ALICE de Date

サンタのいたずらは。
運命のいたずら。

ちょっぴり気になっても。 全く眼中になくっても。
特別な日のせいで、なんだかあのひとが―…


サンタクロースは夢を運ぶ。
師匠に昔読んでもらった、本の内容のことだった。本当か嘘かを聞いたら、師匠は笑って首を縦にふった。
そんなの信じてたのなんてもう10年くらいは昔の話になるけど。でも、どこかで俺は師匠と同じように、信じていたい心はあったりした。

…そんな、淡い期待を持っていただけなのに。

満月がぽっかりと浮かぶ寒い夜のことだった。
俺は、古びた扉が開く音を聞いてゆっくりと目を覚ます。夜はまだまだ長そうで、太陽が顔を出す気配はない。
普段ならば二度寝を迷わず決行するんだけど、あけられた扉の隙間から見えた人影に思わず自分の目を疑った。
きょろきょろと、周囲の様子を伺いながら部屋に侵入してきたのは、普段読んでいる本のサイズの小さな人間。
真っ赤な服に、もっさもさの白ひげ。いわゆる、サンタクロース、と分類されるものに見た目が果てしなく似ていたから。
「…ぬぬっ!?」
あ、目が合った。
周囲に流れる微妙な雰囲気。良い子は寝てる時間だもんな、うんうん。

…じゃなくって。

「…えーと、ルートの部屋なら、隣ですけど…?」
なんとなく俺は体を起こして扉の外をさす。
いやだってさー、こういうのって、子供のためのもんだろー。けど、サンタクロース(仮)は首を横に振った。
「いやいや、わしがプレゼントを届けたいのはお主なんじゃよ、ブロウ・ソレイル君。」
「……はぁ。」
サンタクロース(仮)の言葉におもわず生返事を返す俺。
名前を知っているのは、サンタクロースだからってことにしておこう。そうしよう。
わぁ、サンタさんすっげぇ。
「何を隠そう、お主こそ全国のサンタ調査、良い子ランキングに74位にランクインしておるのじゃよ。」
「へ、へぇー…」
なんか、嬉しいのか嬉しくないのか微妙だ。その前に、俺よい子悪い子っていうような年齢でもないが。
更にいうと、74位っていう言葉に出来ない生々しい数字が拍車をかけている。ような気がする。
「そんなわけで、おぬしにはこれをぷれぜんとじゃ。」
そういって、サンタクロース(仮)は背中にしょった大きな白い袋から一冊の本を取り出す。
あえて付け加えておくが、白い大きな袋つってもそれは目の前の小人からしたら大きいだろうな、っていうだけの話で。
ぶっちゃけ、今手渡された本は入りそうにもないし、出てきそうもないし、小人さんが持てそうな重量でもない。
「ぇ、ぇーと…あ、ありがとうございます?」
俺はそんな摩訶不思議な所から出てきた摩訶不思議な本を受け取り、サンタクロース(仮)にお礼を言う。
「どういたしまして、じゃ。では、ワシはあと58位と37位と18位の子供に配らねばならんからの。」
「お、お疲れ様です。」
やっぱり、妙に現実味がある。
「そいじゃぁの、うまくやるんじゃよー。」
サンタクロース(仮)はそれだけ言うとわずかに開かれたままのドアからずるずると出て行った。
…うまくやるって、なにを?
俺は手渡された本とさっきまでサンタクロース(仮)が居た位置を交互に見ながら小首をかしげることしか出来なかった。
月の明かりで見えた、そのタイトルは。

ALICE de Date

聞いたことのないタイトルだった。
俺自身、そんなにセツナやイレイスみたいに本を読むわけでもないから、もしかしたら結構有名なのかもしれないけど。
少しだけ気になって、ランプに明かりをともして中身をぺらぺらとめくってみる。
どうやら、子供向けの絵本みたいで、文章よりも絵のほうが圧倒的な割合を占めている。
内容は流し読みだったけど、一人の女の子が不思議な世界に迷い込んで、そこで起こる冒険を描いていた。
ウサギを追いかけたり、ネコの気まぐれで道に迷ったり、芋虫の知恵の役に立たなさを嘆いたり。
後ろのほうでは、帽子と仕事をしていたり、通りすがりの女王に難癖をつけられたりしていた。
「…ま、明日でいっか。」
俺は本をぱたんととじて、ランプの明かりを消す。もちろん本はベッドの傍に置いた。だってほかに置く場所なかったし。
ベッドにもぐりこみ、少しだけ冷えた毛布を被る。よくわからないけど、明日皆で読んでみよう。
特に、兄貴とかこういう不思議現象に興味有りそうだし。俺は、そんなとりとめのないことを考えながら眠りに落ちていった―…



翌日。
俺は何時もより少しだけ遅い時間に目が覚めた。昨日変な時間に起きたからだよな、絶対そうだ。
別に依頼を受けているわけでもないからご丁寧に同じ時間に起きなくてもいいんだけどさ。
俺はゆっくりと階段を下りて、何時ものみんなの姿を探す。
…けれど。
「………あれ?」
何故か、宿には誰にも居なかった。
兄貴も、セツナも、ルートも、シンヤも。親父さんも居なければ、娘さんもおらず。もちろんほかの冒険者の面々も居ない。
本当に、無人。ある種ホラーだろ、これ。
まさか全員出払ってるのかな…でも、鍵もかけずに?今日はクリスマスといっても、いくらなんでもおかしくね?
「ぇーっと…」
しぃん、と嫌に静かな空気が広がる。
……うん。誰もいなかったら広いんだな、この宿。俺は無言で夜もらった本を片手に宿の出入り口から外に出た。
だって、だって!なんだか怖かったんだもん!!
…もしかして、皆こうやって中に居られずに出て行ったのか、という思考はよぎったけどな!


宿に出ると、ちらほらと人影がある。
何時もの光景な筈なのに、ちょっと人が居ることに感動してしまうのはなんでだろう。リューンの町から出ても居ないっつー話だ。
「……はぁ。」
なんとなく、安心してため息が出た。
空は綺麗に晴れ上がり、澄んだ青空が建物のあいだから見える。今年はホワイトにはなりそうにないなぁ。寒くなくっていいけど。
「さーて、どうしよっかな…」
宿には誰も居なかったし、町に居るってコトが妥当だよな。
皆それぞれ、約束があってやることがあったりするんだろう…ちょっとだけ、寂しいけど。
「…ん?」
しばらく歩いて、気が付く。
なんだか、すぐ後ろから足音がする…もしかして、俺なんかつけられてる!?
誰に?!つーか、どこで誰の恨み買った!?もしかして、兄貴がらみとか…うわぁ、洒落にならねぇ…
俺は恐る恐る相手に気がつかれないように注意をはらいながら、くるり、と振り返った。

『………。』

目が、あった。

意味がわからない。
意味がわからない。
ウワーン、イミガワカラナイヨー。

硬直する、俺の体。
なんでって、そりゃあ…建物の影からシンヤがじーっとコチラを見つめていたからだよ…。
なんでなんで、何故ホワイ。ぇ、ストーカー?俺にストーカー?
シンヤと目とあわせたまま、立ち尽くす俺。シンヤは口を開くことなくそこで立ったままだ。
どうしようこれ。下手したらこのまま延々と時が過ぎ去ってしまいそうだ。
……ええい、ままよ!
俺は意を決して、つかつかとシンヤのほうに歩み寄った。
や、やましいことなんかなーんもないだろ俺!つーか、どっちかっていうと俺のほうが被害者だッ!!
「し、シンヤ、どうしたんだよ、こんな所で…」
俺がそう口を開いた瞬間、シンヤの表情が驚きに変わった。
そして何故かその場から有無を言わさず大通りのほうへ爆走。一瞬消えたかと思うほどの身のこなしだった。
台詞も最後まで言わせてもらえなかった。ぇーっと、どういうことかな、これ。
「……ところ、で……」
俺は呆然と立ち尽くす。さっきのシンヤも不審者みたいだったけど、今の俺も十分不審者っぽい、よな…
口元に、乾いた笑みが自動的にあふれ出るのを感じながら、俺はシンヤが走り去っていった大通りのほうへ向かうことにした。
他に行く場所もないし、シンヤの様子もちょっと気になるし。


大通りのほうに行くと、まだ朝早いというのにもかかわらず大勢の人であふれかえっていた。
色んなお店も並んでいて、何時ものリューンを見ていても賑やかだと感じるほどだ。
もしかしたら、この中にシンヤなり他の誰かなりいるかも。俺はそう思って、人通り激しい通りに入り込むことにした。

「うわっ!」
「だっ!?」
「す、すいませ、だっ!」

予想以上の荒波に、くじけそうになる。
でも、ここで立ち止まっても迷惑になるので、あちこちの人にぶつかり、謝りながら巻き込まれながら進んでいく俺。
こりゃ、人探しどころじゃないよな…本当。
「恋人向けの、素敵な商品はいかがですかぁ〜♪」
はぁ、と俺がため息をついたとき、前方から甲高い声が響いた。
…ん、この声…聞き覚えがあるっていうか、絶対…
顔をなんとかそっちに向けると、ルートが何時もの笑顔で行き交う人々に向かって笑顔を振りまきつつ客寄せをしていた。
あ、アルバイト…やってんのかな…行ってみよ。
といっても、ルートの地点とは人波に流され少し離れたけど、まだなんとかなりそうなので、俺は荒波に逆らうことを決意。
すいません、ぶつかる皆さん。すいません、空気読めない子で。
「願いをこめたものだから、効き目はバッチリだよー!いらっしゃいませー♪」
ルートが再び行き交う人に声を掛ける。…この状況だと立って品物を買えるだけの余裕なくね?
俺が数歩ルートに近づくと、いきなり背後におもいっきりぶつかられた。
「うぉぁ!?」
情けない悲鳴をだしながら、あちこちの人にぶつかりつつ押し出されていく。
しかも、体勢が崩れていたのですっころぶようにして放り出されたけど。
「ってぇー…」
「あはは。かっこ悪ぅー。」
けらけらと頭上に響く笑い声。体を起こしながら視線を上に向けると、ルートが首からカゴを引っさげて笑っていた。
列からは顔から下は見えなかったけど、服はいつものではなく綺麗なクリスマス用の衣装を着ていた。
「うぅー、笑うなよ。俺だって必死だったんだから。」
「うん、知ってるよー。見てたもん。ぶろりんが人波にあおられて困ってる様をね。」
「……見てるんだったら助けてくれよ。」
「それは無・理♪だって僕アルバイトしてるし、それにまだ人という海のなかで溺死したくないものー。」
確かに、ルートは身長小さいし、この人通りの中なら死ねるかな、と俺は後ろを振り返って納得する。
しかも、アルバイト用とはいえ綺麗な衣装着てるし、流石に泥まみれにしては怒られるか。
「それより…やっぱりアルバイトしてんだな。」
「うん、日雇いだし短期だし稼ぎどきだし。クリスマス後のお菓子って、安売りで買い放題だしね!」
ルートが満面の笑みで勝利者のブイサインをこっちに向けた。
「あぁ、なるほど。」
なにもこんなクリスマスの日にバイトなんかしなくても、って思ってたけど。ルートらしい動機でちょっと笑ってしまった。
確かに、クリスマスになるとお菓子屋さんは大量に売り出そうとたくさん作る。
それでも、全部売れるわけじゃないから翌日に半額ぐらいで売り出されるんだっけ…。
「そういうわけで。ぶろりーん、この僕の売り上げ成績にちこーっとだけ協力してくんない?」
ルートが手を合わせて、少しだけ瞳をきらきらさせてこっちを見上げる。出た。必殺技おねだり攻撃。
俺はルートがこうしているのを見て、お菓子売り場のお姉さんが大量にオマケしている所を目撃した所がある。
なんつーか、世渡り上手だよな…なんだかんだ言ってさ…別に誘惑されたわけじゃないけど、俺は懐から財布を取り出した。
「いいよ。っていっても、何があるんだ?」
かごの中身は見たところお菓子が詰め込まれている。で、ぱっと見たところ三種類のお菓子が分類別に分かれているようだった。
「えっとねー、純白クッキー「恋人」と、チョコレート「先行く不安」、それと、マシュマロ「正体無くす?」の三つだよー。」
そういって、ルートは真っ白なクッキーと、キノコの形をしたチョコレートと、カラフルなマシュマロの入った袋を取り出す。
内容はいい、とおもう。基本的なお菓子の三種類を押さえているから。
いやそれよりも、俺が気になったのは別の所だ。
「……なぁ、その商品、売る気あるのか?特に後ろ二つ。」
たしか、ルートが呼び込みをしているとき、願いを込めたもので効き目ばっちり、とか言ってなかったか?
クッキーはとにかく、チョコとマシュマロはどう見ても縁起物からかけ離れているような。
…と、俺が首をかしげていると、ルートがふっと遠い目をして、口を開いた。
…クリスマスだからといってね、全員幸せってわけじゃないんだよ…
「・・・・・・・・・ゴメン。俺が悪かった。」
何故、ときかれたら俺にもわからない。
けど、このとき本当に心からルートに対して申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。セツナが傍に居ないことが関係してるんだろうな、うん。
「・・・ま、まぁ、とにかく、クッキー買うよ。いくら?」
「クッキー?本当にクッキーでいいの?」
ぇ、何だよその反応。
いくら口上とはいえ、ルートのブラックな想いがこめられたお菓子なんて食べたくねーよ。
でも、まるでクッキーに何か入ってるような言い方するなぁ…
「ぇ、うん。クッキー。」
「ほんとに、ほんとに?このクッキーでいいの?」
「何だよその確認。クッキーでいいって。」
俺がそういうと、ルートがちぇ、っと小さく舌打ちした。
…は?
チョコレートかマシュマロ食えってことか?そういう目的なら、余計裏がありそうで嫌なんだけどな。物がモノだし。
「わかったよー。2spになりまーす。」
「あ、うん。2spね。」
別にぼったくりでもなんでもなく、値段は普通だ。
俺がお金をルートに渡すと、ルートはクッキーを渡す。クッキーは透明な袋の上から綺麗にラッピングされていて、まさにクリスマス用!って感じだ。
「じゃーね、ぶろりん。僕は忙しいから。」
「ぇ、ぁ、おぃッ!?」
ルートは俺がクッキーを懐に入れるのを見届けると、思いっきり人波続く通りの中に押し込みやがった。
いきなりの態度の変貌で戸惑う中、そうも言ってられない。何故なら人が止まっているわけでもないから。
再びぶつかりながら進んでいく俺の体。一体今度は、どこまで押し出されるのやら。
…っていうか、クッキー、割れたりしないのか…?仮にも恋人っていうクッキーだ。それが割れたら―………
やーめとこ!大丈夫、そこまで深い意味もなんもない、と思う!


押し出される黒い影。
少年はその人を見て、ぷぅとほほを膨らませる。
「ぶろりんのばーか。なんでチョイスはいいくせに商品名いってくんないのさぁ。」
その呟きはもちろん彼に届くわけは無く、澄んだ青空に溶けて消えていった。


「はぁ…それにしても、すっげぇ人だった…」
俺はなんとか人に揉まれに揉まれながら本通りを外れることが出来た。
でも、やっぱり最終的には押し出されるようにして放り出されたわけだから、自分が居る場所なんてよくわからない。
まぁ、リューン市内だし、人がいるし。道くらい聞けばなんとかなるか。
俺が看板でもなにか無いかときょろきょろと目をあちこちに向けながら歩いていると。

ドンッ!

「うわっ!?」
カドを曲がったとき、また人にぶつかった。
「すいま…!?」
謝ろうとして、普通にびっくりする。
なんでって、本通りの奥に風のように消えたシンヤが目の前で驚いた顔して立っていたから。
たまたまこの辺をうろついていたのか、それともまた俺に着いてきたのかはよくわからない。
俺が戸惑っていると、今度はシンヤのほうが行動を起こした。
「…………にへら。」

・・・・・・ッ!?

瞬間、全身にぞくりと鳥肌が立った。なんていうか、シンヤが言葉に出来ない気持ち悪い笑顔を浮かべたのだ。
心の病とか精神的な問題、深刻なエラーとか色々な単語が俺の頭にぐるりぐるりと回っていく。
俺が何時も知っているシンヤはそんな笑顔なんて浮かべないし、今のシンヤはタダの変質者みたいだ。
「ぇ、ぇーっと……な、何が」
あったんだ、と質問しようとしたらまたシンヤは爆走した。俺は本能的に追いかける。
だ、だって、本格的になにかあったんじゃないのかアレ!
「ちょ、シンヤ!待てって!!」
けど、なんか今日のシンヤ何時と比べて3倍くらいのスピードで動きやがる。俺は数秒とたたずにシンヤを見失う嵌めになった。
なんなんだよー、一体。笑いかけたくせに喋りかけたら逃げるとか・・・・・・ストレス、かなぁ。
それとも、兄貴になんかされたとか・・・バカバカ俺のバカ!容易に想像付いて怖いッ!!
とにかく、シンヤの後を追いかけよう!だめもとで!もしかしたら、また後ろついてるかもしれないし。
俺は、シンヤが走っていったと思われる方向を適当に選んで進んでいく。
するとすぐに、一つの扉の前にさしかかった。看板が近くにあり、どうやらお店みたい。
なんかの―・・・うーん、喫茶店、かなぁ?
よし、ちょっとだけここでシンヤについて聞き込みしてみよっと。
俺はゆっくりとその扉を開けると、中に入る。からんからん、と涼しげな音のドアチャイムが鳴り、店員さんらしき人がやってきた。
「いらっしゃいませー。」
「ふ、フレイ!?」
そう、その店員さんは、同じパーティではないものの、同じ宿を根城としている女性―…フレイリアだった。
この喫茶店の衣装なのか、ひらひらの白いレースをあしらったエプロンを着ていた。
よくわかんないけど、接客している所を見ると、ルートと同じアルバイトかなぁ。
「あーあ、とうとう見つかったわねー。」
「フレイもバイトか?」
「あーうん。そんなとこー。この時期依頼も少ないし?つか、期間限定のバイトのほうが見入りいいし。」
「なるほどー…」
たしかに、クリスマス前は皆お祭りの騒ぎだから依頼が激減する。
あってもお手伝い程度だったり、報酬もお駄賃程度だったりするから、この時期だけはこういうバイトのほうが高収入なんだろうな。
やったことないし、聞いたことも無いからあくまで想像だけど。
「ま、とにかく一名様ご案内ね。」
「ぇ、あの。」
俺、シンヤについて聞きたいんですけど。そういう意見をフレイは黙殺するように端のテーブル席に案内する。
「ま、ここはアタシがおごるからさ、ゆっくりしてきなさいよ。店内暇だし。」
楽でいいけど、と続けるフレイ。確かに、お客さんは俺を含めて3人程度。しかもばらばらに座っている。
「はは…うん、暇そうだな。」
「そゆことー。アンタ、コーヒーでよかったわよね。」
「いや、だから…」
俺はシンヤについて探さないといけないんですけど。
断ろうと思っている間に、フレイはさっそうと厨房の奥へと行ってしまった。…うーん、余計な気を使わなくてもいいのになー…ま、いっか。半分諦めてたし。たまにはフレイとのんびり喋ってみるのもいいかも。最近会わなかったし。
「はい、おまたせ。この店特別のブレンドー。」
つっても、一番安い銘柄混ぜ合わせただけだけど、とフレイが裏事情を暴露する。
確かに、メニューを見ると一番安い値段で記されていたが、別にこだわりがあるわけじゃない。
「あ、さんきゅー。でも珍しいなぁ。フレイが俺におごるなんて。」
フレイがことん、と俺の目の前にコーヒーとミルクを置く。コーヒーからはくゆくゆと湯気が立ち上っていて、淹れたてであることを強調していた。
「べっつに。アタシだって気が向けばアンタに茶の一つでも出すわよ。」
そういって、俺の向かいに座る。もちろん、白いエプロンドレスのままで。
「…って・・・おい、今、仕事時間中じゃないのか?」
流石に自分の知り合いとはいえお客さんは他に居るんだし。
給料を貰ってるんだから、堂々とサボっちゃダメだと思うんだけどなー・・・
「いいのよ。アタシこの店の常連だし。店長も今日暇になるってわかってたみたいだから。ま、数合わせってとこよ。」
「なんだそりゃ。」
答えながらコーヒーにミルクを入れて、スプーンでかき混ぜる。お砂糖は入れないのが俺の好み。ブラックはあんまり好きじゃない。胃が壊れるし。
「じゃ、お言葉に甘えて、いただきます。」
俺はそういってからコーヒーに口をつけ―…ようとして、止まった。なんだろう、違和感がある。
何処がおかしいって分けじゃない―…強いて言うならば、冒険者のカンっていう奴かな。
「…どしたの?早く飲みなさいよ。冷めるわよ。」
「いや、そーなんだけどさ・・・」
俺はコップの中身をじっと見る。何も変わらない何時ものミルクコーヒー。
飲まなきゃいけないのは、わかる・・・けど、でも…。俺は意を決して、フレイのほうに向き直る。
「・・・なぁ、何入れたんだコレ。」
「何って。普通のブレンドだけど?」
俺はそういいながらフレイの瞳をじっと見つめる。
なんだっけ、知り合いの女性冒険者が以前、「嘘を付く人は目を見ればわかる」言っていた。
図式的に多分「女→男」に使うんだろうと思うけど、今じゃ完全逆転してるなぁ・・・
「・・・銘柄じゃなくって、もっと別なの。例えば眠り薬とかその辺りとか。」
それに!フレイって毒薬関係詳しかったり―…っていうか、自分で材料あったら作れるくらいの知識もってやがるし。
睨めっこすること、ほんの数十秒。ついに答えに詰まったフレイがふぃっと視線をそらした。
「…何も入れてないわよ。」
あ、怪しい・・・一体何を入れたんだ…?
眠り薬とかの類ならともかく、たまに平気で殺害用入れてくるから怖いんだよ!!
俺は流石に己の身が可愛いので、ことんとカップをソーサーに戻した。
「ごめん、フレイ。俺もう行くから。」
す、っと立ち上がったときだった。ドアがカランコロンと再び涼しげな音を立てる。
俺は何の気もなしにそっちを視線に移した時、体が勝手に動いていた。
シンヤが、居た。
しかも店から出ようとしてるし・・・って、コトは今までこの店に居たのか!?なんで気が付かないんだ俺のバカ!
「ちょ、ちょっとブロウ!?」
「ごめんフレイ!また後で埋め合わせするからっ!」
いきなり走り出した俺にフレイの驚きの声が背後からかかる。
でも今は、とにかくシンヤを追いかけないと!後でフレイが怖いけど、今のシンヤをほっておくほうが怖い!
苦情ならまた後日ゆっくり聞くから、と心の中で詫びながら、俺は見失わないように店の中から逃げるように飛び出した。


ドアが勢いよく閉まり、チャイムが少しだけ不機嫌そうな音を奏でる。
「…まーったく。変なところでカンがいいんだから。アイツ。」
フレイリアはまだ湯気立ち上るコーヒーを見つめ、ため息をついた。

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