--スナ王国-- 2話


「―…へぇ。ま、アイツならいつか手ぇ出すと思ってたし、意外じゃないって言ったら意外じゃないんだけどね。」
調度ブロウが話し終えたころ、目的地に着いた。
やはり夕刻まで半刻以上もあるせいか、イレイスもリズもまだ集合場所にはついていない。
まぁ、自分の場合、集合場所を間違えたりする可能性も否定できないのだが、目立つ場所なので今回は大丈夫だろう。
フレイは待ち合わせ場所に早く着いたことについては納得しているようなそぶりをみせるものの、その表情にはわずかに怒気が含まれている。
「じゃ、なんでそんな不機嫌なんだよ?」
「決まってるじゃない!アタシのけてそーんな儲け話に走ってたなんて!なーんで一言言ってくれないのよッ!!」
直後、フレイはブロウの首根っこをひっつかみ、顔を接近させる。
「ひ、一言って出会わなかったんだからしょーがねーだろ!」
うっさい!ブロウのクセに口出しすんなぁッ!
そしてそのままフレイはブロウを実に軽やかな動作で顔面狙いのハイキック。
うぉぁッ!?
ブロウはいきなりの攻撃に動けるわけも無く、そのまま頭部にモロにくらう。
がづん、と痛そうな音が響き渡り、それを傍観していた周囲の人が地味に顔をしかめる。
そしてブロウは踏みとどまることができず、そのまま地面になぎ倒されるように頭から激突。
再び痛そうな音が周囲に広がり、傍観していた人は微妙に泣きそうな顔になる。
同情しているのか、実際に自分が蹴られたらと考えているかなのかは、わからないが。
そして、ブロウは数十センチ滑り込んだ後、
「ガフッ……な、懐かしいな……この、一切無駄の無い動作……」
と、呟いてからそのまま意識を飛ばした。
「ったく、いい加減にして欲しいわよねー。」
「ははは、今日も軽快だな、フレイ?」
ち、っとフレイが舌打ちするのと同時に、まっすぐに歩いてきたのは誰でもない、イレイス。
「あら、イレイス。おひさー。」
そのまま倒れたままのブロウに目を向けることなく、フレイはイレイスに向かって軽く手を振った。
イレイスも、それに軽く手を上げて返す。
「相変わらずだな、フレイ。仕事は失敗したのか。」
「アンタも相変わらずね。そこは成功を前提に聞かない?」
二人の間に流れる冷ややかな空気に、路上の人たちも遠巻きになる。
そんな路上の方達を勘違いさせないように両者、憎まれ口をたたきあっているように見えるが、これは軽いジャブで挨拶のようなものである―…
と、この場にブロウが居たならばそう説明したかもしれない。しかし今彼の意識はどこか遠いお国にあるのでそれはちょっと無理な話だ。
「…ま、一般的にはそうかもしれないが、私は一般という言葉には縛られたくないのでね。」
ひょいと肩をすくめてみせるイレイス。
「確かにねー。アンタが一般的っつーのも考えらんないわ。そ・れ・よ・り!
 そこのスカポンタンから聞いたわよ?何でもボレロを習得目指してるんだって?」
もちろん、スカポンタンというのはブロウのことである。言わなくてもわかるだろうけど。
「ああ。といっても求めているのは私ではないが。」
「知ってるわよ。確かリズって子に協力してんでしょ?アンタ、どーいう風の吹き回しよ?ロリコンってキャラでもないでしょ?」
「……ま、気が向いたとだけでも―…」
そう、イレイスが言いかけたときだった。前方から、こちらの影を見つけて走ってくるのは、リズ。
まだ夕刻よりも大分早い時間帯なのだが、彼女なりに前回の失敗を反省した証拠だろう。

リズは一瞬、来る場所を間違ったかと思った。
…が、彼らの背後の建物に掲げられた「魔法使い倫理委員会 シュトーレン支部」の看板を見て間違っていないことを確認し…唖然とした。
「…何が、あったの?」
ようやく、といった声音でそう口にした。
それもそうだろう。魔法使い倫理委員会の隣の商店の前に積み上げられた荷物が雪崩を起こし、そこからブロウの物らしき足がだらしなく投げ出されていて、
魔法使い倫理委員会の前ではイレイスと青い髪の美女が和やかな舌戦を繰り広げていたからだ。
「なんだリズ、早かったな」
「え…うん、と、まぁ……」
振り返ったイレイスにけろりと言われ、リズは恐る恐る返事をした。内心、声をかけたのは自分だがあれは独り言として処理してほしかった。
険悪な空気の一端に加えるようなことはしてほしくなかった…と、思った。
と、青い髪の美女が目を細め、リズのほうへやってきて…若干腰を屈めてリズの顔を覗き込んだ…というより、見下ろした。
リズはそのままだと視線がちょうど彼女の持つ神の造詣間近になるので、仕方なく見上げた。
「ふぅん……あんたがリズ?なんだかぱっとしない子ね。イレイスたちには釣り合わない」
「んなっ……!!!」
美女はリズの心のささくれを的確に突く一撃を放った。リズは空気を求めて喘ぐ魚のように口をぱくぱくさせるばかりで何も言い返せない。
勿論、何もないところから繰り出す急所への物理的一撃も出てくるはずがない。
言い返さないリズに興味を失った美女は手で髪を背中に追いやり、イレイスに向き直った。
「ボレロを追っかけるのもいいわよ?でもあくまで“伝説”じゃない。それに、その目的はあんたたちの物じゃない。それよりもアタシの仕事手伝ってよ。
 これからラゼラルの伯爵様のところに行くんだけど、けっこうボロい商売なのよね。
 だけど1人じゃちょっときついかなって思っててさ。あんたたちが居てくれたらいいんだけどなー」
イレイスはしばらく美女の言葉を黙って聞いていた。そして……
「リズ、年増のひがみだ。聞き流していいぞ」
ふぃ、と興味を失ったかのように背を向けた。
「イレイス……っ!」
「ちょっとちょっとちょっと!今の聞き捨てならない!!アタシとあんたたち同い年でしょうがっ!!」
(意外に若いっ……!!)
美女の言葉も話の流れにそぐわないが、リズのツッコミもかなりずれていた。
その間にイレイスはブロウに声をかけ、ブロウは荷物の中から不死鳥のごとくよみがえった。
と、そこに。
「あぁーっ!?お前らなんてことをしてくれたんだー!!」
商店からオヤジが出てきて、荷物の惨状を見つけて大声を上げた。
「やべ、逃げろ!!」
などとブロウがそう言うものだから、そういう気になってしまった。


どのくらい走ってどの地点に居るなんて全然わからない。
ただ、イレイスがいつの間にか先頭に立っており、漠然とスナ王国へ足を向けているということだけは理解できた。
それでも走って、ようやく人々の喧騒から離れたと思ったとき、イレイスは足を止めた。
「―…ぜーっ、ぜーっ、あー、走ったぁー……」
全力疾走してきたリズは肩でぜえはあと大きく息をする。
「おいおい、大丈夫かよ?」
その隣では、まったく息を切らしていないブロウがちょっと心配そうな声をかける。
「あらあら、若いのに体力もないのね。」
さらに視界の端では、フレイがリズに嘲笑を投げかけてくる。
言い返したいところはやまやまなのだが、いくらリズであろうとも息も整わない間に怒鳴るのは不可能。
しかも、相手はブロウと同じく息どころか髪型すらも乱れていなかったりして、何を言っても負ける気がするので、リズはにらみつけるだけにしておいた。
「……フレイ……えらくリズに絡むなぁ……」
「別に?アンタの気のせいでしょ?」
ブロウの言葉に、ふいっとフレイはそっぽをむく。
その光景を見ていたイレイスが楽しそうににやりと口角を上げていたのだが、誰も気がつかない。
「……で、フレイ。お前はどうするんだ?私たちはスナ王国に行くのだが、お前はラゼラル王国にいくのだろう?」
イレイスが、話を切り出す。
イレイスが知ってやったか―…知ってやったのだろうが。この地点は、スナ王国へ行くための乗り物、トビトカゲの乗り場のあるイクハの町のほうに若干近い。フレイの目的地とは全然違う方向になるのだが、フレイはあっけらかんとした調子で言い放った。
「あぁ、それ?もういいわ。アタシ、あんた等と一緒にスナ行くし。」
げっ!
リズははっとして口を噤む。が、心の声は既に音となり空間に放たれていたので、無意味だ。
というか、逆にわざとらしい印象を与えたようで、フレイが一瞬だけ此方を見たが、すぐにブロウとイレイスの方に視線を向ける。
「でも、いいのか?俺らと行ってもフレイに何の得も無いと思うけど。」
「誰があんた等と目的を同じにするって言った?アタシはスナ王国に用事があんのよ。」
「……スナに?なんでまた。」
「ちょーっと前の大陸で仕入れたものがスナでは結構高価で売れるらしくてね。
 植物の類だったから、あんま日持ちしないし。正直どっちに行こうか迷ってたのよ。」
傷めちゃったら大損だからねー、とフレイは続ける。
おおよそ、その植物というのを売れると踏んで大量に購入したのだろう。
「そっか、じゃ、スナまで一緒だな―…って、ことだけど、リズ、いいか?」
微妙に嫌そうな顔をしているリズに、ブロウは気遣うように話しかける。
さっきもフレイが一方的にリズに絡んでいたし、リズはリズであまりフレイにいい感情をもっていなさそうだから、という彼の心遣いだろう。
「あ、ああ、うん。わ、わかった。」
リズは口ではそう返事しながらも、悪態つき放題である。
口に出したところであらゆるポイントで負けてしまうのだから、あくまでも心の中でだが。
「では、決まったな。まずはイクハの町まで行こうか。」
そういって、イレイスが再び先頭を歩き出した。



イクハの町外れのトビトカゲ乗り場に到着したのは、空が橙色に染まった頃だった。
トビトカゲ乗り場は、整地された土の直線が視認できるかできないかくらいまで伸びており、周囲には緑色の巨躯を持つトカゲが数匹、思い思いにくつろいでいた。
「うわぁ……」
リズは思わずげんなりした声をあげた。それもそうだろう。トビトカゲはけして可愛い生き物ではない。
暗緑色の体躯は2メートル以上あろうか、立派な後足と、後足に比べると貧弱な前足。
金色のぎょろりとした目ににらまれるとなんとなく身が竦む。女の子としては係わり合いになりたくない生き物だ。とリズは思った。
そこに、1人の男が歩いてきた。草の入った桶を手に、不思議な声を出す。
その声を聞いたトビトカゲたちはうれしそうに男に駆け寄ってきて、男の足元に置かれた桶の中の草を食べ始めた。
イレイスはためらうことなくその男に話しかけた。
「仕事中邪魔をする。トビトカゲに乗れるのはここか?」
「ん?ああそうだが……どこへいくんだ?もう日暮れが近いから、あまり遠くは行けないぞ?」
「え、えっとね…ヒダカ!ヒダカの宮殿に行きたいんだよ!!」
イレイスに視線を向けられたリズはあわてて男に申し出た。
「ふぅむ、4人がヒダカか……まあ、行けなくはないが……宮殿には多分今日は入れないだろうし、ヒダカにゃよその人間が泊まれるような宿なんてほとんどないぜ?急ぎじゃないなら明日になってから行く方が賢いと思うが?」
「…ま、その方がいいわね。アタシは別に1日くらい違ったって構いはしないけど?」
フレイが髪を背中に追いやる。イレイスはこくりとうなずく。
「だろうな。宮殿というような重要な場所であれば、旅人は余計拒まれるだろうし。私もその案には賛成する」
「えぇ〜!?ついでだからぱーっと行っちゃおうよー。アタシ、多分なんとかできるよー」
「アンタがぁ?えらい自信ねー」
「ちょっと背が高くて出るとこ出て引っ込んでるとこ引っ込んでるからって自慢げにくねくねしないでよ!アタシだって2年ほどしたらそーゆー風になるんだから!!」
フレイに嫌味を言われ、リズは反論した。途端、フレイが奇妙な笑みを浮かべる。そしてこれ見よがしに豊満な胸を誇示する。
「そうかしらぁ?まあ、期待しないけどね。でブロウ、アンタはどう思うの?」
「俺?俺……は……」
ブロウは遠い目をしたまま薄ら笑いを浮かべ……ちら、とトビトカゲを見やり……
「トビトカゲ…以外に行く方法ないのかな……?歩きとか……」
ブロウのおずおずとした質問に対し、男は信じられない。と顔に貼り付けてまくしたてた。
「お前正気か!?
 須那国の森は他の国の森とは違うんだ!“樹海”って言うんだよ!須那国の人間だってまともに歩けない森がどうして異国人が歩けるってんだ!」
「やっぱアンタはスカポンタンね。ちょっと考えりゃわかることでしょ?どうしてスナ王国が緩い鎖国状態にあったかわかるでしょ?」
「それに、仮に歩きでヒダカに行ってみろ、1ヶ月はかかるぞ。トビトカゲに乗れば大体半日くらいで着くのに…だぜ?」
「それは時間の無駄だな」
「…で、ですよねー……」
フレイ、男、更にイレイスに言葉の追撃を受け、ブロウは涙を流しながら彼らの言葉を肯定した。リズとしては何がそんなに嫌なのかがよくわからない。
確かにトビトカゲの見た目はグロテスクで女の子としては関わり合いになりたくない存在だが…見た限りでは、乗り心地はそう悪くないように見える。
ちなみにトビトカゲは最大定員二人…つまり操縦者と乗客という形になるようだが、人が乗るトビトカゲにはきちんと鞍がつけられ、
直接トビトカゲには触れないでもすむようになっている。そして背中に人を乗せたトビトカゲは整地された一本道をものすごい勢いで走り…つまり助走だ。
勢いをつけて高くジャンプし、後は前足についている膜のような翼を使って滑空する。
これは後で知った話なのだが、スナ王国の国土の大半を占める深い森は延々と続いているわけではなく、
ところどころぽっかりと木のない空き地のような場所があり、そこで一度着地し、再びジャンプするのに使われているそうだ。
「とにかく、今日移動するのはやめておいた方がいいな。早く行っても行動できないのでは意味がないし…それに」
イレイスは含み笑いながらブロウをちらりと見やった。
「こいつの心の準備も必要だろうしな」
「まあ、それがいいだろうな。またのご利用、お願いします…なんてな」
そこで話を打ち切ったリズたちはトビトカゲ乗り場を後にし、一度ケールスに移動し、ケールスで宿をとった。理由は簡単、イクハの宿代は高かったのだ。


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