--東の大陸・ラゼラル-- 10話


「お疲れ様でした!やりましたね!」
「スイレンさんも、お疲れ様でした。すばらしい演技でしたよ」
カルツに褒められたスイレンはすごい勢いで首を横に振った。
「も、もうあんなこと絶対やりませんよ!ものすごく緊張したんですから!」
「えー、もったいないなぁ。でもこれ今後の捜査で使えそうですよね。後でちょっとレクチャーしてくださいよー」
イストは茶化すような口調だが結構本気のようだ。スイレンが嫌がるにも関わらずしつこく食い下がっている。
「…やれやれ。これで後はシェンド伯爵を屋敷まで送り届けて任務完了。というところかね」
イレイスはじゃれあっているスイレンとイストを眺めながらそっと呟いた。それにしても随分遠回りをしたような気がする。
スナ王国に戻ったら報酬の増額を求めようかね。と内心考えてみるのであった。
「イレイスさんも、お疲れ様でした。それでは我々はレイオーサの身柄を確保し、次の尋問をしなければいけませんので、このあたりで失礼します」
「あぁ。また機会があればどこかで」
「それはこちらもですよ。イスト、行こう」
「えー、もう疲れましたよー」
カルツが歩き出すと、イストも文句を言いながらだがついていった。そして…イレイスとスイレンが残された。
「そうだスイレン、ひとつ尋ねたかったんだがね?」
「…な、なんでしょう?」
「よくヴァーチェ伯爵の依頼文なんか手に入れたな」
「あぁ、あれは…シラギさんがくださったんです。拷問されていたフィリンツ様を助けた直後に野宿したんですけれど、そのときにメモとして…」
スイレンはそう言って紙を広げる。そこにはシラギのフルネームとコールの魔法の固有番号が書いてあった。
そのときのやり取りがイレイスの頭の中では容易に想像できた。
「ま、こういう形で役に立つとは思いもしなかったわけだな」
「ええ、本当に。…あ、ところでこれからどうされるんですか?」
「とりあえず、私は迷子のお迎えに行くとしようかね。スイレンは?」
「そうですね……外で待っています。…少し一人で今後のことを考えたいので」
イレイスと別れたスイレンは、議場の外へと出てきた。そして小さくため息をつく。
この数日、とても慌しかった。それはスイレンが今まで経験したことのないもので、それが落ち着いた今……ようやく振り返る余裕ができた。
だがそれは、けして良いものでなく、苦い気持ちがそこに生まれる。
「ここにも、何もなかった……」
口に出すと、余計に苦い。スイレンがそれを見つけるまでは旅は終わらないのだが、手がかりはもうなくなった。
本格的な旅になるだろうが、独りで成し遂げる自信がスイレンにはない。
嫌がられるだろうか。何と切り出せばいいだろうか。そんなことをスイレンが考えていると……
「……スイレン?」
声をかけられて振り返ると、なんだか小汚い格好のリズが立っていた。
「リズ…さん?どうしたんですか?確かティシモに行くって…きゃ!?」
「うわああん!スイレーン!会いたかったよぉお!」
リズに突然抱きつかれたスイレンは目を白黒させるのだった。
 
議場のすぐ近くにリズとスイレンは座った。スイレンは「冥界への門は閉じておいてくださいね?」と断ってからリズに食事を買ってくれた。
パンと飲み物とお菓子だけであったが、ここのところいわゆる「クサい飯」しか食べされてもらえていなかったリズはそれでも満足だ。
「スイレンと別れた後、アタシたちティシモ伯爵のところに行ったんだけど、伯爵がお留守でねぇ…
 それからスナ王国に行ったんだけど、なんかイレイスがひとりでラゼラルに戻ってきちゃってぇ、
 そしたらブロウが心配して一緒に戻ってきたんだよー。でもスイレンに会えてうれしいよ!」
久しぶりのクサくない飯は実においしかった。
あっという間にそれを平らげたリズはスイレンにおかわりを要求したのだが、そこはさすがにやんわりと断られた。
「わたしはラゼラルでイレイスさんとお会いして、それから一緒に行動していたんです。今は少しだけ別行動をしていますけどね」
「そっかー。なんか伯爵サマによくわかんない疑いがかかっちゃって、助けに行こうとしたらつかまっちゃってさー。
 アタシは『話になんない』ってルートってヤツと一緒に放り出されたんだけど、ブロウがまだつかまったまんまでさー、
 とりあえずここで待ってたんだけど、ぜんぜん出てこないし、おなかすいたし…」
「それは大変でしたね。ブロウさんならもうじき出てこられると思いますよ」
「ほんと?よかったー」
くるくると表情を変えるリズを見て、スイレンはくすくすと笑った。リズも見知った顔に会えて、安心した。
「それにしても、その……」
スイレンは非常に言いにくそうに、リズを見やる。
「なに?」
「随分、苦労されたんですね……なんだか、小汚い……というか……」
「はうっ!?」
言われればそうだ。スイレンは旅のさなかだったろうにも関わらずこざっぱりとした格好だが……リズは顔にも泥がこびりついているような状態である。
スイレンが苦笑しながらハンカチを出してくれたので、それを水で湿らせてとりあえず顔だけ拭いた。



「ひとまずはおめでとうございます、と言っておきましょうか」
イレイスはブロウが捕まっているであろう拘留所へ向かっていると、既に釈放されていたらしいセツナに声を掛けられた。
その傍ではルートがにこにこと笑みを携え立っている。
「お前にも苦労をかけたな。貸しが沢山出来る。」
「ええ全く―…まぁ、半分くらい好きでやってるんで気にしませんよ」
くす、とセツナが笑う。
「それにしても、ルートはともかくよく出られたな」
「えぇー、僕は結構真面目に供述したよー。向こうの理解力が低いだけだよぅ」
イレイスの言葉に、ルートはぷぅと頬を膨らませる。
その光景に、供述した相手は今頃頭痛に悩まされている事間違いない、とイレイスは思ったとか。
「相手が勝手にブロウを犯人だと決め付けていましたから。後は知らぬ存ぜぬを通したまでですよ。」
「お前も中々酷いな」
「あんな僻地に放置した貴方よりはマシですよ」
二人の間に、ほんのりと走る火花。いわゆる腹の探り合い、と呼ばれてもおかしくない。
セツナとイレイスは仲が悪いわけではない。
むしろ何処か似たもの同士だからこそ、このような微妙な信頼関係を築けるのだとお互いに思っているフシがあるくらいだ。
「は、手痛いところを突いて来る。私はブロウを迎えに行くが、お前らはどうする?」
「そうですね。挨拶くらいしておきましょうか」
イレイスは再び歩き始め、セツナとルートがそれにつく。
拘留所は、裁判が終わった後だからか物々しい雰囲気に包まれていた。
「……さて、アイツは……と。」
イレイスが周囲を見回すと、視界の端に捨てられた子犬のような目をしながら挙動不審に周囲を見回しているブロウが目に入った。
釈放されたばかりといったふうに、どうしていいのか完全に戸惑っているらしいブロウは此方には気がついていないようだ。
「おーい、そこの迷子―。」
イレイスは適当にそう声を上げると、ブロウも流石にわかったらしい。
「あ、兄貴−っ!!」
ぱぁっと顔を輝かせてブロウはイレイスの元へと駆けて行く。その時、何となく尻尾を振っているような幻覚が見えたような気がしたが、イレイスもルートもセツナもきっとそう感じるのは自分だけだと思い、あえては口に出さなかった。
「良かった、無事だったんだな!」
「少なくともとっ捕まって裁判沙汰になったお前に言われたくは無いな」
「ぅっ……」
イレイスの言葉に、ブロウは返す言葉も無いらしく気まずそうな顔を作る。
まあ、道中のことを思い返すと、何一つとして事態が好転したわけではないのだから、ブロウでなくとも言い返すことは無理だろう。
「まあまあ。せっかく再会できたんですし、素直に喜べばいいでしょう?」
そんないつもの二人に、セツナは小さく肩をすくめる。
「そーそー。ぶろりんってばいっちーいっちーってうるさかったんだよー」
「だ、だって仕方ないだろ、兄貴ってばさっさと行っちまうし……」
「お前なぁ。私の能力を低く見すぎじゃないかね」
ふぅ、とイレイスはため息をついてみせるが、その顔はほんの少しだけ嬉しそうであった。
「……っもう、それはいいだろ。それで、リズは一体ドコなんだ?」
ブロウの質問に、思わず一同は顔を見合わせる。
しばらく流れる沈黙が、その答えを如実に表していた。
「どこだっけ?」
ルートがきょとんと首を傾げるが、その頭をセツナがごいんと殴る。
「貴方と一緒に放り出されたんじゃありませんでしたっけ?」
セツナは声こそ穏やかなものの、その顔は決して笑っていない。
迷子はひとりだと思っていたのだが、実際はもうひとり厄介なのが居たというよりも増えたのだから機嫌が悪くもなるだろう。
「ぁ、思い出したよー。せっちゃんとぶろりんの事待ってたんだけどね、りずりずが耐えられなくなっちゃって勝手にどっか行っちゃったんだよー。」
「ですから何故止めないんですか……?」
ぎりぎりぎり、とセツナはルートの頬の両端を引っつかんで思いっきり引っ張る。
「ひひゃい、ひひゃい!!」
「……せ、セツナ。探してみるから、探してみるから!!」
思わずルートがかわいそうになり、咄嗟に止めるブロウ。
仕方ないとばかりにセツナがルートの手を放すと、ルートは少しだけ赤くなった頬をむにむにと揉む。
「そうだな。スイレンも待たせてあるし、一度合流するかね。」
「あ、そうなんだ!!スイレンも居るのかぁ……んじゃ、行こうぜ。」
そうして、イレイスとブロウは歩き出すのだが、セツナとルートは立ち止まったままだった。
すぐに気がついたブロウが振り返って首をかしげる。
「セツナ、どうしたんだよ?」
「いえ、この騒動も終わったようですし。ここいらで別れようかと」
「え?何でだよ、俺まだセツナに礼もしていないのに」
ブロウは不思議そうな顔を浮かべる。あれだけ振り回してしまったのに、お礼の一つもできないのが少し気になったからだ。
「……貴方は、あの子のためにボレロを集めるんでしょう?でしたら、オレは行けません」
「それって、どういう―…」
質問しかけたブロウの襟首をイレイスはぐいっと引っ張る。
直後、ブロウの口からカエルがつぶれたような声があがるが、イレイスはそれに全く気にせずセツナに問いかける。
「次はドコへ行くつもりだ?」
「別の大陸にでも。少し長くここに居すぎましたから」
「そうか。まあ、元気にやれよ」
「……ええ」
セツナは軽くイレイスとブロウに手を振り、その場から歩き出す。
ルートも当然、セツナと一緒だ。
「セツナ!その……今回はありがとう!結構色々振り回しちまったし……なんかあったら、今度は俺が助けるから!!」
去り行く背中に、ブロウは叫ぶ。セツナは、振り返らずに進んでいく。
それでも、セツナの唇は小さく―『ありがとう』と紡いだのだが、背を向けているブロウには見えなかっただろう。
「……また、会えるよな」
「ま、結構な腐れ縁だし。意外にも次の大陸でばったり会うかも知れんぞ?」
イレイスは不敵に笑い、二人は再び歩き出す。

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