--東の大陸・ラゼラル-- 1話


同時刻。スナ王国の謁見室にて。アカリは目の前に立つリズとブロウを見据えていた。
「はい……なんだか散々最初からワガママ言いっ放しな気がしますが……とりあえず、俺とリズもシェンド伯領に行こうかと思っています。」
そう言ったブロウの決意は固い。たとえリズがここで行きたくないと言っても、彼は行くだろう。
そもそもリズには安全地帯のスナ王国に居て欲しいと本当は思っているのかもしれない。
「いや、それはいい。これから恐らくとんでもないほどの面倒ごとに巻き込まれると思うからな。ただ、剣が出来上がるのは最速でも明日だぞ?」
「……あ。」
そういえば、昨日自分の相棒ともとれる剣を鍛冶屋に預けてきたのだった。
ブロウの剣は、そこら一般の武器屋で売っているような並の獲物ではない。
彼の師匠から別れの際に渡された、唯一無二ともとれるほどの業物。そんじょそこらの剣で代わりが勤まるとはとても思えない。
「どーすんの、ブロウ。でも、待ってられないんでしょ。」
「……ええっと……」
1日も早く出発したい、それがブロウの本音だった。だが、自分の力である武器がないのならば、行っても正直役に立てるわけがない。
もちろん、自分達は先に行って後でヒオウに届けてもらう……
という手法もとれないことはないのだが、正直そこまで動いてもらおうなどとはブロウに思いつかないわけで。
「それに―…丸腰のままで道中が無事に済むとは思えないな。」
「それは……そうですけど……」
アカリの言葉に、うっとブロウは言葉を詰まらせる。ただでさえ昨日の騒動でここら一体が不安定なうえ、戦闘能力の低いリズもいる。
いざ問題が起きたとき、対処のしようがないだろう。
「やはり私はお前の考えが無謀だと少々思う。一日でも早く行動すべきなのは理解できるが、危険が伴う選択肢を選ぶべきではない。」
それは―…至極まっとうな意見。そういって、アカリはそう話を打ち切った。
要するに、後は頭冷やして来い、ということだろう。



「うぅー……本当にどうしようもねぇのか?」
城から出てすぐの場所で、ブロウは座り込んで考える。
城下町からも程よく距離があるらしいので、兵士がちらほら居る意外に人影はない。
「うん、あたしも魔法使えるって言っても……治療魔法だけだし。」
それでは、自分で身を守る事などできるはずもない。所詮、治療は防御や逃避などの先にある行為だ。
それをわかっているだけに、これからも精進が必要だとリズは思う。
「……おや。二人とも珍しく浮かない顔をしていますね。」
その時、頭上から聞き覚えのある涼やかな声が響き渡る。ブロウが顔をあげると、そこには知っている二つの人影があった。
「やっほー、りずりず、ぶろりん、おひさしぶりぃ〜♪」
「セツナ!ルート!?二人とも……なんでこんな所に!?」
いきなり現れた二人に、当然のごとく驚きの声を上げるブロウ。セツナはくすりと穏やかな笑みを浮かべつつ、口を開いた。
「いえ。少し野暮用でスナ王国に2,3日ほど滞在していましたら、貴方の噂を聞いたもので。」
「う、噂?」
そういって、セツナはブロウを指差す。ブロウはというと心当たりがないので目を白黒させるばかりだ。
「うん。女王サマが一人の見たことない黒尽くめの兄ちゃん連れて歩いてた、っていう感じのね。
 オマケに目だけが金色で印象的だったって聞くと、ぶろりんしかないじゃん。」
「あー…確かにそうかも。」
ルートの言い分に、リズは心から納得した。
「ま、そういうことで様子見がてら来たんですけど……あの人の姿も見えませんね。」
あの人、というのはイレイスのことと思って間違いないだろう。セツナはくるりと周囲を見回すが、当然のごとく姿はない。
「……兄貴なら、シェンド伯爵領だよ。」
「シェンド伯爵領?貴方を置いて、ですか?」
今度は、セツナが驚きの声を上げる。ブロウは、それに黙って一度こくりとうなずく。
「……それで、頼みがあるんだ。」
「頼み?ぶろりんからそういう話がでるのもあんまりないね。」
「そうなの?」
ルートの言葉に、リズが首を傾げる。
ブロウは誰でも手を差し伸べて助ける印象があるだけに、あまり他人に頼みごとをしない、というのは中々想像できないことだったからだ。
「うん。ぶろりんはねぇ、本当に困ってない限り誰かを使わないんだよ。でも、自分から使ってくれって言う人はまわりにたくさん居るけどね。」
とルートは笑顔で言い切った。なるほど確かに、助けられたのなら困っているときに助けてあげるべきだとリズは思う。
「……貴方がそう切り出すとは相当な事でしょうし。オレに何が出来るかはわかりませんが……話してみてください。」
「悪い、セツナ。実は―……」

そういって、ブロウは今までのあらましをセツナに話す。
仕事の事、イレイスが先に言った事、酷く嫌な予感がすること。
仕事の話は内密にとアカリから釘をさされていたので、ところどころぼかして説明した。

「……なるほど。つまり、今すぐにでもイレイスの後を追いたいんですね。しかし、剣をうっかり鍛冶屋に預けているので身動きがとれないと。」
ふむ、とセツナはその場で思案するように黙り込む。そして、考えがまとまったのか口を再び開く。
「わかりました。ではこうしましょう。今すぐ3人でイレイスを追いかけて、剣が出来次第ルートに届けてもらう。いいですね?」
「ちょ、ちょっとまってせっちゃん!!それって僕置いてけぼり!?」
まとまりかけた意見に、ルートが異論の声を上げる。そりゃ、ブロウとイレイスの関係……
いや、ルートがセツナにかける情熱はそれ以上なのだから、一人置いてけぼりをしろといってそのまま従うわけはない。
「あ……そうだよ。俺のワガママなんだし、ルートは置いていけないよ。」
離れた誰かを心配になる気持ちがわかるからだろうか。
ブロウはルートの異論に対して反対意見はださず、むしろ受け入れる返事だ。
「……ルート?」
それを見ていたセツナが、にっこりとルートのほうを見て笑顔を浮かべる。
「ごめんなさい!僕のほうがワガママでした!三倍、いや四倍速で走りますんで頑張りますぅ!」
ルートはこれ以上文句を言ってみても何も始まらないというかおしおきされそうだったので、すぐさま左手を天に伸ばし、理解のある返事をとる。
「ええ、では決まりですね。……参りましょうか。」
「あ、でも……アカリさんに何か言わなくても大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ。あの人も……恐らく貴方達が出て行くことはお見通しでしょうから。」
くすり、とセツナは城に向かって微笑みかける。
「……知り合いなのか?」
「少しだけ、謁見させていただいたくらいの関係ですよ。」
そうして、三人は歩き出す。その足並みは、決して遅いものではなかった。


一方、こちらは馬車に乗ってシェンド伯爵の屋敷を出発したイレイスたち。
御者としてつけてくれたのはシェンド伯爵家に古くから仕えている人物で、クレスが最も信頼している者だそうだ。
ありがたいことにこちらの事情を伺うことなく馬車を出してくれた。車内にはイレイス、スイレン、フィリンツ、チサト、シラギの五人。
四人乗りの馬車では少々窮屈だが、スイレンとフィリンツが小柄な分きつくてどうしようもない…というほどでもなかった。
「はぁあ……馬車はいいなあ。楽だなあ。それに速いしなぁ……」
シラギはのんびりと感想を述べながら車窓の風景を楽しんでいた。それにチサトはうんざりしたような表情をし、スイレンが苦笑する。
「ところでスイレン、お前の探し物は見つかったのか?」
イレイスは特に話題が見つからなかったのでスイレンに話を振った。
…というのも、スイレンと別れる前にスイレンが旅をする事情を聞いたので、その結果を知りたいと思ったからだ。
スイレンは少しあぐねるようにイレイスを見つめた後…苦笑してみせた。
「いえ、めぼしいものは何も。かつてあの森に住んでいた方はほぼ亡くなられたそうです。
 生き残ったわずかなエルフ族はそのままラゼラルの王都に移住したそうで…王都に行こうかと思っていたところで“これ”に巻き込まれたものですから」
「ふぅん……実はこちらも似たようなものでね。ティシモ伯爵に会えなかったがリズの妙な縁でスナ王国に行っていたくらいだ」
「ん?なんか重い話?」
シラギが話に首をつっこんできた。
「別にそういうものでもないがね」
「お前…人様の事情に首突っ込むのやめろって言ってるだろうが」
「だってー、気になるし。スイレンちゃんみたいなかわいいお嬢さんの複雑な事情ならなおさらね。是非力になってやりたいって思うよ」
「ありがとうございます。ところでフィリンツさん、気分はどうですか?」
「えと……だいじょうぶ、です」
フィリンツはスイレンに尋ねられ、小さい声で答えた。
とはいうものの、約半日ほどずっと座ったままでほとんど動いていないのだから顔色はあまりよくない。
「少し休憩を入れた方がいいな。御者に伝えるぞ」
チサトは体勢を変えると窓から顔を出し、御者に次の村に立ち寄るよう依頼する。
「ところでフィリンツ殿。ひとつ質問なのだが……何故、これについて行こうと思ったのかね?」
「うわ、なんかその言い方若干傷つくんだけど」
イレイスが「これ」呼ばわりしたシラギは不平をこぼしたが、顔は怒っていなかった。フィリンツは少し首をかしげる。
「よく、わからない。けど……外に出られるのはその時しかない。って、思ったから……」
「外、出られなかったのですか?」
スイレンの質問にフィリンツはこくりと頷いた。
「ぼくは、庭より外に出たことが…なくって。呪われているから、皆が不幸になる。って。
 ずっと言われてた……だけど、チサトとシラギはそんなことないって、言ってくれたから……」
「……本当に誘拐じゃないですか……」
「拉致という言葉も当てはまるが」
「ううん、チサトとシラギは、悪くない。本当に、楽しかったもの……」
フィリンツは何かを思い出して小さく微笑んだ。しかしイレイスとスイレンは疑惑の視線を外さない。
「怪しいものだ」
「一体何をさせたのですか」
「な、な、なんか視線が痛いなあ…!俺たちはただ…」
「ヴァーチェ伯爵の部下にフィリンツ様を引き渡すまでの間、普通に旅をしただけだ。
 食事を取ったり、風光明媚な場所に寄ったり…観光、という方がいいか?」
話題に戻ってきたチサトがうろたえるシラギの言葉を補足した。その言葉にフィリンツはこくんと頷く。…どうやら、そこに嘘偽りはないらしい。ようやく疑惑の視線を外したイレイスとスイレンに対し、シラギはほっと息を吐く。
「チサトとシラギに会うまでは、ぼくはずっと…柵の中に居たよ。
 話しかけてくれるのはフィーレだけだったんだ……父上と母上はお忙しいから、会えなかったけど…
 フィーレがいてくれたから、ぼくはさみしくなかったんだ。けど、ぼくは……フィーレを置いてきてしまったよ……」
言葉尻は消えてしまいそうだった。誰も、フィリンツにかける言葉が見つからず、押し黙ってしまった。
そして馬車は程なくして、村に到着したのだった。



イクハの町外れのトビトカゲ乗り場にて。
「……ブロウ、顔色悪いですよ。」
華奢なセツナの手に支えられながら、ブロウは歩く。その顔色は、セツナの言葉どおり真っ青だった。
所謂、トビトカゲに酔ったのだ。
「……う、大丈夫………。」
「あたしは気持ちいいって思うんだけどなー。」
滑空、着地、再び滑空。大きく空を飛ぶような動きは、リズにとっては楽しいものだったのだが、ブロウにとっては悪夢以外の何物でもなかったようだ。
「少し、休みましょうか。」
「いや……進もう。早く合流したいから。それに、言い出したのは俺だし。」
そう言って、ブロウは真剣な表情になる。顔色は相変わらず最悪最低だが。
セツナは、そんなブロウの返答に軽くため息をつく。
「え、でも……なんだかブロウ、今にも倒れそうだよ?」
リズはリズでブロウのことを気遣う。トビトカゲにあまり耐性がないことは、スナ王国に来たときにわかっていた。
あの時も相当な顔色をしていたが、今の比ではない。
「大丈夫だって……ちょっとめまいが続くだけだから……」
そういって、ブロウは歩みを進めるが、その足取りはどこかおぼつかない。
傍で見ているリズも冷や冷やしてしまうほどだ。
「貴方が自分の体に対して使う大丈夫ほど、当てにならないものはありませんよ。
 一度軽く休憩しましょう。どうせ、剣がなければ何もできないと理解した上で出たのですしね。」
そうセツナが諭すように言うと、返す言葉もないのか、ブロウはうっと押し黙った。
「そうだよ!もうすぐお昼ご飯だし。あたし、お腹空いたもん。」
ぽん、とリズが空っぽになったお腹に手をやる。時間は12時を過ぎた辺りで、正にお昼ご飯時だ。
ブロウは一瞬呆気に撮られたが―…すぐに笑顔になる。
「……あ。そうだな。でも、ほどほどにしとけよ。」
「まったくです。ルートが前に見つけたオススメの店がありますから、そこに行きましょうか。」
かくして、一同はセツナを先頭にして近くのカフェに足を進めたのだった。



時は―…夕刻に至るまで進む。
あれから小一時間ほど小休止を入れた後、ブロウたち3人は休むことなく進み続けた。
リズもそのことについて不平を言うかと思われたが……状況を理解しているからだろうか。
珍しく一切の文句は出なかった。おかげで今、なんとかシェンド伯爵邸前までやってこれたのである。
「はひぃー、あー、疲れたぁー……」
リズは道中の強行が祟ったらしく、もう肩で息をしているほどだ。
というのも、いつもはリズのペース配分を考えて進むのだが、今回はブロウのペースだったからだ。
鍛えた青年の歩行速度が、つい最近まで学生だった少女と同じはずではない。
「……ちょっと急ぎすぎたかな。」
そんなリズの姿にブロウは罪悪感を覚えたのか、バツが悪そうに息を吐いた。
「通常という文字を超えないと本人の力は伸びないですし。いい経験ですよ。どうせ貴方のことですから、道中大分甘やかしてきたのでしょう?」
「あ、甘やかすって何よぅ。あたしだって一生懸命やってるもん。そりゃちょっと多めに休憩入れてもらったり」
「ペース配分を考えてもらったり、見張り番をしてもらったり、食事を作ってもらったりしているのですよね?」
リズが言いかけた言葉を、セツナが引き継ぐ。その内容は反論の糸口が見えないほど完璧だったので、リズはぐっと言葉に詰まる。
「……でもお手伝いはしてるもん!」
「それは常識です。」
無理やりひねり出した反論も、セツナに軽くあしらわれた。
「いやいや、しょうがないだろ。リズはつい最近まで普通の学生だったんだしさ。俺はこうやって旅がちゃんと出来てる事自体凄いと思うよ。」
「……それを甘やかすって言うんですけどねぇ。」
ブロウのフォローに対してはあ、とセツナは再び大きくため息を吐いた。どうやら相当思うところがあるらしい。
「ま、まあ、目的地に着いたし!とにかく兄貴に……」
そう、ブロウが言いかけたときだった。屋敷から一人の若い執事が此方に向かってきた。
「お取り込み中失礼します。あの……イレイス様のお知り合いですか?」
「え?あ、う……うん、そうだけど。」
執事の質問に、ブロウは半分戸惑いながらも答える。
何故なら、イレイスは此方が此処に来ると連絡しているわけでもないのに、話が通っているからだ。
「えー?何であたし達の事を知ってるの?」
リズがその疑問を正直に執事へぶつけた。
「イレイス様からご指示を承りまして。『黒尽くめの男とアホっぽい顔をした小娘の二人組』がいらっしゃったら待機させるようにと。」
「……あ、アホっぽいって何よー!」
リズがイレイスの物言いにプンスカと声を上げる。
「え、じゃあ兄……いや、イレイスは此処に居るのか?」
ブロウの問いに、執事は首を横に振る。
「残念ですが……ティーノ伯爵領へ今朝馬車で出られました。」
「……は、はぁっ!?」
驚きの声を誰よりも大きく上げたのはブロウ。
セツナは後ろで大体想像がついていたのか少しだけ困ったような表情を浮かべるだけだし、リズも驚いていたがブロウの比ではなかった。
「……だったら!今からでもティーノ伯領に向かえば!」
「今からって貴方……」
ブロウの言い分に、セツナは呆れたような目を向ける。もちろん、ブロウが急いでいる事はセツナも十分に理解している。
「ええ!?まだ先に進むの!?」
リズも疲れていて今日は休めると思っていたらしく、先程よりもやや大きな声をあげる。
「でも、早く行かないと……兄貴に追いつけない。」
「だからといって今此処で出発するのは感心しませんよ。リズもへとへとですし。」
「……そうだけど……」
「それに、今から追いかけても相手は馬車ですし。先回りすることを考えたほうが建設的でしょう?」
確かに、とブロウは沈黙する。イレイスのことだ。後から追いかけるようなちゃちな事をしていては何時まで経っても追いつけはしない。
今回、先に話が通っていたところをみると尚更だ。
「それに……」
セツナが、さらに言葉を続ける。
ぶっちゃけオレもこれ以上の強行は倒れそうなんで。
そうすっぱりと言い切ったセツナの顔色は若干悪かった。そういえば彼はあんまり体力を有し得なかったとブロウは思い出す。
うぉおおい!大丈夫なのかよ!!
「ええまあ。貴方の歩調に合わせるの大変でしたけど。自分の限界は知っていますから。」
さらりと言う、問題発言。
「そんな限界まで付き合わなくっても!自分の体を大事にしてくれ!」
「あの、よろしければお友達の方も宿は提供させていただきますけれども……」
存在を半分忘れられていたような執事が声を上げる。
「やったぁ!じゃあ今日はもうお休みだね!」
まともな寝床にありつける。その嬉しさにリズは声をあげたのだった。


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