--スナ王国-- 7話
スイレンに連れられてきた場所は、所謂宿屋というものだった。旅をしていたイレイスにはなじみのある光景が目の前に広がる。
さほど大きくもないその宿屋は、本当に泊まるだけの施設らしく、今時珍しい食堂のないこじんまりとしたものだった。
「イレイスさん、この部屋ですよ。」
そういって、ずらりと並ぶ質素な木のドアの一つをとんとんとスイレンはノックする。すぐに、中から若い男の声が聞こえた。
「失礼します……」
「いやー、おっかえりスイレンちゃーん。お使い頼んじゃってゴメーン!」
すぐにハイテンションな声が、部屋に響いた。イレイスが中を入り口から部屋の中をうかがうと、室内にはスイレンを含め4人の人間が居た。
一人は、金色の髪をしたテンションの高い男。もう一人は、短く、黒い髪をした若い男。そして、衰弱した様子の少年がベッドに伏せていた。
「……で、後ろの野郎は誰?」
「あ、その、とても頼りになる方です!」
スイレンの抽象的な返答に、金色の髪をした男はふぅんと返した。そして、じろじろとイレイスのほうを見る。
「……ま、敵じゃなさそうだなー。はじめまして。俺はシラギ。で、こっちがチサト。俺たち、北の大陸で何でも屋みたいなことやってるんだ」
チサト、と紹介された男はぺこりと軽くイレイスに向けて頭を下げた。
「私はイレイスだ。」
お互いに、軽く自己紹介をする。そして、チサトに無言で進められた椅子に座った。
「えーっと、イレイスだっけ。あんた何処まで話を聞いたんだ?」
「ああ。話がこんがらがりそうだったから早々に切り上げてもらったんで、出来ればイチからご説明願いたいんだが。」
「……あいよ、了解。」
シラギと呼ばれた男は一度だけ仲間…チサトに視線を送った。チサトはくいと首を動かす。
どうやら語り手はシラギで決まりのようだ。シラギは小さく肩をすくめるとのんびりとした口調で話し始めた。
「最初からって言われてもなー、どこが最初?えっとじゃあー…俺たち、普段は北の大陸が守備範囲なんだけど、
割のいい仕事があるってことで東の大陸のヴァーチェ伯爵の屋敷に来た」
「依頼主がヴァーチェ伯爵だったということかね?」
「んー、そういうこと。ヴァーチェ伯爵の依頼ってのが“ティーノ伯爵の子息を連れ出して伯爵の所まで送り届けろ”ってモンでねー、
それだけで3万ノートって言われたら目ぇ眩むっしょ?というわけで、俺たちティーノ伯爵の屋敷まで行くことにしたわけ」
そこまでシラギが話したところで、スイレンがためらいがちに「あのー…」と声を発した。イレイスは一旦シラギを遮り、スイレンに発言権を与える。
「それ……言い方は丁寧ですけど、誘拐ですよ……ね」
重苦しい沈黙が場を支配した。
「……それはとりあえず今は言うな」
「いえ、でも誘拐って悪いことじゃあ……」
「だから今は言うな」
「はぁ……」
チサトに強い口調でとがめられたスイレンは気の無い返事をして押し黙った。一方イレイスは若干殺意を込めた視線をスイレンに送った。
たった数行のくだりでくだらないことに巻き込まれたことをイレイスは察し、放っておけばよかった。と視線で語っておいた。
「じゃ、続きいい?ティーノ伯の屋敷に着いた俺たちはまああっさりと連れ出すことに成功した。いやもう呼べばついてきたってかんじで」
「子息は犬か」
「外野うるさい」
「どうもお前達の話はくだらない匂いがしてくる。ツッコミを入れたくなるのは当然だろう?」
「まあまあ、それでは話が進みませんし」
「ほぅ、このまま帰ってこちらが思う調査を進めさせてもらっても良いのだが?」
「はぅううう……」
「イレイスさんさー、女の子いじめるのはよくないと思うなー?」
「おいこの話はどこまで脱線する」
「努力しないと地平のかなたまで」
「……よし、話を戻そう。ティーノ伯爵の子息を連れ出してヴァーチェ伯爵のもとへ連れていこうとした時、ヴァーチェ伯爵の部下が来たんだ。
で、連れて行く先がヴァーチェ伯爵のもとからウィロ伯爵のもとへ変わって、それは自分たちがやる。
違約金を含めて当初の報酬を払うって言われて、まあそういうことならって…」
「納得して引き渡した。と。…ああ、見えてきた」
面倒なので後はイレイスが述べてしまうことにする。
「で?その後は北の大陸に帰ろうとしたが子息のその後が気になるってことでそいつらを尾行したところ、
ベリリルの森にある古い屋敷で子息が痛めつけられているところを発見、スイレンを巻き込んで救出したはいいが、路頭に迷ってここに着いた。
というところだろう?」
「すげぇそのまんまだ。スイレンちゃん、この人便りになるねー」
「え、ええ。思慮深くてとても頼りになりますよ。ただちょっと……怖いんです、けど」
「で、その“子息”ってのがそこで寝てるヤツだ」
チサトがベッドで眠る少年を指差した。美しい銀髪は乱れ、眠っているのに苦しそうだ。手首や首に生々しい痣があるのがちらりと見え、
イレイスはそれだけでかの少年の身に何が起こったのかを察した。しかし、とイレイスは付け加える。
「ティーノ伯爵アンダンティには確か世継ぎとなる娘は居るが子息など存在しないはずだが?」
その言葉にスイレンは息を呑み、チサトとシラギを見つめる。スイレンの考えることなどイレイスには手に取るようにわかる。
実は彼らこそ陰謀の黒幕もしくはその支配下にある者で、スイレンは悪事の片棒を担いでしまったのか…とでも言いたいのだろう。
「ま、世間的にはそうなってんだけどね?その子は正真正銘アンダンティ=ティーノ伯爵の息子、フィリンツ=ティーノだ」
「少なくともシェンド伯は子息のことなど一言も口にはしなかったがね。…まぁ、あまり追求しないでおくか。
是ならば有効なカードで非なら使いどころがないカード。ただそれだけのことだ」
「嫌な言い方をする」
イレイスが肩をすくめたところ、チサトがぽつりと呟いた。スイレンがおろおろと二人を見守り、シラギは小さくため息をついた。
「ごめんねー、うちのリーダー思春期抜けきれてないとこあってねー。変なとこで青春するふしあるんだよねー」
「いや構わない。私の近くにも似たようなのがいるから慣れていてね」
「だっ、誰が!!」
「え?シラギさんじゃなくてチサトさんがリーダーだったんですか!?」
「そーだよー。あれ?言わなかったっけ?」
「…スイレン、お前はしゃべるな。いちいち話が脱線していくんだが」
「すっ、すいませんっ!!」
また地平の彼方に向かいかけた話の方向性を正す。正直なところここで情報収集の時間を費やすのは無駄である。
「確かに、ティーノ伯爵家は代々女性が当主であることが多くて、次の当主はアンダンティ=ティーノの息女、フィーレ=ティーノってのが世間一般の解釈 だ。けど、実は公にできない理由で子息も居たんだよ。イレイスさん頭いいからわかるよね?」
「……忌月生まれか」
「そ。忌月は6年に1度訪れる闇元素の月で、統計的にも災害や戦争が多く起こる月ってされてる。
“忌月生まれには悪魔が宿る”っていう有名な格言もあるしねー…」
「そんなの、ただの噂だ」
「仮にその子供がティーノ伯爵の子息だとすれば……
金印の行方が知れるかもしれないな。となればこの実にくだらない騒ぎを鎮めるには実に有効な手段になる」
イレイスはにやりと笑った。
「金印?行方?どういうことなんですか?」
「先日ティーノ伯爵の屋敷が襲われ、炎上した。
伯爵夫妻の亡骸は見つかったが息女と金印の行方は不明。今は王太子が一時的にティーノ伯を治めているという話だが」
「それ…本当なんですか!」
その声はスイレンのものではなかった。イレイスが片眉を上げて声をした方を見ると…目を覚ましたフィリンツ=ティーノがじっとこちらを見ていた。というより、睨んでいた。
「父上や母上に何があったんですか!フィーレは!?フィーレはどこに行ってしまったんですか!?」
「さてね。それについて私は特に聞いていない」
「そん…な……!う、あっ……」
「だめですよ突然起きたら。ほら、落ち着いてください……」
少年…フィリンツが苦悶の表情を浮かべたのに対し、スイレンが慌てて駆け寄って介抱する。
…ちょうどいい展開だとイレイスは利用させてもらうことにし、改めてシラギとチサトに向き直る。
「では、こちらからの質問だ。お前たちは何故南下した?北上して北の大陸へ渡った方が逃げる確率は高かったろうに」
「やー…それがさ、なかったんだよな……」
「船がか」
「いや、船代が。やーもう、ティシモ伯領の飯うまかったなー、リーダー!」
「お前が財布を盗まれたんだろうが。ったく、お前が変なとこ行くからだろうが!」
「変なとこ言うなよー。あれは息抜きだよ息抜き」
イレイスはだんだんここにいるのがばかばかしくなってきた。
「…とにかく、そいつはシェンド伯爵に保護を求めた方がいいかもしれないな。勿論、内密に…だが。とりあえず話だけは通しておいてやる」
「おおお!悪いねー!よ!イケメン!!」
イレイスは珍しく軽く偏頭痛を覚え、こめかみを押さえたのだった。
全く、変な問答をやったおかげで外に出た頃にはすっかり日は暮れ、夜間外出禁止令が下ったらしい街はろくに人通りもない。
イレイスはそのままシェンド伯爵の屋敷に戻ったのだった。
同刻―…スナ王国にて。ブロウは、新しく割り当てられた客人用のベッドに腰掛、深いため息をついていた。
イレイスと別れて二日とたっていないが、何ヶ月も離れているように思う。
「……はぁ……大丈夫かな……」
大きくとられた窓のほうに視線をやると、そこにはぽっかりと月が浮かんでいた。
離れて行動する事など、度々あったはずなのに。何故か今回は、妙な胸騒ぎが続いて酷く気分が落ち込む。
あの兄のことだから一人で大丈夫だと分かっているのだが、安否が確認できないのが辛い。
嫌な予感、というのだろうか。ブロウは、再びふさぎこみかけた思考を振り切るように頬をパシンと両手で軽く打つ。
「あー!考えても仕方ない!今更どうしようもないだろ、俺!」
本当に気になっていたのなら、あの時無理やりにでもついていけばよかったのだ。
そうしなかったのだから、此処でウジウジしていても無駄だろう。
「……外に出るか。」
とにかく、このような気分では眠れもしない。そう結論を出したブロウは早々に部屋の扉を開けるのだった。
「あ、ブロウ。どうしたの?」
廊下に出て当ても無く歩いていると、リズが居た。
「いやー、なぁんか眠れなくってさ。」
「あー、わかるー。なんか此処のベッドってふかふかしすぎてさ、寝づらいもん。」
「はは、リズらしいな。」
変わらない少女のおき楽ぶりにつられるようにしてブロウも気持ちが少し落ち着く。
「それより聞いてよ!アタシ、ついに魔法が使えるようになったんだから!」
「お!そりゃすごい!!一体何の魔法なんだ?」
リズの成長に、ブロウも嬉しくなる。
「ふっふーん、治療魔法だよー。だから、怪我の治療はあたしに任せて!ばんばん治しちゃうんだから!」
「いや……でもそれって、バンバン怪我しろってことだろ……それはちょっと嫌だな。」
そう言って、二人で笑いあう。なんだかんだで仲間というよりも妹のような関係になってしまっていたが、それはそれでいい。
と、二人で何気ない一時を過ごしていると、廊下の奥から足音が響いてきた。そちらに目を向けると、なにやらヒオウが難しい顔をして歩いていた。
「……ヒオウさん?どうしたんですか、そんなに難しい顔をして。」
ブロウの声で、ヒオウはようやく立ち止まる。そこまで考え込むという事は、並々ならぬ事が起きているのだろう。
「……お二人とも、其処に居ましたか。実は、大変な事が起きてしまったんです。ラゼラル王国の金印が、賊に盗まれました。」
そういったヒオウの顔はとてつもなく深刻なもので、ただのトラブル……というふうには見えなかった。
「へぇー…ラゼラルに。大変そうだな。賊が入り込むなんて。」
「そだねー。前行ったときは治安がよさそうだったのに。」
だが、それがどういうことだかよくわかっていない二人は、ただ大変だとしか受け取れない。
それもそのはず。二人には金印がどういうものでどれだけ重要な物なのか解っていないからだ。
「え、えーっと……」
ヒオウもそのことを二人の反応でどことなく察したらしく、思わず顔が引きつる。
いくらなんでも保護者がいないとはいえ、そこまで知識の無い人間だとは思っていなかったのだ。主にブロウのほうとか。
「全く。お前達の頭は常春か。」
そこに、ため息交じりの声が投げかけられる。声がしたほうに目を向けると、アカリが呆れたような目で二人を見ていた。
「だってー、他国のことなんてよくわかんないんですもん」
「金印はラゼラル王国の伯爵にとってとても大切なものです。伯爵の命と同等…いえ、それ以上の価値があると言っても過言ではありません。
それが盗まれた…ティシモ伯爵様は伯爵としての一切の権利を行使できず、かつ重要な宝物を守れなかったと罰を受けるでしょう」
「我が須那国であれば官位剥奪の上当事者は宮殿より追放。信頼は地に落ちる。そのくらい重い」
アカリが鋭くリズとブロウを見据える。二人に対して怒っているわけではないのだろうが、苛烈な光を湛えた紅玉の前では何も言い出すことができなかった。
「ヒオウ、明朝南東国に赴き、国王陛下にこの一件奏上申し上げろ。私が赴くべきだろうが時間が惜しい。
それと白いのに一層の警戒をするよう伝えておけ。…もう警戒など無意味かもしれないがな」
「御意」
アカリの言葉にヒオウが頷く。アカリは颯爽ときびすを返すとつかつかと歩きだす。ヒオウは無言でそれにつき従う。
ブロウの隣でリズが小さく何かを呟いたようだった。そして、再び静寂。
「……あーあ」
「どしたリズ」
「……ううん。なんでも。ヒオウさんと女王様ってサマになるよなー…って思って、さ。だけど…イレイス、大変なのかなぁ……」
ブロウは何も言わず、リズの頭を撫でた。リズは不思議そうにブロウの名を呼んだが、それには答えない。
イレイスなら大丈夫。きっと大丈夫なはずなのだが…何故だろう、少しも不安が拭えない。
「リズ、明日朝早く出られるか?俺たちもラゼラルに行こう」
「ぅえっ!?い、いいけどさ……イレイス、怒らない?待ってろって言ってたよ?」
「そのときはそのとき、俺がなんとかする。だから……」
イレイスの顔を見ない限りこの不安は消えない。そう思った。
さて、翌日。こちらはラゼラル王国がシェンド伯爵の屋敷にある…離れ。こちらは普段はあまり使われておらず、夜会などがある時にのみ開放される。
イレイスは宿でスイレン達と会った後、クレスに宿でシラギに聞いたことを話した。その結果、フィリンツ=ティーノはこの離れで匿われることになった。
ついでにスイレンやシラギとチサトも一緒に招かれた。
「貴殿らの話とフィリンツ殿が囚われていた場所を察すると……おそらくトランコ殿が一枚噛んでいるとみた。
しかし…何故フィリンツ殿が囚われたのかが納得いかないな。人質として価値があるのはフィーレ殿の方だ」
「人質をとって言うことを聞かせる…ね。ありがちな話だねー。しっかし、すごいことに巻き込まれてきたな俺たち」
「…半分以上お前のせいだろ」
「あ、チサトだって反対されたときむきになったくせにそーゆーのずっこくない?」
「お前の方がよっぽどむきになってただろうが!」
「あのー…けんかはやめましょうよぅ……」
シラギとチサトが言い合いになってきたのをスイレンがおろおろと止める。
イレイスは意図的に外野と位置づけて……フィリンツ…ようやく脅威が取り除かれて落ち着きつつある…に視線を送った。
クレスに確認してもらったところ、この少年は本当にティーノ伯爵の子息、フィリンツということであった。
ちゃんとした服を着て髪を整えれば貴族らしい気品のある少年に変わった。ただ、周囲に怯えるように小さくなって椅子に腰掛けている姿はどこか痛々しい。
「……理由は、わかりません。ぼくは……呪われた子だから……だから父上や、母上やフィーレが……」
「気休めでしかないかもしれないが、フィーレとやらの死体は出ていない。
うまく逃げおおせた可能性もあるし、万が一捕らわれたとしてもティーノ伯爵の金印が見つかっていない以上生きていることだって考えられる」
これがイレイスに言える精一杯の励ましであった。しかしフィリンツは顔を伏せたまま小さくかぶりをふるばかりであった。
こういうとき、ブロウがいればもっと気の利いたことが言えるのだろうな。とイレイスはそんなことを思った。
「さて、これからのことだが……まず、ティシモ伯爵の金印が奪われた以上、ティーノ伯爵の金印は押さえておきたいところだ。
ただ、今更アンダンティの名で書面を作ったところで効果があるかどうかは疑問が残る」
「となれば、やっぱりフィーレ様は生きている可能性が高いんじゃないか?でなきゃ、金印見つけたところで意味ないだろ」
「ふむ、思春期未脱却の割にいいことを言う」
「…るさい」
「だがな、今は王太子が実質ティーノ伯と言っても差し支えない。やはり金印をなんとか確保しなければな。
フィリンツ殿、金印のありかについて母親から何か聞いていないのかね?」
「……いいえ。……いいえっ!あの人たちにも聞かれたけど、ぼくはなにも知らない!知らないもの!!」
「大丈夫ですよ。あなたを責めているのではないから…ね?」
フィリンツの心の傷はかなり深いらしい。事情を知っているスイレンがパニックを起こしかけるフィリンツの手に手を重ね、そっと抱き寄せる。
こういうことは女性の方が適役だろう。元々スイレンは持っている空気も穏やかなものだ。
フィリンツはしばらく気持ちが昂ぶっていたようだが、徐々に落ち着きを取り戻してきた。
…が、イレイスとしてはそれでは困る。是非ともフィリンツには金印のありかを教えてもらわねばならない。
「そうだなぁ……一度ティーノ伯爵の屋敷に行ってみる?もしかしたらフィリンツ様にだけわかる手がかり的な何かが見つかるかもしれないし
……酷かも知れないけど、やっぱちゃんと“現実”を認識しといた方が本人のためだと思うんだ…よね」
シラギが気まずそうに提案した。その案はおそらく最善の策であろうが…下手をするとフィリンツがショックに耐え切れない可能性もある。
そしてまた、王太子という元凶の居場所にのこのこ顔を出すという愚策でもある。しかしイレイスはそれに頷く。
「そうだな。可能性はそれが一番いいかもしれない。
そういうものは重要と認識していない形でさりげなく教えられていることもあるものだし。クレス殿、馬車の手配をお願いできますか」
「構わない。できるだけ速いものを手配しよう。少々遠回りになるが、ティシモ伯領を通って行く方が安全だろう」
「心得ました。で?お前たちはどうするんだ?」
「わたしは同行しますね。少しでも力になれたらと思います」
「そうだな。見たところフィリンツ殿が一番懐いているようだし」
「俺たちも行こう。責任は俺たちにもある」
「それにさー、そろそろ東の大陸から脱出しとかないと殺されそうだもんね俺たち」
チサトが真顔で答えた後ろで、シラギがへらへらと手を挙げる。チサトは黙ってシラギを殴った。
「では一刻の後には出発できるように手配させておこう。気をつけて」
「ありがとうございます。
……それと、もし私の留守中に黒尽くめの男とアホっぽい顔をした小娘の二人組が来たらこの屋敷で待機させておいていただけますか?」
「む?あ、あぁ…構わないが」
イレイスの言い方に、シラギとチサトは顔を見合わせ……それが誰のことかわかったらしいスイレンは苦笑を浮かべた。
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