子供狩り


ざあざあざあざあ、と暗闇の中鳴り響く、音。
窓を見ると、まるでバケツでもひっくり返したかのような強い雨が降っていた。
地面を叩くその音は、外に居れば恨み言のひとつでも言いたくなること請け合いだったが―…幸運なことに、此処は屋内だ。

「ほんに、よう振りますなぁ。」

明かりのほとんど無い薄暗い室内で、ぽつりと話を切り出したのは齢60は超えているだろうと思われる老婆だった。
その瞳もやはり窓に向けられており、雨を見つめていた。
「…こないな中に雨ざらしにされたら、いくら冒険者という方達でも、病気になってしまいますじゃろ?」
そういって、老婆はなにやら台所のほうへ行ったかと思うと、器を片手に戻ってきた。
「ほら、これでも食べて体をあったこうして、夕食の残り物なんじゃがね。」
そういって、目の前に置かれたのは暖かな湯気をくゆらせたシチューだった。

ブロウたちくいだおれは、依頼の帰り道に思いがけず雨に降られた。
あいにく宿などない山中だったので、雨ざらしの覚悟を決めていたところだったのだが。

「―うん、美味しいよ。体があったまるね♪」
まず一口、先にシチューを食べたルートが率直な感想を漏らす。
その顔には何時もの笑顔が宿っている。
「すまない、ご婦人。こんな夜更けに来て、しかも食事まで頂いてしまって。」
シンヤが丁寧に目の前のお婆さんに頭を下げる。
老婆はそんなシンヤに優しげな笑い声を上げたあと、さらに会話を続ける。
「ほほほ、困っている旅人に閉ざす戸などありませんよ。ゆっくりしておいき。」
老婆はそういうと他にやることがあるのか、家の奥へと引っ込んでいった。
しっそな丸太小屋とはいえ一人暮らしのようだし、何かと家事をこなさなければいけないのだろう。
くいだおれ一同は、特に怪しむことなくシチューを囲んで今後のことを相談しだした。
「えーっと、明日は、雨さえ降ってなければ街道に出るまで……どれくらいかかったっけ?」
「四刻半、くらいですよ。リューンももう遠くありませんね。」
ブロウの質問に、セツナが答える。
「そうだな。後は帰るだけだもんな。」
ブロウの表情はどこか余裕が見える。確かに、もうこなすべきことはやったのだから当然の結論だ。
しかし、それをイレイスが鼻で笑う。
「お前―…偉人は言ったぞ。『家に帰るまでが冒険です』とな。油断してると、また迷子になる。」
「……どこの偉人だよ、それ。しかも、迷子って……もう、そんな年じゃないって。」
ブロウの反撃にイレイスはこれ見よがしにため息をついてみせる。
「こないだ―…リューンにお使いに行ったはいいものの、警察沙汰にまで発展したのはどこの誰なのやら。」
「う、そ、それは―…」
「ほぉら、返せなくなった。」
「ぐ……」
イレイスに口で勝てる相手など多分リューン全土捜し歩いても居るか居ないかというのに、相変わらずブロウはイレイスと戦う。
そんな様子が滑稽で、ルートが少しだけ笑い声を上げた。
「いっちー、軽快だねぇ。ぶろりんも、スルーすればいいのに。」
ルートの笑い声を聞きつけたのか、それともやるべきことが終わったのか。
老婆はいつの間にか再びテーブルのある居間へと戻ってきていた。そして、話し声を聞いていたのか、先程のような笑い顔をもう一度浮かべ、口を開いた。
「ほほほ、ほんに仲のよろしい。けど、そこのお兄さんの言うとおりかもしれませんのう。この辺は―…人攫いも来てしまうしの。」
「人攫いー?なんだか不穏な話しだねぇ。」
「…野盗でも、出るんですか?」
セツナの言葉は、ありえないものではなかった。ここは人家もまばらな山奥であるのだ。そうした行為はやり易いだろう。
しかし、そんな心に宿った少量の心配を吹き飛ばすように、老婆は黄色い歯を見せ笑った。
「おやまあ、私ったらよう考えもせんと物騒なこと口走ってもうた。このあたりではよく言うんじゃ。『夜に雨が降ると人攫いがくる』というふうに。」
要するに、意味はない伝承のようなものなのだろう。
「わらべ歌にもあるんじゃよ。ふむ、こんな感じじゃったかの。」
そういって、老婆は頼まれてもいないのにこの地方に伝わる童謡を歌いだした。
雨音を伴奏に、しゃがれた声が細く響き始める。

夜が来るよ 雨が降るよ
 早くお帰り 子供たち
 人さらいが やってくる
 
 夜が来るよ 雨が降るよ
 振り返らずに お急ぎよ
 背中に誰かの手が伸びる

 後ろをご覧 球蹴りしていた
 子供たちは どこ消えた?
 後ろをご覧 おしゃべりしていた
 子供たちは どこきえた?


「……ずいぶん不気味な歌だな。あんまり、童謡には適してないと思うけど。」
曲が終わって、ブロウが感想を述べる。
伴奏が雨で歌い手が老婆というせいもあるのかもしれないが、歌詞もおどろおどろしく、恐怖しか生み出さないだろう。
それを子供に向けて歌うのは、なんとなく酷な話ではないか、と感じた。
「似たような歌なら知ってるよ。そっちは、子供をさらうのはオーガだけどね。」
そう続けたのは、ルートだった。
「たぶん、暗くなっても遊びたがる子供達を早く家に帰すために作られたんじゃないの?」
「遊び盛りの子供に業を煮やした母親の苦肉の策、というわけですか……貴方も、そうならばよかったのですが。」
そういってセツナは、呆れたような視線をルートに向ける。
ルートはそんなセツナににやりと笑うと、高らかに宣言するように声を出す。
「僕がそんなものにおびえると思う?そんなんじゃ、せっちゃんのトナリは勤まらないしね!」
ぐ、っと親指を立てて拳を突き出すルートに、セツナは思わず呆れ顔になる。
老婆はその様子がおかしかったのか、再び声を上げて笑った。
「そんな見かたもありますじゃろうなぁ。じゃが、この歌は作り物でもない。私の母親が言うとった。
 そいでも、この辺がまだ村とよばれとった昔の話じゃがの。小さい子が何人も居のうなってしまう事件があったそうじゃ。
 村の人から領主様が冒険者を雇って草の根かき分け探したそうじゃが……結局原因はわからずじまいだったんじゃよ。」
つまり、歌はその事件のことを踏まえているのだろう、ということは簡単に想像できる。
「それでこんな恐ろしげな歌詞なんだ。」
納得したように、ルートが深くうなづく。もちろん、今の彼にそんな話をしたところで、普通の子供のようにおびえたりはしないが。
「歌のとおりに人攫い、か。オーガの事件かもしれないけどさ。でも、子供が巻き込まれる事件は……痛ましいよな……。」
「そうじゃの…怖い歌じゃが、その裏には二度とそんなことを繰り返してはならんという思いが感じられるの…」
そういって、老婆は話を締めくくった。

会話が一段楽したところで、ブロウは小さく息を吐く。
すっかり冷め切ったシチューに今頃気づいて、意味も無くスプーンでくるりと中身をかき混ぜてみた。
雨の弱まる気配は無い。やはり明日もこの状態だろうか。天気のことを危ぶんでいると、いきなり家のドアが開いた。

全員の視線が、そちらに向く。
そこには、雨ざらしになってぐしょぬれの男が、息を荒くして此方に視線をさまよわせた状態で立ち尽くしていた。
男は、家に上がろうと一歩を踏み出すが―…そこで力尽きたのか、その場で倒れこんでしまう。
「おい、大丈夫か!?」
その異変を素早く感じ取ったブロウがすぐさま男に駆け寄る。
「お婆さん、すいません、すぐにお湯を沸かしていただけますか?」
セツナがとっさに老婆に指示を出す。老婆はひとつうなづくと家の奥へと走っていった。
「不味い、体が冷たくなって―…ッ!?
そばに駆け寄ったブロウがあることに気がつき、一瞬息が詰まった。
というのも、その男の腹部からは赤い滴りが染み出していたからである。
「…ふむ。刃物で腹をえぐられ、内臓がはみ出しかかっているな。」
次に駆け寄っていたらしいイレイスが男の状態を見て、冷静に容態を見る。
これはもう駄目だろう。と、イレイスがブロウに告げるか一瞬迷ったとき、地に伏したままの男が口を開いた。
「あ…ぁ、あんた達…そのナリは……冒険者、かい?」
あえぐように、口をぱくぱくさせながらも、男は言葉を続ける。
「頼む―…頼む、俺の村を、救ってやってくれ……」
ひゅうひゅうと、かすれだす声。懸命に言葉をつむごうとするが、音にならない。
「しっかりしろ!アンタの村がどうしたっていうんだ?」
ブロウが男の手をとり、話を聞く体制に入る。
男は、余力の全てを振り絞り、言葉を吐いていく。
「こ……子供、子供達が……俺は、俺なんか、俺一人の命なんか喜んで……
 捧げ、でも、子供達……が…なんて、耐えられない……村は、東に山をひとつ越えたところ……こ、れを報酬に……」
そういって、男は力尽き、倒れる。
…ッ、おいっ!!
ブロウは声を荒げるが、それをイレイスがさっと手で制した。そしてすぐさま男の脈を取り、開いた目を覗き込むが、帰ってくるのは静寂。
首をゆっくり横に振り、既に事切れていることをブロウに伝える。
「な―…なん、で…?」
いきなりのことで上手く頭が回っていないらしいブロウは、戸惑いと驚きが混じった声を上げた。
「さぁな。とりあえず村で何かがあったのだろう。」
イレイスは肩を軽くすくめると、男が差し出した手の中を調べる。
その中には、鈍く光る首飾りがあった。詳しい価値は調べてみないとわからないが、いくばくかの金にはなりそうである。
そんなイレイスの視界の端では、ブロウが亡くなったばかりの遺体に目を向けていた。
「……まさか、こんな形で依頼されるとはね。」
ルートが、嫌な静寂にみちた空気の中でポツリと切り出す。
「……わかっていると思うが。コレは正式な依頼じゃない。死なれてしまったから詳細すらわからないからな。
 それでも、行くというなら止めないが……どうする?」
イレイスが固まっているブロウの肩を叩き、指示を仰ぐ。
もちろん、彼には目の前の人物がどういうかなど既にわかりきっているのだが、あえての確認だろう。
「行くに、決まってるだろ。何があったか知らないけど、あの人、最期まで真剣だった。」
そういって、ブロウは開いたままの男の瞳を閉じさせてやる。
不可解な事件。いきなりの来訪者。普通の冒険者なら、喜んで首を突っ込んだりはしないのかもしれない。
しかし、ブロウは見てしまったから。この男性の死を間近にしての願いを。
「……まあ、貴方ならそういうと思いましたしね。遺体を片付けたなら、向かいましょうか。」
家の奥に居たセツナが男の前に立つ。
「…おばあさんは?」
「オレ達が出るまで奥に居るように言いました。普通の人に、こんなグロテスクな光景は見せられるものでは無いでしょう。」
セツナは、冷たくなってしまった男の体を無表情に見つめていた。
その腹部からはとめどなく血液が流れ出しており、床を汚している。
さらには臓器まで顔を出しており、冒険者でもあまり長く見ていて気持ちのいいものではない。
「ありがとう、セツナ。……行こう。」
ブロウが、気を配ってくれたセツナに対して素直に礼を言う。

かくして、くいだおれは遺体を片付け、簡易ながらも掃除をした後―…そのときは早朝になってしまっていたが。
依頼者が言った『東の山』へと進路をとるのだった。

山ひとつ分ほど歩いたころ、イレイスが目を凝らす。何かを見つけたのか、視線を動かさずある一点だけを見つめていた。
「暗くて良くわからんが…あそこに人家のようなものが見えるな。」
「どれどれー?」
ルートがイレイスのそばに立つ。イレイスの指が一直線に刺す方向に向け、ルートもそこに意識と視線を集中させる。
「……あぁ、本当。まったくー、地味に遠いんだから。」
そういって、ルートがぶぅ、と頬を膨らます。
すでに頭上には既にうす紫色の暗雲が垂れ込め、夜の気配を孕んでいた。
さらにはゆうべ一晩中続いた雨も今はやんでいるが、何時振り出してもおかしくない天気だからだ。
「ようやく着きましたね。」
「だな。山越えは辛かった。地面のぬかるみや土砂崩れも多かった。そのうえ、急ぎだ。」
セツナの意見に、シンヤがうなづく。
「…とりあえず、行こうぜ。何が待ってるかは、あんまし想像したくないけどさ。」
ブロウが村へと数歩踏み出すが、イレイスはその場で何かを考え込むようなしぐさを取っていた。
そんな彼の様子を見てどうかしたのか、と声をかける前に彼は口を開いた。たった一言、妙だ、と。
「いつの間にか村はすぐそこ。何故此処に来るまで、村の存在に誰も気がつかなかったんだ。」
村との距離は、おそらく500メートルあれば長い、というほど。
イレイスは警戒を呼びかけるように、持論を説いていく。
「なんでって……こんなに暗いんじゃ、気がつかないよ。此処まで来てやっと家の輪郭が見えるんだから。」
ブロウはイレイスの意図とすることがわからず、首を傾げるばかり。
だが、そのそばにいたセツナはその『意図』に気がついたのか、ハッとして顔を上げた。
「いえ…そうか……家に明かりがついていないんですね?」
「ああ。日が沈んでから時間は経っていないがこの天気だ。明かりをつけるのが普通だろう?」
そういわれて不振にブロウも気がつき、村のほうを目を凝らしてみる。
しかし、どれだけ見つめようとも、明かりの点いた家は一軒も無い、ということだけしかわからない。
「確かに…でも、なんでだろ。」
「もしかすれば……夜でも明かりをつけてはいけないという風習でもあるということも、考えられる。」
シンヤが当たり障りの無い答えを出す。確かに、こんな山奥、どういう風習が残っていてもなんら不思議ではない。
「イレイス。貴方はどう思いますか?」
考えあぐねたセツナがこのパーティの参謀に話を振る。参謀はひょいと肩をすくめてから、一言だけ口を開いた。
「私がただひとついえるのは―…いい予感は、しないということだな。
「……確かに、ねー。山奥だし村だもん。もしかしたらあの様子だとみーんな死んじゃってるかもよ?」
ルートが暗い空気を打ち消すように子供独特の甲高い声をあげた。
「…おいおい……。」
内容はあまりにも笑えないものだったので、ブロウはどこか引きつった顔でルートに視線を落とした。
しかしルートはウインクまでブロウに向けてにっこりと笑った。
「だからさぁ、こーんなところで立ち話してないで、さっさと行こうよ、ね♪」
確かに。と、少なくとも今の状況では建設的な意見だった。こんなところであれやこれやと杞憂するよりも、実際に行動に移したほうがよっぽどいい。
おまけに、依頼として受けてしまったのだからなおさらだ。
「そう、だな。じゃ、とりあえず―…行こうか。」


村に足を踏み入れる。通りに人はおらず、家々もまばらで閑散とした印象を受ける。
宵闇の濃さが増しているのに対し、やはり民家に明かりはなく、ただただ静寂ばかりが支配していた。
「人気、ないね。」
わかってたけどね、とルートは周囲を見渡し呟く。
「背筋が寒い―…明かりが無いこともあいまって、気味が悪いですね。」
「でもさ、廃村ってわけじゃなさそうだね。道に足跡があるもの。」
そういって、ルートは自身のすぐ下を指す。そこには、つい最近ついたと思われるいくつもの足跡があった。
「生活感もあるし、人が住んでる気配もあるけどね。」
そういって、ルートは会話を切る。
しかし、村の様子は廃村にちかく、打ち捨てられたという印象がなぜか残っていた。
それをルートも感じているのだろう。首を傾げてはあたりを見渡すことを幾回も繰り返していたのだから。
「とりあえず、奥に行ってみようか。」
ブロウが、闇に包まれてよく見えない奥を指す。
民家がいくつかあるが、もしかしたら話しかけても聞いてもらえない、それどころか敵視される可能性もある。
だったらまずは、全体を見て確認したほうがいい、そう考えたからだ。


さらに奥まで行くと村の住人だろうと思われる男性が驚いた顔で此方を見つめていた。
男はきこりだったのだろうか。その手には斧を抱えたまま、完全に固まっている。ブロウが声をかけようと思ったその瞬間。
「―――ッ!?」
男は我に帰ったようにそそくさとその場を去っていってしまった。
「……やっぱり、なんかあんのかな?」
今のところ、ブロウのその質問に答えられる者はいない。イレイスの方に視線を向けては見るが、彼も口では言わないもののわからないと態度で示していた。
さっぱりなまま奥に進んでいくと、とたとたと軽い足音が別の方向から響いてきた。
「あ、ぶろりん、危ないよ?」
ルートが軽い調子で声を上げたその直後。
「へ?」
どん、と何かがぶつかってくる衝撃がブロウに走った。
うわたっ!?
きゃ!!
細い道から飛び出してきたのは、幼い少女。前も良く見ずに確認して走っていたのか、思いっきりブロウにぶつかったようだ。
と、どうじに、かしゃん、と手にしていたものが地面に落ちる音が響いた。
「ゴメン、大丈夫か?それとこれ、落としたよ。」
ブロウはさっと拾い上げて、その落としたもの―…金色の髪の人形を少女に差し出す。
少女の表情はそんなブロウの行動を見て、みるみるうちに明るいものへと変わっていく。
「ありがとう、おにいちゃん。」
「はは、どういたしまして。」
ぺこり、と頭を下げてお礼をいう少女に、ブロウは笑って答える。
そして少女は他の面子にも気がついたのか、小首をかしげていた。
「お兄ちゃんたち、変な格好だよね。何処から来たの?」
「リューンだよ。この村の人に頼まれごとをされてね。」
少女はわかったのかわからなかったのかはさておき、ふぅん、と納得したような返事をあげる。
そして、きゅ、とブロウの袖をつかむとさらに話を続けた。
「ねえ、お兄ちゃん、セシルと一緒に遊ぼうよ。もう、一人で遊ぶのいやだよ。」
セシル、となのった少女の頭をやさしくなでると、ブロウは笑顔で諭す。
「ごめんな、ちょっとばかりやらなくちゃいけないことがあるから、それが終わったら、な?」
「ほんと?ほんとに?ぜったいだよ?」
こんな時間帯に少女がたった一人で出歩いているのもすこし妙なところがあるが、狭い村だし大丈夫なのだろう。
ブロウはすこしだけ不安そうな顔で見つめてくる少女と話しながら、そう結論付けていた。
さすがぶろりん……幼女まで誘惑するなんて……
一連の流れを見つめていたルートがポツリと呟いた。
その表情は、たとえるなら『衝撃!家政婦は見た!!パートU!』というサブタイトルがつきそうだ。
「な、誰がッ!んな節操無いことしねーよ!!」
ブロウはルートに向かってに向かって立ち上がり、思わず突っ込みを入れていた。
しかしそのそばに居たイレイスは菩薩のような笑顔を浮かべたままぽむりとブロウの肩に手を載せる。
「知ってる。節操あることも出来ないことも知ってるぞ。」
私こそが真の理解者ですよ、とばかりのイレイスの言葉。
しかしブロウはその後ろに隠れた―…いや表面に出まくっているがを感じ取り、言葉を濁す。
「……なあ、それは遠まわしな嫌味……」
「さあ、なんのことだか。」
イレイスのからかうような口調に、ブロウは顔が引きつるのを感じた。
ちなみに、少女のほうはうまく入れ替わるように、セツナが話を聞いていた。
「お嬢さん、村長さんの家がどちらにあるか知っていますか?―あ、村長さんというのは、この村で一番偉い人のことなのですが。」
「グレアムのおじいちゃんのことだよね、あっちだよ。」
そういって、少女は村の奥を指差す。おそらく、まっすぐ行けばたどり着くのだろう。
「そうですか、ありがとうございます。それと……もう暗いから、おうちにお帰りなさい。ひとさらいが、くるかもしれませんよ?」
セツナの言葉に少女はくしゃりと顔をゆがめると、たっと体を翻し、走っていった。
思い当たる節があるのかそれとも単純な恐怖か。どちらかはわからないが、早く家に帰らせることに越したことは無いだろう。
「……村長の家、聞きだせましたよ。さ、早く行きましょうか。」
セツナはそういって、村のおく、ついさっき少女に教えてもらった方角を指す。
「そうだな。村長を訪ねるか。何か知っているかもしれない。」
シンヤがまとめ、くいだおれ一同は村長の家にへと向かって行った。


こんこん、とまずはドアをノックする。しばらくも経たないうちに、禿頭の男性が扉を開いた。
おそらく、この人間が村長なのだろう。此方を警戒し、不快感をあらわにした視線を向けてくる。
歓迎されていない、ということは嫌でも感じ取れた。
「依頼を受けた冒険者だ。ある人に、この村を救ってくれ、といわれたものでな。」
す、っと誰よりも早くイレイスが手早く身元を明かす。
「依頼人に心当たりは無いか?村の者だと思うのだが。黒髪で色白それと、こんな首飾りを持っていた。」
イレイスはそういって、依頼人から渡された首飾りをじゃらりと手に提げる。
村長はぎょろりとした目をいっそうむき出しにして、だがすぐに不自然に視線を落とした。
「さぁ、知らんな。何処の誰だね、そんな奇妙な依頼を出したのは。」
―…あからさま過ぎて反吐が出る。
イレイスはふ、と口に笑みさえも浮かべながら、率直にそう思った。そして、そのまま言葉を続ける。
「心当たりがおありのようだが?」
「そんな男は知らん。そもそも何のことだ。この村を救ってくれ、とは。見ただろう。此処は普通の村だ。わざわざ冒険者が来るようなところではない。」
切り捨てるように、村長は言が、確実に隠し事があるのは明白だろう。
並みの冒険者ならこの辺で違和感を感じて切り上げるのかもしれないが、あいにくこちらに引き下がる気は無い。
「ふぅ、そうはいうが……確かに頼まれたんだがな。依頼人の様子も、尋常ではなかった。ずぶぬれで、血相を変えて飛び込んできた。」
知らん、知らん!その男も死に際で、気が動転していたんだろう。意識が朦朧としてあらぬことを口走ったんだ。よくあることだ。」
動転しているのは、どっちだか。イレイスは心のうちでそういうと、本来出すべき言葉をつむぐ。
「…私は、依頼人が瀕死であった、などと一言も言っていないが。
直後、村長の顔が一瞬にしてこわばる。
この状態で自ら墓穴を掘ったのだからほっといてもボロは出そうだが―…さらに、追い討ちをかける。
「ついでに言えば依頼人は男とも言っていない……何か、知っているだろう?」
「わ、わしは……」
村長の表情に、焦りが見える。
だが、それでも弁解するように、何度か息を吐いたり吸ったりした後、震える唇でさらに続けた。
「た、単なる間違いだ。『飛び込んできた』などというから死に掛けだと思ったんだ、深い意味は無い!……不愉快だ、帰ってくれ!
バタン、とすごい勢いで扉が閉じられる。
「あそこまでわざとらしいと、何か探ってくれといっているようにしか聞こえないな。」
シンヤが村長の居る固く閉ざされた扉を睨みつける。
「この村に何があるかわかりませんが、村長が一枚かんでいると見て間違いありませんね。」
イレイスはセツナの言葉に対してひょいと肩をすくめる。
「一枚ならまだしも、5枚6枚は噛んでいるだろうな。」
「…依頼人が瀕死だって知ってたよな、あの人……やっぱり、何処かで関わってたのかな……」
「さぁな。早い段階ではまだ何も言えん。今の状態での断定は、視野を狭めることにしかならない。」
断定を下すには、圧倒的に情報が足りない。
どうにかして、情報を集める方法があればいいのかもしれないが、村人の様子を見る限り、不可能に近いだろう。
「……強引に扉を破って拷問したら、白状するかな?
黙っていたルートがぽんと手を叩く。思わずそのぶっ飛んだ意見にそばに居たブロウが噴出した。
ちょっと待てッ!怪しいだけで物的証拠も無いのにそーいうことするな!っつーか、あってもするな!!
「ちぇー。いっそこっちを攻撃してくれたら、問題なく実力行使に出れるのになー。」
ルートは自慢の獲物であるステンレス定規をいとおしそうに撫でる。
その光景は暗い村の中では猟奇的に映り、ブロウは軽いめまいを覚えたとか覚えなかったとか。
「とにかく、村人とどうにか会話してみる方法を探さないと―…ラチがあかんぞ。」
シンヤの言葉に、こくりとセツナがうなずく。
「そうですね。駄目元で話しかけていきますか。」


そう決めて、歩き出す。
歩き出して5分も経たずとして―…それは、落ちていた。

「……これは……」
誰よりも早くそれを見つけたブロウが、思わずかがみこむ。
それは、金色の髪をした小さな人形だった。薄汚れてぼろぼろのそれは、先程であった少女の持ち物であることをブロウは知っている。
「あの子、あわてんぼうさんぽかったからねぇ、また落としたんじゃないの?」
ルートが軽い調子で言う。だが、ブロウは押し黙ったまま、かがみこんだままだった。
「ブロウ、どうかしたのか?」
流石に不思議に思ったイレイスが、声をかける。だが、ブロウは固まったかのように人形を凝視したままうごかない。
「……一人で遊んでいた女の子に、同情でもしているのか?」
「―…馬の、蹄。」
イレイスの質問に、ブロウは答えではないが答える。
「はい?」
ルートが首をかしげながらさっと駆け寄り、ブロウと同じ地点でかがみこむ。
そして―…すぐに、納得が言ったのかああ、とそのままの状態で呟いた。
「周囲に馬の蹄があるね、転々と散らばって―…ほら、あっちに続いてる。」
ルートが指した方向。そこには、良く見ると馬の蹄の後が続いていた。
盗賊の技能を持っていないブロウが見つけることができたのだから、ついた時間はほんのついさっきだろう。
「野馬じゃないね、これ。装蹄されてる。確証はないけどさ、乗り手がいるよ。」
ルートが、その蹄跡について淡々と見解を深めていく。
「かなり大きな馬。大人の男の人じゃないと、乗りこなせないと思うよ。
 それと、蹄の跡は茂みからこっちを直線にして―…ちょうど此処を起点にして折り返してる。」
そういって、ルートは落ちている人形を指す。
「つまり、あの女の子は―…何者かに連れ去られた、ということになりますね。」
ルートの見解に、セツナが妥当な推理をつける。ルートはこくりとうなづくと、さらに言葉を続けた。
「あったりー。状況がそれを指し示してる。誘拐されたと考えるのが妥当だね。」
「…ルート、蹄の跡、追いかけられるか?」
ブロウがいつになく真剣な調子で、ルートを見つめる。ルートはにっと笑って親指をブロウに向かって立てた。
「この僕を誰だと思ってるの?おまけに、午前中に雨が降ってたから、足跡もくっきりだしね。」
「……うん、頼む。」
ルートはすっと周囲を見渡し、森へと向かっていく。
もちろん、ブロウを初めとしてくいだおれのメンバーも、ルートの道案内にそって森へと足を踏み入れるのだった。


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