空白の時間 2日目
<<XXXX年 3月9日 18:48 リューン青葉通り 裏路地廃墟>>
廃墟の中はいくら窓やドアが朽ち果てていようとも、ほぼ真っ暗に近かった。
間から入る僅かな月明かりでは、やはり室内全てを照らしきることは出来ないのだろう。
「さすがに暗いねぇ、ランタンつけよっか?」
ルートが、リュックサックからランタンを取り出し指を刺す。その指にも火打石を持っており、準備万端といったところだろう。
「…そうだな。じゃあシンヤ頼んだ。」
調べるといっても、それを行うのはルートの役目だ。ランタンを持ったままでは動くのに不自由なること間違いない。
「しょうがない、な。」
シンヤがルートからランタンを受け取る。
「しんやーん、そっから10歩くらい北に歩いてから点けてよ。怪しいにおいがするんだ。」
「…なんか、嫌な予感がするんだが…」
そういいながらも、シンヤはきっかり10歩そのばから北に歩く。こういう場所の調査を主としているルートの指示だからこそ従ったのだろう。
しかし、流石に広い家とはいえ、大人の足で10歩も歩くと壁際になる。
シンヤは壁際で明かりが足りるのかと考えつつ、その場で、火打石を使い、ランプに火をともした。
瞬間。
「――ッ!!??」
ばさばさと小さい羽が激しく羽ばたかれる。しかもそれは一つではなく、数は十数といったところ。
シンヤの四方八方から、急な光に驚いたように飛び出してきた蝙蝠だった。もちろんそれは光源を所持しているシンヤに全て向かっていく。
「ちょ、ルー…」
名を呼ぼうとして、気が付く。3人は、光源より離れた、蝙蝠には襲われない範囲にいたわけで。
襲われかかっているのは自分ひとりだ。
「さぁ、皆!シンヤが自ら進んで蝙蝠に襲われている間にこの廃墟を小姑のように調査するぞ!」
「らっじゃー!!!」
10歩ほど離れた先でそんな声がした瞬間、シンヤは悟った。
ああ、またこういう立場かよ、俺。と。
しかし、今回のシンヤはやられたままじゃなかった!!
「おまえらぁぁぁぁぁあああッ!!!!」
シンヤはランタン(火は点いたままだよ★)を手にしたままダッシュでイレイスのほうに向かう。
煌々と輝くランタン。ハーメルンの笛についていくねずみの用によってくる蝙蝠。
「うわッ!馬鹿しんやんの空気読めない子!」
ルートがその光景を見て文句を言い立てる。
「ははは、流石に学習してきたか…つまらん。」
イレイスはというと、右手をまるで銃でも撃つかのように人差し指をランタンのほうへ向ける。
指先にたまる魔力で出来た純エネルギー体…そう、一般に有名な魔法…『魔法の矢』。
シンヤが10歩を走りきるその前に、イレイスが魔法の矢を展開させ、ランタンをぶち抜いた。
がしゃん、とガラスが砕け散る音共に光源がふっと消える。蝙蝠は、急に失った光に肩透かしを食らったのか、そのまま散るように飛んでいった。
「……さて、ルート。暗いままだが、調査は出来るな。」
「うん、まっかせてー。」
そして何も初めからなかったかのように再開される作業。ルートはシンヤの姿形など目に入っていないかのように周囲を調査し始める。
「…おい、こら。」
不服を言い立てそうになるシンヤに、セツナの手が彼の肩にぽんと置かれる。
「…セツナ?」
セツナは、ゆっくりと首を振ってから、シンヤにくすりと微笑みかけた。
「無駄なこととは完全にわかってとはいえ、お疲れ様でした。」
「……ヲイ。」
お前もグルかよ。と一瞬に言いたくなったがさくっと肯定されてさくっと精神に傷が出来るのがオチだ。
シンヤはその場で深いため息を吐くと、ルートの動向を見守ることにした。
ルートは、暗闇の中でも眼が聞くのか、天井から壁からなにからぐるりと見回していた。
しばらく地面を嘗め回すように見つめていたルートの視線が、一点で止まる。ゆっくりと、その場所により、手で風化して上にかぶさった土を払いのける。
そして、彼の笑顔がよりいっそう深まった。
「みぃ、つけ、た♪」
更にルートの手が、激しく左右に動く。それは、土や埃を払いのけているという動作だった。
そして彼の作業が終わったとき、そこに現れたのは、長方形の鉄で出来た扉。
「地下室か…胡散臭すぎて笑えるな。」
イレイスが長方形の扉をしげしげと見つめる。
「うん。この場所だけ砂と埃が浅くてね。最近、誰かつかったんじゃない?」
「じゃ、開けてみるか。」
シンヤが言うや否や扉に手をかける。
すると扉は派手にきしんだ音を立てつつも、あっけなく開く。その奥には、地下へと続く階段がぽっかりと口をあけて待っているかのように見えた。
「さて…蛇が出るか、鬼が出るか…」
イレイス達は迷うことなく下への階段を降りていく。
<<XXXX年 3月9日 19:16 裏路地廃墟 地下フロア>>
階段を下っていくと、石畳の通路が東へと続いていた。時折、ひんやりとした空気の流れを隙間より感じる。
地下はあまりひろくなく、ものの数分と立たないうちに終点ともいえる小部屋に到着した。
「ここで地下も行き止まりだな。」
先頭を歩くイレイスが言った。その片手には淡く輝く球体のようなものがふよふよと浮かんでいる。一種の明かりを作る魔法だろう。
鉄の扉で完全に閉鎖されていた場所は思っていた通り下界からの光は届かず、また蝙蝠も居ないことから、あっさりと使用に踏み切っていたのだった。
「…で、奥には隠されたモノがあるわけだね♪」
ルートが指を部屋の置くに突き出す。その先には、3体の既に白骨化した死体が仲良く転がっていた。
「これは…何故、このような場所に…?」
セツナが僅かに驚いたような声を上げる。
「さぁ、な。…とにかく、調査してみようじゃないか。」
ようやく、何かにつかめそうだと本能で察したイレイスが、にやりと口の端をあげた。
そして、すぐに何かを見つけたのか、白骨死体の一つの衣類の下から手紙を拾い上げる。
紙に汚れはない。文字もまた、くっきりと残っていた状態だった。
「手紙?だれの?」
ルートが、イレイスの拾い上げた手紙を後ろから覗き込む。イレイスは、それを黙ってルートに手渡した。
「間違いなく、ここ数日か一週間以内のものだな。」
「ルート、読んでみてください。」
「うん。わかったよ。」
ルートはイレイスから受け取った手紙を広げると、それを皆に聞こえる声量で読み上げ始めた。
『私は、恐らく殺されます。だから、コレに全てを託します。あいつらが拾わないことを、願ってね。
私は、アシュレイ。青葉通り5−17−6に住む女。父親が馬鹿で借金を背負い、夜の仕事をしています。
でも、ウチの家ってプライド高いから借金のことは秘密で、私が夜の仕事をしていることも秘密なんです。
そのときに、凄い内容の話を聞いた。新議長が、賭博場建設の物凄い反対をしているという内容。
もちろん私も、賭博場の建設には反対です。
それでこの廃墟や市議会議長を調べだしたのが1ヶ月末。夜の仕事もあって、盗賊ギルドとも仲良くなり、いろんな情報と技術も教えてもらった。
結論は、市議会議長は失踪していた貴族一家の執事をしていたことがわかった。そして見つけたこの廃墟の地下室。ギルドの技術には感謝です。
つまり、市議会議長は貴族一家の犯人。殺人犯ともいえると思う。
でも、私はこの事件でもう一つ調べかけの事件がある。
今からそいつと待ち合わせ、そして対峙します。だけど私は殺されるかもしれません。しかし思いついてしまったのです。
大きな賭けを…強請る、という大きな賭けを。
こんな悪い考えをするようになったのはいつごろかしら。ごめんね、愛するクリュー。ケイト、みんな。そして、さようなら…
XXXX年 3月5日 アシュレイ・ブロッサム』
周囲に、なんともいえない沈黙が広がった。この女性に、一体何があったか全てはわからない。
しかし、結論だけは、わかっている。殺されたという、結論だけは。
「…アシュレイは、やはり殺されたのか。」
イレイスが、まとめるように口を開いた。哀れみもなければ、同情もない。ただ、真実として受け止め、結果をまとめる。
「文面を見る限り市議会議長が犯人ではないな。だが、少なからず20年前の貴族の殺人事件にはかかわっている。
…そして、その事件にかかわったもう一人こそが真犯人、アイツを陥れた奴、だな…」
くつくつと狂喜の笑みが地下室内にこだまする。正直言って、ホラー以外の何者でもない。
「…普通さ、アシュレイを殺した真犯人であることが先だよね…」
ぼそり、とルートが手紙を折りたたみつつ呟く。
所詮イレイスにはブロウ以外の人物などわりとどうでもいいと思っている風があるので、まあしょうがないといえばしょうがないのだが。
「そういえば、貴族一家の殺人事件は?…手紙にも出てましたけど。」
市会議議長が犯人だと言っていた手紙。
20年前の貴族の失踪は、殺人事件だった。そのときの犯人は、議長。…だが、それだけでは足りない気がしていたのだ。
「ああ、それならそこの3体に聞けばいいんじゃないのか?」
イレイスが、今は喋ることも動くこともない白骨死体を指差す。なんのことだかわからず、その死体に目を向けたとき―…気づいた。
一つは、女性が身に着けるような服を着ていたこと。
もう一つは、男性が身に着けるような服を着ていたこと。
さらにひとつは、子供が身につけるような服を着ていた。
そしてそれのどれもが、高貴なものであるということも、気づいて、しまった。
「この、死体…」
「ああ、20年前『殺された』貴族一家だろうな。」
イレイスが、さもどうでもよさそうに答えた。多分彼の頭の中では、真犯人に対する推理が展開されているに違いない。
「市議会議長がこのままにしておく理由がコレか。」
シンヤはもう一度3体の死体を見回す。
見られたくないものを、必死に隠しているのだろう。死体が出てきたとなれば、もちろん捜査の手が入る。
いくら時間がたっているとはいえ、元殺人犯になってしまえば自らの立場が危うくなってしまう。
賭博場建設の反対理由にしては、納得が出来る材料だ。
「とりあえず、一度酒場に戻ろうよ。これ以上、ここにいてもなーんも出てこなさそうだしね。」
「…そうだな。」
ルートの意見に賛成し、一同はその場を後にしようと歩き出した。
が。
地下室の出口付近にたっていたのは、数人のチンピラと思われる人物と、その頭。
皆、ギラギラと殺気立たせた目でコチラをにらみつけている。
「悪いな…あんたたちを殺せって言われていてな…」
頭らしき男が、こちらに数歩寄り進む。
「…市議会議長の差し金ですね!!」
セツナの言葉にも、男はにやにやと笑みを浮かべるだけだ。
「くくく…さあな?ま、黙って死ねよ…」
男の言葉で相手全員がいっせいに武器を抜いた。勝てると踏んでいるのか、一様に嫌な笑顔を浮かべている。
「…お前が、な。」
そう言葉を発したのは、誰であろうイレイス。邪魔されて不機嫌なのか、心なしか声のトーンが下がっている。
男がイレイスの挑発に乗るようにして、何かをわめこうとする直前に、イレイスの指がパチリ、と鳴らされた。
瞬間、眩しいほどの光と共に爆炎がチンピラ一同に襲い掛かったー…
「…ようしゃなし。なさけしらず。…相手が、わるかったねぇー…」
ルートが、一瞬で吹き飛んでしまったチンピラ一同を見つめる。その視線にどこか同情の色が含まれていた。
魔法はどうやら彼らの不意を完全についたらしく、皆無防備のまま受ける羽目になったのだろう。
といっても、5体満足なところを見る限りでは生きているのだろうが。
「…この私の目の前に立ちふさがることがどれだけ愚かなことか…」
くつくつくつ、と笑い始めるイレイスは本当にそこいらの悪人よりも悪人している。
「……で、これ、どうしましょうか?」
セツナがいかにも邪魔なんですけど、といいたそうに指をさす。
「そうだな…殺すとこっちがつかまりそうだし、外に置いておけばいいんじゃないのか?」
シンヤの提案に、一同はうなづく。
見たところ、ただのチンピラより傭兵、といったほうが近いそのいでたちは金で雇われていることを暗示していた。
どのくらい信用されていたかはわからないが、依頼が失敗した以上雇い主のほうには姿を見せないだろう。
「じゃ、シンヤよろしく。」
「わかってたけど、やっぱり俺か…」
そうぼやきながら、シンヤがチンピラ2体を担ぐ。
「入り口付近だから、余裕だよねー。」
隣では、ルートが一体担いでいた。と、そのとき、コチラへと下っていく階段から足音が鳴り響いた。
こつり、こつりと。
誰かがこちらに向かってきているらしい。
「…新手、ですか?」
「かもな。」
イレイスは、荷物を担いだままのシンヤとルートの前に立つと魔法の詠唱を始める。
誰が襲い掛かってきても、一瞬で狙えるように指先に純エネルギー体の魔力が収束していく。それは、一つではない。両手の―…10の指一つ一つに宿っていくそれは『魔法の散弾』―…一本が魔法の矢の威力に劣るものの、広範囲に攻撃することが出来るので割と便利がいい。
足音は、コチラにためらうことなく向かっていく。
「よぉ…無事だったか?」
姿を確認するその前に、聞き覚えのある声が地下室に響き渡る。その人物は、くいだおれも知っている。
「グレイシー…「…飛べッ!!」
シンヤがその人の名を呼んだか呼んでないかのタイミングでイレイスの魔法が発動。
十本の指の一つ一つの魔力のエネルギー体が、まっすぐ彼のほうへと飛来していく。
「ぇ、あ…ちょぉぉぉおお!?」
あわてたのは、誰よりも相手方。数瞬後に爆音。そして煙がたちのぼる。
「…オイ、イレイス。」
「なんだね。」
引きつったようなシンヤの視線が、イレイスに向けられる。
イレイスは、そんな視線と眼をあわすのも煩わしいと思っているのか、真っ直ぐに視線を見据えたままだった。
「あの声、どう聞いてもグレイシーだったよな。」
煙が立ち昇り、視界は殆ど利かない。シンヤは、先程までグレイシーがたっていたと思われる地点を見つめた。
「そうだったな。」
「………オイ。」
「大丈夫、威嚇射撃だ。」
ふ、とイレイスが口元に笑顔を浮かべる。
そしてその発言どおり、煙が晴れたとき、グレイシーは埃まみれなもののほぼ無傷で立っていた。
「ッ…イレイス…おまえなぁ…」
げほげほとその場で咳き込みつつ、グレイシーが呆れたようにイレイスの名を呼ぶ。その表情には、怒りの色はなかった。
「あーこれはこれはグレイシーではないかひさしぶりー。」
イレイスの台詞はあくまでも棒読みだ。
「全く…お前さんたちが心配で見に来たってのに…」
拗ねるような態度をとるグレイシー。やはりちょっとショックだったのだろう。
「あはは、その点についてはあれだね、むしろ近寄らないほうがいいよ?」
ルートがそんな様子のグレイシーをけらけらと笑う。
「…でも、どうしてここに来れたんですか?」
「あぁ。おやっさんがお前らまだ帰ってないっていうから探しててな…廃墟を回ったときに爆音がしたんで、来てみたら正解だったってワケだ。」
まさか魔法を打たれるなんて思いもよらなかったけどな、とグレイシーは豪快に笑った。
確かに、イレイスがチンピラに向けて打った魔法なら、外にその音が響いても全くおかしくはない。
「で、そのあわれな被害者たちは?」
グレイシーが、伸びているチンピラを指差す。大体、想像はついているのだろう。
「ま、ちょっとしたことがありまして…」
セツナは、グレイシーに大方の話を振る。
グレイシー自体、ブロウのことを調べていたということもあり、話はあっさりとまとまった。
「…とにかく、そいつらを地上まで運ぶか。話の続きはあげ・ダッシュでいいだろ?」
「だねー。そうときまったらとっとと運んじゃお!」
グレイシーの手助けもあり、チンピラを地上へと引っ張り出す行動はスムーズに進んだ。
といっても、主に頑張っていたのはシンヤとルートとグレイシーの三人だったのだが。
<<XXXX年 3月9日 20:57 あげ・ダッシュ 5番テーブル>>
夜も少し更けてきた、ということもあり食事をする客よりも酒を飲む客のほうが目に付く。
あちこちで賑やかに騒ぎ出している中、一つだけ異様な雰囲気のテーブルがあった。
「では、今日のことをまとめてみましょうか。」
5番、テーブル。
まるで周囲から切り取られ推理小説の一説のような空気をかもし出しているそこは、この時間帯の酒場において場違いともいえるほどだった。
「手紙、によると市議会議長は元執事だったようですね。」
ルートが読み上げた手紙に、セツナは再び眼を通していた。
「まぁ、議長の過去は付き人すらしらねぇってことで有名だからなぁ…」
グレイシーが感慨深げにつぶやく。
「だが、手紙によるとアシュレイは議長以外の人物に会おうとしていた…つまり、今の件では白。」
別件では完全に黒だろうがね、とイレイスは続けた。その言葉に、ルートが首をかしげる。
「だったらさ、関係ないんじゃないの?」
「大筋はな。市議会議長との共犯の可能性もある。だが何より、その真犯人も殺されている可能性もあるだろう?」
「おいおい、それじゃ支離滅裂だぞ。全くなにが言いたいんだ?」
イレイスの『推理』にグレイシーが肩をすくめる。
「全ては闇の中。真実を握っている奴はただ一人ってだけだが。確固たる証拠が取れない以上、推測で否定していくのは私の性に合わんだけだ。」
「なーんだ、そりゃあ…」
「結局。廃墟は議長が中を知られるのを恐れていただけなんですよね…」
「ああ、そうなるな。」
イレイスが、こくりとうなづく。そのなかで、神妙な顔つきをしていたのはシンヤだった。
「…どしたのさ、しんやん?」
「いや…廃墟は20年間放置されていたんだろ。いくらなんでも誰も入ってこない可能性ってあるのか?」
そう、廃屋というよりも、廃墟と呼ばれるくらいに土と埃がたまっていた。
地下室に閉じ込められ生き埋めにされたには、いささか不自然だと感じていたのだ。
「そーだよねぇ。地下室も、誰かに見つけられちゃう可能性もあるわけだしね。」
そもそも、失踪したのは、貴族。盗賊にとってはお宝が眠っていると考えるようなものだ。
探索能力に長けた彼らなら、あのような地下室はすぐに見つけられてしまうだろう。
「そのことなんだがな。あくまでもこれは推測だが…まず、貴族は生き埋めにされていた。執事によって極秘に…。
つまり、貴族一家は引っ越しただの適当なことを言って、家財道具一式を売り払える。」
「それでも、荒らしは必ずやってくるでしょうに。」
何もないとわかっていても何かがあるのではないかと探しつくす…生活がかかっているならなおさらだ。
現に、自分たちもほんの数日前にはそうやって無駄だとわかっていても調査を行い、結果をだしたこともある。
「そうだろうな。だから、一工夫したんだ。
まず、家財道具屋でも簡単に手に入る木目調の敷物をカムフラージュに使用。それと窓と扉を全開にしておけば、自動的に砂と埃でまみれるだろう?」
「そうだけどさ、敷物なんて雨風に晒しとけばすぐに傷んじゃうんじゃない。」
「それでも1・2年は持つだろう。後は適当にタイミングを見計らって剥がせばいい。
どれだけ大掛かりな作業にしても、2人で協力すれば一週間もあれば終わる。」
「…剥がすんですか?」
「所詮敷物は敷物。表面上は薄い木を貼ってあるとはいえ、わからないのは初めだけ。
弱り腐れば内部との違いが出来るからな。用心には用心ってことだろう。」
「…ご大層なことを考える奴が居るもんだな…」
うへぇ、とグレイシーが声を上げる。
その隣でセツナは、何かを結論付けるように再び口を開いた。
「とにかく、本日わかったことはケイトも市議会議長も、コチラからみて白ってことですね。」
そうなのだ。つまるところ、捜査は進んでいるようで進んでいない。
強いて言うならば、追いかけていた人物がどちらも白と確定したという点だろう。
「じゃーさ、夢の話はどうなっちゃうの?ぶろりんが嘘をついたのかなぁ。」
「お前は、アイツがそんな下らない嘘を吐くような人間に見えるのか?」
ルートをおもいっきり睨むイレイス。その視線は僅かに殺気立っており、捜査が上手くいかない苛立ちをあらわしているのだろうか。
「じょ、じょーだんだって…ばー…」
さすがのルートも恐怖を覚えたのだろう。顔一面に笑顔を浮かべながら冷や汗をかくという器用なことをしている。
「おいおい…仲間割れだけは止めとけよー。」
そのやりとりの一部始終を見ていたグレイシーが、苦笑を浮かべていた。
イレイスはそんなグレイシーを僅かに敵意を込めたような眼で一瞥すると、テーブルに手をかける。
「……もう、今日は此処までだな。先に上に行って休んでくる。」
す、と席を立つイレイス。
「ぇ、ぁ、ちょっといっちー…一つだけいい?」
階段に向かって歩き出したイレイスを、ルートが止める。イレイスは返事もなくくるりと振り返った。
「盗賊的観点からみて思ったんだけどさ、いっちー…ぶろりんが冤罪でつかまって、ちょーっと怒ってない?」
「…本当に盗賊的観点から見て…か?」
「ぇ、あ、うん、そうだけど…」
ルートがうなずくと、イレイスは小さく馬鹿にするように鼻で笑う。
「だったらお前はまだまだだな。ちょっとじゃない。………滅茶苦茶頭にきている、だ。」
それだけいうと、すたすたとイレイスは階段を上がっていった。取り残された4人は一様になんともいえない笑顔を浮かべている。
「…おい…見張り、いるんじゃないのか?」
グレイシーが、ぽつりとつぶやく。
「はは…一応イレイスも権力を敵に回すとどうなるかわかってるって…」
乾いた笑いで、シンヤが返す。
「でも、それをどうにかしちゃうのがいっちーだけどね…」
一同、ルートの言葉で沈黙。
イレイスが牢屋に乗り込みブロウを華麗に助け出す―…もちろん、その背後は死屍累々の山。
簡単に想像が出来てしまい、だれひとりとして言葉を発せなかったのだった……
ベッドの上。イレイスは一人仰向けになって転がっていた。
「…そう、いえば。」
思い巡らすは、今回の事件。ぽつりとつぶやき、ひとつ気が付く。
ブロウが、言っていた言葉の一つに引っかかりを覚えていたのだ。自分が聞いた、記憶を取り戻したときの質問。そのとき彼は、確かにいったのだ。
『うん、なんつーか、魔法を解かれた感じ…に、近いかも。』
いままでどたばたと捜査をしていたおかげで頭の隅に追いやられていたが―…たしかな、ヒントだった。
イレイスは、ベッドから降りると、自分のローブの内ポケットにある手帳を探り、取り出す。
昔、魔術を学んでいたときから愛用しているノートみたいなものだ。
無言でぺらぺらと、ページをめくる。そう、確か過去に少しだけ調べ、心得ようとしたことがあったのだ―…記憶を消す、魔法を。
「…あった。」
その項目には確かに自分の字で、『記憶を操ることの出来る魔法』と書かれていた。
内容を忘れてしまっているわけではないが、再び確認しておこうと考えたのだ。
―…記憶を操ることの出来る魔法
決して高度ではないその魔法は一種の催眠術といえる。眠りの雲の応用をきかせるだけの比較的安易な術。
それは、記憶を消去したり、また記憶を新しいものにへと書き換えることができる。
但し、前提条件有り。催眠のかかりやすさは個体差がある。覆すには、精神を疲弊させることないしは相手と信頼関係を結んでいること…―
簡単なように見えて、難しい術。
たしか、自分はそこまで調べてあまりにも手間がかかることに気が付き、そこで止めたのだった。
記憶を取り戻すにもまた厄介で、かけた本人ではないと完全には解くことができない。後は、自分たちが積極的に話しかけ、記憶を導くしか道はないだろう。
それと、もう一つ理解できない部分があったのだ。
「何故、アイツを殺さなかったんだ―…」
ブロウは、確かに見ている。犯罪の現場を。
死人に口無し、と昔の人が言うように、自分にとって限りなく不都合な状況を見られたのだから、とっとと殺してしまうのが普通だろう。
「…………問題は、一つだ。」
『殺せなかった』のか、『殺さなかった』のか。
前者は単純に良心の呵責でもなんでもいい。感情が揺れ動いただけの単純な話だ。後者になると、話が変わる。
アレを犯人扱いさせることで、しばらくの時間稼ぎは確実に出来る。
時間稼ぎの間、何をしようとしているのかは不明だが―…決して、いい方向には話が動かない。
「記憶を思い出してもらうしかなさそうだな…」
イレイスはぱたんと手帳を閉じると、ローブの内ポケットに押し込んだ。
再びベッドの上に仰向けに転がり、眼を閉じつつ考える。
記憶操作に必要なのは、精神の疲弊か信頼関係。ブロウ自身、内なる魔力が高いこともあり催眠にはあまり引っかからないタイプだ。
だから、どちらかの要素が必要となる。
そのどちらかを結論づけるには、少なくともブロウ自身の記憶が必要だ。要するに、明日の面会で殆どが決まる。
イレイスはそこまで考えたとき、体の疲労からやってくる睡魔に身をまかせ、そのまま眠りに落ちることにしたのだった。
→3日目 前半へ