--東の大陸・ラゼラル-- 4話


イレイスたちはティーノ伯爵領に入っていた。ここまでくればティーノ伯爵の屋敷は目と鼻の先である。
ちなみにシェンド伯爵家の紋様があしらわれた馬車を使っていたため、怪しまれることを避けてティシモ伯爵領との境で馬車を降りた。
馬車は街道沿いの森の中にスイレンの木元素の魔法を使って隠し、御者にはそのまま近くの村で待ってもらい帰りに落ち合うことにした。
それから歩くことしばらく…おそらく、シラギの案内がなければそのまま通り過ぎていたであろう。
街道の近くに屋敷はあったはずなのに、そこからは何も見えなかったからだ。
イレイスたちはシラギの案内で脇道を入り……小さな丘をひとつ越えて、目にしたのは…焼け野原であった。それだけ広大な敷地にティーノ伯爵の屋敷が存在したのであろうが、今はただ、真っ黒に焼け焦げた荒野と、屋敷の骨組が崩れ落ちて山になっているのみであった。
「ひどい……」
スイレンが呟き、口に手を当てる。
「…どうやら、今のところ人はいない…ようだな。襲撃があってからかなり日数も経っているし、生存者を捜すのは無理…」
「チサト、今回の俺たちの目的はそれじゃないだろう」
「…あ、ああ。そうだったな」
いつもはへらへらとした態度のシラギだが、さすがに今だけはそれは封印している。沈痛な面持ちで瓦礫を手に取り…何かを調べているようだ。
イレイスも周囲に異変がないかを確認したが…全て、終わった後でしかなかった。
魔法が使われたことを示すようなもの…場の元素の乱れや持続魔法が残っているもの…も一切なかった。
「さて、調査をするなら早いこと済ませておくべきだな」
フィリンツはただ、ぼんやりとその光景を眺めているばかりだった。
イレイスたちは彼が泣き叫ぶか…最悪発狂でもするのではないかと危惧していたが、どうやらそこまでは至らなかったようだ。
「あの……大丈夫、ですか?」
スイレンの質問にもフィリンツは頷き…そして困ったように小さく笑った。
「ぼくは、少しだけ幸せだったのかもしれないです。だって、外から自分のいた場所を見たことがないから、失った悲しみがよくわからない…」
「だとしても、これはちゃんと覚えておいた方がいいよ。後でつらくなるだろうけれど…それを忘れたら、その方が苦しいと思うから……」
いつの間にかシラギが戻ってきて、フィリンツの肩をそっと抱いた。スイレンは何かをこらえるようにうつむき、チサトは無言で瓦礫を眺めていた。
「さて、そろそろ良いかね。こちらとしてはてっとり早く調査をしてしまいたいんだが。フィリンツ殿、金印の在りかについて何か思い出すことはないかね」
「…い、いいえ……」
イレイスの質問に、みるみるうちにフィリンツの顔がこわばっていく。フィリンツにとっては“金印”という言葉がトラウマのようなものなのだろう。
「イレイスさん、そんな言い方…」
「お前がどう言おうが、私の依頼はシェンド伯爵クレス殿を当面の危機から守ること。ティーノ伯爵の子息の保護についてはそこには含まれないのでね」
「…嫌なヤツだな、お前」
「それで結構。もう慣れてるんでね。しかし…その手がかりがないとすれば、やはり調べてみるか。どこから手をつけたものか……」
イレイスは歩き始めようとして…足を止めた。そして、にやり、と笑う。
「どうやら、お客様がお越しのようだ」
イレイスは歩き始めようとして…足を止めた。そして、にやり、と笑う。
「どうやら、お客様がお越しのようだ」
イレイスが言い終わるか終らないかのうちに…場に元素の集合が始まり、一人の中年の魔法使いが姿を現した。それこそが移動の魔法ムーブオブランドの行使。つまり、魔法使いは相当の手練であるということができよう。中年の魔法使いとフィリンツが声を上げるのはほぼ同時であった。
「……ふ、フィリンツ様……!?」
「レイオーサ……」
「なに?知り合い?」
のっぴきならない空気の中で、若干空気が読めていないシラギがきょろきょろとしながら素っ頓狂な声をあげる。
「レイオーサは…ティーノ伯爵家の、お抱え魔法使いでした…」
「フィリンツ様、ご無事でしたか……」
レイオーサという人物、細身の中背で頭髪は薄く、手には様々な宝石をあしらった杖を持っている。
宝石は元素が凝縮したものとも言われ、魔法を行使する際に使用する元素を集める補助をする役割を持っている。
イレイスは警戒を強めつつ、その場の流れを見守ることにした。
「レイオーサ、父上と母上がお亡くなりになられたというのは本当?」
「本当でございます」
フィリンツの質問に、レイオーサは恭しく頭を下げて答える。
「じ、じゃあ…フィーレは!?フィーレは無事なの!?レイオーサは金印のありかを知っているの!?」
「金印の在りかをご存じなのは、フィリンツ様。あなたではございませんか」
「え……?ぼくは、そんなの、知らない……よ?」
「いいえそんなことはございません。何故なら、フィーレ様もご存知ではなかったのですからな。
 あのアンダンティが誰にも在りかを示さずにいるとは思えませぬ。もう、フィリンツ…お前しか残っていないのだからな!」
レイオーサはいきなり態度を豹変させた。状況が飲み込めないフィリンツをはじめ唖然とするほかの人物、
この場合はイレイスたちを順に見まわしながら、くつくつと声を上げて笑う。
「本来、ティーノ伯爵になるのはこの私だったはずだった。それなのに、イシュネーの高等魔法専門学校に勉学に行っている間に
 アンダンティが伯爵になることになっていた!あぁ、許せなかったさ。それで私は機を狙っていた。十年以上かけてな…」
笑いながらレイオーサは杖を掲げる。さすがに全員まずいと感じたため、臨戦態勢をとる。
イレイスは腰の剣を抜く。これは切ることよりも魔法に順応性のある特別なもので、イレイスにとっては魔法使いの杖と同じようなものだ。
スイレンはフィリンツを背に庇うようにして立ち、杖を構える。チサトとシラギも剣を構えた。
「四対一は分が悪いんじゃないのか?おっさん」
チサトの質問にレイオーサはまだ笑ったままだった。チサトは警戒を解かずにシラギに視線を送る。シラギは小さくうなずいた。
「王太子の野望につきあってやって、ようやくアンダンティを亡き者にしたのはいいが、肝心の金印が見つからないのでは意味がない。
 フィーレを問い詰めたが結局知らなかったようだしな…そうなれば、お前しかいないのだよ…」
「じゃあ、フィーレは……」
「そう簡単に教えてしまったら面白くないだろう?お前が金印の在りかを話すというのであれば教えてやらんでもないが」
「それ、は……」
「言わなくていい!どうせ、適当なことを言って終わらせるだけだ!」
迷いの表情を見せるフィリンツを一喝し、チサトは改めて剣を構える。
「そうかね?そやつにとって私しか情報源はないと思うがね…まぁいい。
 こちらはお前たちを撃退する理由もあるわけだしな…万物の根源たる火、我が呼びかけに応え、力を示せ……」
「こっちだって簡単に撃退される理由もないんでね。いくぞっ!」
シラギの言葉が開戦の合図となった。基本的に人間同士の争いはご法度なのだが、今はそうも言っていられまい。
なにせ、相手が戦う気なのだ。こちらも応戦するか逃げるかしなければ殺される。この場合逃亡は無理だろう。となれば、戦うしかない。
「炎よ襲いかかれ!フレイムボール!」
レイオーサが杖を振り下ろす。すると拳大ほどの火の玉がいくつもいくつも飛び出しシラギやチサトに襲い掛かる。
フレイムボールの魔法は元々拳大の火の玉をせいぜい数個出す火元素の初歩魔法だ。しかしレイオーサにかかれば途切れることなく打ち出される。
シラギとチサトは慌てて飛びのく。
「スイレンはフィリンツ殿を守れ。どうせ戦えやしないだろう。霧よ姿を隠せ。霧中隠陣」
イレイスは水元素の魔法で濃い霧を作る。この魔法は本来周囲を濃い霧に包み姿を隠す魔法だが、火元素と水元素は互いを打ち消す性質がある。
それを利用してフレイムボールの魔法を和らげるつもりだった。イレイスの魔法は功を奏し、打ち出される数に対してこちらに届く数がぐっと下がった。
「わかりました。…少し離れますよ」
スイレンはフィリンツの手を引き、そろそろと離れる。この場に守るべき存在があるのはいくら人数的にイレイスたちが勝っていても不利である。
スイレンなら木元素の魔法は人間では及ばない。そしてチサトとシラギが居る方がイレイスも魔法に集中しやすい。
炎の弾幕が止み、こちらの霧も晴れた。レイオーサは相変わらずその場にいる。
「ほぅ、なかなかやるな。しかし…良いのかね?私に傷を負わせればそちらは指名手配。
 前途有望な若者が、余計なことに首を突っ込んだことで後の人生を台無しにするだけだ。一方こちらは反逆者の同士を討つという大義名分がある」
「反逆者?それはフィリンツ様を庇っているせいか」
「いえいえ。わかっているよ…お前たちがシェンド伯爵の手の者だということはね…審判の執行者たる雷よ、茨編みの盾となれ!」
「くっ!」
「ぐあっ!」
シラギとチサトが同時に踏み込んだが、レイオーサは雷元素の防御魔法を放つ。これは自分の周囲に触れると電流が走る結界を張る魔法だ。
二人は電流に弾かれ、レイオーサに近寄ることは叶わなかった。
「シェンド伯と反逆者が結びつかないのだがね…しかし、お前の魔法の腕は本物のようだ。久々に楽しめそうだな…」
イレイスは剣を構え、意識を集中させる。
「沈黙の基たる氷、呼びかけに応え力を示せ。慈悲なき冷気に包め」
「審判の執行者たる雷よ、天罰の槍を放て!」
イレイスの氷元素の魔法とレイオーサの雷元素の魔法がまともにぶつかり小規模な爆発を起こす。
しかしイレイスの魔法が上位だったのか、雷の槍は局地的な氷の霧に包まれ消えて氷の霧がレイオーサに襲いかかる。
雷元素の防御魔法は先ほど発動させたのでレイオーサは無防備だ。
「やった!」
「違う、ムーブオブランドだ!」
イレイスの目はレイオーサが氷の霧に包まれる直前、レイオーサの姿が忽然と消えるのをはっきりと捕らえた。イレイスは慌てて魔法を解除する。
そこにはもう、レイオーサの姿はなかった。
「イレイスの魔法がすごいから逃げたんじゃないのかな?」
「そうだろうか…イレイス、ムーブオブランドはそう簡単に唱えられるものなのか?確か賢神の遺物だろう?」
「その通り。ムーブオブランドは移動距離に応じて難易度が上がる。
 大陸の移動なら想像を絶するような集中が必要だし相当な元素量も必要だが…あの時間ならばまだこの敷地内にいるはずだろうな」
「それ、スイレン達と鉢合わせになったり……とか、しないか?」
「ありえるなー。だって、ここは元々あいつの職場だろ?地理には詳しいはず…」
シラギがへらへら、と言った直後……スイレンの悲鳴が聞こえた。三人は顔を見合わせ、剣を抜いたまま悲鳴の聞こえた方に向かって全速力で駆けた。
「スイレン!」
まさか、いきなりレイオーサがその場に現れるとは思わなかった。あ、と思ったときにはスイレンは魔法の奇襲を受け、かなり弾き飛ばされた。
その折体を強く打ったらしく、倒れたままだ。フィリンツの呼びかけにもスイレンはぴくりとも動かない。
「機転を利かして逃げようとしたのは良い判断だったかもしれませんが、離れすぎたのは逆効果でしたな。フィリンツ様……」
レイオーサは薄気味悪い笑みを浮かべ、近寄ってくる。
フィリンツはどうしていいかわからず、スイレンの前にかがみこんだまま、ただレイオーサを見上げるばかりである。
「さて、聞かせてもらおうかフィリンツ。金印は、どこにある?」
「し、らない……」
「知らないはずがないと言っている!でなければアンダンティが死ねばティーノ伯爵家は断絶してしまうだろう!そんなこともわからないのか!」
「ひっ……!」
怒鳴りつけられたフィリンツは萎縮し、言葉を失う。レイオーサはやれやれ、と肩をすくめ、フィリンツに杖を突きつける。頬に宝石が当たり、痛い。
「魔法で無理やり記憶を読むというのもあるがね、痕跡が残りすぎるのが玉に瑕だ。どうだね?今のうちに話しておいた方が自分のためだよ?フィリンツ」
「ほんとう……しらない……」
フィリンツはもう、小さく震えながらレイオーサを見上げ、搾り出すようにそう言うのが精一杯だった。本当に、何も聞かされていないのだから仕方ない。
母アンダンティ=ティーノはフィリンツに金印の重みも、そもそも金印の存在すらも語ることなく逝ってしまったのだから。
「そうか。どうしても話したくない。と。ならば仕方ないな…少し記憶を開く手助けをしようか」
「な、に……?」
レイオーサは屈みこむと、フィリンツの耳元で囁いた。
「何故、この屋敷がこんなことになってしまったか知っているか?それは、お前のせいなんだよフィリンツ」
「あ……ぼくは、のろわれたこ……だか、ら……」
「お前とフィーレは忌月の最後の夜に生まれた双子。ほんの少し時がずれたせいで、暗属性と聖属性に分かれた。
 だから私はアンダンティに言ったのだよ。フィリンツを殺せ、さもなくば」
「ぼくが、ティーノを…ほろぼす……から?」
「と、思うだろう?私はアンダンティをどうにかしてやりたかったのだよ。子供に滅ぼされればこれほど愉快なことはない。そう思わないかね?
 だから聖属性を持つフィリンツを殺せと言ったのだよ。そうすれば暗属性のフィーレがいずれティーノを滅ぼすだろうと思ってね。
 しかしアンダンティはお前を生かした。おかげでフィーレの力は中和され続けたのだよ」
「じゃあ……」
「そう。お前が屋敷を出たせいで一気に暗属性に傾き、襲撃を呼んだ。つまり、お前が居れば誰も死ななかった。全く、罪深いなフィリンツは」
「ぅ…あっ……」
フィリンツはもう、言葉すらもうまく扱えなかった。なにがなんだかよくわからない。
頭の中に何かが入ってきて滅茶苦茶にかき回しているような感覚だけを感じる。助けを求めることもできず、レイオーサにされるがままになっていた。
「フィーレ……」
「ああ、フィーレなら今頃、海の藻屑だろうな。忌月生まれには悪魔が宿る。いないのが皆のため。というものだ」
フィリンツの体はぐらりと傾いだ。レイオーサはそれには目もくれず立ち上がった。そこにイレイスたちがやってくる。
「スイレン!フィリンツ様!」
「遅かったな。残念ながら、こいつも金印についての情報は何も持ってやしなかったよ」
レイオーサは小さく肩をすくめると、そのまま姿を消してしまった。
チサトが剣をレイオーサが居たところに突き立てたが、それはむなしく大地に突き立っただけだった。
「くそ!逃がした!」
「…ま、ある意味ラッキーだったかもね。これ以上余計な罪ほしくなかったし。スイレンちゃん!大丈夫?」
シラギはスイレンを抱き起こす。スイレンはこめかみから血を流して気を失っていたからだ。
そこで少年より先に女性を助けるのがある意味シラギらしいと言えようか。
「……く、い、今…あの魔法使いが突然……」
「もういなくなった。立てる?」
「はい……痛っ……」
スイレンは顔をしかめながら立ち上がる。どうやら軽症のようだ。シラギは白いガーゼをスイレンに差出し、起き上がるのを助けてやっていた。
イレイスはフィリンツの様子を調べる。イレイスにとってはスイレンよりフィリンツの方がよほど重症に見えたからだ。
フィリンツは目を見開き…とは言っても何も見えていないようだった。
「ぁ……」
「……魔法で記憶を覗かれたな。随分と乱暴にやられたようだ」
イレイスがフィリンツの意識をこちらに向けさせるために頬を叩いたが、フィリンツは反応を示すことはなかった。どこか遠くを見て、ほろほろと涙をこぼすばかりだ。
「そっちはどうなんだよ」
「ああ、状況は最悪だな。乱暴に記憶を覗かれたせいで、精神まで乱された。下手をすればこのまま再起不能だ」
「お前、そんなことさらっと言うなよ!人が……」
「……お前たちに、魔法使いの知り合いは居るか?」
イレイスに尋ねられ、怒りをイレイスに向けようとしていたチサトはややあって…「居る」と答えた。
「なら結構。そいつに頼ればなんとかなるだろう。
 先ほども言ったように、私はあくまでシェンド伯爵のために動いていて、こいつに時間をかけるわけにはいかないんでね」
「あーのー。ちなみに、具体的にはどうすればいいのかくらいは……」
「時間をかけて、記憶をきちんと元の場所に納めていけば精神も戻るだろう。その前に、精神を保護するからな。
 知り合いの魔法使いには“夜元素で眠らせてある”と言えばいい」
イレイスはそう言うと、フィリンツの額に手を当てる。イレイスが呪文を唱え終わると、フィリンツは目を閉じ、くたりと倒れこんだ。

数刻後、イレイスとスイレンは街道をティシモ伯爵領にむけて戻っていた。そこにチサトとシラギとフィリンツの姿はない。
今頃彼らは北の大陸へ渡るため、そのまま街道をイレイスたちとは反対の方向、船が出るネルベ王国へ向かって歩いているのだろう。
「……ふがいなくてすいません」
スイレンは前を向いたまま、ぽつりとこぼした。
「あれは事故のようなものだ。最も、状況はかなり不利になってしまったがね」
「ほんとうに、すいません……」
スイレンがまた謝るので、イレイスはため息をついた。スイレンがいようがいなかろうがあの状況はおそらく変わらなかった。
しかしイレイスにはうまく伝える言葉が見つからなかったのだ。
と、そのとき一羽の漆黒の鴉がイレイスの元に舞い降りてきた。イレイスが手を伸ばすと鴉は手にとまる。その足には手紙がくくりつけられていた。
イレイスはその手紙を読むと……小さく舌打ちした。
「ど、どうしたんですか?」
「シェンド伯爵が捕まった。反逆罪だそうだ」
「え……?」
スイレンはイレイスの言葉を聞き、立ち止まった。
まさに想定外。スイレンはにわかには信じられなかった。それはイレイスも同様であった。
クレスの話だと王太子は自分とは立場を異にするクレスに自分の側に下るよう説得したが、クレスは断ったはずだった。
まさか七伯の一人をこんな強硬手段で排除してくるとは思ってもみなかったのだ。
イレイスは無言のまま更に速度を増した。もうスイレンでは小走りでなければ追いつけないほどである。
「ど、どこへ行くんですか!?」
「王都ラゼリア。シェンド伯爵は必ずラゼリアへ連行され、そこで裁判…という形式上の断罪を受けるはずだ。そこで救出する」
「そんなこと言ったって、どうやって助けるというのですか!」
「スイレン、お前は御者と共にシェンド伯領に戻れ。いつまでも御者殿を待たせておくわけにはいくまい」
「って話聞いてませんね……」
スイレンは肩を落としため息をつく…が、表情を硬くし、なおもイレイスに食い下がった。
「わたしもラゼリアに行きます」
「来るな。邪魔だ」
「別に、イレイスさんの手伝いをするつもりではありませんよ。
 ラゼリアにはエルフ族も多く住んでいると聞きますから、わたし自身の目的を果たすだけです」
「……ふん、好きにすればいい」
「ありがとうございます。それでは御者さんと一旦落ち合ってシェンド伯爵領に戻っていただくよう伝えるのが一番ですね」
イレイスは苦虫を噛み潰したような表情でスイレンを睨んだ。スイレンは少しだけ笑ってみせた。
どうも、レイオーサにいいようにやられたことと敵に裏をかかれたことでイレイス自身冷静さを欠いていたようだ。
とは言っても万人の平時並かそれ以上には冷静で表情も変わってはいないのだが……
スイレンに言いくるめられたあたりは完全に頭に血が昇っていたと言ってもいいだろう。イレイスは歩調を緩めた。スイレンがその隣に並ぶ。

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