--ラぜラル王国-- 5話


「では、ここで最後のステージッ!!
 ルールは簡単・簡潔ッ!此処にあるパイを食べていただきますッ!しかし、今度は時間無制限!相手チームより多くパイを食べていただきます!!」
そういって、司会者の指した手の先には、二種類のパイが並んでいる。
ひとつは、さつまいものパイ。そしてもうひとつは、かぼちゃのパイ。どちらもふんだんにバターをたっぷりつかった、胃腸に優しくない一品だ。
「きゃぁ、パイだぁ!」
甘いものが出てきて、ルートが喜びの声を上げる。
「…実は勝負が早く進みすぎたため、パイがまだ完全に焼きあがっておりません。
 なので、15分ほど休憩といたします!選手の皆さんは、少しこのままお待ちくださいッ!!」
司会者が高らかに叫ぶ。過去にもこういうことがあったのか、周囲の客はおとなしいものだった。
先ほどのフライドポテト勝負は先に二組が棄権したし、ペースが意外に早かったのだろう。
「パイって焼くの時間掛かるモンねー。」
リズが、どこか抜けたようなコメントを出している隣で、隣はなにやら真剣な顔で話し合っている。
「……なに話してんだろ?」
「ま、おそらくは作戦会議じゃないですか?両方とも『重い』ものですし。少なくとも貴方とルートには関係ない話ですが。」
リズの疑問に、セツナが的確に解説する。
たしかに、少しだけもれてくる会話からは、解決策は、だの、さっき無理しすぎた、だの、さまざまなこのステージに関する単語が飛び交っている。
「そうそう、どんな強敵が来たって僕とリズに勝てるワケなんてないんだからね!!」
えっへん、と椅子に座ったまま威張るルート。そんなルートに、リスはかねてからの質問を投げかけてみる。
「てゆーか、ルート。さっきから気になってたんだけど、なんでそんなに食べれんの?」
「それはねー。ちょっといろいろ省略するけどさ、僕って『食べ物を消化する』とかそーいう過程のいる体してないんだよね。
 ってか、外部から取り込んだものはぜーんぶ『無くなっちゃう』んだよね。」
「…………は、はい??」
「んー、簡単に言うと、限界がないってことかなー。」
「へぇ……って、それ結構邪道よね。」
「邪道って言うか、出場停止くらってもおかしくないけどねー。」
だから黙っててねー、とルートが笑う。
リズはその仕組みによくわからなかったが、とりあえず納得した、ということにしておいた。
「おい、嬢ちゃん。」
ぬ、と現れたのは、3番のバッジをつけた大男。
開始前に、リズに話しかけた人間と同一人物だ。
「あ、おっちゃん。どしたのー?」
「……さっきは笑って悪かったな、と。アンタを一人の女……いや、勝負師として認めたくなったから、ちょっとだけな。」
「おっちゃん……」
少しだけバツの悪そうな笑みを浮かべる男。それを見上げるリズ。
そんな二人の関係は、まさしく、好敵手と書いてせんゆうと読むような雰囲気がただよう……

でもアタシ、自分の食欲を満たしてるだけだし!

かと、思った貴方はだまされましたね!やったね!!
リズはそうばっさりと言い切る。大男は、一瞬だけ大きく目を見開いたかと思うと、再び笑い声を上げた。
「……流石だ。だが、こっちも負けてはられないんでね。本気でやらせてもらうよ、お嬢ちゃん。」
大男が自分の席に戻ったとほぼ同時、司会者が準備完了の宣言をした。
がらがらと引かれる数台のワゴン。その上には、ほかほかと湯気の立つ出来立てのパイが並んでいた。
そのうちのひとつがテーブルに並べられる。
「ルールは先ほど述べたように、時間は無制限!しかし、ひとつのパイにつき与えられた時間は15分!ソレを過ぎた場合、即刻終了です!
 それでは、改めまして―…

 手を合わせて、いただきますッ!!

戦いの火蓋は、切って落とされた。
っしゃー!まずは一個、いっただきぃー!!
リズがサツマイモのパイを先手必勝でひったくる。
「あぁッ!!りずりず、ひどぉーい!!」
怒涛の勢いでむさぼりつくしながら、半泣きで訴えるルートに高らかな嘲笑を浮かべる。
「はっはっは!!動きが遅いのよ!!動きが!!」
…一生言ってろー!つぎげっとぉー!!!
が、笑っている隙にルートがすぐさま置かれたパイをひったくって食べた。
ほとんど丸呑みのように、飲み込むと、リズにニヤリとしてやったり、と笑みを浮かべる。
そしてすぐさまパイが置かれ―…
「あ、ルート、あそこに空飛ぶセツナが!」
さっと、虚空を指差すリズ。ルートは一切そちらを向くことなく、口を開く。
「りずりず、ばっかじゃないの!僕がそんなおこちゃまな手に引っかかると思う!?そりゃ、せっちゃんが空飛んでたら天使かと見間違っちゃうけどさ!
 っていうか、そもそもこの僕がせっちゃん類の引っ掛けに引っかかるって思ってるあたり…」
つらつらと台詞を並べ立てるルート。もちろん、そんな少年は隙だらけだ。
はい、隙ありー。かぼちゃパイはアタシのねー。
あぁぁあああー!!!


「さー、ついにラストバトル!ここでお互いの様子を見てみましょうか!!」
司会者の女性は会場に現れると、まずは3番と書いてあるほうに駆け寄った。
その三人は、パイを一人ひとつ食べきるのではなく、少しづつ負担を減らすために、3人で等分し、ひとつづつ確実に食べていた。
「おぉーっと、さすがチャンピオン!!3人でわけあって食べております!!
 これは、ただでさえ重いパイの負担を少量にするためにしているわけですね!流石です!では、もう一組のほうも見てみましょうか!!」
司会者は、もう一組―…リズのほうに駆け寄る。
「さーて、こちらの様子は………ッ!!??
瞬間、絶句した。なぜなら、空気がそこだけ異様なのである。
大テーブルを縦に挟んで、立ちあがった状態でにらみ合う少女と少年。
そして、なぜかパイを出す係りの同僚は、ぼんやりと座っている最後の一人の隣でその作業をしている。
「……え、えーっと、これは、どういった状況でしょうか……?」
首をかしげる司会者。その視線は同僚に助けを求めている。同僚は、くたびれた目を浮かべながら、さっとパイをテーブルのぴったり真ん中に置いた。
その、刹那。
っしゃーッ!さつまいもぉーッ!!
そう叫ぶと同時に、真ん中に置かれたパイに襲い掛かる。その様は空腹時のフォレスグリズリーよりも恐ろしい、とこのとき司会者は思ったとか。
あわれパイはリズの腹の中に納まってしまうのか、そう思われた―…その時!
させるかぁーッ!!
片方に立っていたルートが華麗なステップで、宙に舞った。その辺のパフォーマーよりも美しい前転でテーブルを飛び越えつつ、颯爽とパイを掻っ攫う。
そして、リズの真横にパイを片手に、すたん、と着地した。同時に、観客席から、おお、という感動の声があがる。
「ふ…素早さでこの僕に勝とうだなんて……一万年と二千年ほど早いんだよ!」
そういって、手にしたパイを、一口、二口、三口、四口。ルートが口を進めていくたびに、リズは悔しそうになっていく。
ものの四口で食べきったルートは、ニヤリ、という笑みを浮かべる。ちなみにパイは置かれてから3分とたっておらず、ペースだけ見れば、かなり速い。
そのたびに際どくて濃い戦いを見せられるのだから、同僚が疲れきっているのもうなずける―……司会者の女性はそこまで考えて、ハッと我に返った。
そう、今、自分がやるべきなのは、この戦いを見つめるわけではない。
「お…おぉーっとぉ!!華麗にパイを奪い取って食べています!!
 まさにこちらはカオス!混沌としたパイの奪い合い!!果たして勝つのはどっちだーッ!!!」
ちなみに、この場合リズVSルートなのか、はたまた3番VS4番なのか非常にわかりにくい。


「……どっちが勝つっていうか、なぁー……」
一連の動きを観客席で見つめていたブロウは、ため息をついた。
時折3番が二人の様子を見てはパイを確実に食べきっているが―…ペースは圧倒的に二人のほうが速い。
しかし、白旗を揚げないのは前年チャンピオンの意地なのだろうか。何人かの観客がすでに諦めモードで、リズとルートの戦いを見つめていた。
しかも、その端ではリズとルートで地味に賭けが行われていた。
「……ま、一番観客の視線は集めているが。ほらみろ、セツナが絶妙に嫌な顔してるぞ。」
コーンを食べきったイレイスが、手持ち無沙汰といったように紙コップをびりびりとちぎる。
確かに、セツナはもうなんだかすべてを諦めたように頬杖さえついて二人の戦いを見つめていた。
「可哀想だよな……」
ブロウはなんとなく、つぶやいていた。
「……セツナが、か?」
「いや、前年度のチャンピオンさんが。」
ブロウの視線は、3番の参加者に向いていた。お腹も辛いのだろう、青い顔をしてそれでもなお食べ続ける三人の大男。
それは、リズたちと戦っている、というより自分のプライドと戦っているように見えた。その行為は、まさに形はアレとはいえ、本物の戦士のようだ。

惜しむべきは、相手がまったくアウトオブ眼中、というところだろう。

「相手が悪かったんだろう。だが、来年は出な……いや、地味にリズの住んでいる地域から近かったな、ここは。」
イレイスの言葉に、ブロウはため息をつくと、チャンピオンの心中を察するように哀れみの目を彼らに向け始めた。



「畜生……奴ら、化けモンか!?」
男のうちの一人が、テーブルで戦いを繰り広げる二人を見て、そう毒づく。一切こちらに目がいっていないのが、悔しい。
「……かもな。だが、今ここで踏ん張らずにいつ踏ん張るよ!」
「わかってらぁ!4年連続の伝説を―…作るんだろ!!」
「たりめぇだ!ちッ、ちょっと弱気になっちまったぜ……」
「ああ―…よし、ラストスパートだ!!」
かっこよく、一致団結する男達。おのおのがフォークを持ち、敵に向かっていく。
「……あの、本当に申し上げにくいのですが……」
そこで審判が、水を差すように声を上げた。
「あぁん?」

……用意していたパイの材料が、もうないので……ここで終了して計算させていただきます……

そういって、隣を見る。
そう、こちらからでは一人の座っている人物が陰になって見えなかったが―…今、その人物は少年と少女の間に立ち、二人を厳しくしかっていた。
つまり、こちらから見えたのである。おおよそ人一人分くらい形作れるほどの、皿の量が。
『…………。』
いっせいに黙り込む男達。そしてそのうち誰かが一人、乾いた笑いとともにつぶやいた。
「……冥界どころか、すべての世界を蹂躙してるんじゃねーの……」
と。


集計結果を出すまでもなく、リズのチームが優勝に決まったんだそうな。


「それではっ、優勝者に盛大なる拍手をっ!」
その言葉と共に、割れんばかりの拍手が起こる。リズはステージ上で締まらない笑顔を浮かべながら片手を挙げ、へこへこと頭を下げていた。
リズは小市民故にこういう華やかな場には慣れていないのだ。その直後、リズはディオーソ伯より直々に優勝賞金7千ノートと葡萄酒の樽をもらった。
…とはいうものの、リズは旅の途中の身、飲みもしない葡萄酒の樽などもらっても邪魔でしかない。さて、どうしたものか…と、リズは考え……
「あのー、伯爵サマー?葡萄酒は3番のおじさんたちにあげてくれませんかぁ〜?」
猫なで声でディオーソ伯爵に尋ねてみた。するとディオーソ伯爵は目を丸くする。
「良いのか?」
「はいー、アタシぃ、旅の途中ですからぁ〜」
「ふむ、そういうことならばそうしよう。問題ないな?」
ディオーソ伯爵は自分の隣に控える老人に尋ねた。彼はこの集落の長で、ポジションは秋の恵みをまるごといただき大会の運営委員長だったりする。
「本人様からの申し出ですので、問題ありません伯爵様」
という、リズの粋な計らいによって3番チームのリーダーであるごつい男もステージ上にあがり、皆からの祝福を受けた。
リズは彼とがっちり握手をし、互いの健闘を称えあったのである。
ちなみに葡萄酒の樽は大会終了後即座に開けられ、3番チームのメンバーとその知り合いたちによってどんちゃん騒ぎのために使われたのだが、
それはリズはあずかり知らないことである。


かくして、熾烈を極めた秋の恵みをまるごといただき大会はこれで終了した。これで本日のメインイベントは終了した…
ということもあり、観客たちもちらほらと家路につきはじめている。
…と、そこでリズは気がついた。もうすぐ日暮れが近づいているのに、宿が決まっていない。果たして金はあれども空き部屋があるのかどうか。
そもそも、宿屋があるか…あっても機能しているかどうかは定かではない。
…とりあえず、セツナやルートに相談してみよう。舞台を降りようとしたリズだったが……
「……あれ?なんで……」
セツナとルートがいるはずの舞台袖には彼らの姿はどこにもなく、その代わり……
「お前の雄姿、見せてもらったぞ。おかげでしばらく路銀には困らん」
「リズ、お手柄だな!」
イレイスとブロウが立っていた。
「ブロウ!イレイス!!無事だったんだねよかったー!!」
「まあな。誰かさんが派手な魔法ばっかりかましてくれたおかげで、余計に集まってきちまったんだけどな」
「たまには限界に挑戦しておかないと、誰かさんが使い物にならなくなってしまったら厄介だからな」
ブロウとイレイスは互いに軽口をたたきあう。それを聞いていたリズからは自然と笑顔がこぼれた。知らないうちに旅はこの2人が一緒であるべき。
という感覚になっていたらしい。久しぶりに聞いたが、妙に耳になじむ。
「ところで、セツナとルートどこ行っちゃったか知らない?知らないうちにいなくなっちゃったんだけど…」
「さぁ……俺たちがここに来たときにはもういなかったぜ?」
「向こうには向こうの事情があるんだろうさ。いつものことだから気にしなくていい」
「そっか……」
ぽつん、とリズはこぼした。ここに来るまでの間色々と世話になったのだからせめてお礼を言っておかねばと思っていたのだが……
それに、賞金の7千ノートはそっくりそのままリズの手の中にある。リズはそれを見つめ……ま、いいか。と呟いた。
(今日のMVPは誰がなんと言おうとアタシだもんね。もらっちゃってもいっか!)
リズは独りほくそえんで、賞金を自分の財布の中にしまいこんだ。
ルートあたりに知られれば厄介な話になるのだろうが…いないものは仕方ない。
「じゃあ、宿に行こうぜ。さすがに今日はもう日が暮れるし」
「そうだな」
「さすがだね。もう宿の手配もしてあるんだー。それにしても、よくここで落ち合えるってわかったねー」
「誰かさんは行動がわかりやすいからな」
「はっはっは、言えてるよなー」
ブロウとイレイスが歩き始めたのに、リズがついていく。
ほんの半月ほどの間に、ブロウとイレイスがかけがえのない仲間だとリズは思い知らされたのだった。



それから。村から少しだけ離れた街道で。ルートとセツナが国境方面に歩いていた。
「……それにしてもさぁ、よかったの、せっちゃん?」
「俺達の役割は終わったでしょう。それに、もうこの辺りには用事がありませんからね。」
そういって、セツナが周囲を見る目は感動に満ちたものでは決してなく、どこか『飽きた』とでも言うべき感情がにじみ出ていた。
「そーなんだけどね。もうすぐ日が暮れるからさぁ、決行はしないとおもったんだけどなー。」
今は、空も真っ赤にそまっており、あと2・3時間せずとも周囲は闇に包まれるだろう。
「……あんなに目立たなければ泊まっていっても良かったんですがねぇ、ルート?」
そういって、にっこりと笑うセツナ。
どこか殺気めいたものが浮かんでいるのは、否定できない。
「う、半分以上はりずりずのせいじゃーん……」
「人のせいにしない。オレは、一刻も早く此処から離れて、スナ王国に行きたい所なんですから。」
そういうセツナの歩調は、リズと一緒に居たときと比べると圧倒的に早かった。
急いでいるのもあるのだろうが、もともとのスピード、というやつだろう。
「たしか、スナ王国にはボレロが使える人がいたんだよねー。」
「ええ。是非話を聞いてみたいところです。
 
……オレが目指すのはボレロの取得、ですから。

そういったセツナの顔には、決意のようなものが見て取れた。
それは切羽詰った者だけが浮かべる、もう、後には引くことの出来ない、というものが。



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