--スナ王国-- 3話


翌日。今だ珍しく首を振るブロウを半ば強制的に連れ出し、トビトカゲにのって砂王国へと向かう。
トビトカゲは滑空するので、徐々に高度が落ちていく。適当なところで森の空き地を見つけて助走をつけ、再び飛び上がる…ということを繰り返し…
昼前くらいにはヒダカの街に着いた。
リズとしてはなかなか面白い乗り物だと思ったのだが、ブロウはそうでもなかったらしい。青い顔をして柵にもたれかかっていた。


ヒダカの街のトビトカゲ乗り場を出たリズたちはたまたま見つけた人間に宮殿までの道を聞いた。
やはりつい最近まで緩い鎖国状態だった国だけあってあまり親切には教えてくれなかった。
だが、ヒダカの街の中心のとんでもなく大きな建物…はひとつしか見当たらないので迷うことはなさそうだ。
歩くことしばらく、リズたちは巨大な門扉の前にたどり着いた。
門扉の前には当然のごとくいかめしい甲冑をつけた兵士が立っていて、明らかに不審物を見るような視線でリズたちを見ている。
「さて、目的地はここなわけだけど……明らかに歓迎されてないわね、アタシ達」
フレイの神がかった魅力も兵士たちには通用していないらしい。
フレイが兵士たちに意味深に視線を送ったり体をくねらせたりしてもいっこうに動じないのは兵士としては立派なものだろう。
この場合リズたちにとってはあまりありがたい話ではないのだが。
「あー、そのへんは心配しなくても大丈夫だよ。あーのー、すいませーん!アタシたち、賢者ヒオウさまにお会いしたくて来たんですけどーぉ!」
リズは怯むことなく兵士の一人に近寄っていく。それを見ていたブロウが訝しげな表情をしてイレイスに耳打ちした。
「兄貴、リズのヤツ先走ってやしねーか?」
「さぁ。どうだろうな。だが……今のところはリズ以上に有効なカードを私達は持っていない。しばらく静観しても問題ないだろう」
イレイスは腕を組み、視線はリズと兵士に向けたままブロウにそう答えた。
リズは兵士に何かを見せていたようだが……ややあって、リズがイレイスたちのもとに戻ってきた。
「聞いて聞いて!ヒオウさんに会わせてくれるってー」
「ほぅ。よくやったな」
「いつの間にあんなの手に入れたんだ?」
「えーっとね、昨日ちょっとねー」
えへへー、とリズは笑う。そして…ブロウとイレイスには気付かれないようにフレイにだけにやりと笑ってみせる。
「ま、アタシもいつもずっとお荷物やってるわけじゃないんだけどねー?」
一方、フレイは頬を引きつらせた笑顔を浮かべリズに答える。
「ふぅーん、その調子で軽い荷物を演じられるように頑張ることね」
リズとフレイの間に架空の火花が散る。
このまま女同士の骨肉の争いが始まるかと思われたが、兵士が声をかけてくれたおかげで争いは不発に終わったのだった。
さて、リズたちは門扉まで迎えに出てきた侍女に先導され、広い庭園の見える回廊を歩いていた。
深い緑の木々や苔に彩られ、白い巨石が絶妙の配置で置かれている。
そして屋根は黒、赤い柱が鮮やかだ。その美しさにリズたちはしばらく会話をすることも忘れて見入っていた。
それから程なくして、ある部屋に入れられ、卓を囲んだ椅子に座らされる。
しばらく待てと言われ、少しばかり姿勢を崩して待つことしばし……
「失礼します……あぁ、本当に来てくれたんですね?」
と、青年の雰囲気を持つ少年が入ってきた。彼こそ、リズが危ないところを助けてもらった人物、ヒオウである。
「ええもう!ヒオウさん、あの時は本当にありがとうございました!それにご馳走って聞いたら居ても立ってもいられなかったんですぅ!」
リズは営業スマイルを浮かべてヒオウにまくし立てる。その横でブロウが「ご馳走に釣られたってのは本当の話だ」と小さく呟いた。
かしヒオウは特に不快を顔に出すこともなかった。
「そちらの方たちは、リズさんが仰っていた仲間の方ですか?遠路はるばる、ようこそ須那国へ」
「貴殿がスナ王国の賢者、ヒオウ殿?」
「ええ、まあ……大仰な呼称だとは思いますけれど、甘んじてそう呼ばれています」
「イレイス、知ってるの?」
「知っているも何も、魔法使いを志した者なら知らない人間はいないだろうさ。是非色々と話を聞きたいものだな」
「ならひとつ、酒宴の席でも設けるのも良いな」
そこに、涼やかな娘の声がした。リズのものでもなければ、フレイのものでもない。
全員が振り返ると、戸口には1人の娘が挑戦的な笑みを浮かべて立っていた。
栗色の髪を背に流し、装飾こそ少ないが一目で上等とわかる衣装を纏っている。そしてその瞳は極上の紅玉。
「姫!?いつからそこに!!」
「ついさっきだ。にしてもヒオウ、遠路はるばるわざわざ尋ねてきてくれた娘に茶のひとつも出さないとは無粋な。
 …異国人なら花茶より葉茶の方が口にあうだろうな。葉茶の青、それに菓子は……甘めの物を大皿に。惜しむなよ」
娘は目を白黒させているヒオウのことなど少しも気にせず、控えていた侍女にすらすらと指示をしてから自分も空いている椅子のひとつに腰掛けた。
「…あの、こちらは?」
「……須那国が女王、アカリ様です……」
おずおずと尋ねたブロウに、ヒオウはやや肩を落として答えた。
アカリが侍女に指示してからそう時間が経ったわけでもないのに、もう人数分の茶と大量の菓子が出てきた。
侍女二人がかりで運んできた大皿の上には色とりどりの見たこともない形の菓子がたくさん並べられていて、
リズたちの前に運ばれてきた茶碗の中は淡い青緑色の茶が入っていた。更にリズとフレイの茶碗には白い花が浮かべてある。
リズは茶を飲んでみたのだが、これがすっきりとした飲み口で癖がない。菓子もとてもおいしい。
一目見ただけで高級品とわかるそれらに、たしかに彼女らが高貴な身分の存在であることを確信した。
「へぇえ、スナ王国の王は若い女だっていう噂はあったけれど、本当だったんだねぇ…あぁ、とりあえず自己紹介した方がいいかしら?
 アタシはフレイ、旅人兼薬師みたいなことしてるわ。で、こっちの黒いのが剣士のブロウで白いのが魔法使いのイレイス」
「フレイなぁ…仮にも王族の前なんだからもっとちゃんとした物言いしろよなー…御気に障りましたら謝ります」
「別に構わない。ところで、お前たちはどうしてヒオウに会いにきたんだ?まさか本当に馳走という言葉を目的にしてきたわけじゃないんだろう?」
アカリの言葉に、リズは一瞬どきりとした。…その、まさかだったからだ。
「えぇまあ。実は俺たちボレロを求めて旅をしていまして、
 ティシモ伯を訪ねたのですがお留守でしたから南の大陸に渡る予定だったのですが、リズがご馳走ご馳走と言うもんですから寄り道がてら来たんです」
「ボレロ……ですか」
ブロウの言葉を聞いたヒオウがため息まじりに呟き…アカリと視線を交わす。何かを言いたそうだが、それを言ったものかどうか……という雰囲気だった。
アカリは小さく肩を竦めた後、興味がないと言わんばかりに茶の入った陶器に口をつけた。
するとヒオウは卓の上で手を組み、真剣なまなざしでじっとフレイ・ブロウ・イレイス・リズを見回した。
「どなたが挑戦者なのかは知りませんが……悪いことは言いません。ボレロなど求めるべきではありません」
「なっ…なんでぇ!?」
柔和なイメージのヒオウにきっぱりと否定されたことにリズはかちんときた。思わず卓に手をつき立ち上がって身を乗り出してしまう。
そこをさえぎるように先ほどまで腕を組んで聞き手に徹していたイレイスが腕を解き、リズの服の裾を引いた。
「それは貴殿の過去の経験からの結論…と取って構わないのだろう?ヒオウ殿」
「ええそうです。僕はボレロを得ました。
 しかしボレロを得るための旅は過酷でしたし、僕だけじゃない、五聖たちも生死の境を彷徨うほどの苦行を強いられました。
 目的の途中に寄り道ができるような覚悟しかないのであれば、死ぬ前に諦めた方がよほど幸せですよ」
リズは立ったまま口をぽかんとあけたままになった。リズ自身にとって、とどめとも言える言葉であった。
イレイスにも突きつけられた現実だったが、ヒオウには更に厳しく突きつけられた。
甘えがあったのはどこかでなんとかなるだろうという楽観的思考があったからで、楽観的思考が生まれた原因は覚悟が足りなかったせいとも言えるだろう。
リズが苦しい思いをするだけではなく、ブロウやイレイスにもそういう苦しい思いをさせてまで求めるものだろうか……その、「願いを形にする魔法」というやつは。しかも、リズが苦労して、結果失敗した…となれば諦めもつくだろう。しかしブロウやイレイスはたとえ成功したとしても何が残るのだろう。
それを思うと……リズは口を閉ざしてくたくたと椅子に座ることしかできなかった。
その場に重い空気がたちこめる。
その中、意を決したようにブロウが口を開いた。
「ひとつ聞いてもいいですか?ヒオウさん…あんたはなんでボレロを手に入れようと思ったんですか?」
「僕の思いはひとつだけ。姫を守り抜く力を得るため」
「…とまぁ、暗い話ばかりしていても仕方ないだろう?食事は別室に用意させておくから少しくつろぐと良い。
 それと……そこの白いのと黒いのは腕に自信はあるか?あるのなら後で玉座まで来い。依頼したいことがある」
アカリは辛気臭いのは嫌いだ。と言うように首を小さく振り、立ち上がった。女王という立場であればつまらないことで時間を潰す余裕もないのだろう。
アカリが立ったのにあわせてヒオウも立ち上がる。
「折角遠くからお越し下さったのにろくなもてなしもできなくて恐縮ですが、ひとまず失礼させていただきます。何かあれば侍女殿に申し伝えてください」

 そして、部屋に沈黙が訪れた……



一人は須那国の麗しき女王、アカリ。
アカリの一歩背後を歩くのは若き賢者、ヒオウ。
この王国にとっては日常風景の一部になっている光景だ。
「ヒオウ、お前は甘いな」
「…お言葉を理解しかねます」
「先ほどのことだ。中途半端に否定するくせ、肝心なことを言わなかった」
「あれ以上伝えては彼女の心が折れてしまうように思ったからです」
「折ってしまえば良い。それがお前の言う“幸せ”だ」
アカリはくるりと振り返り、ヒオウを見上げた。そして……その頬にそっと手を添える。
「あれは代償を必要とする。魔法が元素を用いて現象を創造する術ならば、あれは犠牲を糧に願いを形にする。
 それで、お前は未来を鎖したのだろう?……私のせいで」
ヒオウは目を伏せる。
「姫のせいではありません。僕が望んだことですし……姫を思う皆が望んだことです」
「それでこそお前だ。お前が心を乱されたかと案じたが、そうではないらしいな」
アカリは笑みを浮かべ、手を離した。
ヒオウは再び歩き始めたアカリの後を追いながら、口を開く。
「ところで姫、先ほどのお二人に玉座に来いと命じられた理由は?」
「うん。あれは北東国から来た…と言っていっただろう?内情を聞かせてもらおうかと思ってな」
「成程。賢明なご判断です」
「ついでに小金稼ぎさせてやろうと思っている」
アカリはにぃ、と唇を引いた。



「……で、どうするんだよ?」
静かな部屋の中、一番初めに口を開いたのはブロウだった。
その問いには、リズにもイレイスにもフレイにも向けられている。
「私は玉座まで行こうと思っているが。スナ王国女王直々の申し出だ。きっと面白い事を提案されるに違いないからな。」
くくっ、と何時ものようにイレイスは楽しげに笑う。
「……それは、きっと俺にとっては嫌な予感だ……。はぁ。」
その台詞を聞いたブロウはため息を軽く吐いた。先程までのヒオウの言葉を共に聞いていたはずなのだが、二人の調子は何時もと変わりはしない。
「ふーん。儲け話だったら何時でも乗るわよ?」
フレイリアはその場から動こうとせず、手をひらひらと振る。所謂、いってらっしゃいのポーズだ。
「フレイはどうすんだよ?」
「アンタらが帰ってくるまで此処で様子見。『商品販売』の許可がとれるかどうかも考えとかなきゃいけないしね。」
それに、とフレイは続ける。視線の先には、うつむいたまま固まっているリズがいる。
よほどヒオウの言葉がショックだったのか、彼女の頭の中は混沌としているのだろう。
「コレ、一人でほっといたら何処行くかわかんないでしょ?」
「あ……。そだな。ゴメン、悪いけど頼むよ。」
「ん、任せといてー。あ、礼はそのうちもらうから。」
フレイリアのやる気のなさそうな言葉に、ブロウは苦笑を浮かべる。とりあえず、今はそっとしておくほうがいいだろう。
迷って迷って考えて、そのとき質問を投げかけられたら、それに答えてあげればいい。
たとえそれがどんな下らない、愚かな内容だったとしても。
「じゃ、とりあえず行くか。ブロウ。」
客間と思われる部屋のドアをイレイスは引く。
ブロウはそれに慌ててついて行った。



廊下にいた侍女に王座までの道を聞いてから、二人は並んで歩いていた。
こつりこつり、と美しい石床が軽やかな音を立てていく。
「……なぁ、兄貴はどう思ってるんだ?」
ブロウは、いきなりそう話を切り出した。
「主語を抜かすな。思い当たる節が多すぎて答えられんぞ。」
「ヒオウさんの言葉。なんつーかさ、俺も、ボレロのこと楽観視してたから……」
そう言ったブロウの横顔には、リズほどではないものの迷いのようなものが生まれていた。彼は無知だったから、リズと同じような衝撃を受けたのだろう。
「ああ……あれか。言わなかったしな。」
「言わなかった、ってなんだよ。兄貴知ってたのかよ……って、知ってたんだよな。」
そして、知っていた上でリズに協力する事を選んだのだから、それがイレイスなのだ。
ブロウは破天荒すぎる目の前の人間に思いきりため息をつく。
「まあな。確かにボレロを取得するのには並大抵なことでは通用しない。だが、彼の考え方はいささか真面目に行き過ぎている気がするがね。」
「……そりゃ、兄貴から見たら誰でもそうだろ?」
「否定はしない。だが、彼の言葉は自分から戒めて選択肢を減らしているだけにしか見えないんだが。私から見れば、ただの阿呆だ。」
「出会って数分の人の人生真っ向否定すんなよ!」
イレイスの横暴ともブロウの顔がおもわず引きつる。
声のトーンはある程度落としているとはいえ、侍女があちこち歩いているここでやっていい類の話では決して無いだろう。
「……多分彼は、変わらない事を選んでしまったのだろうな。」
突っ込みにも動じずそう締めくくったイレイスは、どこか遠い目をしていた。ブロウは、何故イレイスがそのような表情を浮かべるのか理由はわからない。
それでも、自分の知らない過去の『イレイス』と関連するものなのだろうか、と思った。
こつり、こつりと再び静寂の中に足音だけが響く。
イレイスは、黙ってしまった弟に対して小さく息を吐くと、ひょいと肩をすくめてみせた。
「あれはしんどいぞー。絶対将来ハゲるタイプだ。今度、フレイとコラボして最高能力を誇る育毛剤でも作って送ってやろうか。」
そう悪戯っ子のように言ってみせたイレイスに、ブロウは思わず可笑しくなって笑う。
「……最悪の趣味だ。ぜってー国家権力を敵に回す事になるからやめてくれ。」
そんなやりとりをしていると、かなりの距離をあるいていたのかひときわ大きな扉の前まで来ていた。おそらく、此処が王座への扉なのだろう。
イレイスが扉の脇に立つ兵士に女王への謁見を願うと、どうやら話は通してあったらしく、二つ返事で中に招き入れられた。
中は…扉に比べるとこぢんまりとした部屋だった。
幅は狭いが奥行きのある部屋には等間隔で侍女が控え、イレイスとブロウを見ると胸の前で拳を合わせ、頭を下げた。
イレイスとブロウは…少なくともブロウは緊張した面持ちで奥へと進む。
最奥は少し周囲より高くなっていて、その上には金色に輝く玉座があった。その玉座に足を組んで座っているのはアカリ、その傍らにはヒオウが控えている。イレイスとブロウは入り口で指示された通り段の下で片膝をつき、頭を下げた。
「女王様、お待たせしました」
「なに、楽にして良い。話が長くなるだろうし……椅子を持て」
アカリは傍らに控える侍女のひとりに命じた。すると、瞬く間に簡素ながら椅子が二脚運ばれてきた。
後で知った話だが、スナ王国では基本的に女王の前では最初に指示された姿勢を崩して話をすることはないらしい。
立ったまま話しかけることを許されるのは今のところヒオウのみ、まして、玉座の前に椅子を用意されるなど前代未聞だったそうだ。
「さて、女王陛下……我々に御用とは?」
話を切り出したのはイレイスだった。
「あぁ。お前たちは北東国…ラゼラル王国から来たと言っていたな。
 そこで、だ。お前たちが知っているラゼラル王国の状況を伝えよ。有益だと判断できれば報酬も出す」
「流石女王陛下。話が早くていらっしゃる。単刀直入に申し上げますと、ラゼラル王国で国王罷免の動きが高まっています。
 現国王は無能であるともっぱらの噂で、王太子を王に据えようとする動きと、それでもなお現国王を立てようとする動きがあり、
 国の中で小さな争いが頻発しているのが事実です。旅人は既にラゼラルを回避し、ネルベ王国を経由して移動しております。
 …現在のところは、このようなものかと」
「ふむ…ヒオウの言う通り、大きく荒れそうだな……」
アカリは息を吐き、少しだけ目を伏せた。正面を向けば苛烈な光を放つ両の紅玉は翳りを湛え、それはそれでため息をこぼしそうな美しさがあった。
「して、その争いは民を巻き込んでいるものか?」
「そうではないと感じました。ティシモ伯を訪ねる途中に立ち寄った村では収穫祭が盛大に行われておりましたので……
 主に商人や旅人は憂慮していましたが、民にはまだ影響は出ていない……と推測されます」
イレイスの言葉に、アカリは満足そうに頷いた。それからヒオウに何かを耳打ちする。
ヒオウは少し驚いたような表情をしていたが…何度か同意するように頷いた後、玉座の背後にかかる紗布の向こうへと姿を消した。
そしてアカリはイレイスとブロウを見下ろし……唇を引いた。それを見たブロウはなぜだか背筋が寒くなった。
「お前たちの情報、なかなか有益だったぞ。そのついでに、依頼だ。聞くか?」
「勿論」
「実はヒオウとラゼラル王国のシェンド伯爵クレス殿は少なからず縁があってな。例の諍いに先立ち、ヒオウが助力を請われた。
 ……が、こちらはそれを断っている。理由はわかるだろう?」
「ヒオウさんは女王様のことがとても心配でお傍を離れるわけにはいかない…とかですか?」
ブロウが首を傾げながら尋ねるとアカリは吹き出し…声を上げて笑い始めた。
え?俺なんか間違ったこと言った?と、声には出さなかったものの周囲をきょろきょろと見回すブロウの隣でイレイスが咳払いをした。
「彼の立場を考えればわかるだろう?」
「え?それどういう……こと?」
「…あ、あぁすまない。まさかそういう方向に行き着くとは考えていなくてな……ラゼラル王国の諍いはあくまで国内の伯爵同士の事情、
 いくら縁があるからといっても異国の重鎮が首を突っ込めば国同士の争いに発展しかねない。そういう意味では有名すぎるのも不便なものだなぁ……」
「あ、なるほどそういうこと……」
実はブロウはアカリとヒオウは恋仲だと思っていたのだ。先ほどのリズやフレイと一緒に居たときのヒオウの台詞を聞けば誰だってそう思うだろう。
そのくらいヒオウの言葉には重みがあったし、熱がこもっていた。
しかし、今はイレイスの視線が冷たく突き刺さる。ブロウはすいませんと口の中で謝ってから体を小さくした。
「そこで、だ。お前たちは一介の冒険者として“諍いが落ち着くまで”クレス殿の身の安全を確保してもらいたい。
 手段は問わないが、クレス殿以外の人物に私たちが関与していることを気取られるな。報酬は……札の製法。引き受けてくれるか?」
「札の製法……成程、いいところを突いてこられる」
札とはリズが以前ヒオウに分けてもらった、紙片に魔法を込め、それを破ることによって発動させる特殊な技術である。
イレイス自身札の存在を聞きかじったことがあったが、その製法までは知ることができなかった。それはスナ王国のトップシークレットとして、けして国外に知らせてはならないということになっていたはずだ。知識欲旺盛なイレイスが食いつかないわけがない。
「え、えっとー…ちなみに、シェンド伯爵以外の人に事情が知れたら……」
「そうだな、須那の精鋭を送り込んでお前たちの存在を消去させてもらおうか」
と、アカリはそれはもう殊更にっこりと微笑んでそう言った。元々苛烈な視線を持つ彼女だけにえも言えぬ迫力があった。
ブロウは引きつった笑いを浮かべて……心中で涙を流す。
そこにヒオウが手に盆を持って戻ってきた。その上には何かが入っているらしい布袋が載っていた。
「こちらが先ほどの情報の報酬、2万ノートになります。どうぞお納めください」
「ほぁー……さすがに国王ともなったらケタが違うなー……」
提示された金額に感嘆の声を上げるブロウの傍で、イレイスがそれを受け取る。
「ありがとうございます」
「依頼の話だが、そうそうすぐに決められることでもないだろう?明日の夕方までに返事をしてくれればいい。良い返事を期待しているぞ」
というところでイレイスとブロウは退室させられた。


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