--スナ王国-- 6話


さて、夕方…リズはヒオウと一緒に宮殿へ戻ってきた。
リズとしてはもう少しヒオウと一緒に修行したかったのだが、ヒオウに無理をするな。と言われて切り上げてきたのだ。
ヒオウ曰く、命元素とは生命そのものと言っても過言ではないもので、故に自分との結びつきが強いのであるそうだ。
それを無理に切り離し、他者に分け与えることはつまり自分の命を切り崩して他人に与えているのと同じだ。
ヒオウとしてはあの方法はリズに命元素の扱い方を知ってもらうために提案した方法であって、それをいつまでも続けるつもりはないという。
しかし、命属性の人間は命元素を取り込むことは非常に易い。食事をすれば補うことができるのだ。
夕食はブロウとアカリとヒオウが同席していたのだが、リズの食べっぷりにアカリが目を丸くしていた。
それもそのはず、昨日は4人で程よくおさまった量のスナ王国の王宮料理を今日はリズ独りで大半を平らげたからだ。
そして食事が終わった後ヒオウとアカリは退室し…ブロウとリズが残された。
「リズ、修行はどうだったんだ?」
「うん、なんか成長したーってかんじ!ヒオウさんはすごいね。
 あ、あとヒオウさんがお昼ご飯を作ってくれたんだけどすっごくおいしくっておかわりしたよ!
 ブロウはあの女王サマと一緒だったんでしょ?どうだった?」
「お前のおかわりは普通だろうよ……まぁ、すごい人っていうのはよくわかった……」
ブロウは多少げんなりしながらリズの質問に答える。リズは首を傾げながら侍女がいれてくれたお茶を口に含んだ。
「で、イレイスのことなんだけど…やっぱり迎えに来てくれるまで待つの?」
「いや、場所はわかってるから追いかけようと思う。まあ、剣の修理が終わるのはもう少し先だから、それより後にはなるんだが……」
「そっか。まあ、しょうがないよねー。よーし、明日も張り切って修行するからアタシそろそろ寝るよ!おやすみっ!」
リズは椅子を蹴倒さん勢いで立ち上がると、ブロウに大きく手を振って出ていく。
その様子をブロウは狐につままれたような顔で見送った。驚くのも無理はない。リズは今まで勉強や練習の類は嫌っていた方だったのだ。
イレイスから課題を出された時は自分が切羽詰っていたにも関わらずどこか嫌々やっていたふしがあったのに、
今のリズときたら生き生きと練習をしているではないか。ヒオウはそんなにいい先生なのだろうか。
「……俺も、寝ようかな……」
話し相手もいないことだし。ブロウは侍女に丁寧に給仕に対する礼を言って部屋を後にしたのだった。



「……失礼します。紅茶をお持ちいたしました。」
ことり、と琥珀色の液体が注がれたティーカップを客人の前に置く執事の男。
彼はまだ経験は浅く、今だ未熟者である。勿論自意識はある。
「ああ、わざわざ丁寧にすまないね。」
客は、優雅に此方に微笑んで見せる。それがいやに、執事である男に引っかかった。

何故ならその客は、妙な客だったからだ。

「−…失礼する。シェンド伯クレス殿は、おいでかな?」
太陽が傾き始め、真っ赤に空が染まる時間帯にその人突然はやってきた。
全身に白い服を身に纏い、銀の髪が窓から入る赤い太陽に照らされていて。
白い色は全て血を思わせるような赤い色に見えて、些か不吉に思えた。
「失礼ですが……お約束のないお客様とはお会いになることができないのですが。」
傍にいたので、とっさに自分が取り次ぐ。お客様をお待たせするのは、執事としてやってはいけない事だ。
自分はマニュアルどおりの言葉を投げかけ、マニュアルどおりに帰ってもらおうとした。
しかし。
「ふむ……クレス殿に既に話は通してあると思ったのだがね。黄昏時に、ヒオウ殿が懇意にしている旅人が訪ねるからもてなすように、と。」
「は……?」
いきなりそういわれてもワケがわからない。嘘をついている様子はない。しかしそんな話を聞いた事が無い。
そう執事が疑問に捕らわれたとき、屋敷の奥から音もなく一人のメイドが駆けつけてきた。
執事は、そのメイドを知っている。彼女は、この屋敷のメイドの中でもかなり重要な地位についている、いわばお偉いさんだ。
「すみません、お待たせしました。なにせ、この執事はまだ未熟者でして。客間へどうぞ。後で淹れたての紅茶をご用意させていただきます。」
「いや、此方も日は言っていなかったからな。少々急ぎすぎたかもしれない。」
お偉いさんメイドが、何気に此方を卑下してきたが、心に留めるだけにしておく。
「なるべく急いで紅茶をこの方に。」
メイドが、自分に的確な指示を向けてから客を客間に案内する。執事は自分が卑下された事に対してはあまり気にしないが、客の身分が気になった。
客が来るとわかっていればあらかじめ何か言われるものだが、それが無かったからだ。
だが、自分はこんなことを詮索できる身分ではないと分かっているので、すぐに紅茶を淹れに行った。

そして、今目の前にいる真っ白な衣装を身に纏い、銀色の髪をした客に紅茶を出した。
お茶を出せば何か話を振ってくるかと思いきや、客はそれきり黙ってしまった。
せいぜい気になるのは、先ほどから入れている角砂糖の量くらいのものである。

「……まだ足りないな。」
一口飲んで、その感想。うわ、また2つ足したよ。あ、飲んだ。うなずいた。ちょうどよかったんだ。
執事がイレイスの様子を、まじまじと見ていた。いきなりやってきた客が気にならないほど人間できてはいないのだろう。
未熟者とまで言われたのだから、尚更だ。と、イレイスは紅茶をすすりつつ執事の視線を受けて考えていた。

等と、お互いに牽制球を投げつつ時間が過ぎるのを待っていると、不意にドアがノックされた。

イレイスが視線を上げる。がちゃりと、ドアが開いて姿を現したのは誰でもない。シェンド伯爵クレス=シェンド、その人だった。
「待たせたな。」
「いえ、お忙しいところをわざわざ申し訳ありません。」
立ち上がって、優雅なしぐさでイレイスは一礼をしてみせる。その行為に、ふむ、とクレスはうなずいた。
「……旅人、と聞いていたからどんな奴かと思ったら、存外まともだな。」
がっかりだ、という具合にクレスは肩をすくめる。しかしイレイスは小さく微笑んでみせる。
「おや、無礼者の方が好みでしたらそうおっしゃってくれればよかったんですが。」
「言っていたら、どうなってたんだ?」
「貴方を暗殺しに来る者にまぎれて伺うところでした。」
イレイスは、楽しそうに口の端を上げていた。それは『にっこり』という音よりも『にやり』というものだったが。
「なるほどそれは無礼だ。ヒオウが知り合いだと言っていたから、どれだけ生真面目かとおもいきや、案外面白いな。いや、意外といったところか。」
「お褒めにお預かり、ありがとうございます。」
イレイスは、恭しくクレスに頭を下げる。クレスは、ぷ、と噴出したかと思うと声をだして少し笑った。
「……なるほど、中々に気に入った。名前は……あー……」
「イレイス。イレイス・ソレイル。です。伯爵様。」
「そうか、イレイス。ではまず立ち話もなんだから、座らないか?」
「了承いたしました。」
クレスが座り、イレイスが対するように座る。クレスはその後すぐに隣に立っていた執事に2・3物言うと、執事を部屋から下げさせた。
これで、完全に二人きりである。
「では、始めようか。まずは、何から聞いてみたい?」
まずクレスが話を切り出す。イレイスは、少しも考え込んで黙るという行為をせずに、口を開いた。
「では、まずはここ数日の間の御身の置かれている状況と他の伯爵殿の状況についてお教えいただけますか。
 いかんせんしばらくの間この国を離れておりましたので、まずは様子を把握しておきたいのです」

それからしばらく、クレスの長い話が続く。

まずはシェンド伯領内での事件について。ちょうどイレイスがリズと出会った頃、クレスのもとには「王太子の使者」を名乗る人物がやってきて、
近々国王罷免の動きがあるので賛同してほしい。と言われた。が、クレスはこれを断り、使者を引き下がらせた。ちなみに現国王は無能で有名だが、
その子息にあたる王太子は野心家であり、ラゼラル王国が東の大陸の覇権を握るため行動すべきだと父王に何度も進言しているそうだ。
確かに現在はネルベ王国が創設されたばかりでまだ国内の安定には至っていないし、スナ王国も再生しつつあるとは言え、
以前の栄華を取り戻したかと言えば否定せざるを得ない。好機であるのかもしれないが、大国イシュネー王国が揺るぎなく存在している。
現在のラゼラル王国にはイシュネー王国を凌ぐほどの力はないとクレスをはじめとする何人かの伯爵は評価しているが、
その一方で王太子寄りの考えを持つ人間も少なからず存在する。
そして、クレスが使者を引き下がらせた後から城下で不審な人物を見かけることが多くなり、
警備を増やした上でヒオウに助力を願ったのだった。結果は知ってのとおりヒオウが助力することはできなかったが、
代わりにイレイスがあらゆる意味で護衛をすることになった。この後の話はこれから詰めることになる。

次に、他の伯爵領での出来事について。王太子の使者がクレスのもとを訪れたことから理解できるように、
王太子派が自国の権利拡大のために如実に動き始めたことにより、伯爵の中でも現国王派と王太子派がはっきりと分かるようになってきた。
現在はっきりと現国王を推挙しているのはシェンド伯クレスとティーノ伯アンダンティ。
穿った見方をすればこの両伯爵は現国王のもとで恩恵を享受している者たちである。
一方王太子派を唱えるのは現国王と深い因縁があるディオーソ伯グランディと王太子推挙の筆頭であるウィロ伯トランコ。
ウィロ伯トランコは王太子の妻の父でもあり、実権を握りたいがための行動、と見る者も多い。
そして「ウィロ伯の腰巾着」とあだ名されるヴァーチェ伯爵レグロヴィ。
ティシモ伯爵フォルテは不在のため中立を保っているという……現在では数字上ではやや王太子派が優位である。
ただ、先日何者かがティーノ伯爵家を強襲し、屋敷が炎上。焼け跡からティーノ伯爵夫妻とおぼしき遺体が発見され息女は行方知れず。
現在では一時的に王太子がティーノ伯領を治めているという状態だそうだ。
「つまり、現在では王太子殿の敵とはっきり認識されているのはティシモ伯爵お一人、ということですね」
イレイスが不敵に微笑み尋ね返すと、クレスは深く頷いた。
「情けない話だが、その通り。そしておそらく、次はここが狙われるだろう。つまらない貴族の争いで領民が危険に晒されるわけにはいかない。
 が、かと言って王太子に実権を握らせるわけにはいかない。
 まだ救いなのは、ティーノ伯が所持しているはずの金印が行方不明になっている…ということだろうな」
「金印?」
「ラゼラルの伯爵が皆ひとつづつ持っている黄金の印で、これを捺した書をもって国王信任・不信任を宣言することになる。
 早い話伯爵が生きていようが死んでいようが、金印さえ見つかれば書面を作ることなど易い。
 勿論このシェンドにもひとつ存在するが、貴殿にも所在は明かせないぞ?」
「それが賢明だと判断します」
イレイスは事前に魔法で周囲に聞き耳を立てている者がいないか、またそういった類の魔法が施された物がないか調査をしておいたが、幸い見つかることはなかった。しかし大事を取って口外しないにこしたことはない。王太子が国王になるのを防ぐためには、この金印を死守する必要があるのだから。
「ではイレイス。今後のことだが……」
「まず、街の入り口に信頼できる兵を置き、出入りする者を調査させるようにして下さい。
 それと、巡視の数を増やすことと、街の住民にも知らせ不審者がいないか注意させるように。
 とにかく、さっさとその“書面”を出させ、向こうが望まない結果にしてしまう必要があると思われます。
 確か国王の罷免は七伯のうち六伯の書面で成立だったはず…ですね」
「あ、あぁ。その通りだ。詳しいのだな」
「お褒め頂き、恐縮です。それでは私は城下にて情報を集めて参ります故失礼いたします」
「あいわかった。戻ってきたら貴公の部屋に案内させるよう屋敷の者に伝えておく」
イレイスはそこで席を立ち、シェンド伯クレスの前からさがったのだった。

頃合としては日暮れが近い。燃えるような太陽は既に8割ほど山陰に身を隠していた。
イレイスが小さく鼻を鳴らし視線を戻すと、風もないのに廊下に置かれた鉢植えの観葉植物が葉を揺らしていることに気がついた。
さすがに誰かが隠れられるほど大きなものでもない。何かしらの魔法を感じ取ったイレイスは手のひらを観葉植物に向け…
密かなる生者たる木、その心を我に語れ…
『オマエガ いれいす?』
観葉植物はイレイスが使おうとした植物の言葉を聞く魔法を使う前にイレイスに言葉を伝えてきた。イレイスは手を下げ、それに応じる。
『すいれんガ イッテタ べりりるノモリニ コイ』
(…スイレンが?)
さすがのイレイスもこのときばかりは首をかしげた。
確かにしばらくスイレンと共に旅をし最初にケールスの街を出るときに別れたが、こうやって連絡をもらうほどの仲だったとは思わなかったのだ。
そしてベリリルの森とはスイレンの目的地だったはず……もう少し多く情報を含めておけよと舌打ちしたイレイスは屋敷の外に出たのだった。


イレイスが外に出た頃、既に太陽はほとんど沈んでいた。まだ空は太陽の名残を残して完全に暗くはなっていない。
「ベリリルの森、か。」
意気込んで外に出てみたはいいが、そのまま向かうべきかと思案する。
あのような伝え方をするのだから相当急いでいる。本気を出せば20分と掛からずにベリリルの森へは着くだろう。そもそも、あまりシェンド伯領からは遠くない。それ以上に、ただでさえ忙しいのにこれ以上の厄介ごとを背負うべきか否か、という点で悩む。
いっそお人よしの弟が居ないのだからこのまま黙殺してしまってもいいのだが。
「……やれやれ。どうしたものかね。」
伝達魔法は受けるほうもある程度の魔法を習得していないと聞く事さえもできないだろう。
だからわざわざ自分を指定してきたのだろうが、とイレイスはため息をついた。
その時―…
「あ……い、イレイスさん?」
ふと呼ばれて、振り返る。そこには、大き目のローブを纏った少なくとも見覚えはない女性が立っていた。
だが、ないのは見覚えだけ。その本質は確かに知っている人物だ。
「……あー、すみません。どちら様ですか?返答によってはこの場で蒸発していただきますが。」
そういって、満面の笑顔をローブの女に向ける。もちろん、右手にはいつでも発動できるように赤々と燃える炎を宿して。
瞬間、ローブ下から少しだけうかがえる女性の表情が固まった。
「え、え、あ、あの、私は!!
「スイレン=リュア。」
相手が言い切る前に名前をイレイスが言い当てる。女性は青くなっていた表情を一瞬で赤くしてー…そして、大きく息をついた。
「……あ、ついでに言うとこれはただの明かりくらいにしかならん魔法だぞ。」
そういって、イレイスは手のひらに宿していた炎を握りつぶすように消す。
それをみていたローブの女性は、息を大きく吸ってから顔に被ったローブを取り払った。
「も……もう!!どうしてそんなことするんですかっ!!」
髪の色や全身の雰囲気こそ別人だが、緑の瞳が本人だと示している。ローブの女性は、少し前まで共に旅をしていたスイレンだった。
「いや、どういう魂胆か知らんがいちいち遠い場所に呼び出してくれたから、ついイラっと。
「……あ、ええっと……森に、行ったんですか?」
イレイスの言葉にスイレンはちくりと胸を痛ませる。入れ違いになってしまったのならば、多少脅かされようが責められようが仕方ない。
一方的にほんの少しの言葉しか飛ばさなかったから、という責がスイレンにはあった。
いや全然。
イレイスとしてはこのまま行くかさえも決めかねていたのだが。ぶっちゃけ、移動距離も屋敷から町に出てきた程度だ。
「……ええと、それって……」
「軽い嫌がらせと皮肉だな。常識的に考えて。」
考え込んでしまったスイレンに、イレイスは追い討ちをかける。
「……もう!!だからどうしてそんなことするんですかっ!」
再び同じような台詞と共に怒り出したスイレンをみて、イレイスはぼんやりと思うのだった。
『こいつ、遊ばれ慣れてないな』と。
「そんな台詞の堂々巡りはいい。結局目的はなんだったんだ。」
「あああ!!そうです!!ちょっと大変なんです!!」
イレイスがようやく本来の目的という道を差し出すと、その場でわたわたとスイレンは騒ぎ出した。もっとも、イレイスには何が大変なのかさっぱりなのかわからないのだが。
「えーっとえーっと、わたし、ベリリルの森に行ったんですけど、
 大変なものをみてしまいまして、なんていいますか古い屋敷がありまして、そこに男の子がいて大層大変な目に!!」
意味の通じにくい言葉の羅列で、イレイスは思わずこめかみを押さえていた。
「……とりあえず落ち着け。そして出来ればもっと説明が上手い人を紹介しろ。」
「う……わかりました。……ええと、リズさんとブロウさんは……?」
きょろきょろとスイレンは周囲を見回す。だがそこに、共に居たはずの仲間は居なかった。
「2匹ともスナ王国に放し飼い中だ。」
「は、放し飼いですか……。とりあえず、いらっしゃらないのならば、此方へ。」
そういって、スイレンは先頭を歩く。イレイスは了承の意だけ答えるとその横について歩くのだった。


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