--スナ王国-- 4話
二人がそんな話をしていた端で、客間はしぃんと静まり返っていた。
別に人が誰も居ない、というわけではなく、二人の女性が並んで座っている。一切の会話も無く、ただお互いに微妙な空気が流れていた。
「……で、何時までアンタはそうしてるわけ?」
イレイスとブロウが部屋を出て行き、どのくらいたっただろうか。
ようやく、フレイリアがリズに向かって言葉を吐き出した。
しかしリズは、顔を上げるようなことはせず、沈んだ面持ちでうつむいたままだ。
そんな少女の態度に痺れを切らしたのか、フレイリアはわざとらしくため息をついた。
「あのさぁ、そーやってたって結論は出ないでしょ?
誰かが指示出してはいそうですね、って従うのを待ってるんならアタシは言わないけどさ、そーじゃないでしょ?」
フレイリアがなおも言葉を続ける。
「向けられた言葉や現実が厳しいから逃げたって何もならないわよー。」
「……で、………こと……」
ようやくリズが、ぽつりと漏らすように言葉を吐き出した。
それはとても聞こえる音量ではなく、フレイリアは半ば本能のように聞き返していた。
「なんで、そんな事言うの?あたしの事、何も知らないくせに!ってゆーか、むしろさっきからケンカばっかり売ってくるくせに!」
リズは叫んでいた。
「ま、確かにその件は大分大人気なかったかなー、って思うわよ。それに、今のアンタ見てたらその辺のガキよりもガキ。おこちゃま。」
フレイリアの言葉に、リズはうっと黙り込む。
そしてさらにフレイリアは、口で畳み掛けていく。
「辛くて苦しい現実を口頭で突きつけられたから落ち込む?
それじゃあ、ただ怒られて悪戯が未遂に終わった子供と同じよ。ってゆーか、人を巻き込んでる分、タチの悪さでは最上位ね。」
フレイリアの以外にも冷淡な物言いに、リズは再び心が沈みそうになる。どうして、こんなにも散々に言われなければいけないのだろうと。
ヒオウは一体どんなことを乗り越えてきたのか想像がつかないが、きっとそれは自分が考えられないほど辛く険しい道であることだけはわかった。
そして同時に、危険であるという事も。
「まただんまり?いいけど。……で、アンタさ、結局どうしたいわけ?泣きながら実家帰んの?」
その言葉に、一瞬心が波打つ。
そう、ボレロを諦めるということは、そこで旅の終わりを告げる事になる。
今突きつけられている問いの本心に気がつき、リズが顔を上げると、フレイリアは頬杖さえついてみせて、無関心、といったような顔つきをしていた。
「あたしは……」
言いかけて、言葉を止める。
危険だとわかっていて、ブロウとイレイスを巻き込んでいいものか。
そもそも、誰かを犠牲にしなければいけないほどの魔法を、自分に会得する権利があるのか。
「ま、なんでもいいけど。アタシ、アンタの事はなんもわかんないわ。ただのガキってことくらいしか。
でも、あいつらとは結構付き合い長いし、わかる事も結構あんのよね。
例えば、イレイスはに旅の危険性を知りつつアンタについたとか、ブロウはアンタが逃げたいって言っても励ますだろうとかね。」
リズは、否定する言葉が思いつかなかった。
フレイリアがどのくらいの付き合いをしていたのか知らないが、確実にリズよりは長いだろう。
だからこそ、フレイリアが言った二人の想像は、リズの中でも思い浮かべるのは簡単だった。
「それと……何が起こったとしても、涼しい顔して乗り越えそうってこともね。」
そういったフレイリアは、頬杖を突きつつもどこか楽しそうな顔に戻っていた。
恐らく、彼女もまた彼らのことを『気に入って』いるのだろう。
「……それは。」
「結局、アンタがやるかやんないか、其処だけよ。
危険だとか困難だとか……ムカつくけど、アンタには強力なカードが初めから配られてるんだし。何とかなるわ。ムカつくけど。」
「…に、二回も言う?」
「うん、ムカつくから。」
絶世の美女は、爽やかに笑った。ものすごい毒舌を残して、だったが。
けれど、なんとなく励まされたのはわかった。それと、最終的に選ぶのは自分だという事も、教えられたような気がした。
その時、がちゃりというドアノブが回る音と共にドアが開かれる。
「ただいまー。」
そう言いながら開かれたドアから入ってきたのは、ブロウとイレイスだった。
「で、女王サマなんて?」
「あぁ、端折って言うとシェンド伯の身辺警護を依頼された。報酬が良くてな…受けてみようと思う」
フレイの質問に、いたずらっぽく微笑みながらイレイスが答える。ブロウは若干遠い目をしながら小さく首を横に降った。
「シェンド伯…というと、ラゼラル王国?また戻るワケ?」
「まあ、そうなるな」
イレイスは椅子に座りなおし、ブロウは窓辺に寄る。
「せっかくめったに入れないスナ王国に来た…ってのに、すぐ帰っちまうんじゃもったいないなあ…
で、フレイ。お前商売の許可取るとか言ってなかったか?」
「あ、そうそう。そうだったわ。こーゆーのってやっぱ女王サマが許可してんのよね。ちょっと行ってくるわ!」
フレイは片手を挙げて席を立つ。その言葉に面食らった侍女が悠々と歩いていくフレイのことを制止しながら追いかけていった……が、効果があるとは思えなかった。リズは……きゅっと拳を握る。
「ねぇ、ブロウ、イレイス……ちょっとだけ、いいかな?」
「ん?どうした?」
窓の外を覗いていたブロウが振り返った。その表情はいつもと同じ、人の好い笑みが浮かんでいる。
「あ、あのね……さっきのヒオウさんの話、聞いたでしょう?ボレロの旅、ひょっとしたら死んじゃうかもしれないくらい危険なんだっていうし……
そ、その、もしブロウやイレイスがイヤだったら、もう付き合ってくれなくていいよ!
アタシはまだ諦めたくないけど、それにブロウやイレイスをずっと付き合わせるわけにもいかないもんね!だから……」
と言って、リズは俯いた。
…ら。
「リズに心配されたら終わりだな、兄貴」
「全く。お前は知らなかったかもしれないが、こちらは多少聞きかじってはいた。
というよりも……障害が高いから使い手が少ないんだろう?想像つかないか?」
「あ……そっか」
取得を志した者皆が入手できるのなら、ボレロという魔法は「入手するのが面倒な魔法」か、「難易度の高い魔法」でしかないはずだ。基本中の基本を指摘され、リズは赤面する。
更にイレイスは続けた。
「最も……私やブロウがお前の五聖であるとは限らないがな。
もし、お前に五聖全員がついて、その時私やブロウが五聖でなければ……そこで別れるという話になるが、それは仕方ないことだと思え」
「……うん!アタシ、やっぱりボレロ欲しいもんね!」
こんなに頼もしい仲間が居るのだ。リズはにっこりと笑う。心配は杞憂でしかなかった。
ヒオウが言わんとした「覚悟」とは、何も大それた目標を持つことではない。
ひとつのことを決めて信じ、貫くことだったとリズが知るのは、もっと先の話であった……
「女王サマいるー?ちょっとお願いしたいことがあるんだけどー」
フレイは持ち前の美貌で扉の前の衛兵を従え、侍女たちを黙らせ、淀みのない歩みで玉座までやってきた。アカリは玉座に座したまま、ヒオウと打ち合わせ中であった。
「何事ですか」
ヒオウは会話を切り、眉をひそめてフレイを見下ろした。ちなみにヒオウにはフレイの美貌が通用しないのは既に分かっていた。彼の目に入る女性はアカリしかないのに違いない。
…が、今はそんなことはどうでもいい。
「アタシぃ、南の大陸で珍しい薬草をたくさん仕入れてきたんだけど、城下で商売させてもらっていいかしら?」
フレイはしなを作り、余所行きの声でアカリに尋ねてみる。
それをきいたアカリは目を細め……それから、にぃと唇を引いた。
「残念だが、礼もわきまえぬ者の頼みを聞く耳などこのアカリにはない。…ヒオウ」
「リズさんのご友人に手荒な事をするのは気が引けますが……姫のお言葉ですから、仕方ありませんよね?」
ヒオウが申し訳なさそうに微笑んだ直後……フレイはものすごい力で背中を引っ張られた。
声を出す間もなく玉座の間の外の回廊に放り出され…フレイはぺたんとその場に尻餅をついた。
……笑顔の鬼が2匹居た。
フレイは思い出したようにぶるぶると体をふるわせると、そそくさとその場を立ち去ったのだった。
その日の夕食はスナ王国の宮廷料理というやつをリズが「もうたくさん」と言うほど堪能させてもらった。
スナ王国は深い森に覆われた土地だが土が肥沃で植物がよく育つ。更に場所によっては鉱物資源も採取できる。
その割に人口が少ないので、非常に豊かな国なのだそうだ。
その言葉を裏付けするように、食卓には野菜や果物だけでなく、肉や魚も使われた料理が並んだ。更にスナ王国は茶の種類が多い。料理にあわせて茶を選ぶほどなのだそうだ。ただ……何故かフレイはこの食事の場には現れなかった。女王に商売の許可を得てくると言って部屋を出た後、成否はわからないが何故だか姿を現さなかった。
ブロウに聞いてみると、気分しだいでふらっと何処かへ行っちまうのは良くあること、と苦笑いで答えたし、
リズとしてはこの豪華な食事をみすみす逃すのはもったいない……と思ったので、
フレイのことはあまり好きにはなれなかったので先ほど励ましてもらった礼に同情はしてやるが、それ以上してやるつもりは毛頭ないのであった。
「ヒオウさん、ちょっと聞きたいんですけどぉ…魔法って、どうやったらうまくなれるんですか?」
夕食後の茶を楽しんでいたときのこと。折角高名な魔法使いが居るのだからと思い出したリズが話題が途切れたところを選んで尋ねた。
「どうやったら…というのは、個人によって違いますから一概には言えませんが…“良い”とされる要素は三つ。
自分と扱う元素との親和度、呪文に対する知識、そして、元素を扱う技術…とされていますね。
前者は生まれ持った素質に大きく左右されますが、後者ふたつは自分の努力次第です」
「そっかぁ……やっぱり、練習するしかないのかなぁ……アタシ、故郷で魔法の勉強してたんですけどぉ、なんか全然うまくいかなくて……」
リズはもじもじと手の中の陶器をいじくった。ヒオウはそんなリズをまじまじと見つめる。
その視線に気付いたリズは…なんとなく居心地が悪くなってしまう。よく見れば、ヒオウは整った顔立ちだ。
一人で街角に立っていれば女性が放っておかないだろう。そんな異性に見つめられれば、気恥ずかしいのは当たり前…では、なく。
「リズさんは命属性ですね。実は命属性は肉体との結びつきが非常に強く、元素として扱うのはとても難しいんですよ。
それに加えてリズさんは元素との親和度があまり良くないようですね。ですから、思うように習得ができなかったのでしょう」
「えぇー!?ヒオウさんって見ただけでそんなことまでわかっちゃうんですかー!?…っていうかイレイスはそんなこと一言も言わなかったよ?」
言い方は柔らかではあったが「魔法使いの素質がない」と言われたのは初めてだった。リズは疑惑の視線をイレイスに向ける。
……イレイスのことだ、「罰ゲーム」をやりたいがためにリズに無茶を言ったのかと思ったのだが……
「そのくらいは私も気付いていたさ。
しかしそれを告げればお前は努力することを諦めていただろう?というか、お前の場合素質以前に呪文をてんで覚えていなかっただろうに」
「うっ……」
逆にイレイスに痛いところを突かれ、リズは言葉を失った。まったくもってイレイスの言うとおり、早々に「素質がない」と言われていればリズはできる努力すらしなかっただろう。
「実は属性によって向き不向きがあってですね。膂力を得られる熱、疾さを得られる雷、打たれ強さを得られる命は戦士向きの属性と言えるでしょう。
一方、記憶力を得られる知、冷静に立ち回れる氷、機転の利く幻属性は魔法使い向きの属性となりますね。
他には、人に愛される魅力を持つ昼、判断力を得られる星は為政者向けの属性と言われますし、夜属性ならば芸術家向きです。
組織の一員となるなら法を重んじる聖属性は重宝されますし、農業や薬草に関わるなら木属性が有利です。
ただし、闇属性はその身に邪を宿す…と言われ、敬遠されます。あと無属性は特殊で、確率で全ての元素との親和度が高いか、逆に全く親和度がないことになります」
「ふーん……色々あるんだ……」
「それでリズさんには“必殺の一撃”があるわけだなー」
ヒオウの説明を聞いてふむふむと頷くリズの隣でブロウがにやにやしながらそう言った。
リズはむっときたので近づいてきたブロウの額に拳骨をお見舞いしてやった。
「勿論、今のはあくまで一般論です。命属性なので戦士になるべき…と言っているわけではありませんよ?
命属性でも元素との親和度が高ければ貴重な魔法使いになれますし、氷属性の冷静さは戦士としても必要なものです。
逆に昼属性なら誰もが良い為政者になるとは限りませんし、法を軽んじる聖属性の人間だって居ます」
しかしリズは今しがた「魔法使いになるには厳しい」と言われたのだが…かなり努力してようやく人並みなのか。
ならばさっさと魔法使いを諦めた方がいいのだろうか…などと思ったりしてしまう。
「ちなみに、ボレロは魔法使いの素質とは関係なく、ボレロの島にたどり着き、奥義書を読めば身につきますよ」
「あ、そうなんですか……」
それならば、ボレロを手に入れて、「立派な魔法使いになりたい」という願いを形にする…という方法もありではないだろうか。
リズは先ほど思った言葉を胸の奥にしまい直した。そのとき、こつんとブロウの方から音がしました。ブロウは「いけね」と言いながら床に転がった長い物を拾い上げ、改めて壁にもたせかけた。
「あ、そうだ。ヒオウさん、この街で剣の手入れができるような場所ってありますか?
ここのところ無理させてるんで、しっかり手入れしてもらいたいなーって思って」
「そうですね……
須那の剣は他国の剣とは少し違うので希望に適うかどうかわかりませんが、姫なら良い鍛冶師をご存知でしょうから、明日お願いしてみましょう」
「ありがとうございます」
「さて、僕はこのあたりで失礼いたします。寝所は侍女殿にお任せしてあります」
そう言ったヒオウは席を立ち、傍らに控えていた侍女の一人に何か話しかけた後、改めてリズたちに向き直って軽く頭を下げて部屋を出て行った。
その後、リズたちは侍女に案内され、一人づつ違う部屋に通された。
部屋はリズの部屋の数倍は広く、白い薄い布のかかったベッドに立派な机や椅子が用意されていた。
ちなみに侍女が一人世話役としてつく…と言ってくれたが、リズはそれを断って早々に眠ることにした。
リズはあまり自立しているわけではないが、着替えまで手伝ってもらうのはさすがにやりすぎだと思ったからだった。
さすがに宮殿の寝具は格が違う。リズはしばらく居心地が悪いと思っていたが…知らないうちに深い眠りについていたのだった。
さて、その頃。
ケールスの街でリズたちと別れて一人ベリリルの森を目指していたスイレン……
リズたちがティシモ伯爵の屋敷を訪れる頃にはスイレンはベリリルの森にたどり着いていて、それから丹念に森の中を調べてまわっていた。
しかし残念ながらスイレンが望む情報は得られることができなかった。
というのも、かつてあったはずのエルフ族の集落はすでになく、今では大半が王都ラゼリアの城下町に移住したのだという。
「残念でしたね……せめて足取りでもつかめるかと思ったんですけれど」
スイレンは誰に言うでもなくごちて、次の目的地……ラゼリアを目指すためにベリリルの森を出発しようとした。
この地を離れることになって、スイレンには少し周囲に気を配る余裕も生まれてきた。
今までも気をつけてきたつもりであったが、目的を果たすことを念頭において行動していたので、小さな違和感には気がついていなかったように思う。
風もないのに木立や草がさざめいている。きっとそれは樹神の愛し子であるエルフ族が故に気がついた事象であったのだろう。
木や草が何かに怯え、スイレンにも注意を促している……
スイレンは注意深く周囲の気配を探りながら、木立が怯える方角に向かってみた。
それから小一時間くらい歩いただろうか。スイレンは古びた屋敷にたどり着いた。屋敷はそれなりに立派な様相だが、人が出て行ってかなり放置されていたようだ。木や草は伸び放題、壁もところどころひび割れたり剥がれ落ちたりしている。
そして、屋敷からは何とも言えない嫌な空気が流れてくる。スイレンは小さく唾を飲み込み……そっと壁に張り付いた。
この屋敷はおそらく人のものだろう。石や煉瓦を用いた建築物はエルフ族のものではないし、そもそもここはエルフ族の集落からは離れすぎている。
かと言って、ここはまだベリリルの森の奥深くだ。人の集落からも離れすぎている。…察するに、高貴な人間を幽閉する目的でもあったのだろうか。
残念ながらヴァルシーアで育ったスイレンにはよくわからない感覚であったが。
スイレンは壁に背中を貼り付けたまま、首だけ伸ばして手近な窓をそっと覗き込み……思わず声を上げそうになったのを慌てて押さえ、窓から離れた。
と同時に吐き気をもよおしたスイレンは手で口を押さえ、その場に屈みこむ。
部屋の中には人がいた。そして、拷問とよばれる仕打ちが行われていた。大の男数名が寄ってたかって幼い少年をいたぶる様はあまりに残酷だった。
(どうしよう、助けないと。でも……)
スイレンはおおよそ戦いには向かない。魔法は使えるが、戦うための魔法を習得したわけではない。
そして相手が複数である以上、よほどうまく立ち回らなければ助けに入ったスイレンまで同じ運命だ。
そろそろとだが全速力で屋敷から離れたスイレンは、ある存在を脳裏に描く。そしてその名を呼ぼうとして……口を閉ざした。
(だめ、あの方に頼る事柄じゃない。だとしたら……)
イレイスとブロウはどうだろう。彼らは確か、ティシモ伯領を目指すと言っていた。
ティシモ伯領ならば、今スイレンが居るベリリルの森があるウィロ伯領の隣だ。
もしかしたら力になってくれるかもしれないし、そうでなくても何か良い方法を考えてくれるかもしれない。
スイレンは手近な木に触れ、神経を研ぎ澄ませる。
「お願い。イレイスという人に伝えて欲しいの。スイレンがベリリルの森に来てほしいと言っていたと……」
木はスイレンの言葉に答えるかのようにさわさわと揺れた。よし、これでいい。スイレンは木から離れ……再び屋敷に近寄った。
とにかく拷問を施している連中の気をそらさなければ、あのままでは少年はもたない。
さて、どうしたものか……とスイレンが杖を手に状況をうかがっていたときだ。スイレンの背後から草を踏みしだく音がした。
屋敷の方ばかり気にしていたおかげで背後がおろそかになっていた。おかげで何者かの接近を許してしまう。
スイレンが杖を構えて詠唱の体勢に入るより先にその人物がスイレンの背後に回り、スイレンの腕を捕まえ、口をふさいだ。
「……っ!?」
「声は上げるな。こちらも事は荒げたくない」
かの人物はそうスイレンに告げた後、スイレンを拘束したまま屋敷を遠ざかったのだった……
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