くのはかなり危険だということを身をもって理解したリズは、
ヒオウが夜通し移動するのかと思うと、さすがに無茶だと思ったのだ。乗合馬車が整備されているイシュネー王国ならともかく、
片田舎のラゼラル王国では何が出てくるかわかったものではない。
「いやー、でもぉ、危ないってゆーかぁ…アタシが言えた義理じゃないんですけどぉ……」
「大丈夫ですよ。魔法を使えばすぐですから」
「あ、なるほどね……」
相手は魔法使いだった。ということを忘れていた。
魔法の中には夜目がきくようになるものや、脚力を増すものなどもあるのだから、そういうのを使えばなんとかなるのだろう。
「あぁ、そうだ。こうやって出会ったのも何かの縁ですし、記念と言うのもおこがましいのですが……」
ヒオウはそう言うと、腰に下げた小さなカバンから、数枚の紙切れを取り出してリズに差し出した。
ちょうど乗合馬車のチケットくらいの大きさの淡いベージュの薄いがしっかりした紙に、赤い絵の具でなにやら模様が描いてある。
「なんですかこれ」
「これは“札”と言って、破ると1回限りですが模様にあわせた魔法が発動するようになっています。
 大掛かりな魔法ではありませんが、火元素の魔法ですから獣を追い払うくらいになら十分に役立つと思いますよ」
「ほあああ……ありがとうございます!」
「もし須那国に来られることがあれば、是非会いに来てください。何かご馳走しますよ」
“ご馳走”という言葉にリズは過剰反応した。もうこの声とこの顔は忘れないぞ。リズはヒオウを記憶にとどめておくためにまじまじと見つめた。
その視線が気になったらしいヒオウは苦笑しながらたじろいでいた。
そこでリズはヒオウと別れて、集落へと足を踏み入れた。
久々の独りでなんだか心細い。そういえば、故郷の町を飛び出してから、ほぼ常に誰かが傍にいた。
最初は誰もいないことを想定していたのに、なんとなく不安になってくる。
「……ええい、落ち込んでちゃだめよリズ=ファシル!こんなときこそしっかりしなくちゃ!」
リズは夕日に向かって、握りこぶしを固めた。



ほぼ、同時刻。
リズの居る場所から東地点。
生い茂った森の中に、その二人組が居た。
「…いやー、まさか今時大家族とは、思ってもみなかったな。」
はは、っと笑うのは、白い衣服を身にまとった魔法使い、イレイス。
「兄貴が派手な魔法次から次へと使うからだろ…」
そう、ため息を吐きながら地面へ座り込んで、剣についた返り血をぬぐっているのは、黒い衣服をまとった剣士、ブロウ。
そんな二人の周囲には、10を超える大小さまざまな熊の遺体がごろごろと転がっていた。
また、殺害方法もさまざまだったようで、ぱっくりと胸が切り開いたものから、ぶすぶすと黒い煙をあげるものまで。手段は選べなかったことが伺える。
「……で、どーすんだよコレから。一人で大丈夫なのかな?」
ブロウはそういって、剣を腰にぶら下げている鞘にぱちんと挿した。
もちろん、心配なのはつい数時間ほど前まで一緒にいた、リズのことだ。
「ああ、それなら大丈夫だ。アイツが予定通りに動いているんなら、ちょうど良い位置に居るだろう。」
「…誰だよ、それ。」
イレイスの的を得ない返答に、ブロウが首をかしげる。
イレイスはその間にも何かの準備をしているようで、一枚の紙に何かを書いたかと思うと、ソレを両手で持って、魔法の詠唱を始める。
「お前もよく知っている人間だ。―…呼び出すは、我が言の葉を伝える僕、緑と白の名を借りて、答えろ。
唱え終わると、ポンという軽い音とともに紙が姿を白い鳩に変えた。
イレイスの手の中から離れ、羽ばたく鳩は薄く羽の先が青みがかっており、また、その瞳も青色をしていた。
「行け、闇よりも、なお深い深淵の根源たる運命を持つ、彼の下へ。」
イレイスが、羽ばたく鳩に魔法の呪文でも唱えるように指示を出す。
上空をゆっくりと羽ばたき、ぐるりぐるりと旋回を続けていた鳩は、西の方角へと飛んでいく。
「……で、伝書鳩……?」
「ま、そんなものだ。さ、そろそろ日も暮れるし、さっさと進むぞ。森の中で熊と格闘は、さすがの私も、もうお腹いっぱいだからな。」
イレイスは熊の遺体を踏まないようによけつつ、北へと進路をとる。後は狼とかほかの熊が始末するだろう。
「ちょ、で、結局誰に飛ばしたんだよ!」
ブロウがその後を追いかける。本当は、リズのことが心配でしかたかなったけど、イレイスとはぐれてしまっては元も子もない。
それに、イレイスが大丈夫というのだから、大丈夫なのだろう。


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