美女が野獣
山賊。
文字通り、山にいる盗賊。付近の村を襲ったり、時には行商人に手をかけたり。
海に居たら海賊で、町に居たらただの盗賊。
誰がこんな安直な名前をつけたのかと首をかしげるところだが―…それはさておき。
とある村で、とある賊が山を根城としている。
とりあえず、被害が多数出てきて『困っている』ので退治をしてくれ、というごくごくありふれた依頼だ。
ゴブリン退治やコボルト退治くらいに、なんの変哲のない代物。それでもって、報酬は500spと至極まっとうな額。
何時もどおりやれば何の危険もなく終わるだろうと言い出したのは、誰だったのか。
とにかく、それくらい普通の依頼だった。
「さあ、追い詰めたぞ。残りはお前たちだけだ、観念しろ。」
イレイスが目の前の盗賊に向かって高らかに声をあげる。
くいだおれは、山に向かいあれよあれよといわんばかりの勢いで山賊を蹴散らし、ほぼ壊滅まで追い込んでいた。
山賊も残る3人。比べてこっちは5人だ。いくら根城にしていると思われる洞窟に逃げ込んだとしても、もうどうしようもないだろう。
つまりは依頼解決の一歩手前。このまま順調に進まない素材を見つけるほうが難しい状況だ。
「母ちゃん、もうつかれたよぉ、あいつらの言うとおり、このまま大人しく捕まろうよぉ。」
山賊のうちの一人、BMIという謎の鑑定方式をかけたら余裕で『肥満』という名の烙印を押されそうな眼鏡の青年が、イレイスの態度におびえたのか、気弱な発言をし始めた。もとい、見た目からしてそんなに押しに強そう、という風でもなかったので当然の発言なのかもしれないが。
「母ちゃんじゃない、頭領とお呼び!」
山賊のうちのもう一人、唯一の女性が声を上げる。
だが、紅一点と表せるほど可愛らしいものではなく、その体格と言動からはどちらかというと野獣を彷彿とさせる。
そこらの男性よりも遥かに迫力のあるその姿は、山賊の頭領に向いているといえば向いている。
というか、天職だ。
そして、気弱そうな男性に右ストレートを食らわせる。ばぎぃ、と鈍い音と同時に男の鳩尾にクリーンヒット。いい腕をしている。
「大体だね、あんな駆け出しに捕まってなるもんかい!寝言は寝ていいな!」
肝っ玉母ちゃん―…パーティの脳内に、そんな言葉が脳裏によぎった。
それよりも、だ。頭領は完全にこちらが有利というのにもかかわらず強気の姿勢を崩さない。
これはなにか、罠でも仕掛けてあるのかもしれない。
「罠でもしかけてあるのですか?オレ達に通用しないのは身をもって知ったでしょう?」
セツナがその可能性にいち早く気がつき、カマをかけてみる。
実際、山賊達は罠をあちらこちらに道中しかけていたのだが、全て発動前に破壊。もしくは逆に利用して、手ごわそうな奴を捕らえたりもした。
しかし頭領は、ハン、とセツナの台詞に鼻で笑う。
「いい気になるんじゃないよ!その鼻っつら、へし折ってやるよ!」
やはり何か仕掛けてあるのだろう。頭領たちはよくある捨て台詞の後、洞窟の奥へと脱兎のごとく逃げさる。
「追いかけよう!」
ブロウがその道の先を示す。一同はこくりと無言でうなづき、洞窟の奥へと駆け抜けていった。
通路を走る。
交差点で、真新しい足跡を見つけ、さらに走る。
やがて、行き止まりにたどり着いた。
「…行き止まり?」
ブロウが戸惑いの声と共に、きょろきょろと周囲を見回す。
あるのはいくつか食料の入った木箱だけで、そこからぷっつりと足跡が途切れてしまっている。
出口があるのか―…しかし、風の通り抜ける音もしなければ、そんな感覚もまったくない。
「ぶろりん、こっちこっち♪」
ルートがそんなブロウに手招きをする。
「ちょーっとわかりにくいけどね、ほら、ここ。」
うっすらと残った足跡。ルートはそれをヒントにしたのだろう。
指し示した先には、岩壁に隠れるようにして自然のカモフラージュを受けた通路がそこにあった。
おそらく、隠し部屋としても使われていたのだろう。
「…この奥だな。」
シンヤがさらに奥に視線を向ける。
出口もなければ他に通路もなさそうなこの洞窟。おそらく、というか確実にそこにしか居ないだろう。
「行きますか。」
セツナが歩き出すと共に、一行も歩き出す。
隠された、部屋。そこに確かに山賊はいた。
しかし、ただの部屋が広がっているのかと思っていたが、そうではない。
地下水でも染み出ているのか、そこには小さい澄んだ泉があった。
それだけではなく、その泉の淵には何かを乗せる台座のようなものも鎮座していた。
山賊が居たのは、その台座の後ろ。隠れるようにして、身を寄せ合っている。
「さて、鬼ごっこはおしまいだ。お前らには特製の地下牢が待っているぞ。」
シンヤが剣を抜く。
しかし、頭領は高らかな笑い声を上げるだけで、表情におびえの色は一切ない。むしろ、より強気になっていたというほうが正しい。
「フン!素直に帰っていれば五体満足でいられたのにねぇ。」
だが、どう見ても有利なのはこちら側で、それには変わりない。
「…?追い詰められて、気でも狂っちゃった?」
ルートが漏らす。その内容はパーティ内全員のだれもが思っていたことを表したようなもの。
通路を駆け抜けたものの、罠などはなく、一番奥の隠し部屋であるここも、特別なにかがあるようなわけではない。
「と、頭領…や、やっぱり、それは止めたほうが…」
そこで、もう一人の男性が声を上げた。
その男は謎の鑑定方式『BMI』を使うと確実に『痩せ過ぎ』の烙印を押されるような体格をしていた。
そしてやはり、気弱そうな声を上げる。
「うるさいね!腹ぁくくりな!」
頭領は物怖じする二人を一括する。猛禽類のような鋭い眼光に見据えられた草食動物のような手下は、ヒィと短い声だけを上げて黙り込んでしまった。
そしてそのまま冒険者のほうに向きかえり、不敵な笑みを浮かべる頭領。
やはりなにか、仕掛けてある―…そう、身構えた瞬間。
「さぁ、宝玉ぅ!アンタの力とやらを、この馬鹿どもに見せ付けてやんな!」
頭領は声高に吼えたかとおもうと、ずっと後ろに回していた手を前に突き出した。
その手に掲げられていた宝玉から閃光がほとばしり、くいだおれの体を包み込む。
ぼふぅん!
情けない音と共に、次々に宝玉の力で声も出せずに動物になっていくメンバー。
そして各々に本能の赴くまま駆け出して、通路の奥へと姿を消していく。
「ほらごらん!アンタ、何の魔法がかかってるかわからないっていってたけど、
このアタシを舐めないでおくれよ。こう見えてもツキだけはいいんだよ!!」
その一部始終をみていた頭領がほっほっほ、と笑い声を上げる。
「すげぇ…さすが母ちゃ…いや頭領!」
肥満の男がその結果に目を輝かせていた。
「さすが頭領!思い切りの良さは世界一ー!」
痩せた男も同様に喜びの声を上げる。その言葉に頭領も気をよくしたのか、さらに大音量の笑い声を上げた。
「しかしすげぇなぁ、その宝玉。母ち…いや、頭領。俺にもそれちょっと触らせてくれよ。」
ふと、肥満の男が、頭領の手にしていた宝玉を物欲しそうな目つきで見る。
恐らく、手ごわかった冒険者をあっという間に無力化してしまったその宝玉の力に見初められたのだ。
「何いってんだい。これはアタシのだよ。触らせてなんかやるもんか。」
その目線に頭領も気がついたのか、守るようにして宝玉を抱え込む。
役に立つ宝玉―…その効果がハッキリしたおかげで、より手放せないのだろう。
「いいじゃないかよぉ、ちょっとくらい。」
しかし男も折れずに、不満の声を上げて抱えまれた状態の宝玉に手を伸ばす。
「ダメ!」
しかし頭領も一括。
「やだ!」
先程までの気弱そうな態度はどこへやら―…男は強気に出始め、やがて宝玉を巡ってもみ合い始める。
『あ』
両者共に、短い叫び声。
なぜならば、ちょっとした拍子で宝玉が両者の手からするりと離れ、地面へと叩きつけられたのだ。
宝玉は特に硬いものでもなんでもなかったらしく、ガラス細工のように木っ端微塵に砕け散る。
そして再び、割れた宝玉から閃光があふれ出し始める。しかも、今度は山賊たち全員をまとめるように光が包み込み、もうもうと煙も出てきた。
「うわ、なんだいこれは!!」
流石の頭領も周囲の異変に対して、驚いたような声をだす。
「こ、これはもしや…力の暴走…?」
痩せ気味の男が状況を的確に判断する。
強い力をもっていた宝玉がよりどころとしていた器を失ってしまったことで、全ての力があふれ出してしまったのだろう。
ちょうどそれは、大きな水風船が割れて周囲に水を撒き散らすのと同じように。
「力の暴走!?」
めきぃ、と、どこかで鈍い音が鳴り始める。
「封印を壊してしまったから、全ての力がながれだしてるんですよぅ!!」
悲鳴のような声で痩せた男が頭領の問いに答える。
めき、めき、と体のあちらこちらからの鈍い音。
「あたしらも獣になっちまうのかい!」
「え、えぇ・・・しかも、普通の獣ではないみたいですぅ!」
「なんだかボクたちの体が粘土みたいにこね合わさっていくよー!!」
めきめき…べきぃ!
体中から鳴る鈍い音はとどまることを知らず、ただなり続ける。
三人の山賊は自分たちの意識がどこか遠いものに感じる中、なにか物凄い力を得ていくような―…そんな充実感に似たような感覚を体に刻み付けられていた。
「っ…」
シンヤがゆっくりと目を覚ますと、そこは泉の中。
たらふく水を飲んだらしく、腹がじゃぶじゃぶと不快な音を立てている。
「俺は、動物になったはず…?」
確か、宝玉から閃光があふれ出したとき、自分は何かの獣になっていた。
最後に聞いたのは、一際大きな咆哮。それを最後に、意識は闇の中へと沈んでいったのだ。
しかし今こうやって目を覚ましてみると自分は何時もの見慣れた体をしている。
水面に体を移してみても、実際に体を動かしてみても何の不自然も感じない、確かに慣れ親しんだ体だった。
「そうか…確か、動物になったあと妙な怪物に追いかけられて―…」
記憶は薄れている。
だが、とてつもなく巨大だったことは覚えていた。もちろん、そのとき自分は動物になっていたのだから、大きさはもしかしたら違うかもしれないが。
「なんとか撒いて、元の場所に戻ってきたときに気を失ったのか…」
自分のいる場所と状況。二つを照らし合わせて、なんとか一つの事実にたどり着く。
それと同時に、浮かび上がる一つの疑問。
「何故、元の姿に戻ったんだ…?」
シンヤはしばらく動物の頃の記憶を探り、理由を探してみる。恐らく、そこでとっていた行動に直接関係があるはずなのだが。
「…駄目だ。動物だった頃の記憶が曖昧だ。」
脳まで獣並みになっていたのだろうか。
それはそれで恐ろしい。
「とりあえず、他のメンバーは…」
ぐるり、見渡す。
けれど、他のメンバーの気配は一切なく、また先程の巨大な生き物の姿さえもなかった。
とにかく、仲間を探すために洞窟を調査する必要がある。シンヤはそう結論を出すと、泉の中から立ち上がった。
とりあえず、原点を調査する。
今一番怪しいのは、あの盗賊たちが隠れるようにして立っていた台座だ。
シンヤがその台座を調べると、何か言葉のようなものが書いてあるのを発見した。
読み上げてみるとなかなか癖のある書き方をしてあったが、読めただけマシだろう。
これがもし古代語など自分のわからない言語で記してあれば、手の打ちようがなくなるからだ。
「…『獣占いの宝玉』か。つまり、人間をその性格にあった獣に変えるみたいだな。元に戻すのは…この泉の水を飲ませればいいのか。」
仲間を元に戻す方法はわかった。あとは仲間をさがして、どうにか此処までつれてこられれば何とかなる。
シンヤは隠し部屋から出ると、洞窟内の本格的調査を開始することにした。
「とりあえず、このあたりに使えそうなものは…」
先程の、行き止まりだった場所。
たしかいくらかの食料も置いてあったはずだ。もって行けば、餌にでもなるだろう。
「干し肉、パン、それと、グレイルか。」
シンヤは適当に使えそうなアイテムを荷物袋に放り入れる。
干し肉は文字通り餌になるだろう。パンはすこし硬くなっているものの、どうにかすれば使えるかもしれない。
唯一つ、グレイルを手に取りシンヤは小さく唸った。
「何に使うんだ、これは…」
とりあえず本能が手に取れと言ったので、という本当に適当な理由で手に取ったもの。
よくわからないが、何かには使えるのだろう。
「まぁ、先に進むか。」
シンヤは荷物袋を背負いなおし、通路を歩く。
とにかく洞窟の全貌を明らかにしようと、壁に手を伝い歩くという最低限迷わない方法を使い、先を進む。
すると、思ったとおり洞窟内はあまり広くないようで、袋小路に出た。転がっているのは、ランタンとつるはし。
「仲間の気配は、ない、か…」
その二つを荷物袋に迷わず入れ、再び手を伝い歩く。
「…ふぅ。」
シンヤは再び干し肉等が置いてあった部屋に戻ってきていた。
本当に洞窟内は狭かった。探索として一週回ったが、15分とかからなかった。
いくつか役に立ちそうなアイテムは拾えたものの、何故か仲間には一切遭遇できず、半分途方にくれる。
「さて、どうする…」
とりあえず、拾ったものを並べてみる。
パンやグレイルといった此処で拾ったものを筆頭に、罠でも仕掛けていたのだろう、かごの中に入ったねずみ。
しっかりとしたロープ。それと一本の香りの強い花。壊れそうなつるはし。最後に、ランプ。
考えられる手法としては、数箇所あった袋小路に罠を仕掛けてとっ捕まえる方法だ。
「となると…餌でおびき寄せて、というのが定石か…」
シンヤは干し肉を懐にしまいいれ、他のアイテムを再び荷物袋の中に入れる。
意識を失う前に仲間達がどんな動物になっていたか知っていればよかったかもしれないが、済んだ話だ。
シンヤは意を決して立ち上がり、歩き出す。
「さて。はじめるか。」
シンヤは袋小路のひとつ、先程ねずみを捕まえた地点に居た。
やはり仲間たちとめぐり合わなかったところを見ると、長期戦で構えたほうがいいのかもしれない。
干し肉をひとつ、置いてみる。
このままでは何となく食いつきが悪そうだが、とにかく、試してみるしか今のシンヤには手がない。
待つことしばし―…
「…何も、おこらないな。」
シンヤは物陰から体を出すと、置いたままの干し肉を回収する。
ぽつりと置かれたそれは、何となく今の自分に状況が似ているようで笑えなかった。
ふぅ、と思わず零れ落ちるため息。
『キュンキュン』
それと同時に目の前で自分の体を見せ付けるように狸があらわれた。
「………」
しばしにらみ合う両者。
狸は動かない。
シンヤも動かない。
まるで実力の見合ったもの同士がにらみ合う光景―…にも、見えなくもないのだが。
見つめあう狸と成人男性の図は、なんとなくファンシーを通り越して気色悪い。
こんな時間が永久に続くかと思えた瞬間。からり、と岩壁の一部がすこし崩れる乾いた音が近くで響いた。
狸は一瞬だけそちらに気をとられる。
「いまだっ!」
シンヤの遠慮のない拳が狸の頭を容赦なく打ち付ける!
ごしゃあ、という鈍い音とともに狸は中を舞い―…そして頭から地面に落ちた。
綺麗に入ったアッパーカットは狸の意識を一瞬で飛ばせたのだろう。狸は小さい体をぴくぴくと痙攣させながら、完全に伸びていた。
「……うわ。」
やりすぎた。
シンヤは狸を見て心から思った。
この光景、ご近所様が見たらちょっとした騒ぎになれるだろう。
明日の井戸端会議の見出しは「恐怖!動物虐待男!!」が確定するくらいに。
先程の落ち方、人間だったら軽い脳震盪くらい起こしているかもしれない。
とりあえずこの狸がブロウじゃありませんように、と祈りつつその毛むくじゃらの体を抱え、泉まで戻った。
いざ泉までもどってみて、気がつく。相変わらず意識の戻らない狸。
「これ、このまま沈めてもいいのか…?」
冷静に考えたら、おぼれそうなんですけど。
シンヤは数秒考え込み、それしか方法のないことに気がつき再びため息。
とりあえず動物がセツナだったらルートに半殺しにされるだろうな、と投げやりながらも考えつつ、ゆっくりと小さな体を沈める。
ぶくぶくぶく。
泉に沈められた狸は泡を立てつつ―…沈んだ。
「や、やっぱり―!?」
意識のない人間を泉に沈めてみても結果は同じだろう。
というか、狸のほうが小さい分完全に体が泉の底に沈んでしまって、危険極まりない。
救い上げないと、とシンヤが駆け出す直前、変化は訪れた。
きらり、きらりと水面が2・3度きらめいたかと思うと、狸の姿が見る見るうちに変わっていき―…
「…っは…何が、起こった…?」
ざばぁ、と、水面から体をだしつつ、戸惑いの声を上げたのは白い衣服を身にまとった青年。
銀の髪に蒼い瞳が特徴的なその姿はイレイスそのものだった。
「…イレイス!」
シンヤがその姿を見て名前を呼ぶ。
おそらく、先程までの狸が彼。泉の効力によって元に戻れたのだろう。
「シンヤか…その顔だと、何があるか全部わかっているようだな?」
「ああ…今、話す。」
シンヤがイレイスに簡単な経緯を話す。
皆を探していること。
この水を飲ませれば体が元に戻ること。
もちろん、気絶させた方法は伏せておいた。
「…ふむ。なるほどね。またそれは…面白そうだな。」
泉から体をだしつつ、にやりとイレイスは笑う。恐らく、捕らえる仲間の方法とかを考えては楽しんでいるに違いない。
「…本当、最初がお前でよかったよ。」
シンヤが安堵のため息とともにぼそりとつぶやく。かなり手荒な方法をとっても、罪悪感が一切沸かないのはこの性格ゆえにあるのだろう。
ブロウとかだったら、率直にお礼を言われるだろうし。そうなると、なんというか全てをかなぐり捨てて謝りたい気分になってくる。
それに、普段からあまり良く思っていなかったし、日ごろの恨みといえばそれはそれで―…
「ところでシンヤ。」
少し邪推にふけっていたシンヤを、イレイスの声が引き戻す。
「何だ?」
「…頭がまるで殴られたように痛いのは、どうしてだろうな?」
イレイスはにっこりとダークな笑みを浮かべていた。
口こそ半円月の形をとっているものの、目は笑っていない。
「さぁ…大方、副作用かなにかじゃないのか…?」
答えに困りつつ、適当な言葉でお茶を濁しておく。ハッキリ言えばこちらの身がどうなるかわからない。相手はイレイスだし。
しかも今はその止め役であるブロウの姿がないからなおさらだ。
「ほーぅ……………覚えておけよ。」
納得したような言葉の後に、小さいつぶやき。
シンヤはそれを聞き逃すことができなかった。いや、始めから聞こえるように言ったのかもしれない。
何がおこるかわからないが、一つだけ、言える。
バレてる。
「さ、さー…他の仲間を探しにいくか…」
じっとしていると身の危険がやばそう、というかなるべく早くブロウを見つけたい一心でシンヤは進む。
とりあえず彼さえいれば『最低限』の身の安全は保障できるからだ。
「ああそうだな。早くアイツを見つけたいし、なぁ?」
バレてるバレてる。
シンヤは呪文のように繰り返しながら、歩を進めていった。
「…行き止まり、か。」
二人はあれから別の場所の袋小路に来ていた。
イレイスが周囲を見回し、何もないことを確認してからふむ、と息をつく。
「大分、根城といっても狭かったみたいだ。一周しても15分とかからなかったぞ。」
考えるのを補佐するように、簡素な事実を伝える。
「そうか。だったら適当に待ち伏せしていたらその辺通りそうだな…」
残る仲間は3人。
恐らく、狭い洞窟内をあちこち徘徊しているのだろう。証拠に、洞窟内にはいくつかこの辺りでは生息していないような足跡がある。
それを辿ることも不可能ではないが、かなり適当に歩いたのか縦横無尽に足跡は広がっており、かなり骨の折れる作業になるだろう。
「…まぁ、ただ待つだけというのもつまらん。」
イレイスが荷物袋をがさごそと漁りながら、言葉を続ける。もちろん、その荷物袋の中にはシンヤがこの根城の中で見つけたものが入ったままだ。
「では、一体どうするんだ?」
イレイスが「つまらない」やら、「くだらない」やらと言い出すとそれは何かが起こる前触れ。
本人にとっては非常に楽しいのかもしれないのだが、こちらにとっては迷惑極まりないこと。
要するに、『嫌な予感』がシンヤにはした。
「ん…これなど、使えそうだな。」
イレイスがそういいつつ取り出したのは、ぼろぼろのつるはし。
山賊たちは自分で壁を掘ってこの洞窟を広げていたのだろうか、かなり使い古されている。
壁を掘ることも不可能ではなさそうだが、数回振っただけで壊れてしまいそうだ。
「壁でも掘れというのか?」
シンヤが手渡されたつるはしを訝しげな顔で見つめる。
「いや、掘るのは地面だ。」
つまり、穴を掘って罠を仕掛けようという魂胆なのだろう。なるほどそれは効果的かもしれない。と、シンヤは素直に納得する。
先程の狸は草食動物ということもあり、比較的安易に元に戻すことができた。
これがもっと他の、たとえば肉食動物などを相手にするのであれば、その3倍は苦労するだろう。
「そういう考え方は出来なかったな…いや、それよりもだ。お前の魔法で掘ったほうが早くないか?」
イレイスは各種魔法に長けており、穴を掘るだけの魔法など赤子の手をひねるよりも簡単だ。
だが、それをわざわざ何故時間をかかるのが承知で自分に任せるのか。
「生憎と。どこかの誰かのせいで頭が痛くて魔法に集中できないんでね。」
イレイスはしれっと言った。まぁ要するに、半分嫌がらせの行動―…いや、120%嫌がらせでしかない行動だ。
「……わぁったよ。」
一応、その責任の一端はこちらにあるのだからなんとも言えず。
シンヤはぼろぼろのつるはしを握ると地面の土を抉り取っていく。
がつ、がつ、がつ。
一心不乱に、つるはしを振り下ろす。イレイスは少しだけ離れた場所で腰を下ろし、頬杖さえついていた。
「腰のフリが甘いぞー。そんなんじゃ仲間はかからないぞー。」
そしてそこから、やる気を出させるためなのか失せさせるためなのかはさておき、皮肉たっぷりの声をかけていた。
シンヤはいちいち相手にしていられない、というようにただ穴掘りを続ける。
がつ、がつ、がつ。
「ほらそこもっと気合と根性を入れるー。もちろん仲間を罠に嵌めようという邪悪な心も忘れるなー。」
がつ、がつ、がつ。
「ただ深い穴を掘るだけじゃだめだぞー。ちゃんと頭を使って掘れよー。」
がつ、がつ、がつ。
「おいおい、スピード落ちてきたぞ。それじゃ何時までたっても「うるさいわッ!!」
シンヤがイレイスのやじについに切れたのか、手にしていたつるはしを思いっきり投げつける。
イレイスはそれを涼しい顔をして紙一重で回避。
但し、避けた先は壁でしかないので、つるはしは壁に突き刺さるかと思いきや―…
がしゃん!!
さすがにぼろぼろだったつるはしはその衝撃に耐えられなかったのか、何故か刃の元から砕け散った。
享年XX年、つるはしの人生、此処に終結。ああかなしきかな、物の運命、はかなさよ。
「あーあ、どうするんだ。壊れたぞ?」
イレイスがぽっきりと折れてしまったつるはしを拾い上げると、さも残念そうな台詞を言う。しかし感情は全くこもっていない棒読みだ。
「…はっ、…はぁっ、深さは、これで、足りてるっ、だろっ!」
シンヤは肩で息をしながら掘っていた穴を指し示す。
その穴は、少し狭いながらも深さはシンヤの膝上ほどもあり、小さい動物ならそのまま身動きが取れなくなるだろう。
もちろん、大きな動物であっても足止めには十分になりうる。ちなみに、必要以上に疲れているのは、イレイスの存在意外に原因はない。
「…ちっ、つまらん。まあ、あれだ、お疲れ様。」
イレイスは穴からはい出るシンヤにこれでもかといわんばかりの投げやりの激励をとばしてあげた。
シンヤは荒い息を元に戻しつつ、このド腐れ野郎、といった憎しみしか生まないような目つきでイレイスを睨み付けた。
「…普通、逆だろ。」
逆にされてもムカツクことはムカツクだろうが、あんまり深く考えると発狂できそうなので黙っておく。
シンヤはそのまま身を隠して待ち伏せしようと物陰に向かって歩き出す。
「おや、シンヤ。どこへ行く?まだ作業は終わっていないだろう?」
そんなシンヤの行動を、イレイスが止める。
「終わっていない、って穴は掘ったぞ?」
と、聞きつつもシンヤにはすでにやるべきことはわかっていた。
どこに罠丸出しで引っかかる動物がいるのか。いやブロウなら引っかかりそうなんだがそれはさておき。
とにかく、その『後に続く作業』をイレイスがやるだろう、と希望的観測を含めて行動してみたのだが、残念ながらイレイスには『仲間を思いやる気持ち』は欠落しているわけでして。更に『他人を思いやる気持ち』になると欠落どころかあった痕跡すらなかったりする。
「カモフラージュしないとダメだろう。画龍点睛を欠いてるぞ。」
そういって、自分は少し離れたところから一歩も動かず穴を指す。要するに、イレイスにその作業をやるつもりは一切合切ないようだ。
「………。俺が穴掘ったんだから、お前がやれよ。」
シンヤの言い分は尤もだ。ところが、イレイスはそんなシンヤの気持ちなんか『知るかボケェ』といったように、
わざとらしく両方コメカミのあたりを指で押さえる。もちろんややうつむいている状態だ。
「…あー、頭が痛いんだよなー。誰の所為かなー。誰の所為なのかなー?なぁ、シンヤ?」
シンヤはそのイレイスの台詞で何を示しているのかが一瞬で理解する。
今、素直に自分のやらかしたことに頭を下げればいいのかもしれない。
だが、こんな奴に頭を下げる屈辱、と、もういっそ何も悪いことをしたような気にならない、その二つの気持ちがシンヤの中にあった。
二つの気持ちを天秤にかけてみて―…しまったどっちも同類でしかない!
「やりゃあいいんだろ、やれば!」
そういうわけで、なんか変な意地に化学変化しつつ、シンヤは土を軽くかぶせて穴を手早く隠す。
鮮やかな手つきを少し離れた位置から座って見ていたイレイス。ふうとため息をつく。
「…意外に労力少なくてつまらんな…」
「一回殴らせろ。そして三回くらい切らせろ。」
その呟きを聞こえていたシンヤは上手くカモフラージュできた穴から離れ、つかつかとイレイスに歩み寄る。
もちろん、すでに剣は抜いており目が結構マジだ。
だがイレイスはそんなシンヤの怒りなど、何処吹く風でひょいと肩をすくめてただ一言。
「別にいいが。ブロウには事実をきっぱりさっぱりと伝えておくぞ?
動物になった時に乱暴されたうえ、挙句の果てには穴を掘る様にお願いしたあげく斬られた、とな。」
その言葉で、シンヤの動きが一瞬にして完全停止する。
そう、完全善人リーダーの事だ。イレイスの言葉を鵜呑みにしないまでも、その一言を聞けば恐らくコチラが悪いと判断するのは一目瞭然。
しかも残念ながら、一部を除いて全部ノンフィクションだったりするから返す言葉もない。
そうなると、特にネチネチと責められたりはしないだろうが―…多分ブロウ自身が酷く落ち込んでしまうだろう。
リーダーだったのに、そういう場所にいられなくて止められなかった、と。
そこまで考えたところで―…凄く凄ぉく落ち込んだ顔で、コチラに頭を下げるブロウの姿がぱっとシンヤの脳裏にうかんだ。
「………訂正する。4回くらい誰かに怨恨の線で殺されろ。」
ぱちん、と鞘に剣を収めつつ、忌々しい顔でイレイスを一瞥する。
コイツに遊ばれるのは癪以外の何者でもないが、やはりリーダーのことを考えるとそうもいかない。
優しい彼だから、非は多少なりとも自分にあると感じてしまうから。本当に悪いのは目の前の兄なのに。
「ははは、そうなりかけたら全部返り討ちにしてやる。」
シンヤがすたすたと身を隠せそうな位置に移動するその背後で、イレイスは笑っていた。
そして、無駄なことだと知りつつもシンヤは願ってしまうのだ。
ほんの少しでもいいから、似ないかな、と。どっちがどっちに、とはあえて言わない。
「さて、これを穴の付近において待ってみるか。」
ようやく少し離れた場所から立ち上がり、イレイスが荷物袋からとりだしたのは、かごの中に捕らえられたねずみ。
まだ元気もよく、ちーちーと可愛らしい声で泣き叫んでいる。
「ああ、もう好きにしろよ。」
シンヤは精神的な疲労と肉体的疲労のダブルラリアットをくらってダウン寸前だ。
適当に身を隠せそうな場所に腰を下ろし、もう完全に待機モードだ。
イレイスはそんな彼に呆れたようなため息をわざとらしくつくと、ねずみを穴の付近に罠として仕掛ける。
そしてそれ以上は何も言わず、先程自分が座っていた位置にまで戻っていった。
待つことしばし―…
「ぐるるる…」
通路の奥からゆっくりと現れたのはチーター。
イレイスやシンヤの気配をわずかに感じ取っているのか、きょろきょろと周囲を見回して警戒しつつも進んできている。
そして餌であるねずみの姿を発見し、何処か不満そうな声を上げつつも、そのかごに近寄っている。
「…落ちろっ!」
シンヤが念じるように、小さいが短く鋭い声で言ったの全くの同時。
チーターは声を上げるまもなくシンヤの作成した穴に足を踏み入れた。
「ぐるぉっ!?」
驚きの声と共に、チーターの体が穴へと落ちる。
「…よし!イレイス、ロープを!!」
落とし穴に完全に嵌ってしまったチーターを確認し、二人は隠れていた場所から飛び出した。
その間にもチーターはばたばたと体をうごかしもがくものの、あまり効果はみられない。
恐らく脱出まではしばらくかかるだろう。
「これで首を絞めて殺すのか?残虐非道な奴だな。」
そういいながらもイレイスはロープをさっと取り出すと、シンヤに手渡した。
「違うわッ!どこをどう見たらその発想に見えるんだ!!」
シンヤはそれを乱暴にひったくるように受け取る。
「言葉のあやだろ。頭にゆとりが足りていない証拠だぞ?」
まるでダメ人間を見るような嘲笑を浮かべるイレイス。
「誰の所為だと思ってるんだ貴様…っ…」
そのやりとりに、かたかたと体を怒りのあまり振るわせる。
今の状況なら、目の前の動物を絞め殺すよりも、イレイスを絞め殺すような気がしないでもないのだが。
「ぇ、私以外に誰かいるのか?もしそうなら紹介してやろう。いい神父がいるぞ。」
輝く笑顔で返すイレイスに、シンヤは怒りや殺意を通り越して別のもっと深い何かが生まれそうだったが、
そこは必死に深呼吸をして自分を落ち着かせつつ、とりあえず目の前のチーターをロープで手早く縛る。
「よし、これで…」
シンヤは縛られながらも最後の足掻きとしていまだ暴れるチーターをすばやく剣で頭をみねうち。
もちろん、先程のようにやり過ぎないように力の加減に気をつける。
後頭部に適度な衝撃を食らったチーターは、その場でカクリと意識を失った。
「さっすがシンヤ。2回目だから手馴れてるなぁ。」
その行為の一部始終をただただ黙って見ていたイレイスがやる気のない拍手と共に近寄る。
「皮肉にしか聞こえないが?」
シンヤは気絶したチーターを抱えながら、棘のある口調で返す。
「当たり前だ、皮肉でしか言っていないからな。」
「……もういい。泉まで戻るぞ。」
シンヤは怒るのにも疲れた、といったようにすたすたと早足で歩き始める。
「…さて、アイツの胃が壊れるのが先か、この件にカタが着くのが先か、どっちかねぇ。」
イレイスはそんなシンヤの後ろを見失わない程度の速度で着いていく。
視線の先には、先程捕らえたチーター。
シンヤは気がついていないようだったが、そのチーターは一般的な大人のチーターよりはサイズが小さい。
落とし穴に完全に体がすっぽりと入っていたのも、そのせいだろう。
ようするに、あのチーターは子供だということ。
そして、パーティ内で子供といえば一人しかおらず、またそいつがド破天荒なキャラでしかないこと。
イレイスはこの先起こりそうな展開を想像しては、背後で一人小さく笑みを浮かべるのだった。
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