空白の時間 3日目


木苺通り、市議長宅前。屋敷の前は、黒山の人だかりが出来ていた。
くいだおれは、無理やりそれを押しのけるようにして門の前まで歩み寄る。
門の前には、愛想のない兵士が二人、門番をして警備を固めていた。治安隊の人物だろう。
「…なんだ、お前たちは。」
兵士の一人が、警戒心たっぷりにコチラを見つめていた。
確かに、殺害現場の前に群がる冒険者など怪しいことこの上ない。もしも、別人がそこに立っていたとしても、誰でも同じ対応をしていただろう。
「俺の顔を忘れたのか?」
ブロウが自身の顔を指差す。どうやら、その兵士は彼に見張りとしてついていた者の同一人物のようだ。
「忘れてはいない…が、釈放されたしもういいだろう。お宿にさっさと帰りなさい。」
侮蔑するような声色。
コチラが怒り出し、追い出す理由を作っているように見えた。恐らく、何を言っても無駄だろう、とブロウが結論付ける。
困ったように他の仲間たちを見たとき、一つの足音がこちらに向かってきた。
「何をしているのだね?」
赤い髪の、男性。自分を釈放するように言った人間と同一人物だ。
「上官。この者たちが捜査の邪魔を…」
「邪魔ぁ!?まだ何にもしてないじゃん!」
兵士の言葉に、ルートが声を上げた。
「落ち着いてください、ルート。貴方が騒いでも何にもなりませんよ?」
それをセツナが落ち着かせる。
「うー…」
うなるルートを尻目に、上官と呼ばれた男性は、ブロウに話しかけていた。
「これは…ブロウさん。この度の誤認逮捕、申し訳ございませんでした。改めてお詫び申し上げます。」
もともと、物腰の柔らかい人間なのだろう。兵士とは違い、多少は食い入ることが出来そうだ。
「うーん、そう思うんなら、中に入れてくれると嬉しいな、なーんて・・・」
ブロウの控えめなお願い。
兵士たちは思いっきりこちらを睨みつけてきたが、上官は考えるまでもない、といった風だ。
「構いませんよ。荒らさなければ。…しかし、捜査はほぼ終了。物的、状況的にも変化はないと思いますけど?」
遠まわしに、無駄なことだといわれている。だが、それでも許可はもらえたのだから、行ってみるしかないのだ。
「ありがとうございます。」
ぺこり、とブロウは礼をする。
「屋内なら何処を見ていただいても構いません。さ、お前たち門を空けるんだ。」
上官が、二人の兵士に指示を出す。兵士たちは腑に落ちない、という態度をとりながらも逆らうことなどは出来ないのだろう。
門をさっと開くと、道を明けるように左右に立った。
「…一つ質問、よろしいですか?」
一同が歩き出そうとしたとき、イレイスが上官に話しかけていた。
「なんですか?」
「どうして、物的、状況的にも変化はないと言い切れるんです?」
「そのことですか…市議長の遺体の傍から遺書が出てきましてね。廃墟のことから全ての被害者との関係まで、しっかり書いてありましたよ。」
そういって、男はイレイスに遺書を差し出す。イレイスはそれを受け取り、軽く眼で文字を追っていく。
たしかに、自分たちが調べたことの一通りは記してあった。
しかし、その文字はタイプライターで書かれており、紙の最後に直筆でサインが書かれているものの、どこか味気ないような雰囲気をかもし出している。
「…お返しします。」
イレイスはその遺書にどこか違和感を覚えながら、上官に返した。
「タイプライターなんて、使える方が少ないですからね。ましてや家にあるとなると…なので、市議長自らが作ったもので間違いないと私は思いますよ。」
「そうですか。貴重なご意見、ありがとうございました。」
す、と頭を下げて、イレイスは仲間のほうへと歩いていく。
「イレイス、何かわかったことはありましたか?」
セツナの問いに、イレイスは不敵な笑みを浮かべた。
「…ふ。強いて言うならば―…不自然さが、より増してきたくらいだな。」
タイプライターでかかれた遺書。使えることの出来るものならば字体はどうにでもなる。
直筆でかかれた最後のサインなど、知り合いならば、どうにでもなるのかもしれない。
イレイスは思考をまとめつつ、市議長宅への門をくぐった。


まずは現場から、ということで一同は倉庫からみまわることにした。
倉庫に着くと、一番初めに眼に入ったのは大量の血飛沫が飛んだことを表す血痕などではなく、倉庫の隅のほうでなにやらガソゴソと怪しい動きをしている一人の兵士だった。かなり作業に集中しているようで、コチラには全く気が付いていない。
「…ねぇ、そこの君!なにしてるのかな?」
ルートがなるべく大きな声でわざとらしく兵士に話しかける。例えるならば、後ろからこっそり忍び寄って驚かす子供のイタズラ。
「わぁっ!?い、いやあのこれは、ほんの出来心で!!」
驚きの声をあげた後面白いように慌てふためく兵士。あまりよくないことをしていたに違いない。
「あ…れ、くいだおれ一行じゃないか。」
ところが、声をかけた人物が誰かとわかった瞬間、兵士は急になれなれしくなる。兵士に知り合いなんて、もちろんいない。
「そういう君は誰なのさ。」
「ああ、俺はな…」
ルートの質問に、兵士はかぶとを脱いで見せる。その中身は、銀色の紙に蒼いバンダナといった、いかにも冒険者やってます、という男。
兵士のような堅物の雰囲気は全くない。
「アーサー!」
ブロウが、男の姿を見て名前を言う。
「ぶろりん、知り合い?」
「うん。同じ酒場の冒険者。俺、何回か話したことあるし。」
「そーいうこと。それに、今回の一件でお前ら結構酒場の中でだけど、有名なんだぜ?」
「うっわー…あんまし嬉しくないな、それ…」
どうせ、強盗殺人罪でつかまった、やらでいい話ではないのが容易に想像できる。そんなブロウを、アーサーはからからと笑った。
「で、さ。アーサーはこんなところで変装してまでなにしてたんだ?」
ブロウの質問に、アーサーの表情が固まる。
「い、いやー、ほらその、なんつーか…な?」
「大方。今朝中にギルドでもどっかでこの情報を買い付けて、捜査班に紛れ火事場泥棒、ってところだろう?」
なんとか取り繕うとするアーサーを、イレイスが一刀両断する。
アーサーはいかにも面白くない、といった風に口をとんがらせた。
「そこまでわかってんなら聞いてくんなよー…冒険者の現状、普通の張り紙だけじゃ食っていけねぇの。」
「でも、悪いことは悪いと思うんだけどなぁ、俺。」
「あのなぁ、ブロウ…グレイシーさんみたいなカリスマじゃあるまいし。奇麗事とかは捨ててナンボだぜ?」
開き直るように、アーサーは言い切った。確かに、冒険者という職種は町の人から後ろ指を刺されることも決して少なくないようなものだからだ。
まともな生活ができて、まともな死に方ができるのはほんの一握りいるかいないか。
「うーん…でもなぁ…」
「と、油売ってて見つかっても大変だ。」
思い悩むブロウの傍で、アーサーは再び兜を被った。
たしかに、此処の兵士はフルフェイスの兜を被っているので、一見して中身は誰かなどとわかりそうにない。
「ま、取引ってワケじゃねぇけどさ。ここの担当と朝からやってたんだ。
 事件の情報なら、いくらでも教えてやれるぜ?だから、俺の行動については秘密にしといてくれよ。」
「ま、いいだろう。ではまず、この倉庫で見つかったものはあるか?」
「倉庫、っていうか…地上げ屋の衣類から見つかったメモだ。」
そういって、アーサーは一枚の紙切れをイレイスによこす。そこには、たった一言。『位置をメモしろ』と記してあった。
「位置…ですか。」
セツナが、そういってアーサーのほうに眼をやる。
アーサーはセツナの目線に首を振って答えた。詳しい内容は、彼でもわからないらしい。
「…じゃ、次は応接室に行くか。」
これ以上此処で情報は得られないとわかったのだろう。イレイスはメモを折りたたみ、懐に入れると、倉庫から出た。


―…応接室。
壁一面に飾られた、一枚の大きな絵。
美しく磨かれたテーブル。
ふかふかのソファ。
どれをとっても、一つ一つが高級品、だということがわかる。
そんななか、一人待機を命じられたのか、ぽつりと座っているのは家政婦。おそらく、今回の参考人なのだろう。
「すいません、よろしいでしょうか?」
イレイスが、警戒心を抱かせぬよう話しかける。
「…貴方たちは?見たところ、治安隊の人ではなさそうだけど…?」
家政婦はコチラを不思議そうな顔で見つめる。確かに、事件がおきてから関係者以外を外に出し、また治安隊のものしか居なかったこの場所に、どう見ても冒険者としかいえない出で立ちをしているブロウ達はどう見ても怪しい。
「ええ、私たちは冒険者で、ちょっとワケあってこの事件を調査しているんです。
 治安隊の方々は市議長の自殺ということで話を纏めていますが―…どうにも、納得がいかなくて、ね。」
「あら、そうなの。ごめんなさいね、怪しんだりして。いいわ、何でも聞いて頂戴。」
家政婦は、あっさりとイレイスの言葉に納得する。治安隊の許可がないと今は入れないこの屋敷に居ることが一つの信頼材料になっているのだろう。
「では、昨夜、市議長が何をしていたかご存知で?」
「ええ…深夜にいきなりお出かけになられたんですよ。『公務がないから放っておけ』といって。
 表情があまり穏やかでなかったから気になったんですけど…まさかこんなことになるなんて…」
家政婦は、そういうと悲しげな表情を作る。
瞳に涙こそ浮かべなかったものの、やはり多少なりともショックを受けているのだろう。
「それは…ご愁傷様です。それと、タイプライターという機械について何かご存じないでしょうか?」
「ああ、議長様のお部屋にある変わった機械のことですよね。綺麗な文字で文章が打てますよね。」
「ええ。それを使える人物を知りたいのです。」
「うーん…議長様と仲のよかったお人ならば使えるんではないでしょうか。
 議長派の議員さんやお得意様、ちょっと変わった職業の方ならば、あなた方のような冒険者の方…それと、芸人さんもいらっしゃったわ。」
イレイスは一字一句、適切な部分を抜き取り手帳に記していく。
「…ケイトさんは、やはりお使いになることができましたか?」
「ええ。数ヶ月前まで交流もあったんですよ。チェスなど…色々な盤面ゲームをしていました。
 でも、木の葉通りの土地権利問題で別れたみたいなんですよね…それも、今回関係あったのかしら?」
「…それは私では存ぜぬことです。ご協力ありがとうございました。」
軽くイレイスが礼をするのに習って、他のメンバーも軽く頭を下げる。イレイスはそのまま応接間を出ようと、扉に手をかけた。
「…兄貴、次は何処に行くんだ?」
「もう一度、アーサーとやらに話を聴きに行く用事ができた。ケイトと市議長の関係…もうすこし掘り下げれば、何か出てくる可能性が高い。」
「わかった。任せるよ。」


「―で、俺に議長とケイトのコトを話せ、ね。」
倉庫に戻ってくると、やはりアーサーはそこに居た。最初に言ったとおり、イレイスの質問には簡単に答える姿勢を示している。
向こうは身元をばらされたら困るどころじゃ済まないので、取引の条件としては対等だ。
「そうだなー…ああやって一緒に死んでいたにもかかわらず、誰も屋敷内で一緒に行動しているところを誰も見てないんだよな。
 倉庫の真後ろにある裏口から入ってきたんじゃないかって治安隊の奴は言ってるけど。」
「その裏口は、とーぜん封鎖されてたりするわけ?」
「ああ、もちろん。」
じゃ、見れないね。どうする―…?と、ルートが、一同を見る。
「…ぶろりん、どしたのさ?顔色、あんまよくないよ?」
ふと、ブロウが妙な顔をしてうつむいているのに気が付く。
顔色が悪い、というよりも、深刻な顔をしている、といったほうが正しいような表情。
ルートが自分の表情を覗き込んでいるのに対し、ハッと気が付いたように顔を上げた。
「ぇ、あ、いや…宿の親父さんと話す約束してたのに、すっぽかしたままだったの思い出してさ。ごめん、ちょっと外していいか?」
ブロウは、ぱんと手を合わせ、軽く謝罪する。
「そんなこと言われましても。後で済む用件ならば、今は外して欲しくないのですが。正直、貴方の記憶だって頼りにしてるんですよ?」
「いやー…あんまり長い間待たせても失礼だし、親父さん怒っちまうし。みんなには、迷惑かかってるっていうの、わかってるけど…ごめん!」
ブロウはそういうと、一目散に走って倉庫からでていく。
「どうしたのかな、ぶろりん。」
ちょっとした態度の変容に、ルートが首をかしげる。
良くも悪くも真面目な彼だから、こうして投げ出すのは珍しい。
「…嫌な予感がするな…」
珍しくブロウの行動一部始終を黙って見ていたイレイスがつぶやく。その表情は何時ものどこか楽しんでいるような顔ではなく、真剣そのものだった。
「嫌な…予感ですか…?」
「何か、おかしかった…」
イレイスが言葉を続けると、一同に不穏な空気が流れる。
疑っているわけじゃないが―…わかってしまうのだ。ブロウが、何か嘘を付いているということを。
「…とにかくさ、『位置』を探してみようよ。わざわざケイトがメモ持って来るんだもん。きっとこの家のどこかにあるって!」
「そうだな…となると、まずは議長の部屋に行くか。タイプライターも見ておきたい。」
イレイスの提案に、一同がうなづき返事をする。そして倉庫を後にすると、議長の部屋へと向かっていったのだった。


議長の部屋は―…なんというか、まぁ、小奇麗なほうだった。
なぜならば、あちらこちらに盤面ゲームが途中で投げっぱなしで放置されているところもあれば、妙な見たこともない機械が鎮座していたりと―…趣味は、広かったことが伺える。それでも、なんとなく整理ができているように見えるのは、家政婦たちの努力の賜物だろう。
「これだな。タイプライター。」
イレイスは部屋に入って一番、自身の確認したかったものを見つける。ケースの中に大切そうにしまわれたそれは、かなり高価そうにみえた。
「これがそうなんだ…はじめてみたけど、複雑そうだね〜。」
「いや…打ったらその文字が紙に写し出されるだけだからな。複雑そうに見えるのは、キーボードの配置だけさ。」
「…しんやん、詳しいね。使ったことあるの?」
「昔、ちょっとだけ、な。」
そう答えたシンヤは、どこか遠い目をしていて。ルートはただ生返事を返すことしかできなかった。
「それと、思ったんだが…」
さらに続けて口に出したのはシンヤ。
「今考えたら、爺さんがケイトのような若者を殺すことってできるのか?」
しかも死因は首や胸の殺傷。考えられる殺害方法は滅多刺しだ。
「別に正攻法じゃなくってもいいじゃん。寝かせたり一服盛ったり。なんでもできるでしょ。」
シンヤの質問に、ルートがおおよそ子供とは思えない回答をする。
「そんなもんなのか?」
「…いや。」
微妙に溜飲が飲み込めない顔をしたシンヤに、イレイスがおもむろに口を開いた。
「あの食えない性格からして、そういう方法に易々と引っかかったとは思えない。だったら方法は一つだ。」
「…共犯か。」
もし、市議長以外の人物の手が入っていたのだとしたら、殺し方にも納得がいく。
そう、今まで調べても出てこなかった三人目の誰かが居るのだ。
「ビンゴ。あんまり推測で物を言うのは好きじゃないんだがね。その共犯こそが真犯人だと私は考えている。
 そして、恐らくケイト自身も第一の殺害に深く関与しているのだろう。直接その現場を見たり、な・・・」
「共犯かぁ。誰かが裏切っちゃったのかなぁ?」
ルートが能天気な声を上げる。
「違う。そもそもケイトは真犯人を強請るつもりだったのだろう。ま、そうなると向こうにしてみればブロウが処刑されるのを待っていた可能性が高いが。」
「なるほど…処刑されてしまった後のほうが、取り返しつかなくなりますからね。少しでも可能性を高めたかったのでしょうか。」
一人の女性を殺害した。それも最悪の方法で。しかも犯した人間は冒険者。
そうなると、まさに初日にブロウが言ったように、判決は―…死罪。後から間違いでした、などといってもどうにもならないのだ。
「それでも、ケイトに想定外の事が起きてしまったわけだ。」
「僕たちの存在だね。」
事件をかぎまわっていた、唯一のイレギュラーな存在。
たった一人の哀れな冒険者のために3日3晩走り続ける者が居る可能性を、考えもしなかったのだろう。
「ああ。ケイトは焦った。私たちが真犯人に気づいたとき、その人物を治安隊に突き出すか―果てには、殺してしまうのではないか、と。
 しかし彼も自身が殺される可能性が高いことも知りながらもの強請りを選ぶ…」
「そこで、真犯人は過去の共犯者、議長に全てを話せば…ケイトを殺すことに協力するわけですね。」
元々、喧嘩別れしたと聞いていた。
さらにケイトが自分の罪、過去を知られたと聞いたならば、その提案を手放しで賛成するだろう。
「…だが、そこで既に真犯人は市議長を殺す気満々と。
 ケイトには金を渡すと伝え議長の家の裏手に来いと伝え倉庫まで呼び出す。後は真犯人が押さえつけ、議長がナイフで滅多刺し。
 さらに、ケイトが事切れたのを確認してから真犯人は議長の首を絞める。意識不明程度にして、後は上から吊るせば自殺遺体の出来上がり、だな。」
「あとは全て議長に押し付けてしまえばこの事件は終焉を迎える、というわけですか。」
「あくまで推測だ。全部鵜呑みにはするなよ。」
イレイスの推理からセツナが結論を導き出す。ルートはその中で首をかしげていた。
「んー、じゃあさ、ケイトって市議長と真犯人がつるんでるって知ってたのかな?」
「知ってるだろう。私の憶測上ではな。議長の家にも行っているし。
 よほど早く大金が欲しかったと見える。どういう理由か…までは憶測の粋を越えるから言わないが。」
「実はすっごい赤字経営だったとか…かなぁ?」
「さぁ、な。…とにかく、『位置』を探すぞ。元々議長とケイトは仲がよかったみたいだからな。
 盤上遊戯も共にしていたというくらいだ。ケイトが何者かに呼び出されて殺されたというならば―…この家の何か、ということになる。」
イレイスが、そういって部屋を見渡す。主に、周囲に置きっぱなしのいくつかの盤上ゲームに注目していた。
「…ケイトの家の何か、という可能性はないんですか?」
「その可能性は限りなく低い。メモはどうみても急ぎで書いたものだ。早く見て確認して欲しいものならば、赴いた議長の家にあると考えていいだろう。」
「なるほど…では、さがしますか。」
セツナの言葉を皮切りに、皆、思い思いの場所を探していく。

――結局。位置として見つけたものは数として多くなかった。
一つは、タイプライターの文字の配列。
一つは、カレンダー。
それと、遣り掛けで投げ出されたチェスの配置とゲーム開始状態で放置されたオセロの配置のみだった。

「位置としてはこんなものですかね。」
セツナがイレイスの記していたメモに眼を通していた。
「でも、結局何の位置なのかさっぱりだよねぇ。」
「勘合札…かもしれんな。そして恐らく…ケイトの性格上、隠したのではなく、誰かに預けた。」
「いっちー、そう言い切るって事は…誰かわかってるってことだよね。」
ルートの言葉に、イレイスは不敵に笑う。心当たりが、あるのだろう。
「…こっちが持っている情報が殆どだとしたら、お前の友人だな。」
イレイスが、ゆびさしたのは、ルート。ルートはしばらく自身を指差してぱちくりと一度瞬きをしたが、なにかに気づいたように声を上げた。
「もしかして…きゃろりん!?」
ケイトの妹であり、唯一分け隔てなく接する少女―…キャロリイナ。一番ケイトが信頼しているのは、今の時点では彼女しか思い浮かばない。
「でしたら、探しにいくのが妥当ですね。行きましょう!」
ここまでやるケイトのことだ。
妹に対しても、何があってもしばらく動くなの一言くらいは言っているだろう。そうなると、彼女の居る場所は彼女の家だ。


門に出たとき、一人の人間が今だ屯する人々を押しのけ近寄ってくる。
髪の毛を二つにくくった少女。間違いなく、ケイトの妹の―…キャロリイナだった。
「どいて、どいて!!」
よほど急いでいるのか、ときおり人にぶつかりつつも兵士のほうへと駆け寄ってくる。
兵士の目の前で足を止めると、ひとまず息を整えた。
「あたし、殺されたケイトの妹のキャロリイナっていうんだけど!!ここ、通してくれる!?」
怒鳴りつけるキャロリイナ。
「はいはい、子供が来る場所じゃないんですよ。おうちにお帰り。」
しかし兵士は彼女の思惑通りにはいかず、ただ子供をあやすような口調でおいかえすばかりだ。
それが逆に頭にきたのかは知らないが、キャロリイナは諦めることなく兵士に詰め寄る。
「身内が死んで黙ってられますか!!なんでお兄ちゃんが死ななくちゃいけないの!通しなさいよ!!」
兵士はなんとかキャロリイナを追い返そうとするが、キャロリイナも食い下がらない。
いくらなんでもああいった子供をひっとらえたりする事はないが、かといって兵士も道をあけないだろう。
そんな不毛なやりとりを少し離れていたところで見ていたのは、くいだおれの一同。
「…彼女、自分から来たな。これはこれは好都合。」
「でも少し、錯乱しているみたいですね…ルート、お願いできますか。」
こういうとき、殆ど身分を明かしていない自分たちよりも、友人であるルートのほうが適任だろう。
相手をなだめる話術に長ける見知らぬ人よりも、多少親交のあった者の方がその言葉を受け入れやすいからだ。
ルートはそれを理解して、というよりも単純にセツナに任されたので返事一つでキャロリイナの元へ歩み寄る。
「きゃろりん、どうしたのさ。こんなところで。」
「ルート君…こいつら邪魔なんだけど!!なんとかしてくんない!!」
びしぃ、と門の前にたつ兵士を思いっきり指差すキャロリイナ。
大人にやられたら彼らも憤慨するだろうが、相手は10歳そこらの少女なので苦笑しかでない。
「なんとかならないこともないけど、それじゃあ僕が怒られちゃうよ。とにかくさ、お兄ちゃんが死んじゃって辛いのはわかるけど…ここは落ち着こ、ね?」
なんとかならないこともないのかよ。とシンヤが心のうちで突っ込みをいれる。
しかもこの場合、兵士に怒られるのが嫌じゃなくって、セツナを怒らしたくないのが彼の考えだ。
「…ルート君になにがわかるのよ。」
ぷい、とキャロリイナはそっぽを向く。
よほど、兄が大事だったのだろう。
「うーん…そうだね、ごめんね。確かに僕にはそんな気持ちわかんないけどさ…
 でも多分、お兄ちゃんから、何があっても動かないように聞いてると思うんだよね。」
もしかしたらケイト自身、妹は安全な立場に置こうとしていたのかもしれない。
証明書を持たせ、意味のある指示を出すことによって、ひとまずは巻き込まれないようにしたのだろうか。
「言われたけどさ…お兄ちゃんが死んだとなれば我慢していられないもん!!」
「そうかもしれないけどさぁ、きゃろりんが何できるってわけでもないでしょ?で、ちょっと聞きたいけど…そのお兄ちゃんから何か預かってない?」
ルートの言葉に、キャロリイナはむぅ、と押し黙った。自分が全くの無力であることを、どこか感じ取っていたのだろう。
そして、さらにしばらく黙ってから、懐から一枚の紙を差し出した。
「これ、受け取った。あたしを訪ねてきたら、出してくれって…」
「ちょっと見せてもらうね…」
ルートが、差し出された紙を受け取り、それを開く。
「何が記されていた?」
イレイスが、なだめるのに成功したルートに近寄った。
ルートは紙としばらくにらめっこしていたが、すぐにイレイスに差し出す。
「いっちー、パス。なんかの暗号っぽいよ?」
「…ほう?」
イレイスが、その紙を受け取る。数秒、黙って彼はそれに眼を通していたが、すぐにその顔が真剣なものへと変わった。
「…いっちー?」
ルートがその変容ぶりに首をかしげる。イレイスはそんなルートに気づかず盛大な舌打ちをした。
「アイツ…そういうことか…ッ!!」
「い、イレイス?何か―…」
戸惑いの声を上げるセツナの手に、押し込まれるようにして紙が渡される。
イレイスは直後指をぱちりと鳴らすと、彼の背中には薄い紙の様なものが終結していく。
飛翔魔法、そうセツナが理解をした直後、彼の体がふわりと空に舞い上がった。
「ちょ、ちょっといっちー!?こんな街中でそんな魔法…」
ふわりと浮かぶ彼の姿に、野次馬の目線が一堂に集まっていく。
普段ならば多少なりとも恥ずかしいような気持ちになるのだが、イレイスは全く気にしていない。
「私は先に行っている!お前らはゆっくり謎解きでもしていろッ!!」
そう叫んだ彼はめずらしく、感情をあらわにしていた。
焦り、という感情を。
「おい!イレイス!!」
シンヤが声を上げたとき、彼の体は宙を猛スピードで駆け抜けていった。


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