--ラぜラル王国-- 6話
「でねー、ルートってとんでもなく気に障るって言うかさ!なにあのクソガキっていう!!」
結局、あれからすぐに3人はあらかじめ予約していた宿に止まることになった。
流石に予約がとりにくかったのか、3人部屋が一つだけだったが、リズにはなんの不服もない。
むしろこうやって久しぶりに会話らしい会話が出来るのが楽しかった。
「はははー…ルートは濃いからなぁ……でも、悪い奴じゃないんだぜ?」
ベッドに互い向きあって座る、リズとブロウ。あい変わらず凄味のあるリズの勢いに、対面するブロウも苦笑いを浮かべるしかない。
「そりゃー、ブロウはそう感じるかもしんないけどさ、いちいち小ばかにしてくんのがムカつくっていうか……」
ぶつぶつと愚痴のように続けるリズ。というか、まごうことなき愚痴だ。
「まあ、リズ。そんな愚痴ばかりのお前に偉人はひとつの言葉を残したんだぞ。」
部屋の隅にあるテーブルで何か手帳に書き物をしていたイレイスがふいに口を開いた。
その視線は本からはずされ、リズのほうに向いている。
「残したって、どーいう言葉?」
「―……五十歩百歩。」
「……ッなー!!」
イレイスの言葉に油を注がれたように、リズの怒りは最高潮に達する。まさしく、燃え上がれー、燃え上がれー、燃え上がれー(以下自主規制)だ。
「いや、実際それ以下だっけか。」
見下すように、イレイスは笑う。ブロウはそんなイレイスを今日も軽快だとか、思っていたとか。
「なによ、それー!!」
「では。私達と離れて、セツナやルートと一緒にいて。お前は何かひとつでも自分で出来たか?」
いきなり核心を突く、イレイスの言葉。
「ひとつでも、って……」
「なんでもいい。道がわかるなりその知識を持つなり火を起こすなり食事を用意するなり。
旅を行う上で必要なことが、一人で出来たかと問うているんだが?」
そういうイレイスの瞳は先ほどまでの、少しからかうような視線ではなく真剣みを帯びていた。
思わずがらりと変わった空気に、リズは頭が一気に冷えていくのが感じ取れた。
「……う、それ、は……」
答えに、戸惑う。
道中は、セツナが先に進んでくれていて当たり前だと思っていた。自分はわからないところを聞いて、それでいいと思っていた。
キャンプの準備だって、火を起こしていたのはルートだし、食事も二人が準備していてくれて。
手伝いはしたが、逆に言うと手伝いだけだった。道だって、とちゅうでヒオウという人が居なかったらどうにもなっていなかった。
気がつくのだ。結局―……自分の無力なことに。
もしかしたら、ルートが始終小ばかにしたような態度をしていたのは、そのことを暗に気がつかせるためじゃないか、と思うほど。
「……でも、初めってそんなもんじゃないか?俺だって、最初はなーんも出来なかったし。」
見かねたブロウが、フォローを入れる。
「お前はお前で料理が出来ただろう?
それに、旅をする上で重要なこともな。
……さて、リズにひとつ問題だ。さっき言った重要なこととは何か。簡潔に答えてみろ?」
「え、えぇっ?」
いきなり問題を出されて、戸惑いの声を上げる。
しばらく、黙ってみて考える。山ほどの答えが思い浮かんだが、どれも違うように思えて。
「……え、えーっと……」
悩み続けるリズに、イレイスは大きくため息をついてみせた。
「時間切れ。正解は『自衛』だ。」
「じ、じえい……??」
「自分の身を守る力。今のお前では、無に等しい力。わかるな?」
「………う、うん。」
リズが答えて、イレイスは先ほどまでペンを走らせていた一冊の本を、リズに投げる。
リズは何とか手のひらサイズのそれを受け止め、表紙に目をやる。
「そういうわけで、お前専用の教科書だ。一式理解出来たのなら、命元素の初級魔法くらいは使えるぞ。」
イレイスに言われて、リズはぺらぺらとそれをめくってみる。
そこに書かれていたのは教科書に書いてあったような内容を30回ほど噛み砕いたような文章が図式入りでわかりやすく書いてある。
しかも端々にはウサギやネコや犬などのファンシーなキャラクターが書かれており、わかりやすそうな内容だ。
「わ……コレ…全部、兄貴が書いたのか?」
後ろから本の内容を見ていたブロウが声を上げる。
「ああ、もちろん。文字のひとつから絵のひとつにいたるまでな。」
「……この、無駄にかわいいキャラクターも……?」
リズが顔を上げると、もちろん!と表情が語っていた。その顔が笑顔だったので、ノリノリであっただろうことが簡単に見て取れる。
「それは宿題だ。これからティシモ伯領まで7日前後かかるわけだが。歩いている間と寝ている間以外はひたすらそれを読んで理解を深めること。いいな?」
「は、はい!?これ、どうみても分厚いんだけど!?」
イレイスから渡された本は、確かにリズの使っていた教科書よりは小さいものの、その分厚みがある。
一見簡単そうに見える中身だが、読み解いていくとなるとテストの全てが赤点だったリズには至難のワザだ。
そんな文句を上げるリズに向かってイレイスは一言。
「死ぬ気になれば出来る。」
と、あっさりと言い放った。
「で、でも……」
なおも食い下がらないリズに、イレイスは突き放すように付け加える。
「……それと、到達できなかった場合は罰ゲームが決行されるからな。」
罰ゲーム、そう聞いてブロウの顔がわずかに青ざめるのをリズは見過ごさなかった。
これは、イレイスのことだ。本当に死ぬ気でやらないと、死ぬよりも何かしらひどいことが起こる……そう、リズは本能的に感じ取ったのだった。
翌日からまた旅が始まった。
しかし、リズは終始黙りこくったままだった。以前のように眠くて足並みが乱れるということはなく、ちゃんとブロウやイレイスの後をついてきているにも関わらず、ほとんどしゃべらない。しまいめにはブロウが気味悪がって無駄に休憩を取ろうとするほどであった。
ここまで旅をすること1月ばかり。その間に様々な人物と出会い、あるいは行動を共にした。
今までのリズは心のどこかで「初心者なんだから助けてもらって当然」という甘い考えがあった。
振り返ってみても、リズ自身で決めたことと言えば「ボレロを習得する旅に出ること」くらいだ。
故郷を旅立つときは親からもらったお金で夜行馬車に乗り、盗賊に襲われたときはイストが助けてくれた。
その後は無謀にも単独行動を試みたが、数時間後にはブロウと出会い、町へと連れて行ってもらった。それからはまた夜行馬車でイストに助言をもらい、イシュラントではブロウとイレイス、それからスイレンと一緒にラゼラル王国を目指すことになった。
ブロウとイレイスは冒険者ということもあって旅なれていたが、スイレンだってそれなりの知識や技術を持っていた。ゾンビに襲われたときだって、リズは火に薪をくべるくらいしかできなかったし、フォレスグリズリーに襲われたときに至っては、逃げることすらまともにできなかった。
一旦ブロウやイレイスと別れた後はセツナやルートに助けてもらった。そんなことでボレロなんて手に入れられるのだろうか。
ふと、リズの中に疑問が生まれる。
今ならまだ、戻れる。
しかし……それは、嫌だ。その思いだけは、まだリズの中にしっかりある。
イレイスがリズにくれた本は、わかりやすい内容であった。
文字の羅列を読んで理解するよりも、ぱっと見たイメージで物事を捉える方が得意なリズにあわせてあるのか、
絵や図をたくさん使って書かれた本はリズにもすんなり頭の中に入ってくる。とにかくリズはティシモ伯爵の屋敷までがむしゃらにそれを読んだのだった。
そのおかげで、ティシモ伯爵の屋敷に到着する頃には命元素魔法の仕組みは理解できたのだった。
さて、リズたちはようやくティシモ伯爵の屋敷へと到着した。
ラゼラル王国はイシュネー王国のように「街」という概念が薄い。元々そう大きくない規模の国の中で更に細かく領地が定められているのだ。
ここでは七人の伯爵が小規模な国王のようなものである。故に名前のついた街というのは王都ラゼリアと国境の町ケールスくらいのものだろう。
あとは街道に沿って森があって畑が広がり…家がぽつぽつと見られ始めたら集落の始まり。集落の中心に向かって家が増えていき、中央には広場がある。
それを過ぎれば家はだんだんと減っていき…それから畑が広がり…森が現れる。という流れの繰り返しだった。
ティシモ伯爵のお膝元もその流れを踏襲しており、規模は大きいが「街」と呼ぶにはまだ小さい。
ティシモ伯爵の屋敷は集落から北に少しだけ離れた小高い丘の上にあり、まるで人の営みを見守っているようにも見えた。
「よーやくティシモ伯爵に会えるんだねー。どんな人なんだろー。アタシの五聖になってくれるかなー」
目的地が近いということもあって、リズの足も自然に軽くなる。
「現在のティシモ伯爵…確か、フォルテ=ティシモ…って言うんだったか?」
現在のティシモ伯爵フォルテは生涯で7度ボレロ取得に貢献した、伝統あるティシモの血脈の中でも格段に高い成功率を持つと後世に語り継がれることになる。後々、ティシモ家の長男は彼にあやかり「フォルテ」の名を継承していくことになる、後世の歴史書では「フォルテ=ティシモ1世」と呼ばれる人物である。この時のティシモ伯爵フォルテは30歳、世間では先日3度目のボレロ取得に成功したと噂されている。
「あぁ。彼は特に優秀な五聖だと聞いている」
「どういうこと?」
「五聖を集めれば誰だって必ずボレロが手に入るとは限らない。ということだ」
イレイスのさらっと放った言葉に、リズは一瞬絶句する。
「ま、まぁ…逆に言えば五聖を集めないことには絶対ボレロは手に入らないってことだろ?」
慌ててブロウがフォローに入ったが、内容はとてもフォローになっているとは言えなかった。
そうこうしているうちに、3人は屋敷の前にたどり着いた。
リズの知っている町長の屋敷とは異なり、周囲を守る壁も門もなく、手入れされた樹木が両脇に植わった道を歩いた先が屋敷の入り口だったのだ。
屋敷は白い煉瓦作りの2階建てで、屋根の色はくすんだ灰色。遠くから見れば四角いかんじのするものだった。
リズは琥珀色の大きな扉の前に立つと、鈍い金色の小さな鐘を揺らした。鐘は小さいながら大きな音を立て、待つことしばらく……
執事らしい初老の男性が現れた。
「これはようこそティシモ伯爵の屋敷へ。して、何用でございましょう?」
「えっとー、ティシモ伯爵さまのボレロの五聖としてのお力を借りたくてですねー」
「かしこまりました。それではご案内いたします」
執事は特に訝しがることも驚くこともなく、丁寧な礼をしてリズたちを招きいれた。
屋敷の中は、ごく普通のものだった。
とは言っても庶民の家しか知らないリズにとっては天井まで届きそうな窓や足音を立てさせないような上等のじゅうたん、
そして廊下の両脇に飾られた調度品などにいちいち感嘆のため息を漏らすような場所であったが、ラゼラルの伯爵としてはけして華美ではないものである。
きょろきょろと周囲を見回すリズを咎めるかのようにイレイスが小さく咳払いをし、リズは小さくなるのだった。
執事に案内されたのは、サロンのような場所だった。
広い部屋の要所に椅子やテーブルが配置され、冒険者らしい身なりの人物が何名か、固まって談笑している。
「さて、ボレロの挑戦者以外の方はこちらでしばらくお待ちくださいませ」
執事に言われ、ブロウとイレイスは自然とリズたちから離れた。
「じゃあリズ、がんばってこいよ」
「お前が戻ってくるまでくらいは待っておいてやる」
「なんだか、シャレにならないよぉ……」
そのままリズはその執事に案内されて、サロンの奥の部屋に通された。そこは先ほどとはうって変わり、何もない部屋に椅子だけがずらりと並べられている。
少し高い場所には演台が置いてあり、壁にはティシモ伯爵の家紋をモチーフにしたレリーフが飾られている。
その椅子にはこれまた老若男女様々な人間が演台に近い方から整然と並んで座っている。
学校に通っている者全員が参加する集会だとこんなかんじだっただろうか。リズは中央あたり…やはり先に着いた者の隣に隙間なく座らされた。
そして、執事はそのまま演台の前に立ち、丁寧に礼をする。
「ボレロの挑戦者の方々、大変長らくお待たせいたしました。これより、説明を始めさせていただきます」
(ええぇーーーー!?)
座っていきなり始まられては、リズだって心の準備というものができていない。
しかし驚いたのはリズだけだったらしく、周囲の人間は特に何も言うわけでもなく、姿勢を正して前を向いた。
間髪入れず、リズが入ってきたところとは別のドアからシンプルなドレスに身を包んだ女性が出てきた。
執事はさりげなく演台の前から離れ、その代わりにドレスの女性が演台の前に立った。
「ボレロの挑戦者の皆様、遠路はるばるティシモ家までようこそお越しくださいました。
私はボレロのコンパスを務めておりますティシモ家当主、フォルテの妻でございます」
そして、ドレスの端をつまみ、貴婦人の礼をとった。
「本来であれば定めに則り、フォルテが直に皆様とお会いし、手助けすべきかどうかを決めるべきなのですが……
現在フォルテはボレロ取得の旅に赴いております。ですので、代理ではありますがお話をお聞きください」
その言葉に、小さなどよめきが起こる。
そもそも、ボレロという魔法を手に入れるためには、「五聖」という仲間を集めなければならない。
「五聖」とは、コンパス・鍵・地図・導き手・番人という役割を担う者のことで、彼らには2つのタイプがある。
ひとつは、ティシモ伯爵のように代々ボレロの五聖を務める者。
彼らは五聖の素質…それもどの役割を担っているかを知っているので、違う挑戦者に対して同じ役割を何度も務めることができる。
故にティシモ伯爵フォルテは生涯7度のボレロ取得に貢献できることになる。
そして居場所がはっきりしているので、こうやってたくさんの人物が助力を請いに訪れることになる。
そしてもうひとつは、突発的にボレロの五聖を務める者。彼らは普段は自分が「五聖」であることには気付いていない。
しかも、どの役目を担うかはわからないので、1人の挑戦者に対してしか五聖の役目を果たすことができない。
しかしこちらの人間は不思議なことに挑戦者のごく近くに居て、後で気がつけば五聖だった…ということが多い。
故に挑戦者は前者を訪ねる方が圧倒的に多い。後者は探そうとして見つかるものではないからだ。
しかし、前者は自分が力を貸す挑戦者を選ぶ。…そしてティシモ伯爵は選んだ結果、力を貸すことを決め、今は旅に出ているのだ。
「3日前にフォルテより届きました文によりますと、彼は今北の大陸を南に向かって進んでいるとのこと。
戻ってくるのは…少なく見積もって1年後…でしょう。
お急ぎでない方はどうぞ城下町にて宿を取り、帰還をお待ちください。私が申し上げられるのは、以上です」
そう締めくくった女性は再び貴婦人の礼をとった。
「何か質問がございましたら伺いますが」
執事が部屋の端より全員に声をかけた。
「ほ…他にどなたかコンパスの役目を果たされる方はいらっしゃらないのですか?」
「残念ながら、ティシモ家でボレロのコンパスを担うのは長男のみという定めでございます。
フォルテの父はこの春病に倒れ、フォルテの息子はまだ五歳。とても旅などできません」
その言葉に、周囲から落胆の声が漏れた。他の質問はあがらず、女性が姿を消したあとしばらくしてから1人、また1人……と、肩を落として部屋を出ていった。そう、リズの目標も、白紙に戻ったのである。
というわけで、城下町のとある宿……
「ま、リズらしいオチだな。っていうか、何事も最初からうまくいきっこないって。よーし今日は慰安会ってことで食え!とかく食え!」
「……いらない」
へらへらと笑って大きなパンが入った籠をリズに差し出したブロウだったが、リズは頬杖をついたまま明後日の方向を向いたままそう言った。
その瞬間、ブロウの背後にベタフラ(通称ベタフラッシュ 漫画に使われるアレだ)が飛んだ。
「おおおおおおお前そんなにショックだったのか!!!飯を食わないリズなんてリズじゃない!!」
「アタシだってたまにはそんな気分にもなんの!」
完全にやつあたりである。そこで、黙って本を読んでいたイレイスが本から視線を上げた。
「正直、1年も待てるほどこちらも気が長くないんでね。ティシモ伯爵に力を借りるという考えは捨てた方がいい」
「…わかってる」
ただ、今まではっきりとあった目標が目の前で消えてしまって、リズはどうしたらいいかわからないだけだ。
少しだけ、ティシモ伯爵に会うことすらかなわなかったことでこのままブロウとイレイスに見捨てられるのではないかという恐怖感もあってリズは余計に苛立っている。こんなときスイレンが居ればまた状況は違ったのだろう。…しかし、いない人間を求めたところでどうにもならない。
「確かに、1年もこんなところに居座り続けたんじゃ、腐っちまうわな。兄貴、他にアテってないのかよ」
「そうだな……最初に示した南の大陸に行くという手もあるし、ここからなら北の大陸に渡るという方法もある。どのみちここに居続けるのは無意味だ」
「そっか、北の大陸へはネルベ王国から、南の大陸へはイシュネー王国から船…だもんな」
大陸から大陸へ渡るには基本的には船を使う。しかし魔法が発達している割には海を越える術はお粗末なもので、船は隣り合った大陸にしか行くことができない。そしてこの世界では「海は境界を厳に定めるもの」という定義があって、大陸のごく近くの海しか穏やかではない。
魔法には空を飛ぶものもあるが、大陸と大陸の間にある海を越えるほど効果は持続しない。
「うーん、どっちかっていうと南の大陸がいいかなあ?これから冬だし、アタシ寒いのはイヤだな」
「まあ、それも一理ある。冬の北の大陸は街道が封鎖されるほど雪が積もるらしいからな。
南の大陸から西の大陸経由で北の大陸に行けば、その頃には夏になってるだろう」
「……なんか、笑えないなそれ」
リズは返事の代わりにため息をついた。その頃までブロウやイレイスと一緒に居られるのだろうか…と、思ったのだ。
と、そのとき、リズは誰かに肩を叩かれた。ブロウやイレイスは目の前に居る。
誰だろう…と思い振り返ると、黒い髪のリズくらいの少年がヒオウからもらった札を差し出して立っていた。
簡単な革鎧に剣を下げているところから察するに、堅気の人間ではなさそうだ。
「落としたぞ」
「あ…ありがとう」
リズは軽く礼を言い、札を受け取った。少年はふいとそっぽを向くと斜め向こうのテーブルへと戻っていった。そこが彼の席だったようだ。
少年は席につき、同じテーブルに座っている金髪の軽そうな青年と何かを話しはじめた。
「…リズ」
「は、はい!?」
視線を戻すと、妙にかしこまった声でイレイスに呼ばれたものだから、なんとなく丁寧に返事をしてしまう。イレイスはリズに向かって手を差し出していた。
「それを見せろ」
「あ、はぁ……」
リズは手に持った札をそのままイレイスに渡す。イレイスは満足そうに頷くと、回してみたりひっくり返してみたり、明かりにかざしてみたりし始めた。
「お前、こんな物一体どこで手に入れたんだ?」
「フォレスグリズリーに襲われたときにヒオウっていう人に助けてもらったんだけど…そのときにもらったんだ。破ったら火元素の魔法が放てるんだって」
「ヒオウ…だと!?」
珍しくイレイスが声を荒げた。リズはおろかブロウまで目を丸くしてイレイスを見つめる。
しばらくイレイスは何か言いたげに唇を震わせたのだが……小さく首を横に振ると、札をそのままリズに返してくれた。
「兄貴、どうしたんだよ」
「いや…その名前に少し心当たりがあってね」
「知り合いなの?」
イレイスは博識で情報が多いところから知り合いも多いのだろうとリズは思っていたし、
ヒオウも魔法使いだったから別にイレイスとヒオウが知り合いでもおかしくはないと思った。しかし、イレイスはリズの質問を否定した。
「いや、面識はないが…会ってみたい人物ではあるな。…最も、お前が会った人物と私が知っている人物が同一とは限らない」
「そうなの?でもヒオウさんきっといい人だよ。ご馳走してくれるって言ってたし」
「ははは、そりゃあ迂闊な事言ったもんだなー。リズに馳走なんかしたら破産するぞ」
リズとブロウは軽い小突きあいのようなやりとりを始めたので、イレイスはしばらく目を細めてそれを眺めていた後…視線を遠くへやる。
イレイスが知る「ヒオウ」なる人物…魔法使いの中では伝説のような存在である。
スナ王国の女王に常に付き従う、若くして魔法使い金の級を所持する、ボレロの所有者。
それをリズに言ったものかどうか少しだけ悩んだ。…が、黙っておくことにした。
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