--スナ王国-- 5話


翌日。それはまだ太陽が顔をだしたころだった。
……はぁ!?何言ってんだよ兄貴ッ!
驚愕の叫びが、響き渡った。
「阿呆。声が大きいぞ。まだ寝ている人が居たらどうするつもりだ。」
どこか間抜けたこたえだが、そう冷静に返す。良く知っている、二人の声。それが響いているのは、自身が寝泊りさせてもらった部屋の外だった。
リズは何事かと思いベッドから身を起こすと、身支度するのも適当に外へと出てみる。
廊下で言い合っていたのは、やはりイレイスとブロウだった。
「どーしたの?二人とも。なんだか雰囲気が悪いけど……。」
リズがそういうのも無理は無かった。
何故なら、珍しくイレイスとブロウがにらみ合っているように立っていたからだ。
だが、そうとれるのはブロウが真剣な表情を浮かべていたからであって、イレイスは何時ものポーカーフェイスのままなのだ。
「今からシェンド伯領に行くと言い出しただけだが。」
「は、い、今から!?」
イレイスの言葉に、リズは純粋にあせった。
自分は全くといっていいほど準備が出来てない。しかも話も聞いてない。
このままだとおいてけぼりは必至である。
「違う、リズ。兄貴は一人で行くって言ってんだ。」
イレイスの言葉の足りなかった答えに、ブロウが付け加える。
「あ、なーんだ。そっか。一人だったらアタシがあせる必要ないんだよね。」
リズはそれを聞いてほっと、胸をなでおろそうとしてー…動きが止まった。
「って、ええ、一人!?ブロウは!?っつーか、アタシは!?」
「だから声が大きいと言っているだろう。理由は簡単だ。今回の依頼は秘密裏に。馬鹿正直二人も面倒見きれん。以上。」
ばっさりと切り捨てるような言い方に、リズはぽかんと口を開けた。
確かに何かを隠しながら行動するのはリズは向いていない。もちろん自覚している。
それに、それは隣にいるブロウも全く同じことが言えるわけで。
「……た、確かに、そーだけどよ……でも、」
お前が来るのは邪魔だ。先程から言っているのが理解できないのか?
イレイスの物言いに、リズは驚くしかなかった。
今まで少なくとも二人は一緒に行動していて、少なくともイレイスはブロウに対しそれなりに愛着というか……情をかけているような節はたびたび見られた。
信頼している関係、というのもフレイリアがそれとなく言っていたことだし、まさかこうして何のためらいもなく邪険に扱うことはないだろう、と思っていたのだ。
「一体、何の騒ぎですか?」
廊下の奥から現れたのは、ヒオウ。
いくら朝も早いとはいえ廊下で喧騒を起こしていたのだから、侍女なり誰かなりそれとも本人が聞きつけたか何かあったのだろう。
その表情は不機嫌、というよりも疑問を浮かべているようだ。
「いえ、ご心配なさらず。弟がちょっとゴネてるだけですから。」
イレイスは彼の登場に特に驚くこともなく、ひょいと肩をすくめてみせた。その隣でブロウは何とも言えない表情をつくっていたが、反発はしなかった。
これ以上、個人的な騒ぎを大きくさせないためだろうが。
「何処か、行かれるので?」
ヒオウがそんなイレイスに質問する。
というのも、イレイスは完全に旅支度を済ませていたからだ。
「はい。依頼のほうに向かわせていただこうと思いまして。」
「……今からですか?」
ヒオウは少々いぶかしげな顔をする。返事は明日の夕方でいい。それなのに今から向かうとは少々先走り過ぎているように思えたからだ。
「まあ、そうですね。軽い寄り道をするので到着は明日の午後きっかりになるかと存じます。
 アチラには『此方が気に入っている旅人』とでも話を通していただきたいのですが、よろしいですか?」
「……わかりました。そう伝えておきます。」
イレイスはヒオウの返事に助かりますとだけ答えて歩き出す。
ブロウは思わず一歩踏み出しかけたが、邪魔とまで言われたことがよほど答えたのか、すぐに足をとめる。
しかしイレイスは数歩歩いたところで足を止めてくるりと振り向いた。
「ああ……ついでで悪いんですが、よろしければそこのじゃじゃ馬娘の事を適当に鍛えてくれませんか?
 その間、黒い方は煮るなり焼くなり蒸すなり好きにしていただいてよろしいので。」
イレイスの頼みに、ヒオウは一瞬だけあっけに取られたような顔をしたがすぐに笑顔を浮かべ、再び歩き出したイレイスに了承の意を伝えたのだった。


しばらく後の玉座の間。玉座に座し、頬杖をついた状態でヒオウから早朝の騒動の次第を聞いたアカリは一通り聞き終わると相槌ともため息ともとれるような息を吐き、頬杖を解いた。
「ふむ、そういうことなら黒い方の面倒は私が見てやろう。今日はとりたてて急ぐ政もなくてな、久々に城下の視察に出ようと思っていたところだ」
「ありがとうございます」
ヒオウに倣って片膝をついた状態で頭を下げたブロウ。しかし、目的が叶うというのにブロウの表情は冴えない。憮然としているのが声にも表れていた。
「それでは僕はクレス様に言伝をした後リズさんの修行に付き合います。
 イレイスさんも無理をおして行動を起こしてくださったのですから、希望には出来る限り応えたいと思います」
「あぁ、そうするといい。娘、どうせならヒオウを凌ぐつもりで励め?」
「え、えっと……がんばります(絶対無理だけど)」
アカリは笑顔で無茶を言う。それにしても…アカリにとってブロウは「黒い方」呼ばわりらしい。だったらイレイスは「白い方」だったのだろうか。
しかし、そこに不平を言わないブロウはイレイスに置いてきぼりにされたことがよほどショックだったのだろうか……
「じゃあリズさん、行きましょうか」
「あ、はい。じゃーねブロウ、また後で」
「……あぁ」
完全に腑抜けている。リズは小さく肩を竦めると、ヒオウの後について歩き始めた。
「……さて。」
がちゃりと扉が閉まった後、アカリはおもむろに玉座から立ち上がると、ブロウのほうへつかつかと歩み寄る。
そして、何を考えているのかじろじろとブロウを余すところ無く視線を向ける。
向けられたブロウは少々不快だったが、相手が相手なので文句が言えるわけでもなく、ただ訝しげな表情を浮かべていた。
「ふむ……なるほど。よし、決めた。」
にやり、と楽しそうな笑みを浮かべるアカリ。
その笑い方は、つい朝方分かれた兄と同じような種類のものだったので、思わず眉をひそめた。
「行くぞ、黒いの。お前はなかなかに面白そうだしな。」
「……それはお喜びしていい事柄ですか?それと、名前はブロウです……」
頭上に音符が見えそうなほどなかなかに機嫌よく歩き出したアカリの後ろをブロウはついて歩き出す。
その表情が明るくは無いのは、若干嫌な予感がするだけではないだろう。
「…………はぁ。」
朝の出来事が脳裏に浮かぶたび考えこんでしまい、ため息が漏れる。
自分がバカ正直なのもわかっている。あの依頼に向いていないこともわかっている。
だが、なんとなく腑に落ちなくて、少しだけ気持ちが暗くなってしまう。
「……。私の前でため息とは、いい度胸だな?
「え、あ、あ、め、滅相もございません!!」
目の前に居た人物の事をすっかり忘れていたブロウは、反射的に頭を下げる。
しかし、対するアカリの表情は怒の色は全く無く、楽しそうにくつくつとさえ笑って見せた。
「ちょっとした冗談だ。」
「……か、勘弁してください……」
ひょいっと肩をすくめたアカリに、ブロウは今度は心中でため息をつく。
どうにもこうにも自身の立場上、こうして王族のように『貴い者』と呼ばれる方々と一緒に居るのは無駄に気が張ってしまっていつもより3割り増しで疲れる気がするからだ。



さて、こちらはリズとヒオウ。ヒオウはリズに動きやすい格好を整えておけ、と言っていなくなり…リズが仕度を整えた頃に戻ってきた。
話の流れから察するにきっとラゼラル王国のシェンド伯のところまで行ってきたのだろう。その後、リズはヒオウに連れられて宮殿を出て……
歩くことしばらく、小さな家に着いた。余談だが、移動の魔法は習得した本人のみしか効果が表れないので複数名を移動させるのは不可能なのだそうだ。
「あのー、ここ、どこですか?」
「僕の家です……というか、代々の賢者の住まい、というべきでしょうか。
 僕は小さな頃からここで師について魔法を学び、師も同様に生活していたと聞きます」
宮殿に比べるとまさに「小屋」である。女王が最も信頼している部下であれば宮殿で寝泊りしているか……
そうでなければ宮殿に負けず劣らず立派な屋敷に住んでいて侍女をたくさん抱えているのか…と思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「では早速修行ですが…まずは自分の中にある命元素を自分から切り離し、他者に分け与える練習をしましょう。
 これを素早く行うことができれば、呪文なしでも簡単な傷を癒すことができます。では、手本を見せますね」
ヒオウは手近にあった木の皮に杖で傷をつけ、杖を手にしていない手を傷にかざす。
するとみるみるうちに傷がふさがり、元の姿に戻った。リズは思わず拍手をしてしまう。こういうようなことは学校では一切やらなかった。
あくまで教科書に載っていた理論を机で学び、その理論をもとに魔法を実践する。
リズには理論が理解できなかったし、理論が理解できなかったから実践もうまくできなかったのだ。
ヒオウは再び杖で傷をつけ、それにリズを向かわせる。リズはヒオウを真似て傷に手をかざした。するとヒオウがリズの傍に立ち、リズの手をとる。
…何故か、どきどきしてしまう。
「きちんと集中して、自分の中にある命元素を手に集めて。
 ……丁寧に、最初は時間がかかっても構いません……集まったのを感じたら、それを木に向かって放つイメージ……」
リズは深く呼吸をし、ヒオウの言葉に従う。すると、白っぽい光がリズの手のひらより放たれ、木の傷に集まっていった。
そして、ヒオウのように完全に戻すことはできなかったが、ぱっと見ただけではわからない程度に修復することができた。
「ほ……ほぁああああああ……」
今までリズは関係元素の扱いはてんでだめだっただけに感動を覚えた。何故か体が震える。
「そう、よくできましたね。
 今の流れを忘れないように、何度か練習してみましょうか。それでは僕は別の用事をしていますから、一人でがんばってみてください?」
「は…はいっ!!」
ヒオウの笑顔に単純なリズは大きく頷いた。
「よくできた」。
そんな言葉、リズはかけてもらったことがない。
…いや、もっと小さな頃は何かでかけてもらったのかもしれなかったが、少なくとも魔法に関してこんな言葉、一度もかけてもらったことがない。
ヒオウは小屋の中に入ってしまい、リズ一人が取り残された。リズは再び傷に手を向け、集中する……するとどうだろう、また同じようにできた。
今度は先ほどよりも傷がずっと目立たなくなった。
「ちょ、アタシすごくない!?」
興奮で体が熱い。だが、この感覚を今のうちに自分のものにしておきたい。
魔法が使えたことはうれしい。だがそれ以上に、ヒオウにほめられたい。その気持ちでリズは傷に向かったのだった。


一方こちらはヒダカの城下町にやってきたブロウとアカリである。
住民たちは昨日ブロウたちだけだった時とは違い、満面の笑顔でこちらに挨拶をしてくる。アカリは丁寧にそれらに応える。
一部の者は店の商品を分けてくれ、ブロウがそれを持つことになったのだが……あっという間に腕いっぱいになってしまった。アカリはよほど民に好かれているらしい。
おかげで、街外れの鍛冶屋に着く頃にはブロウの腕が足りなくなり、近くに居た衛兵に荷物運びをお願いしなければならないほどだった。
鍛冶屋は盛況だった。だが、アカリの特別な計らいによって、早急にブロウの剣の修理を行ってくれるらしい。
無理を言ったのだが鍛冶師は嫌な顔ひとつせずふたつ返事で引き受けてくれた。
とは言ってもやはり三日程度はかかるということなので、その間ブロウは剣のない生活を強いられることになる。
……つまり、少なくとも三日はイレイスを追いかけることができないことになる。ブロウとしては…結局、表情が晴れる結果にはなりそうもなかった。
ブロウとアカリはそこそこのところで鍛冶屋に暇を告げた。でなければ民たちが外で騒いでいて仕事どころではなかったからだ。
「女王様、そろそろ戻られますか?」
「いや……もうしばらく付き合え」
「はぁ……」
ブロウが気のない返事をしたせいか、アカリが振り返ってため息をついた。ブロウは一瞬アカリの機嫌を損ねたのかと思いブロウは慌てて姿勢を正した。
「お前……鍛冶師が特別な計らいをしてくれると言ったのだから、もう少し嬉しそうにしてみせたらどうだ?」
「あ、すいません……」
「全く……お前は片割れがいないと自分で立てもできないのか」
「そ、そんなことありません!今回はその…突然だったし……相談もなかったし……って!」
ブロウが言い訳をしようとしている間にアカリはすたすたと通りを歩いていってしまっていた。
さすがに一国の主が自国とはいえ護衛の一人もつけずに勝手に歩き回るのはまずいだろうと思ってブロウはあわててアカリに追いついた。
アカリはブロウのことなど振り返りもせずに自分の気の向くまま、と言わんばかりに歩き……街の外の森の中にやってきた。
いつの間にか民は誰もいなくなっていた。何か暗黙のルールがあるのかもしれない。
アカリはしばらく歩いて、白い大きな石がいくつかある小さな空間で足を止めた。ブロウも同じく足を止め、周囲を見上げてみた。
季節は冬に向かっているはずなのに、ブロウの衣装では軽く汗ばむくらいに暖かい。
アカリもブロウ同様にきちんとした衣装を着ているのだが、アカリは涼しい顔をして…というよりむしろリラックスした表情で陽光を楽しんでいる。
こういうあたり、なんとなくイレイスに似ているような気がするとブロウは思う。
「兄がいなくて戸惑う心持ち、実はわからないでもないぞ。実は私にも、年の離れた兄がいてな」
突然、アカリがそんなことを言い出した。
ブロウはぎょっとしてアカリを見たのだが…アカリはこちらを見ておらず、まるで独り言を呟いているようであった。……こういう時、イレイスであれば公式記録を即座に脳裏で反芻し、事実と照合させる作業をするのだろうが……残念ながらブロウはそこまでの知識量はない。
リズほど何もできないわけでもないが、イレイスほど何でもできるわけでもないブロウとしては…なんとも言いようのない気持ちになった。
「兄上は世継ぎの王子であられた。けれど、国を出られた。今となっては何故だったのか知る由もないし、今どこでどうしていらっしゃるも知れないが……」
「兄君が国を出られたせいで、女王様は女王にならざるを得なかった。ってことですよね」
「まあ、そうなるな。だが、私は兄上を恨むつもりもなじるつもりもない。
 兄上を失ったことは大きかったが、兄上がいらっしゃらなかったおかげで得た物も多い。
 私は私にできることをやってきたつもりだし、これからもそうするだけだ。お前にも、言えることではないか?」
「……そう、ですね」
「私が見たところ、お前と白いのには深い縁がある。
それこそ、こんな些事では切れぬような強い縁がな。だからお前は憂うことなく、前を向いてお前ができることをやればいい」
ブロウが顔を上げた前に、アカリが居た。
アカリの表情は清清しい。けして揺らぐことのない、力のある微笑だった。
ああ、だからこの人は女王でいられるのだ。ブロウはそう思った。
「下らん話に付き合わせたな。今度は是非、手合わせ願うこととして、今日は宮殿に戻るぞ」
「はい。…って、手合わせぇ!?」
「あぁ。こう見えても多少は剣術の心得もあってな。ヒオウのことも元は私が鍛えてやったんだぞ?」
目を白黒させているブロウをよそにアカリはくつくつと笑い、また颯爽と歩き始めた。ブロウは慌ててアカリのことを追いかけるのだった。



「……くしっ!」
とっさに手を口元に当てて、くしゃみをする。誰かが−…おそらくリズかブロウあたりでも自分の話をしているであろうことは簡単に想像がついた。
「あらあら、お風邪でも召されましたか?」
「いや、誰かが私の噂話をしているだけさ。」
紅茶を運んできたウエイトレスの問いに、イレイスは飄々と答える。
イレイスは今、ケールスにいた。
その、とあるカフェで簡単な遅めの昼食を取っていた。最も、目的は食事を取るのではなく、もっと別のところにあるようだが。
「……来たか。」
淹れたての熱い紅茶に5つほど角砂糖を入れたとき、からんとドアチャイムが涼やかな音を立てる。
そこに表れた人影に視線を向け、にやりと微笑んでみせた。
「……来てやったわよ。」
そう不機嫌な声で答えたのは、海のような美しい青い髪の美女、フレイリア。
ウエイトレスの声掛けを無視し、やや乱暴にイレイスと同じテーブルに着く。
「で、いちいちアタシを呼んで何?馬鹿にしに来たわけ?」
「それも考えたが、違うな。お前が別大陸で仕入れたものを買ってやろうと思って。」
「……はぁ?あれはアンタじゃ使えないじゃない。」
フレイリアが言ったとき、ウエイトレスが冷たい水とお絞りをフレイリアの目の前に置いた。
「ご注文は、いかがなさいますか?」
業務上の人懐っこいスマイルを浮かべて、ペンを片手に立つウエイトレス。
フレイリアはその場で数秒考え、
「ガトーショコラとアップルパイとチーズケーキを一切れづつ。後は紅茶。ミルクをつけてね。……それと、支払いはコイツがするから一緒につけといて。」
と、イレイスを指差して注文した。
ウエイトレスはその注文に戸惑うことなく聞いたとおりにくり返すと、奥へと引っ込んだ。
「太るぞ。」
イレイスは、別段怒ったふうもなく冷静に言った。
「アンタに言われたくないわよ。」
フレイリアの目は、しこたま砂糖が入ったと思われる紅茶と、イレイスの前においてある標準よりも背の高いパフェグラスを見つめていた。ちなみにそのグラスは空だ。
「……話を戻そうか。理由は言えんが必要になる。それだけで、十分だろう?」
「そーね。お互いこういう場で詮索する程馬鹿でもないわね。……で、いくらよ。」
フレイリアの『商売』に、イレイスは金額を提示する。
それは、価値を知らない人が見れば心底驚くような価格だったが、価値を知っている人が見れば非常に納得する金額であった。しかし、フレイリアは渋い顔をしたままである。
「どうした?私としては相応に色をつけた方だが。」
「だからよ。いっつもアンタって相応かそれ以下しか出さないからよ。そこまでする理由は?」
「事業に失敗したお前に同情……ということでは不満か?」
フレイリアの問いに、くつくつとイレイスは笑う。
それが癪に障りフレイリアの眉間にさらに皺がよるが、一切イレイスは気にしない。というか楽しそうである。
「……あちこちでよくない噂を結構聞くけど、アンタが同情とかいうくらいだし。全部本当になりそうね。」
「はッ、それはいささか買いかぶりすぎだ。」
ひょいとイレイスが肩をすくめたとき、ウェイトレスがチーズケーキとガトーショコラとアップルパイを一緒の皿の上にのせて運んできた。もちろん熱い紅茶も忘れていない。
「アンタ、ところでアイツはどうしたのよ?」
フレイリアが紅茶に角砂糖ひとつとミルクを落としながら話を切り替える。
お互いに異が出ないのならば、交渉成立の証という暗黙の了解。
「ちょっと放し飼い中だ。まあ、今頃はふてくされているかもしれないがね。」
「ほんっとにどーでもいいけど、一度思いっきり噛みつかれたらいいのに。」
フレイリアは、3つ仲良く並んだケーキの中のガトーショコラにフォークをぶっさす。
イレイスは、その行為をじっと見つめていた。
「……ところでアップルパイ美味そうだな。」
アンタ絶対糖尿病になるわよ。
その後、イレイスがアップルパイどころか3種類頼んだかどうかは、また別の話だ。


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