四つ巴
同刻。遺跡の広間 すこし奥にてセツナとトリスは先に落ちた二人を探していた。
「…爆発音……っ!?」
トリスが不意に響いた音に反応する。それは、遠くで何かが炸裂した音とほぼ同じだった。
急にはぐれた相方のことが心配になり、顔色を変える。
「…もしかすれば、向こうで戦闘しているかもしれませんね。急ぎましょう。」
セツナの言葉に、トリスはこくりとうなづくと、駆け足で遺跡の奥へと進んでいく。
ようやく、再開できる期待を心に抱いて。
「…っ、カルク!?」
遺跡の少し奥、通路の行き止まりにて。壁にもたれかかるようにして、その人はいた。
だが、様子がおかしいのだ。意識を失っているようで、ぐったりと座っている―…いや、倒れているといったほうが正しい。
「カルク…おい、しっかりしろっ!」
トリスがかけだし、カルクの身を抱え軽く揺さぶる。しかしカルクはぴくりとも動かず、またあちこちからは出血している。
要するに、重症…それも、かなりの。
「どうかしましたか?」
やや遅れて、セツナが到着。トリスのそばに駆け寄り、カルクをはさんで向かいに身をかがめる。
「カルクが…カルクがっ!!」
トリスは自分の服が汚れるのもいとわずカルクを抱えたまま、セツナに言葉にならない訴えを起こす。
ただならない雰囲気だとセツナも察したのか、カルクに視線を落とす。
「…酷い怪我ですね…。このままでは、危ないかも知れません。」
簡単にボディチェックをし、結論。骨もあちこちひびが入り、全身打撲についでに頭も切っている。
もしかしたら数本折れているものもあるかもしれない。
「くそっ…なんで、なんで…っ、カルク…」
まだギリギリだが、息はある。しかしそれも、わずかな時間で失ってしまうだろう。
下手に動かすわけもいかず、セツナは一瞬だけ思案して、再び口を開く。
「…トリス。とりあえず、カルクを地面へ置いていただけませんか?」
「セツナ、何か方法があるのか!?」
セツナの言葉に、トリスは希望の光でも見出したかのごとく反応する。
セツナは少しだけ戸惑うように、悩むように眉をほんのすこしだけ潜めて―…そして、こくりと重々しくうなづいた。
「ええ…なんとか、してみます。」
心配しなくても大丈夫、とばかりにセツナはわずかにほほ笑んだ。
「セツナ…。」
けっして頼れる強いものではなく、どこか儚さを感じる、柔らかい笑み。
だけれどもなんとなく、トリスは信頼してもいいものだと思った。
「…わかった。頼む…」
トリスは懇願の言葉を呟き、荒い息をしているカルクをそっと地面に横たわらせる。
セツナも、身をかがめていた状態から完全に腰をおろし、意識のないカルクの胴体にそっと両手でふれた。
そして自身の顔をその両手に向け、すう、と息を吸う。
魔法、だとトリスは理解した。しかし、あそこまで負傷の激しい人を治療することのできる魔法はいまのところない、はずだ。
不意に。歌が響く。
トリスが考えるのをやめ、視線を上げると、セツナが歌っていた。
凛とした声が、遺跡中に響いていく。旋律が、音程が、一つ一つが完璧につむがれていく、歌。
それはまるで清流のようで。その辺にいる吟遊詩人とはかけ離れたものだと、トリスは思った。
しかし、それはただの歌ではない。
変化は、確実にあった。
ふわり。
―…ふわり。
空気が、いや満ちている『気』そのものが変わっていく。
がらんどうでただ冷たいだけの遺跡に、生命が吹き込まれていく。
セツナを、カルクを中心として、「いのち」が満ち溢れていく奇妙だが穏やかになれる、感覚。
「何、が…」
トリスがあたりを見回したとき、妙な感覚はふわりと収まり、セツナの歌もまた、終わっていた。
何が起こったか、わからない。ただ、奇跡は、おこってもいいような気はした。
「…ふふ、ルートに怒られてしまうかもしれませんね。」
セツナは、カルクの様子を見て、くすりと笑う。
「!カルク!!」
その声が引き金のように、トリスはカルクのそばに駆け寄る。
様子を見てみると、先ほどとはうってかわってカルクは穏やかに眠っていた。
傷も全てふさがっているようで、もう出血しているところはない。
「…安心してください。気がつけばすぐにでも動けますよ。」
「そ、そうか…って、さっきのはなんだったんだ?魔法にしちゃ、威力が高すぎるし…」
どちらかというと、吟遊詩人の歌に精通するのかもしれない。
周囲を盛り上げ、また周囲を癒すその歌。似ているがまた違うだろう。セツナは、思考し始めたトリスに穏やかに口をわずかにゆがめたまま、問いに答える。
「企業秘密ですよ。」
「…キギョウヒミツ?」
聴きなれない言葉に、再び首をかしげる。
「内緒、ってことです。」
「………なんだそりゃ。」
そう言ってくすくす笑うセツナにどこか気恥ずかしさを覚え、トリスは頭を掻いた。
今回。はじめこそ胡散くささに(主にルートと呼んでいた子供のほうにだが)怪しんだものの、
実際こうして一緒に仕事をしてみて、信頼できる人物だということがわかった。
手助けもいくつかして貰ったし、強いていうなら所々妙だということくらいか。
ルートに対する扱い方も絶妙に酷いところがあるし、雰囲気もどこか常人離れしている。
「はぁ…とりあえず、カルクが起きるまで待ってみるか。」
「そうですね。少しオレも疲れました。」
ふぅ、と息をついてセツナは足を崩して座り込む。
サイクロプスの気配はない、というかしぃんと静まり返っているので、近づけばすぐ気づけるだろう。
気配を消すような知能を持ち合わせているモンスターでもないし、そもそもサイズ的に無理だ。
「そういえば、ルートのことはいいのか?」
荷物から水を取り出して、あおるように飲む。
ランタンの燃料は今朝ちゃんと満タンまで入れてきたから、今日いっぱいは大丈夫なはずだ。
そんなことを考えつつ、ついでのように聞いてみる。本人は始めから大丈夫だと言い切っているが、それは信頼しているからなのか。
それともなにか、特殊な事情でもあるのか。
「…………セツナ?」
返事が返ってこず、もう一度名前を呼ぶ。
「ぁ、すみません。すこしだけボーっとしていました。それで、なんですか?」
セツナも二度目で気がついたのか、トリスのほうに顔を上げた。
「だから、ルートは…って、セツナ!?お前、顔色最悪だぞ!?」
ランタンの光でよくはわからないが、明らかにセツナの顔色は悪く、青ざめていた。
息もどこか苦しそうに荒く、かなり憔悴しているのが見て取れる。
「大丈夫ですよ。先程のアレの反動が体に来ただけです。」
ふぅ、と息をつきつつ、軽い生理現象だというように言った。だが、どう見ても大丈夫には見えない。
「アレ…って、さっきの魔法…」
冷静に、考えてみる。
魔法は、魔力を介して使うもの。それは常識だ。威力が高くなればなるほど、必要最低限魔力も高まる。これも常識だ。
では、先ほどの魔法は―…?
基本的に、一般的に教会で使われている癒しの法は、せいぜい少し深い切り傷を治療するくらいだ。
もちろん、使用者がそれ以前にダメージを受けていたらすぐに動くなどは無理。
つまり、先のカルクの怪我ならば、治療することはほぼ不可能、なはずだ。
それだけで、かなり高レベルな魔法ともいえるー…が、それだけではない。
セツナは言ったのだ。はっきりと。
『気がつけばすぐにでも動けますよ。』と。
「……そんな神妙な顔して考えなさらなくても。単純な話でしょう?高い威力を使った魔法のための体調不良。それだけです。」
トリスがあんまりにも長い間黙りこくったままだったのが見ていられなかったのか、セツナが自分なりの解釈をつける。
だが、そうと片付けるには早計なような気もしたのだが、本人がそういうのだからそうなのだろうか。
「…ぇっと、その、なんつーか…ごめん。」
迷惑をかけっぱなしだ、と正直に思った。普段はもうすこしマシな行動をとっていると思っていたのだが、一人だとこうも外しまくる。
カルクの怪我も、もしかしたら回避できたことなのかもしれないのに。
「……謝られる、理由がわからないんですけど。」
頭を下げるトリスに、セツナは冷ややかな声を掛ける。
「それ、は…」
何故謝ったのかトリス自身よくわからない。ただ、謝らなければいけないような気がしたのだ。
誰にいったい何の許しを請うているのかもわからないまま。
トリスが続けるべき言葉に戸惑っていると、セツナのほうから『それに、』と言葉を続けた。
「そんな絶妙な顔されるとこっちも困りますよ。オレは、オレがやりたいようにやったまでですから。
謝られて頭を下げられるよりも、礼を言って頭を下げて欲しいですね。…ウチのリーダーの、受け売りですけれども。」
「ぁ…う、ごめ「トリス。」
口からこぼれおちる様にでた言葉を、遮る。セツナが言いたいことは、わかっている。
仕切りなおすように一度、大きく深呼吸して。再び口を、開いた。
「…ありがとう。」
「どう、いたしまして。」
何か変だ、とトリスは思う。
何故か、セツナの前では何時もの自分とはすこし違うような態度をとってしまう。
信頼していないからとか、まだ会って間もないから、とかではない。
自分の知り合いには全く居なかったタイプだからだろうか。
「………っ、」
ぴくり、と地面に横たわっていたカルクが動いた。ゆっくりと目を開けて、放心状態で天の見えない天井を見る。
まだはっきりと意識が戻っていないせいだろう。どこか瞳の焦点もあっていない。
「ぁ、カルク、良かった!気がついたか!」
トリスがようやく目を覚ました相方に喜びの声を上げる。
カルクはそこでようやくはっとしたように我に帰った。
「トリス……無事か。」
「そりゃこっちの台詞だっつの。」
元気そうな相方の顔をみて、ほっと息をつくカルクに対し、トリスはあきれたようにため息をつく。
一番大丈夫そうじゃなさそうだった奴に心配されていたなんて思いもしなかったからだ。
「…それよりさ、セツナに感謝しとけよ?怪我、治してもらったんだし。」
起き上がって、言われて、気がつく。
そういえば、自分はアレだけの怪我をしていたはずなのに、何故こうも易々と動けるのか。
そもそも、痛みがなく、体を動かすことに何の違和感もない。
「………。そうか、すまない。」
事実に対しては、謝っておく。いえ、と小さくセツナが返した。
「なぁ、カルク。ルート知らないか?一緒に落ちたんだろ?」
トリスの何気ない質問。まぁ、彼はセツナが大丈夫だと言い切っているのでそれを信用しているだけなのだが。
だがその質問を投げかけた瞬間、カルクの表情が一変した。
「そうだっ!ルート、アイツっ!」
体をばっと起き上がらせ、立ち上がる。
あの光景がウソでも夢でもないならば―…彼は3匹のサイクロプスとタイマンをはっているはずだ。
周囲を見渡し、現実だったという証拠を見つける。崩れた壁。ルートが直前に火晶石で天井を吹き飛ばした、不自然な行き止まり。
「…………。」
呆然と、立ち尽くす。
「お、おい、カルク?どうしたんだよ?まさかルートの身に何かあったのか?」
トリスがいきなり立ち上がった相方の様子が変だと感じ取ったらしい。
長年組んできて彼がこうも落ち着きがないのは珍しい。一体何があって、何を見てきたのか。
「説明している、暇がない。」
「…はぁ?」
くるりと180度転回し、今にも走り出そうとしているカルク。
ひどくあせっているのはわかるが、全く状況が飲み込めず。素っ頓狂な声を上げるトリス。
セツナはセツナで立ち上がることもせず、後ろであらあら、とどこか他人事のような声を上げていた。
「急がなければ、ならない。じゃないと、アイツは!」
「ちょ、ちょっとカルク!?」
急ぎ足で進みだしたカルクにトリスは肩を掴んでとめようとするが、その手すらも撥ね退けられる。
トリスはぽかんと手の平を見つめるが、そうしているわけにもいかない。
カルクが3歩ほど進んだとき、ついにセツナが声を上げた。
「何があったのかよくわかりませんが、ルートなら大丈夫ですよ。」
「…根拠は。」
セツナの穏やかな声に、カルクも足を止める。だが、じっと睨みつけるように、セツナを見つめていた。
相変わらず、ルートの扱いの酷さ加減に呆れ半分、苛立ち半分といったところだろうか。
「オレが呼んだら来ますから。…ねぇ、ルート。」
セツナは、誰もいないはずの通路のほうに向かって、名前を呼ぶ。
反応するはずの人物がいないのだから、ただ虚空が返ってくるばかり―…
の、はず。だったのだが。
「そうだねぇ、せっちゃん♪」
甲高い子供の声が、答えた。
「………お前……」
カルクが珍しく驚いたように目を、見開く。
というのも、セツナの真後ろにルートが沸いて出たように現れたのだ。しかも怪我や目立った負傷はなく、ぴんぴんしている。
「えへへー♪かるくーん、驚いてるねぇ?もしかして心配してくれたぁ?」
にこにこといつもの笑顔を浮かべて、ルートはカルクにスキップで近づく。
「…………。」
心配していない、といえばウソになる。というか、焦りもした。
それよりだ。どうして通路を破壊したはずなのに、ここにルートがたどり着いているのだ。
「なーんで、僕がここに居るのかなー?って顔してるよー?」
訝しげな表情を浮かべたまま起動停止してしまっているカルクの心情をルートは的確に読む。
子供は大人の感情に敏感というのだが、そういうものをぶっ飛んでいる気がする。
それとも、何か読心術的なことでも心得ているのだろうか。心得ていたらいたでシャレにならないが。
まぁ、それよりも、だ。
「…………。」
「答えはねぇ、かるくんがぶっとばされたとき、別の方向に大穴あいたからねぇ。そっから巻いて足止め回り道って、ところだよー。」
にこにことさも楽しそうにしている彼の姿は、性格上とはわかっているものの、どこか変に生真面目な彼には良く写らなかった。
カルクはコメント代わりといったように剣を音もなくすらりと抜くと同時に一歩踏み出す。
自分の間合いギリギリにまで近づいていたルートの首筋に、目にも見えない速さで剣がそえられた。
「あれ、怒った?ってことは図星?」
ルートは、おびえることもひるむこともなく、より笑顔を深めさせる。
それは、子供が何か面白いものでも見つけたような、嬉々としたもの。
「やっだぁ、かるくんってば『つんでれ〜』♪クールな視線にピンクの心ってやーつぅ?」
「……ルート。」
セツナの、すこしトーンを落とした声。これ以上やると怒る―…そんな意味が、含められているのだろう。
「……はぁーい。」
ルートはセツナが自分の名前を呼んだ意味を瞬時に理解し、ぱっと身を反転させる。
そしてカルクは本気で切る気もなかったのだろう。やれやれといった呆れとからかわれた苛立ちとで小さくルートに向けて舌打ちし、剣を鞘に収める。
「なんつーか、状況悪化?」
トリスがその一連のやり取りを見て、ぽつりとつぶやく。
「んー、っていうか、せっちゃんととりすんが仲良くなり過ぎなだけじゃなーい?」
トリスの呟きを聞き逃さなかったルートが言い返す。
不満不平を上げているわけではなく、何か面白いことになっていくようなわくわくとした口調。
「そ、そんなことねーよ、普通だよ!普通!!」
ちょっと図星だったのか、取り繕うような言葉。
ルートはニコニコとした顔をニヤニヤとした顔に変化させる。からかい満点の笑顔だ。
「ふぅーん。そいじゃあ、とりすんはせっちゃんに尽くす喜びを覚え始めたの?
それはわからなくもないよ?むしろ共感と理解をもってとりすんのこと接しちゃうな、僕。」
「あ、あのなぁ…」
俺はセツナとは友人でしかない!…と、言い切りたい所なのだが、正直昨日あれだけATフィールド全開にしていたのだ。
もしかしたらセツナのほうが何とも思っていないかもしれない。
それだけならまだしも、好かれていない可能性も残っている、つーかそっちのほうが高いので、
トリスはお茶を濁すような返事しか出来なかった。よーするに、ヘタレだ。
「…ルート?」
「…はぁーい、ごめんなさぁーい。」
セツナが再び名を呼ぶ。
いいかげんにしろよこのやろう、という殺気満々の声色に、ルートはぴょこんと頭を下げた。もちろん、下げた先はセツナだ。
「…とにかく。どうなってるか説明してくださいね、ルート。」
「はいはーい!まっかせてー!」
ルートはセツナに向けて、地下に落ちてからを簡単に説明する。
サイクロプスが襲ってきたこと。
カルクの空気読めないがための負傷。
一緒に逃げて、置いていったこと。
そして―…
「それでね、でね♪もう一匹がばひゅーんっーって!でもでも僕は慌てず騒がずぴょーんってねー」
「それで?」
「そしたらどしゃーっとなって、もういっかなー、と思ってたらせっちゃんの声が聞こえたのー。」
ルートの説明は、素晴らしかった。もちろん悪い意味で。
セツナは理解しているように時折相槌を打つようにうなづいているものの、
トリスとカルクにはさっぱりわからない。まるで別の世界の言語を聞いているようだ。
「以上、僕の一大スペクタクルストーリーでした!」
スペクタクル過ぎてわかんねぇよ、とトリスは投げやりな視線でルートを見ていた。
最初は理解しようと努力してみたが、コンマ5秒で諦めた。
何があったのかは前半部分についてカルクは知っているようだが、語る気がないのか完全にそっぽを向いている。
一体何が起こっていたのかよくわからないままなのは癪だが、『済んだことだし、しょうがない』。トリスはそう思うことにした。
「…はぁ、面倒なことになりましたね…」
セツナはセツナで溜息をつく。
「いったいどういうことだ?ぜんっぜん理解できねーんだけど…」
トリスが遠慮がちに言う。
「あれで理解できたら凄いですよ。要するに、ルートがやったのは時間稼ぎだけなんです。」
説明についてはセツナも理解しているらしく、ひどい言われようだ。
しかしルートは別段気にする風もなく、むしろセツナしか理解できていないという事実に喜びすら感じているようだ。
ポジティブシンキングというのはこういう奴だろうか。それとも単純に、傍迷惑なだけか。
「時間稼ぎ、ねぇ。」
そもそも数匹のサイクロプス相手に時間稼ぎとして渡り合えることがありえないのだが。
実際に、カルクは手痛い反撃をくらって動けなくなっていたわけだし。
「…『死んでは、いない。』」
答えにたどりつけそうにないトリスに、カルクの助言。たった一言のヒントだったが、トリスにはそれで十分だったようだ。
難解な数式がぴたりと解けたようにハッと顔を上げて、一言。
「こっちに襲ってくる可能性があるってことか!」
ルートのことだ。いろいろちょっかいを掛けてひっかきまわし、足止めをしたのだろう。
しかもその前にカルクともやりあっている。そのうえ、サイクロプスは非常に好戦的なことで有名だ。
足は遅いので逃走は可能なものの、再戦は避けられないとされている。特にこういった、狭くて暗い洞窟の中では。
「可能性、というか確実、でしょうね。」
セツナが小さく呪文を唱えると、その手の中にクォータースタッフが宿る。と、同時に何か地響きのようなものが奥のほうから多数、響いてくる。
サイクロプスの足音だろう。確実に、こちらに近づいている。
「くっ…どうする…」
トリスもならって剣を抜くが、前に見た情報が確実ならば5体。減っているならばそれ以下だが、足音からさっするに3は下らないだろう。
「んー、とりあえず、固まって各個撃破かなー。急所狙いのできるだけ高速で倒してけば、勝てない相手じゃないよ?」
ルートがリュックサックに両手を突っ込み、再び短剣のようなものを取り出す。そしてかばうようにセツナの前に立つ。
「だが、可能か?」
カルクはトリスの横に並びつつ、視線は先ほどルートが人為的に崩した通路のほうにむける。
そこは、ぱらぱらと土が落ちていた。
離れたサイクロプスの足音からくる地響きで落ちているにしては、不自然な量。恐らく、いるのだ。向こう側にも。
「はさみうちって奴か。状況が最悪すぎて笑えてくるっつの。」
壁に大穴を空けてきたー…ルートの言葉が本当ならば、こんな瓦礫の山を吹き飛ばすのは造作もないことだろう。
「…なら、時間稼ぎをお願いできますか?その間にオレが…」
「ダメーッ!!」「駄目だッ!」
セツナの提案を即答却下するルートとトリス。
「何言ってんだ!もうお前だけに無理はさせるかよ!」
「そうだよそうだよ!すっごい負担なんだからー!せっちゃんが苦しむくらいなら僕は死ぬー!」
二人の物凄い剣幕に、あっけにとられるのはセツナ。
流石にここまで止められるとは、特にトリスから反対の声が上がるとは思っていなかったのだろう。
「…ふふ。そこまで言われると『冗談です』としか言えなくなるでしょう?」
肩をすくめるセツナ。その表情は、穏やかに笑っていた。
「当たり前ェだ。どういうものか俺はわからないけど、あんま連続して使うもんじゃないだろ。」
トリス自身魔法を使ったことはないので、どのくらいのものか推し測れない。
だが、魔法の矢とか、眠りの雲やそんな魔法の比ではないほどの負担が掛っていることは、発動させた後のセツナの様子で容易に察せる。
パーティーメンバーにも魔法を使う仲間がいる。連続してぶっぱなしたり結構無茶はするのだが、使い過ぎであそこまで憔悴しているところを見たことがない。
「んー、とりすん、なんか詳しいよねー…もしかして、せっちゃんアレ使ったの!?
あぁー!!よっくみたらかるくんが無駄に元気だよー!!もー、なんてことしてんのさー!!」
ぷんぷんとセツナに怒るルート。単に、頭にきてそうしているわけではなく、セツナのことが心配だからこそ言っているのだ。
「貴方も火晶石で天井吹き飛ばしましたから、同罪でしょうに。」
「むー、そりゃそうだけどー…」
しれっというセツナにルートは押し黙る。やはり、ルートでも天井をぶっとばしたのは無茶だったと自覚しているのだろう。
それとも、セツナに言われたから言い返せないのかはわからないが。
「そろそろ、来るぞ。」
カルクが周囲に注意を喚起すると同時に獲物を構えなおす。確かに、足音はすぐそこまで近づいていた。
「―兎に角ッ!とりすん、せっちゃん親衛隊の名に懸けて、いっくよ、突撃ぃ!」
ルートは己を鼓舞するように踊るようなステップをふみつつ、特攻するように直行。
駆け足で、一気にサイクロプスとの距離を詰めていく。
「ちょっと待てルート!なんかカルト集団みたいだぞそれ!」
文句を言いつつもトリスが後に続く。ルートは聞こえてるのか聞こえていないのかはさておき、サイクロプスの前に踊り出る。
眼下で確認できるのは、3体。奥で相手にした数と一緒だ。
「できるだけ足止めしてきたんだけどね。さっすが、丈夫だけあるねぇ♪」
通路のような場所なので、せいぜい一度に襲いかかれるのは1体―…ルートは瞬時にそう判断して、まずは片手の短剣らしきものを一本投げる。
だが、それは当たることなく、大きく外れてサイクロプスの頭上を通り過ぎ、奥の壁に突きささるだけだった。
「おい!何はずしてんだっ!」
同時に、一番前にいたサイクロプスが拳を大きく振りかぶりルートに襲いかかる。
トリスは叫びながらルートに走るが、間に合いそうにない。
「きゃーっ!?」
ルートは甲高い叫び声をあげて、逃げるのではなくその場にしゃがんでしまう。
あのままでは、直撃は免れないだろう。戦場では目をつぶってしまえば死ぬというが、まさに典型的な状況だ。
「くっ…ルート!」
どうする。どうすればいい。
トリスは普段使わない頭を必死でフル稼働させてみるものの、打開策は見当たらない。
むしろ、「間に合わいそうにもない」が「間に合わない」へと悪化したことがわかったくらいだ。
拳がルートの頭を確実に叩き潰すかと思ったその瞬間、サイクロプスの動きが不意に止まった。
「…なぁんて、ね。」
にやり、とルートが悪魔のような笑顔を浮かべる。そして、懐に手を突っ込み、取り出したのは手に収まる程度の小さなフリスビー。
それを素早く動きが止まったままのサイクロプスの目玉に向けて投げつけた。
『ぎゃおぉおおおっ!?』
ルートの投げつけたフリスビーは見事顔のど真ん中にある瞳に見事命中。
サイクロプスは戸惑いのような悲鳴をあげ、そのまま少しのけぞる。
「とりすーん、その命、かりとっちゃえぇー!」
ルートが叫ぶが、それよりも前にトリスは完全無防備のサイクロプスに駆けていた。
それができたのは、長年培ってきていた冒険者としてのカンのおかげだろう。
「せぇやぁっ!」
地面を蹴り、空高く舞う。怒涛の雄叫びと共に、露出された首を狙う。
体を捩じり剣を大きく振りかざし―…一閃。
飛び散る血飛沫。
縛り付けていたものから解き放たれ、重力と慣性の赴くままに落ちる、大きな頭。
傾く胴体と共に、トリスの体もまた地面に着こうとしてー…
「うぉぁ!?」
何か不可視の丈夫な細い糸に足を引っ掛け、その場でバランスを崩す。
どしゃん、と情けない音をして崩れ落ちたのは、サイクロプスの死体だけではない。
「うっはー、とりすん、だっさー。」
それを見ていたルートが噴出し笑う。もちろん他のサイクロプスの拳をひょいひょいと身軽にステップを踏んで避けながら。
「るっせぇ!何だこの糸みたいな…の…」
言いかけて、気がつく。
きらりとランタンの光に照らされ、反応するように煌めくそれは、一本の短剣に結び付けられていた。
そう、崩れ落ちたサイクロプスの、足元よりもすこし奥のほうに。そして、その糸の先には壁に刺さったもう一本の短剣に結いつけられていた。
一から、全て計算されていたかのように仕組んであったのだろう。拳を振る位置も。止まる位置も。そしてその、威力さえも。
「…大丈夫、か。」
実力の片鱗。格の違い。そういうのをいささか見せ付けられたような気がして。
セツナがルートに対していいかげんなのも、信用しているのも、『相応』だからだろうか。
「なにしてんのさ!とりすんー!か弱い僕じゃとどめさせないんですけどー!?」
思わず思考が逸れてしまっているトリスに、ルートの激(?)が飛ぶ。
その声で現実に呼び戻されたトリスははっとしてサイクロプスの方に向かう。
縦に隊列を組まざるを得なかったサイクロプスは、ルートにとって非常に都合が良かったらしい。彼のつけたと思われるあちこち傷跡らしきものが目立つものの、本人はかすり傷一つ負っていない。しかし、生命力の高い妖魔なので、その勢いは衰えていないのだが。
「どの口でか弱いっていってんだ、よっ!」
ルートばかりに気を取られているサイクロプスに、不意打ちの一撃。
もちろん首を狙えればよかったのだが、先程のように完全無防備になってくれない限りは不可能。
もう一体の存在を気にすると、あまり無理はできない。それでもトリスは大きな太い腕の一本に刃を走らせ、片腕を動きを鈍らせる。
直後、痛みのあまり声を上げるサイクロプス。
とにかく、ルート自身がか弱い部類に入るかどうかはさておき、暗殺を主としている戦い方ではいささかパワー不足なのだろう。
そうなると、立ち回りや役目は自然と決まってくるはず、なのだが。
「よーし、そのまま動かないでね〜!」
2体目のサイクロプスの攻撃を主としていた動きが防御に変わるその前、ルートがトリスに指示を出した。
指示というよりも、軽い頼みごとといったほうが当てはまるだろう。
相手の動きが悪くなっている以上、追撃をしてさらにダメージを与えたほうが効率がいい。
それなのに動くな、という指示は不可解そのものだった。
「ルート、いったい何を…」
毎度のことだが何を考えているのかわからず、意味もないと知りながらも声を上げていた。
直後、背後から素早く地面を数回けり進む、軽やかな足音。
「くらえぇー!神の鉄鎚ぃ!」
たん、とひときわ大きな音が響いて、ルートの体は中に浮いた。サイクロプスの頭を超えるほどの跳躍。
ルートは体を思いっきりひねり、何処から出したのか釘バットでサイクロプスの頭を殴りつけた。
直後、骨と肉と脳髄が一度にありえない衝撃のために潰れ、混じりあう音が響く。
すたん、とルートが華麗に着地するのと、サイクロプスが地面に倒れる音はほぼ同時。
「えっへへー、やっぱりなんでもスタンスが大事だよね♪」
ばっちぶい、とピースサインをトリスに向けるルート。
めちゃくちゃなその行動も、今はどこか心強い。
「…本当、どこがか弱いんだか…」
後一匹。トリスは再び獲物を構えなおし、直線に走る。
サイクロプスとの距離は、もう間近まで迫っていた。
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